78.仲良しの上下関係
「その後モレーナ様は体調はどうですか?」
オリバーの心の中では、自分の存在を全否定しつつも普段からモレーナを気遣う姿が垣間見れていた。根本的には優しいはずなのだ。
「まだベッドから起き上がれていません。あまり食事も取れていないみたいです。……無理して出産したせいですから……」
クレープを食べるのをやめ、伏し目がちに話す。出産のせいだと言いつつも、その顔はとても心配そうだ。
「そうですか。もし私が行けそうでしたらお見舞いに行かせてください。私もモレーナ様に会いたいので」
「うちはいつでも歓迎ですよ。きっとモレーナ様も喜びます。父上も助かると思います」
フッと小さく笑うオリバー。早めに顔を見に行こう。モレーナの様子が心配だ。出産して1ヶ月が過ぎたのに、未だに起き上がれないのは相当重症ではないのか?私には詳しくわからないけど、会いたい。前世と同じ歳の友達のような人だ。子供の私にも分け隔てなく接してくれた彼女。そんな素敵な女性であるモレーナにはまた元気になってもらいたいし、オリバーともうまくいってほしい。これはゲーム云々じゃなく私の願いだ。
「では遠慮なく、来月には行けるようにいたしますわ」
「ええ。よろしくお願いいたします」
この様子だと、レイヨン公爵はきっとまだ、ジェシカからの手紙の話をオリバーにしていないだろう。それも出来れば話をしたいけど、レイヨン公爵が家にいればいいな。
オリバーと先程の席に戻ると、フレデリックたちがルームソックスに関して話をしていた。
「今年からオーダーメイドができるようになったので、我が家は一人5足買いましたわ。お父様も買ってましたのよ、うふふ」
「私のところもですよ。私はオーダーメイドは1足のみにしましたが、刺繍を入れてもらいましたの。とても可愛くて寝るまでずっと履きっぱなしでしたわ」
「僕も今年オーダーメイドで買いましたよ。本当に今までの冬が何だったのかと思うくらい足の冷えがなくなりました!」
「冬の寒さに対する大革命だな」
去年の冬からルームソックスのオーダーメイドを開始し、好きな色で選べるようになった。貴族たちは「待ってました!」とばかりに好みの色の注文が殺到し、またまた爆発的に売れたそうだ。しかも今後履き潰せばまた同じく注文がかかるので、半永久的に定期購入してくれるだろう。そして私の口座はとんでもない金額になっていた……。貴族的な贅沢をしなければ一生遊んで暮らせるだろう。
「ドリーは、普通の人が思いつかないようなものを思いつくからなー。毎回驚かさせるよ」
「でもそれが私たちの役に立つならなんの問題もありませんわ。むしろ出資したいくらいですわよ」
「嬉しいわ。みんなが喜んでくれればそれでいいのよ。これからも思いつくものをどんどん開発するわよ」
「お手柔らかにお願いします」
フレデリックは冗談ぽく頭を下げた。ま、一番迷惑かけてるのはフレデリックとルトバーン商会だわね……。
「ドロレス嬢……その……、君はどのような男性と将来共にしたいと思うのだ?」
フレデリックたちがおかわりを取りに行くと、アレクサンダーだけが残った。私と二人きりの状態である。目を彷徨わせながら、不意に私の理想の結婚相手の質問をしてきた。んー……婚約者に選ばれたくないし、アレクサンダーと真逆のタイプを言っとけばいいか。すごい理想高くしておこう。
「そうですね。やさしくて明るくていつも笑顔で、嘘をつかなくて、私のことを大切に思ってくれて、好きな気持ちを行動に表してくれる人ですね。あ、少し強引で『俺に任せて!』みたいな性格だったら将来安心して過ごせます。だからといって人の話を聞かない人はだめです。食の好みが合う人もいいですね」
「……」
ダメ押ししとこ。
「あと、物の価値をわかってない人も嫌です。私の好みでもないのに、高いものをプレゼントして満足してる人とか」
ピンクサファイアな!あんな高すぎるプレゼント、純粋に喜んで貰えるわけないっつーの!……普通の貴族って喜ぶのかな?
「そうか。笑顔で強引な方がいいのか」
ふむ、と手を顎に当てるアレクサンダー。ん?だいぶ簡略化されてるんですけど。脳内に残ったの、それだけ?私の言ったこと、ほとんど切り落としてませんか???
今後ヒロインが来てアレクサンダールートを選ばないでほしいとずっと思ってたんだけど、よく考えたら、アレクサンダールート以外だと私王妃になっちゃうよね??あれ?どうしよう。アレクサンダールートに入ってもらった上で私が婚約者になっていなければ1番いいけど、他の人のルートになったらどうやって私は逃げればいいの??え?どのルートでも危険じゃない???
