そうやって今まで生きてきた~side.アレクサンダー~
サイドストーリー・アレクサンダー編。1/4
『あなたは次期国王なのです。この国の王として相応しくなりなさい。国で1番威厳があり、聡明で、権力を持ち、世継ぎを産んでもらうこと。それがあなたの義務です』
言葉が理解できるようになる前から、ずっと言われ続けていた。
両親にも、家庭教師にも、メイドにも、執事にも、王宮で働く者にも。
だからそれ以外の事を何も考えなかった。
言葉がわかるようになったら次期国王になるための教育を。
持つ力が安定したら剣の教育を。
1日中部屋の中から出なかったことなんてたくさんある。
でも、それが当たり前だと思った。そういなくてはならないと思った。それ以外に僕には選択肢がなかった。
「さすが次期国王ですね」
「あなたなら素晴らしい国王になれる」
「次期国王は聡明だ」
みんなが僕のことを褒める。完璧な次期国王だとでも思われているのか?僕はまだ子供だ。父上だって立派な国王なのに。
「あなたは【魔力制御】がまだ発動していないけど、いずれ発動したら立派な次期国王よ。きちんと勉強して、次期国王の座を守りなさい」
母上に何度も何度も聞かされた。【魔力制御】は国王の第一子が発動する、この国で唯一の魔法だ。代々、生まれながらに持つものが多い。
僕はそれが無かった。
それでも第一子なわけで、ずっと次期国王になるための教育は受けていたけど。それでも魔法が発動しないことに噂を立て始める人が少なくなかった。
本当に国王の子供なのか。
もう、次の王はこの国で役に立たないのではないか。
発動してないなら、国王には相応しくないのでは。
悔しかった。
たった1個の魔力がないだけで、こんなにも陰口を言われ、国王には相応しくないと言われ、惨めな思いをしなければいけないのか。僕だって好きで王子に生まれたわけではない。
じゃあ次期国王をやめればいい?でもそんな道は僕には残されていない。魔力が発動していなくても次期国王にならなければいけないのだ。
毎日毎日勉強して。6歳になる頃には少しずつ書類仕事が増えてきた。文字を必死で読み、大人サイズのペンを持って頑張ってサインを書く。魔法が発動しない分、次期国王としての仕事を死に物狂いでやるしかない。
6歳の子供はみんなこんなことをしているのだろうか。他の子供たちを知らない。
────
「今日から殿下のお手伝いをしていただきます、マクラート公爵家令息、次男のジェイコブ様です」
「ジェイコブともうします。……よろしくお願いいたします……」
7歳になったとき、宰相であるビリー・マクラート公爵家の次男が手伝いという形でやって来た。
ジェイコブとは目を合わせようとしても全く合わない。どこか怯えたような顔で下を向いている。目を合わせようとしているのはわかるのだが、上下に瞳が揺れていた。
「同じ歳と聞いた。仕事はまだ少ないけど、これからよろしく」
「っはい……!」
彼は初めて会った時は怯えたような態度をしていたものの、すぐに打ち解けてくれた。王子である僕に怯えていたわけではなかったらしい。
「実は……、僕がお兄様の思い通りにならないと、よく叩かれたり暴言を受けたりしてるんです。だから他の人たちもそうやって力で抑えつけてくるのかと思うと、あまり話せなくて」
何てやつだ。僕よりも年上のくせに、自分より弱い弟に暴力なんて信じられない。親はなんでそこまで放置しているんだ?
