67.悪いことをすれば絶対に逃げられません
「ライラ!?お前も何故いるんだ?!」
別の方向からライラ・エイベル男爵令嬢が現れた。男爵でありながらも領内の繊維業で裕福な貴族だ。ギルバートは再び驚きの声を上げる。
「私……私だって『公爵家の嫁にしてやる』と言われましたのよ?!だからギルバート様の側におりましたのに。何故そのような平民ともお会いしてましたの?しかも盗みをさせていた?しかもそれを売った?なんて事ですの?!」
ライラにも密かにギルバートの件を話したところ、やはり同じことを言われていたそうだ。彼女はギルバートに好意はなかったものの、両親から高位貴族に嫁ぐよう口酸っぱく言われていたため、なんとしてでも婚姻関係を結びたかったそうだ。
「いや!俺はそんなことしてない!この平民が嘘をついているんだ!」
「はぁ?!ギルバート様、公爵家という立場の者が平民に罪を擦り付けるつもりですか?私はあなたとお会いした日付も渡した魔石の数も会話の内容もすべて日記に書いてありますのよ」
「そんなのデタラメだ!俺はお前なんて知らない」
「まあ!先程は知り合いのように話していたのに、急に知らぬ存ぜぬとはなんてこと!……もしかして、私があなたにいつも渡した布地……。それも売ったのでは?その布地で作った服、ここに持ってきてくださる?」
「そ、それ……は……、もうない……」
「なんてこと……信じられないですわ!あなた、初めて会ったときに『妹が生まれてドレスを作りたいから良い布地を定期的に俺に持ってこい。将来俺の妻になったときには妹と共に盛大に感謝を伝え、そして君の領地にも最大の支援をしよう』って言いましたわよね?!私は言われるまま渡して、……父に内緒で持ち出したものもありますわ……。それなのに、先程!ギルバート様に妹などいないと聞きましたわ!私を騙して、その布地を売ったってことですか?!」
「い、妹は……死んだ、そうだ死んだんだよ!」
何て酷い言い訳……。
「はぁぁぁぁあ??じゃあつい先月渡したものを返しなさいよ!」
「うるさい!お前が勝手に家から持ち出したのは俺のせいじゃない」
「あなたが毎回持ってこいと行ったんじゃありませんか!『家の中のものならお前が持ってきても問題ないだろ、高価な布地を持ってこないなら婚姻もなしだし支援もしない』って言ったのに!」
………。
私ここにいていいのかな。とんでもない大修羅場を目の当たりにしてるんだけど……。ライラを連れてくるようにお願いしたエミーもおそらく、あの植物の向こう側で言葉を失っているだろう。
だがまだ甘い。あと一人まだ登場していない。
「ちょっとあんたたち!さっきから聞いていればなんなのよ!そして誰よ、この婚約者とかいう女は!!」
ラスボス登場である。マリサ・セトル。子爵令嬢だ。彼女も下位貴族ながら裕福な家の一人娘である。
「ギルバート様!私を婚約者にするって言いましたわよね!?なのにこの女が婚約者?!聞いてないんですけど!どういうことよ?!私があなたに会うたびに渡していた婚約準備金はどうしたのよ!」
「その金は……家に……たぶん」
「持ってきてくださいます?私、相当渡しておりましたのよ?ドレスやアクセサリーなどの資金にすると仰っていたではありませんか!それに私は毎度毎度食事代だって渡して……多めに渡しているのにお釣りを返してくれなくて……でもそれはまだ気持ちということで何も言いませんでしたが!婚約の話は本当ですよね?!」
マリサにももちろん事前確認をした。最初は私たちのことなど全く信じていなかったが、事実だけはとりあえず告げた。ここに来るか来ないかは正直当日までわからなかったけど、ギルバートのことに関することだったので来たらしい。こちらはレベッカに連れてくるようお願いした。
「そんなこと俺は言ってない!」
「言いましたわ!じゃあ何故私からお金を受け取ったとおっしゃるの?お金は受け取ったことを認めましたわよね?!じゃあ返して!」
ギルバートが何にお金を使ったか。
闇ギャンブルである。どうやら闇市で聞いてやりだしたらハマったそうだ。それもジェイコブが雇ったプロにより判明している。当然闇ギャンブルなので、子供が勝てるわけもなく、毎回散財だ。……こんのクソガキ、そんな年齢からギャンブルとかいい度胸してるな!