「それにしてもこのクレープ美味しいなぁ」
そうつぶやいたアレクサンダーを見ると、満面の笑みで私を見ている。……いや、笑みを作っている。口の端がピクピクと動いている。ゲームをプレイしている前世の私なら、叫びたくなるほど素敵な笑顔だけど、画面越しと現実は別の話なのだ。
「アレク様。気持ち悪いですよ」
戻ってきたジェイコブにすかさずツッコまれる。
「!!ジェイクっ……見るな!気持ち悪いとはなんだ!」
アレクサンダーは片手で口を隠し、もう片方の手でジェイコブを払うように動かす。耳が次第に赤くなる。
「なにをそんなに作り笑いしてるんですか?ドロレス様!見てください、僕、クレープに生クリームだけたっぷり入れてもらいました!」
ジェイコブはアレクサンダーに真顔でツッコんだあと、これこそ本気なのか作り笑いなのかわからないほどの満面の笑みで私にクレープの報告をする。はぁ癒しだなあ。
「気に入っていただけで良かったですわジェイコブ様。また料理店にも一緒に行きましょうね」
「もちろんです!フレデリックくんも行きましょうね!」
「ぜひお願いします」
「私も行きたいですわ。まだ1回も行ってないですのよ?エミー様も行ったと聞きましたわ!もう!」
プンプンと怒るニコルはそんな姿でも可愛らしい。
「僕も行っていいのか?」
恐る恐る手を上げて会話に入ってくるアレクサンダー。まぁ、みんなで普通に行く分には断らなくてもいいかな?
「ダメです。平民の服が用意できないアレク様は来ないでください」
ピシャリと拒否するジェイコブ。し……辛辣すぎる………。
「な、ならば必ず用意するので……僕も混ぜてくれ」
前回の服装がどう見てもお忍びではないということをアレクサンダー自身も察しているのだろう。彼は私に潤んだ目で訴えかける……前世の私だったら卒倒してる。
っていうかジェイコブのアレクサンダーに対する扱いが可哀想すぎない?このメンバーで一番偉い人が一番縮こまってるってどういう状況?!たしかにジェイコブは私の味方とは言ってくれたけど、このアレクサンダーを見て、断る勇気あるのジェイコブくらいしかいないんですけど。
私はジェイコブの肩に手を置き、首を縦に振る。
「アレクサンダー殿下。あなたがいらっしゃると目立ちますので、馬車を質素なものに変えて、平民と同じような服で来てください。そうすれば一緒に行けますから」
「い、いいのか!必ず用意させる!いや用意する!だからその時は必ず手紙をくれ」
「わかりましたわ」
「もし用意できていなかったらアレク様に届く前に僕がその手紙を燃やしますね」
「ジェイコブ様、それでは殿下があまりにも可哀想なので一緒に行きましょうね」
「ドロレス様が言うならしょうがないです」
「ジェイク……お前の主は僕なのに……」
「アレク様。今日は最後まで参加するから、今日の分は昨日終わらせると言っていましたよね?じゃあ、今日アレク様の机の上にあった書類はなんですか?あれは今日の書類でしたけどどうするんですか?あー。僕の主はアレク様ですから、仕事をしてもらわないといけないですねー。今から帰りましょうか?」
「……あと数枚だけだろ……」
ジェイコブをジト目で見るアレクサンダー。それをなんとも思わずにニコニコするジェイコブ。ゲームってこんなに立場逆転してたっけ??っていうか前よりさらに仲良さげになってるわね。私の知ってる攻略対象者からかけ離れていっている気がする。………私が色々やらかしてるせいか。
結局アレクサンダーは最後まで残っていた。
その日の夜。部屋で秘密のノートに向かって日記を書いている。ここに転生してからもう四年かぁ。最初の方は攻略対象者が来るたびにびっくりしてたもんな。気づけばみんなと遊んだり食事したり、とても当たり前になってきている。
「クリストファールートはレベッカがなんとか結ばれればいいかな。上手く行くとは思うんだけど、なぜか今の関係がよくわからないのよね。他の令嬢よりは明らかに仲良くしてるんだけど……」
ジェイコブルートは完全に私が盛大にヒロインとの大イベントを潰してしまったので、申し訳ないと反省してる……。だってあまりにもジェイコブが可哀想だったんだもの。見て見ぬふりはできなかったわ。
オリバールートは、すでに私が片足突っ込んでる……。うわぁ私ヤバいな。だいぶ攻略対象者たちの私情に踏み込んでるじゃん!モレーナのことはどうしよう。オリバールートの大イベントは【家族との絆】なんだけど、モレーナだけなら関わってもいいかな?でもジェシカの手紙の存在も知ってしまったし……。
ゲームではヒロインがオリバーに助言をするけど、直接レイヨン公爵家のメンバーとヒロインが話したわけではない。だから、レイヨン公爵家がどういう流れでどう解決したのかは詳しく描かれていなかった。どうしようかな……。
再来年には学園入学だし、その次の年には【召喚の儀】が成功。更に翌年は卒業と断罪。私がいつ婚約者にされるかわからないし、まだまだ先行きは不安。だけど、絶対に安心できるまで私は諦めない!
「とりあえずレイヨン公爵家に行かなきゃ」
私が行く頃には元気になっていればいいな。




