73.ディナータイム考案
「よかった。なんとか話し合えたみたいね」
モレーナからの手紙を読んで、ホッと一息つく。もうあと1ヶ月半ほどで出産予定日。
あれから何度かレイヨン公爵と話し合いをしたそうだ。最初のころはどちらとも話を聞かない様子だったみたいだけど、3日に1回は話し合いをするというスケジュールでやっとお互いの思いを伝え、それをちゃんと聞いて、納得いく形で話し合いを終えたそうだ。……あれから何回話し合ったんだろ……1ヶ月はあったわよね?だいぶ時間かかったな。どっちも頑固だからなぁ。
今日は久しぶりに料理店に来た。フレデリックも一緒。前回試食のときに揉め事があったので、今回は営業時間外に訪れた。
「カフェタイムに出しているロールケーキは、季節の果物を入れた期間限定バージョンも出しているので、飽きの来ないようにしています。ランチタイムではご飯の量を3段階に分けたのと、小さなサラダを追加料金で出すようにしたら女性に好評でした」
アンのアドバイスでいろいろなアレンジメニューが出されている。私の存在って必要かしら?みんな上手くやってるじゃないの……。
「いえ、ドロレス様がいないと開発ができません。私達はあくまで、教えてもらったメニューをアレンジするくらいですよ」
「そうですよ、接客だって教えてもらわなかったら上手くできなかったですから」
みんな優しいわー!うまく持ち上げられている気がするけど、そんなこと言われたら私だって頑張るしかないじゃん!
「【ディナータイム】はお酒を飲まない、家族向けの夕食にするということなので、【バイキング料理】はどうかしら?」
「「「バイキング料理?」」」
「ええ。料理を数種類作って並べておくの。それをお客さん自身が食べたい分を好きなだけ取って、席に戻って食べるのよそうすれば、その日安く仕入れたもので作ればいいし、カフェタイムの余ったケーキも出せる。お客さんには一律で支払ってもらうから損はしないはず。そのかわり一食分よりは多めの金額を設定すること」
「んー、でもそれじゃたくさん食べる人が多かったら店が損になるんじゃないかな?」
横ではフレデリックが頭の中で計算をしているみたいだ。確かに、大食いの人しか来ない店だったら店は潰れてしまう。しかし今の現状を見ても半数は家族連れだ。おそらく問題はないだろう。
「一定金額を取ることと、大人が残したら罰金を取るのよ。とは言っても料金の5分の1程度にね。そうすれば残さないように最後の方は調整するから破棄する食材も減るし、子供連れが多いこの店ならそこで採算が取れる。これは入店前にサマンサとダニエルが必ず伝えること。あと、米とパンは必ず用意して。そこでお腹を膨らませれば料理の消費もそこまで激しくないわよ」
「なるほど。それなら、少なくなってきたメニューを足していくだけなので注文してから作るよりは遥かに手間は減るし、料金が固定なら安定した収入が見込めますね」
「日によって安い食材も違いますからね。料理を固定しなくていいのはありがたいかも」
「あと甘いものもあるといいわ。そして全料理は必ず小さくカットするか分けること。そうすれば色々なものをたくさん食べられるでしょ?」
この店、客席は少ないけど店内が基本的に広い。だから、バイキング料理を置く用のテーブルを置いても全然問題ないし、ゆったりと取りに行ける。まさにバイキング料理を提供するための店の作りだ。
「期間限定でやってみて、それで上手く行きそうならやってみればいいと思うわ。そのための料理も何種類か教えるので、今のランチ、カフェタイムのメニューに加えて10種類は増やしたいわね」
「そ、そんなにですか?!」
ロレンツが驚いて声を上げた。私はチートじゃないのでローストビーフとかパエリアとか言われてもできないからあまり期待しないでほしい。ほとんど和食のメニューしかわからない。
「大丈夫、難しいのはないから。あとフレッド、こういう形のフライパンを工場で作っておいて欲しいの。あとこれと、こういうのもーーー」
「ドリー、毎回要望がえげつないよ」
「でもフレッドなら出来ると信じているわ」
「ドリーにそんなこと言われたら俺断れないじゃん。わかってるでしょ?」
「え?あ、えぇそうね……。でもフレッドなら大丈夫……よね?」
「あーーーもう!だから!俺やるしかないじゃん!頑張るから!」
「ふふ、ありがとう」
随分とフレッドをこき使ってしまった。申し訳ない。誕生日プレゼントを奮発しよう。
「私はこれから街でなにか使えるものがないか探してくるわ。みんなも何かアイデアがあったら思いつく限り書き留めておいて。もちろん、バイキング料理じゃなくてもいいわよ」
「「「了解です」」」
みんなにも他にディナータイムの案がないか確認してもらう間に、私は店の外へ出た。流石に和食だけは難しいわよね。他にも私が作れる洋食の候補があればいいんだけど……。
「ドリー!俺も一緒に行く」
先程までいた部屋からフレデリックが出てきた。二人で街に出る。
料理店の近くは相変わらず賑わっていた。前回は少ししか見られなかったけど今日はのんびり見られそう。
「んー、思いつくのが少ししかないのよ。簡単で大量に作れて、みんなが好きそうな料理」
「俺だったら肉がいいな」
「男の人は肉よね。夕食だからガッツリ食べられる方がいいかしら?」
「そうだね。仕事終わりの人も多いだろうし、さっき言ってたように米でお腹を満たすなら、米に合う料理がいいなぁ」
「あ!!からあげ!」
あるじゃん!朝漬け込んでおいて、食べるときに必要なぶんを取り出して衣つけて揚げるだけだ。油を使うならフライドポテトもオニオンリングもコロッケもトンカツも作れる。小さく切ったり小ぶりで作ればいいんだ。
「フフフフ……。どんどんアイデアが浮かんでくるわ……」
「顔がニヤけてるよ」
おっと、ごめんなさい。いつもの考えすぎて意識が飛んでたパターンでした。
前回通っていなかった道を歩く。
「……はっ!あれは!!!」
見たことのある黄色の細い棒。それが大量に筒に入れられている。
「ス パ ゲ ッ テ ィ!!!」
「ど、どうした?!」
思わず大声を出してしまった。毎回大声出してる気がする……。でも!まさかあの乾燥パスタがあると思わないじゃん?!嬉しい!!さすが日本のゲーム!ミートソースなら作れるよ私!それならミートドリアも作れる!えっ、最高すぎる!それにベーコンとトマトをオリーブオイルで炒める簡単なパスタもできるし、もしかしたら和風パスタもできるかも!えーー!ディナータイムはパスタを出すのも素敵だわ!