あ、またつい言葉が汚くなっちゃった……。
「あれだけお金を渡していても私に一回も食事をご馳走してくれませんでしたわ……でもあなたは私を『俺と婚姻させてやろう』と言ってくれたではありませんか。私はあなたのことをお慕いしていますのよ!ギルバート様もそうでしょう?私のことが好きなんですよね?この婚約者は嘘でしょ?私に嫉妬させるために用意した偽物なんでしょ?!」
マリサだけ他の二人とどうやら心情が違うようだ。本当にギルバートと結ばれたいらしい。ルミエはもうすっかりギルバートに愛想を尽かし、魔石を返してもらうことに必死だ。ライラはそもそもギルバートのことは好きではない。
「私だって、渡した布地全部返してくれるまで帰りませんわ!」
「魔石も全部返しなさいよ!」
この狭いガゼボの中が戦場と化している。もうみんなの声が何を言っているのかわからないほどの怒号が飛び交う。
ついにギルバートが叫んだ。
「うるさいっ!!どいつもこいつも!!」
周りの声がピタリと止まる。
「お前ら何なんだよ!次期公爵の俺と一緒にいられただけで良かっただろ!金?そんなもんもうねーよ!全部使っちまったからな!いいか?お前らが何をほざこうがこの女が俺の婚約者なんだよ。お前らの身分で俺と婚姻が結べるわけないだろ!わかったか!婚約者はこいつだ!とっとと帰れ!」
「それはこの書類が証明してくれますわよね?」
ずっと笑顔で黙っていたニコルが執事から1枚の紙を受けとる。
「こちら、サイン入り婚約証書ですわ」
「なっ!なぜそれが……」
ギルバートは驚愕している。驚きすぎて途中で声を失った。
そう、婚約のサインが入った書面だ。
それが手元にあるということは、まだ教会に出していないのである。
「……それは、俺が教会に出したはずだぞ!何故お前が持っている?」
「あれは……成立してないってこと……?」
ルミエが呟く。
ルミエは平民だから知らないのだ。貴族の場合は結婚の時とは別に、婚約したら正式にサインを入れて教会に提出する婚約証明の書類がある。でも平民の彼女はそもそも婚約証明書の存在を知らない。だから私が【提出前】の書面を見せたところで、その紙に『婚約証明』と書いてあれば、婚約を正式に行った、と勘違いするのも無理はない。
「それはだね、私がニコル嬢に渡したんだよ」
ギルバートが聞き覚えのある声と感じたらしく、顔を青くして振り返る。
「……父上……。あの、その」
マクラート公爵も全て最初から見ていた。
「婚約証明の書類が教会に持ち込まれたことは知らなかったのだが、婚約者の一人がまだ学園に入らない年齢のはずなのに、親が持ってこずにギルバート1人で持ってきたことに大司教様が違和感を感じたそうでね。私にこっそり連絡をくれたのだ。とても素晴らしい大司教様のいる教会にはあとで多大な寄付をしなくてはな」
今回はニコルが未入学だったのが幸運だった。ニコルは親だけで婚約を決められる年齢だ。ニコルの知らないところで話が進んでも何もおかしくない。
だけどその婚約書類を、その親を連れてこずに子供一人で持ってくるのはおかしい。それが早く私たちにも情報として入ってきたので、『婚約成立』ということにして立ち回った。
ギルバートに成立していないことを気づかれてしまったら今度こそ彼は成立させようと動く可能性があるから。そして完全にニコルと切るためにこの一連の作戦を実行したのだ。
そうでなければ、顔で選ぶギルバートがそう簡単に諦めるわけがないと思ったからである。
「というわけでニコル嬢は婚約すらしていない。お前がしたのは、婚約の捏造、教会への虚言、窃盗の指示、闇市への魔石流し、闇ギャンブル、恐喝……いっぱいありすぎて私にはどうにも出来ん。国王に判断してもらおう」
