68.目標に向かって行動あるのみ
今年の冬も寒かった。やっとその凍えるような風が落ち着き、日差しがほんのりと暖かさを増してきた3月。今日は公爵家としてではなく個人的に孤児院に来ている。
料理店で以前掃除をお願いして以降、月に1回子供たちに交代で来てもらい店内の大掃除を頼んでいた。ロレンツやハンナはその間に別の仕事が出来るので大歓迎だし、アンたちもみんなの顔が見れて喜んでいた。子供たちはお小遣いがもらえるので万々歳。
お金を貯めることも教えたし、金額は決して高くはないけどそれでも地道に貯めている彼らが微笑ましい。
今日はウォルターとの話し合いだ。そのためにフレデリックも連れてきた。
「誕生日は5月だったよね?そしたらもうすぐか。うちはいつでも大丈夫だよ」
「ありがとう。実はその事で相談があって、出来るのならもうお願いしたいんだ」
「あら、早いわね」
ウォルターは12歳になる前にルトバーン商会に就職を決めようとしていた。
「ああ。ここでも確かに勉強はできるけど、早く稼ぎたいってのもある。それにルトバーン商会に入ればフレデリックと一緒に教師もつけてくれるんだろ?」
「確かに、自分で勉強するには限度があるよなー。俺も薄々感じてた」
ウォルターが働きだしたら、フレデリックと一緒に勉強が出来るように手配してくれるそうだ。貴族のように時間は取れないので週に1、2回にはなるそうだけど、教師がいるのといないのでは全然違う。絶対に教えてもらった方がいい。
「すぐに来るのは大丈夫。最初は店のことを研修する期間があって、慣れてから勉強になるけどね。そんな難しいことはさすがにないよ。僕たち子供なんだから。でもひとつだけ親父から条件が出た」
「えっ……なにを……」
フレデリックのその発言にウォルターが急に不安な顔になる。私も同じだ。
「仕事内容は店頭接客。以上」
ん?なぜ接客?働いたこともないのに急に接客は無理じゃない?ウォルターも不思議な顔をする。
「俺、接客なんて出来るかわからないぞ?工場とかで黙々と下働きだと思ってたんだけど。そもそもなんで俺?」
「『顔が良いから』。だそうです」
「ぶっ!」
「ドロレス様、笑わなくてもよくない?」
「おふくろがハンナさんから聞いたんだって。とんでもない男前の卵が孤児院にいるぞ、と」
確かに!この顔は将来有望なのは私でもわかる。こないだもハンナに顔が良いって言われてたし、その知り合いの奥様方にも好評だった。さすがだなルトバーン商会長。目の付け所が違う。孤児だろうがなんだろうが商会長には関係ないのか。いい人じゃん。
「出来るかな俺……」
「大丈夫だよ、説明する商品の担当を決めるから、最初のうちはその商品だけ覚えれば良いから。そして徐々に増やしていけばいいの。在庫とか経理とか、事務の方がウォルトには大変だと思うよ。今までずっと動いて生活してた人間が急に一日中座りっぱなしの仕事に就く方がキツいと思う」
「そういわれてみればそうだな。じゃあそれでお願いします」
……接客だって大変だっつーの。フレデリックは上手く商会長の思惑通りにウォルターを丸めこんだな……。
「俺も補助するから安心して。俺、本当は裏で何かを作ったりするのが好きなんだけど、親父に店頭に立て、って言われててさー。おかげですっかり商売人になっちゃったよ!」
ルトバーン商会長がフレデリックを店頭に立たせている理由はきっとウォルターと同じだ。ドアを開くとこの二人が立っている商会……どこのイケメンショップだよ?!ってツッコミ入れたくなる。
「よし、いつ引っ越しにしようか」
そうしてあれよあれよという間に日程が決まった。さっそく4月には引っ越すそうだ。なんと行動力のある男の子たちだろう。
帰り際、ウォルターがずっと何かを言いたそうにしている。なんだろう、まだなにか言いたいことでもあるのだろうか。
「どうしたの、ウォルト。何かまだ忘れていたことがあったかしら?」
私がそう聞いてみると、彼は落ち着かない様子だが黙ったままだ。
「思い出せなかったらまた今度でいいわよ」
「そうだよ、またいつでも会えるんだから」
「……あの!」
私たちが再び帰ろうとすると、ウォルターが大きな声を出した。
「あの……、これ。二人にはすごく感謝してて……、二人とも金持ちだからこんなのごみだと思われてもしょうがないと思うんだけど……何かできないかなと思って作った……」
言葉を詰まらせながら彼は、折り紙に包まれた何かを私とフレデリックに渡した。
「開けていい?」
「うん。でも気に入らなかったら捨てても良いから……」
「わあ!」
「すごい!」
包みを開けてみれば、そこには三種類の糸で編み込まれたミサンガのようなものが入っていた。二つとも白い糸の他にそれぞれの髪と瞳の色を使っていて、私はベージュに近い黄色と濃いめのピンク、フレデリックはダークブラウンと明るめのブラウンで作られていた。
「素敵よ。ありがとう!これあなたが作ったの?でもお金大変だったんじゃない?」
「掃除に行って貰ったのを使ったから足りたよ。糸を買った店でやり方を教わって作ったんだ……こんなものしかあげられなくてごめん」
「なんで?謝る必要ないじゃん。すごいよ!こんなの作れるなら商会の工場で働いてほしいくらいだ。ってゆーか俺の髪と目って茶色だらけだな」
「ごめん……」