パシッ。
ふと意識を戻すと、目の前にフレデリックの顔があった。
「もう。すぐ意識がどっかに行っちゃうんだから!」
気づけば、私の頬に彼の両手が添えられていて、正面の彼が真っ直ぐに私を見ていた。目線がしばらく合ったあと、急に恥ずかしくなって目線をそらす。まずい、顔が熱い。
「だ、大丈夫……ごめんなさい、ついいつもの癖が……」
フレデリックの両手を掴み、そっと離す。彼は苦笑いをしている。
「せっかくデートしてるんだから脳内でどっかに行かないでよ」
「だからごめんって……え?デート?!」
一瞬理解していなかったけど、デートって言ったよね今?!え?これデートなの?!
「よく考えたらさ、馬車とかは二人になることがあったとしてもこういう風に二人で出掛けたことはなかったなと思って。初っ端から全然デートっぽくないけど、……いつか二人で出かけるのすっごい楽しみにしてたんだ……」
フレデリックは頭をかいている。自分で言ってて恥ずかしくなったらしい。
正確に言えば、少し離れたところに護衛はいる。それはフレデリックもわかっている。だけどそれでも『二人で出かける』ことを楽しみにしてくれていた。こんな短い時間だし、ロマンチックな雰囲気も何もない。だってまだ子供だもん。
だけど、心の中でとても嬉しく思っている自分がいる。フレデリックがそういうふうに思ってくれて、そしてそれを嬉しいと思う自分。胸の中で起こしてはいけない感情が目覚めかける。
ダメよ、まだダメ。何も解決していないのよ。そんな中途半端な状態で私は……。そう、私は将来が決まってしまってるの。その道からちゃんと外れるまで、絶対にダメ!
心を必死に落ち着かせた。
「ドリー、あの店に行ってみない?」
フレデリックが指差したのは雑貨屋のようなところだった。
中に入ると、アンティークのような置物や掛け時計、小物家具がたくさん並んでいる。値段も高級なものもあれば、お手頃なものも置いてあり、安くても可愛らしい品々が揃えられている。
「素敵なお店ね。可愛いものがたくさんあるわ」
「そうだねー。物作りをしている身としてはかなり興味があるな」
こういう店ってお客さんがいなくて、奥におじいちゃん店長が座っているようなイメージなんだけど、日本の雑貨店のように結構人が入っている。平民にも人気のアンティークの店って凄いわね。
辺りを見渡すと、アクセサリーをしまう小さな引き出し付きの木箱だったり、ペン立てや照明器具もあってどれを見ても細工が細かい。
「ここの店は、一流職人ではなく見習い職人たちが外装のデザインを作成してるんですよ。内部はプロにお願いして、外装を見習いにやってもらうことで経験を積んでもらっています。そのかわり金額がお手頃なんですよー」
別のお客さんに話している会話が耳に入る。そうか、だから低コストで素敵な商品なのね。見習いの経験にもなるし、収入にもなる。私達お客は安価でも素晴らしいデザインが手に入る。とても良い店に出会ったわ。
「かわいい模様……」
いつくか並んだ懐中時計のシルバーの蓋に、片側だけ曲線に沿ってヒマワリが彫られているものがあった。他の豪華なものに比べてこの懐中時計だけはとても絵柄が地味で、逆に目立っている。だけど私の誕生月に咲く花なので、とても印象的に目についたのよ。買おうかな。そういえば私、時計持ってない。
子供が払っても問題ない金額だ。商品の前には作者の名前と懐中時計について書いてあるのは、きっと見習いの人の名を知らせるためだろう。
女の人の名前?女性で彫刻をする人は珍しい。この作者に寄付できるか店員に聞いてみよ。
「その見ている懐中時計、俺がドリーにプレゼントしていい?」
「え?」
私はそんなにこの懐中時計をじっと見ていたのだろうか。恥ずかしい……。
「でも、大丈夫よ。自分で買うから」
「ううん、初デートの記念にプレゼントしたい。かなり早いけど誕生日プレゼントってことでいいかな?だめ?」
「でも……」
「じゃあ、もうすぐだし俺の誕生日プレゼントも買ってほしいな。それなら文句ないでしょ?」
「……そうね、じゃあ買ってもらおうかしら。私もフレッドが欲しいものを買うわ!」
言いくるめられた気もするけど、お互いに誕生日プレゼントを送るなら問題ないわよね。この懐中時計欲しかったし。