「ビリー……君の父上は注意しないのか?」
「毎回伝えています……両親は何度も注意してるのですが……ちょっと大袈裟な兄弟喧嘩だと思われてて。でもお兄様はやめてくれないんです。お父様に言った次の日はいつもより酷いです。誰もいないところでやられるので、証言が出来るものがいないのです」
兄の部屋のクローゼットに閉じ込められたり、ジェイコブの存在を否定する言葉をずっと投げかけられたり、胸ぐらを掴まれたり、背中を押され倒されたり、足をかけられて転んだり、お腹を殴られたり。
子供の力なんて、大人に比べれば大したことはない。命の危険はないにせよ、年上の男に暴力を振るわれるのだ、痛くないわけがない。
「僕がビリーに言ってやろうか?」
「いっいえ!大丈夫です。もう少し大きくなれば、きっとお兄様もダメなことだとわかってくれるはずなので……。それに、アレクサンダー殿下が言ってしまえば、それはもっと違う気がします……」
僕の発言は王族の発言だ。きっとジェイコブはそれだけは避けたいんだとすぐに気づいた。そんな兄でも、一応家族としては認めているということか。助けてあげたいのに、立場が特殊だと1つの事が大きくなりすぎる。もどかしい。
「そうか、今まで大変だったな。もし辛くなったらいつでも王宮に来い。話は通しておく。毎日来てもいいぞ」
「ありがとうございます……うっ、ぐっ」
ジェイコブは泣かないように必死で堪えながらも話してくれていた。それが最後、プツっと切れたかのように静かに涙を流し続け始めた。声も上げず、ただ時間の経過と比例するように大量の涙をハンカチで拭っている。
「そうだ、僕のことは『アレク』と読んでほしい。歳の近いものは弟や妹しかいなくてね。ジェイコブはなんて呼ばれてるんだ?」
「……僕は、お母様から『ジェイク』と呼ばれています」
「そうか。じゃあ僕たちはこれから仲間になろう。僕も多少の悩みはあるんだ。だから、一緒に困難を乗り越えよう。よろしく、ジェイク」
右手を差し出した。今はまだ言えないけど、これからもっと話して、そのうちに僕の話なんかもできたらいいな。
「よ、よろしくお願いします、アレク様!」
ジェイコブは僕の手をがっしりと握った。
─────
「はぁ?!ギルバートが?!」
王宮で仕事をしていたら、使いの者が慌ててビリーに言伝をしていた。
「ったく何度言えば気がすむんだ。これが終わったらすぐ向かう!レイチェルはいったい何をしてるんだ!」
普段穏やかな顔をしているビリー宰相が声を上げていた。苛立ちを隠せていない。手につけていた書類のサインが乱雑になっている。ギルバート?あぁ、遊び呆けているマクラート公爵家の長男か。
「ビリー宰相、どうした?」
「いやうちの上の愚息が……。次男に来た誕生日会の招待状なのに勝手についていったそうで、その知らせが来たのです。なにかやらかしそうでして……。申し訳ないのですが、ちょっと抜けてもよろしいですか?」
あの暴力男はどうしようもないやつだな。これで次期宰相にでもなられたら、僕が困る。
「誕生日会?」
「今回のは公爵家のご令嬢でして、8歳の誕生日会なんです。8歳になると、自らが初めて誕生日会を主導して開くのが貴族の習わしなんです。お茶会のようなものです」
あぁ、そういえば教師が言っていたな。
『王族の方もお茶会は開けます。ただし次期国王である殿下の場合は、政治的なものが絡んだり、自分達をひいきしてもらおうとする貴族たちも多いので、そこまで頻繁に開くことは不可能です。王女様はどこかの貴族へ嫁ぐために情報が必要ですから、歴代よく開催しておられます』
そうか、僕は開けないんだと思ってたから、情報が頭から抜けていたな。
「どこの家のお茶会なんだ?」
「財務部のトニーです。あ!令嬢は殿下と同じ歳ですね」
急ぎながら書類にサインをし続ける。冷静な声で話してはいるが、動きに落ち着きがない。
同じ歳か。ジュベルラート公爵家の長男のダニロは以前トニーから紹介があって数回仕事をやり取りしたな。その妹か。
公爵家なら次期王妃として婚約者になる可能性もある。どうせ世継ぎを産んでもらうだけだし、頭が悪くなければ別に誰でもいいけど。
「私もついていっていいか?」
「えっ?!!あっ……破れた」
僕の発言に驚いたのか、バッと顔を思い切り上げたときにペンを滑らせ、書類が破れた。すまん、ビリー。
「殿下。さすがにそれは不可能だと思いますよ。まだお披露目もされていないのに、他の貴族の前に出たらどこから噂が出てくるかわかりませんよ?」