「いやウォルトに言ったわけじゃないから!俺が俺の見た目に関して言ってただけだから!」
確かにフレデリックはこのファンタジーな世界では珍しく、日本人が髪を染めたくらいの違和感のない容姿だから私にもとても懐かしい感じがしたんだよなー。
「あら、ウォルト。あなたの腕についてるのは……自分のも作ったの?」
ふと左手首にそれを見つけ聞いてみると、ウォルターは耳を赤くし、右手でその手首を隠す。明らかにウォルターの髪と瞳の色を使った黒と紫のミサンガである。
「これはっ!俺が試作品として作っただけだからっ……っておい!やめろ!」
その慌てぶりを見た私とフレデリックはニヤリと笑い、ウォルトの右手を左手首から引き剥がす。
「恥ずかしがらなくていいのよー?私たちの仲じゃない」
「そうだぞウォルト。こっそり自分もお揃いとか作っちゃって!このヤロー!かわいいやつだな!」
フレデリックはウォルターの頭を手で雑に撫でる。あ、二人とも私より小さかったのにもう同じくらいの身長になってる。全然気づかなかった。そのうち追い抜かされるわね。
ウォルターは恥ずかしすぎて真っ赤で必死に抵抗してるけど、私もフレデリックも、ウォルターが感謝の気持ちを伝えるために作ってくれたこのミサンガがとても嬉しかった。
「俺は腕につけようかな」
「私は髪を縛るときにでも使おうかしら……あ、でも学校に行くときの鞄に付けたいわ」
「あ、それいいね!俺もそうしよー!」
「俺も……そうしようかな」
「二人はその前に試験に合格しなきゃ」
「「忘れてた……」」
ガックリと頭を落とす二人。そうなのよ君たちは試験に合格しないと鞄うんぬんじゃないのよ。
「フレッドこれ、商会で講座みたいなのを開けば糸が売れるんじゃない?私の折り紙講座みたいなやつよ。ウォルターを講師にして、講習代と糸代で作るパターンと、既製品を売るパターンの二通りでさ」
以前商会長にお願いされてから、折り紙講座をエミーと一緒に三回ほど開いている。とても好評で、平民の子供の誕生日やイベントで折り紙を使ってとても華やかな飾り付けになったそうだ。折り紙の取引は継続が決定、エミーからもブラントレー子爵からもお礼の手紙が届いた。
「いい案だ!これはさっそく親父に報告しなきゃ!髪と瞳の色を使ってプレゼント、って宣伝すれば効果的だな。子供にも、大人にも使えそうだ」
「きっと女の子が大勢来るわよ。ウォルトが講師だもの」
「わーそれはやばい、作ってる色がみんな黒と紫になりそう!多めに取り寄せなきゃ」
二人で大盛り上がりになる。ミサンガなら子供でも作れるし、プレゼントとして流行らせれば定期的に売り上げになる。
「ほんと二人は商売になると、目の色変わりすぎるな」
ウォルターは呆れている。フレデリックといると、何でも商売の話になっちゃうのよ。もういつものことだから他の人に言われないとついつい忘れちゃうわね。
「これは友情の証ってことでいいかな?」
フレデリックの言葉にウォルターは目を見開く。そして視線を一度落とすと、不安そうな目でフレデリックに聞く。
「友達に、なってくれるの?」
「え、友達じゃなかったの?」
「え?」
フレデリックの斜め上から来た返事に再び驚くウォルター。そうねフレデリックはそういう人よね。いつもまっすぐ正直な言葉を発するんだった。
「私たちは友達よ」
「そうだよ。もうてっきりなってるのかと思った」
「大商会と貴族の子供が、……孤児の俺と友達でいいの?」
「私と友達になるのに条件なんかいらないわよ!そんなの、今まで一緒にいてそういう差別を私がいつしたのよ?してないでしょ。そんなこと言うやつは私がヒールで蹴り飛ばしてぶん殴ってやるわよ」
「ドリー、言葉」
「あらごめんなさいおほほほ」
「……ほんと貴族らしくねぇな」
ウォルターが吹き出して笑った。大きな声で笑う彼に、私たちも自然と笑みがこぼれる。
「ウォルト。これから君は商会に立ったら孤児とか関係なくなる。すべての客がウォルトのことを『ルトバーン商会の人』として認識するんだ。だからこれからはそういう考えはナシ!わかった?」
「はい!よろしくお願いします」
「よし」
二人とも息の合ったやり取りをする。これからのルトバーン商会が楽しみだ。
「ウォルトあなた、まずは前髪を切らないとね。後ろももっと整えないと」
「そうだね、これじゃさすがに接客はできないから……今切ろうか」
「えっ?!……で、でも二人とももう帰るんじゃ……」
「髪切るくらい大丈夫よ」
「ハサミどこー?」
「持ってくるわ」
「え……え、でも。まだ心の準備が……」
フレデリックにハサミを渡す。
「はい切るよー、目つぶって」
「嘘だろ……」
ウォルターの髪の毛を切ると言ってから30秒ほどで実行に移す。そもそも髪の毛長すぎるのよ。
バサバサと地面に落ちる髪。後ろは首元まで短く、目にかかるほどバラバラに長かった前髪は目の上まで切る。
「ほぉ……」
「まぁ……」
今までも彼の顔の良さは知っていたけど、髪がスッキリした状態のウォルターを見てため息がこぼれた。この時点で顔立ちが綺麗ってどんだけ将来有望なのよ……。
「確実に接客だな」
「むしろそれ以外ダメでしょ」
ルトバーン商会長の条件に改めて同意をした。
そういえばこの顔……どこかで見たような気がするけど……気のせいか。