「ち、父上!俺はっ!公爵になるために──」
「何が公爵だ!!!」
今日イチの大きな声が庭園中に響きわたる。
「これのどこが公爵になるために必要なんだ!!馬鹿者!お前が少しでも反省するのなら慈悲もかけてやろうと思ったが……反省すらしないお前の態度を見て決めた。ギルバート。お前は今日をもってマクラート公爵家から廃嫡だ。金輪際マクラート公爵の名を名乗るな!すぐ国王に報告させてもらう。判決を待つまでは我が家にいさせてやろう。地下の牢屋に、な」
「ち、父上!」
すがりつくようにマクラート公爵の元へ行こうとするも、護衛の者に拘束され連行される。……さっきの公爵のを聞いていると、改めてとんでもなく沢山の悪事を働いてきたんだわ……。
「セトル子爵令嬢、エイベル男爵令嬢、そしてルミエさん。うちの愚息がとんでもない迷惑をかけた。申し訳ない」
「い、いえ……」
「こちらこそ失礼を……」
お互いに深々と頭を下げ合う。
「君たちには被害を受けた分の金額を支払う。もちろん色をつけるので、多めに見積もってくれたらありがたい。ルミエさん、君も頼むよ。今日はもう帰りなさい。改めて君たちの家にもきちんと話そう」
「はい」
「わかりましたわ」
「では」
マリサとライラ、ルミエは帰っていった。
「……私もこれで失礼する。最後に一個だけ確認させてくれ」
マクラート公爵はその場を離れ、すぐに戻ってきた。その横には男性がいる。
「ケルツェッタ伯爵。これで納得できましたか?」
マクラート公爵と一部始終を見ていたケルツェッタ伯爵は、首がもげそうなくらい縦に振る。
「はっはい!もちろんです!……ニコル。すまなかった……こんなことになるならちゃんとニコルの意見も聞くべきだった……ごめん。ごめんよ……」
「お父様っ……!」
席を立ち上がり、ケルツェッタ伯爵に抱きつくニコル。お互いに涙を流し謝り合う。
「みんなっ、……私の大切な友達が協力してくださったの……うっ……」
「そうかそうか、いい友達を持ったな……」
「みんなっ!……本当にありがとうございましたっ!」
ニコルとケルツェッタ伯爵が頭を下げる。
「いえ……私たちは言われた通りにしただけですの。1番の主役は彼ですわ」
ギルバートの護衛の尋問を終え、途中からこちらに来ていたジェイコブを見つけたので二人に教えてあげると、ジェイコブはビクッと一瞬肩を跳ねたもののすぐに顔を赤くして照れていた。
「そうか……ジェイコブ様が助けてくださったんですね。本当にありがとうございます。是非うちの娘を──」
「お父様」
ニコルが真顔になった。ニコルが真顔?え、真顔初めて見た……。もしかして怒りの最上級ってあの真顔なんじゃ……。
ケルツェッタ伯爵がサーーッと血の気が引く顔をしたのでニコルの真顔は相当の怒りなのだろう。冗談だ、と誤魔化そうとする必死のケルツェッタ伯爵が見苦しいくらいに慌てていた。
「これで終わりましたね」
「ええそうね。国の未来も安泰ですわ」
「私、ドロレス様の悪役が見たかったですわ」
レベッカがそんなことを言いだす。エミーもそれに頷く。
「私のことを知っている人が見ても相当酷い悪役を演じましたわよ。あれは精神的に私自身がダメージを受けるので、2度とやりませんわ」
「残念ですわね」
騒がしかったケルツェッタ伯爵の庭園は、私たちの小さな笑い声で大舞台の幕を閉じた。
あれ?私……ジェイコブルートのイベントをクリアしちゃった?やってしまったかも。ごめんなさいヒロインさん。
面白い話があったらぜひ評価をお願いいたしますm(__)m