「ジュベルラート公爵家だよな?あそこなら人付き合いも絞ってるし、悪い噂も聞かない。大丈夫じゃないのかな?」
トニーの評価は高い。仕事はきっちりするし、家族も大事にしている。彼の悪口を言う人もいなく、たまに妬みがてら陰口を叩こうとすれば、トニー自身が彼を丸め込んで味方にしているくらいだ。
「いやでも、さすがに」
「将来の婚約者になる可能性もある。父上にはきちんと伝えるから、お忍びとしてつれていってくれ」
早速国王である父上に、簡単に手紙を書き、執事に渡す。
この執事は有能だ。本当にダメなときはこの場で止める。それが今の様子を見ていても止めないのならば、行っても大丈夫ということだろう。
「………責任を負いませんよ?」
「大丈夫。私が命令でねじ伏せたと伝えるから」
ビリーは大きなため息をついた。そのあとは、今手をつけていた書類にひたすらサインとチェックをし、終わったらすぐに馬車に向かった。
揺れる馬車には、近衛騎士団員が数人護衛としてついている。お忍びとはいったが、結局のところ目立つような状況になってしまった。
公爵家の令嬢か……。教師たちは皆、『次期国王となられるアレクサンダー殿下という存在は、すべての令嬢にとって最大の憧れであり、お慕いしたいと思う対象であり、誉れ』とか言ってたな。どうせ【次期国王】と婚姻を結びたいだけだろう。そうすれば家も安泰、評判もよくなり力をつける。結局婚姻なんて人の感情など関係ない。
これから先の自分の未来にため息をつきながら馬車に揺られる。自分のための未来などない。全てはこの国のためだけに生きる存在だ。
馬車がジュベルラート公爵家の門の前に到着する。
後ろの馬車に乗っていたビリーがこちらに向かってきて、窓枠の外から話しかけた。
「いいですか?降りていいと言うまで絶っっっっっっっ対に降りないでくださいね?」
3回くらい言われた。門に向かって歩き始めたビリー宰相が戻ってきて、ダメ押しの4回目を言っている。
「わかっているから早く行ってくれ」
人の言うことを聞くなんていつも通りのことだ。僕は人形だ。言われたまま次期国王の勉強をして、それ以外のことはやらない。それでいい。そうやって生きていかなければ何を言われるかわからない。
しばらくすると、ビリーと引きずられるような状態の男の子がやって来た。
「あいつがジェイクの兄か……」
顔はしっかり覚えた。ふつふつと怒りが込み上げてくる。
二人が後ろの馬車に乗ったタイミングで馬車の外から騎士に声をかけられた。
「ジュベルラート公爵家当主様がお見えになりました」
そうだ、今日はマクラート公爵家の長男を見に来たわけではない。
気持ちを鎮めて、馬車を降りる。目の前でトニーが深く頭を下げていた。
「ようこそ、我がジュベルラート公爵家へ。お初にお目にかかります、当主のトニーでございます」
「……なにを改まって挨拶してるんだ、いつも会ってるだろうが。今日は招待もされていないのに勝手に来てしまった。そちらに非はない」
ちょっとふざけ気味のトニーを見て、さっきの堅くなっていた心がちょっとだけやわらいだ。
「殿下、うちの娘はやめてくださいね?」
お茶会に向かう廊下で不意にトニーが言った。
「……婚約者に、か?」
「うちの娘は明るくて優しくて可愛くて慎ましくて聡明で、そんじょそこらの男になど、嫁に出しませんから」
「……僕は一応王子だぞ?」
トニーはにこやかな顔をしているが、自分の娘をいつか嫁に出すときを頭に思い浮かべているのだろう。僕は次期国王だ。条件には当てはまるはずだ。
「王子だからとか権力があるからとか、そんなのは娘に合わないんですよ。娘が楽しく笑って暮らせる、そんな男と結婚してくれればいいんです」
楽しく笑って過ごす、か。僕にはわからない。家族が楽しい、家族が笑って暮らす?そんなこと、僕の家族にはあった?父上との顔を合わせるのは月に数回の食事と、仕事中。母上は僕が次期国王になることについてだけ笑顔になる。それ以外での楽しい話をしたことがあっただろうか。
誕生日会の会場に着いた。
トニーの紹介後、僕も挨拶をする。
「アレクサンダー・ランド・フェルタールだ。今日は王子としてきたわけではない。歳の近いものが集まるということで出向いた次第だ。あまり気を使わないでほしい」
会場にいる、歳の近い者たちはずっと頭を下げたままだった。僕と同じ子供なのに、立場が違うとこれほどまでに壁が存在するのか。
顔を上げていい、そう言おうと口を開きかけた瞬間。一人の少女が顔を上げたのだ。
思ってた以上に長くなってしまい、分割しました……




