胸のなかで騒ぐ何か~side.アレクサンダー~
サイドストーリー・アレクサンダー編。2/4
「お会いできて光栄ですアレクサンダー殿下。お初にお目にかかります、ジュベルラート公爵家長女、ドロレスでございます。本日は私めの誕生日会にお越しくださり、ありがとうございます。お茶やお菓子をご用意しておりますので、ぜひお楽しみください」
目線が合った瞬間、頭の中が止まってしまったかのように一瞬動かなくなった。すぐ我に返り、返事をする。
「ありがとう、君がジュベルラート公爵令嬢か。君の父親には王宮で世話になってる。ダニロ共々、今後も何かと関わることがあると思うが、よい付き合いをしよう」
「アレク様!お久しぶりです、ジェイコブです。前回のお手伝いから時間がたってしまいましたね、また来週行く予定です」
後ろの方にはジェイコブがいた。王宮にいるときのような明るい顔をしている。
ギルバートのせいで一度止まってしまった誕生日会が再開された。
公爵家令嬢であるドロレスは向こうの方に行っていた。僕の近くには他の令嬢たちが集まっていて、憧憬の眼差しや潤んだ瞳を向けられる。
そんなのが気にならないくらい、先程の衝撃が大きかった。
はちみつ色の艶やかで柔らかそうな長い髪。
少しつり上がった眉尻に強いピンク色をした意思の強い瞳。
そして、王子である僕を目の前にしても揺らぎのない視線。
8歳の少女に適切な表現なのかわからない。でも、とても美しいと思える人だった。今まで感じたことのない、何か自分の胸の中に知らないものが入ってきた、そんな疼きを感じた。つい目を止めて見ていたくなるような、その瞳に吸い込まれるような。そして、僕を【最大の憧れであり、お慕いしたいと思う対象であり、誉れ】の対象として全く見ていないような。
他の令嬢と話してはいるものの、チラチラと彼女の方を見てしまう。王子である僕のことなんてここに存在しないかのように楽しそうだ。
話してみたい。
王宮でずっと教えられた【令嬢】という存在を覆しそうな彼女と。
そう思っていたら、ジェイコブがこちらに小走りで向かってきた。どうやら、トランプというものをやろうとしているらしい。
ジェイコブはこれを【遊び】だと言った。
遊びとはなんなのだろう。勉強以外で、時間を潰すものなのだろうか?
とにかくやってみてください!楽しい勝負ですよ!とジェイコブに押され、席につく。数人が同じテーブルに座り、小さなカードが配られる。
ジェイコブにルールを教えられながらカードを引いたり引かれたり。カードを引いたときに苦い顔をしたり、引かれた側は僅かに安堵した顔だったり。手元のカードがなくなった人は、ヤッターと手を上げていた。
自分の番では【魔物】を引いてしまい悔しかったりした。悔しい、でも悔しくない。よくわからない感情だった。その感情が楽しい、面白いということだともトランプの最中に気づいた。
気づけば僕とドロレス嬢の二人だけが残っていた。周りが僕を応援する。反対側にいる彼女が眉間にシワを寄せる。どうにかして【魔物】を僕に引かせたいのだろう。
彼女の目を見た。
僕の視線なんて全く気にしてないかのようにカードを睨んでいる。
……楽しいな。
次期国王とか王子とか、そんなのを忘れさせてくれる。目の前の彼女は僕に構わず、自分が勝つことだけを考えている。僕を優先することもなく、同じ歳の相手として勝負に挑んでくれているのだろうか。
こっちを見てくれないかな。
ふとそんなことを思ってしまった。そして僕の目を見てほしいと思い、彼女の2枚のうち片方にカードに手を伸ばす。彼女が一瞬安堵の顔をした。すぐにそれは消えたが、それを見逃さなかった僕は、反対のカードを抜き取り見事に料理した。
「あぁ……」
周りの人達が僕のことを称賛する中、正面の彼女は手を頭に当てて項垂れていた。まだ僕と目を合わせてくれない。
楽しかった。しがらみもなにも気にせず、ただ楽しく勝負をする。相手の顔を見て駆け引きをする。今までにない、心が踊る感情が込み上げてきた。
「どうでしたか殿下。やり方覚えたならもう一度やってみます?」
彼女が目を合わせて話しかけてきてくれた。
「あぁ。これは面白い!人の顔を観察するのに勉強になる。次は最初に上がるぞ」
もっと楽しさを味わいたかった。もっと、知らないことを知りたかった。こんな気持ちになるなんて、王宮にいたらきっと味わえなかった。
次のカードを配る前に、不思議な食べ物を持ってきた。揺れている。なんだこれは。それにここの料理長の手先の器用さはレベルが高いのではないか?
「すごいな。切っただけでこんなにいろんな形の物が作れるのか。プリンは……揺れている……?………!お、美味しい……。生まれて初めてこんな美味しい食べ物を食べた……」
気づけば全部思ったことを口に出してしまった。
こんな食べ物知らない。材料だっていたってシンプルなのに、こんなに未知の味覚を味わうのなんて初めてだ。とても……とても美味しかった。結局3つも食べてしまった。しかも食べながらトランプをするという行儀の悪いことも。王宮では絶対無理だろう。だけど彼女たちは今日のことは見なかったことにしてくれるらしい。
楽しい時間は早くすぎるということも初めて知った。
結局2回戦が終わったところで帰らなくてはいけなかった。
みんなに挨拶をして、馬車に乗り込む。
『楽しかった』
ずっとこの言葉が頭の中をぐるぐる回っている。
近い歳の相手と会話したりお茶を飲んだり、そして遊びをするというのはこんなにも楽しいのか。何で誰も教えてくれなかったのか。なんでそういう機会が僕になかったのか。そんなことも頭の中を駆け巡った。
「また行きたいな」
思わず口に出てしまった。
数日後の夕食は久しぶりに全員が揃った。側妃や弟たちもだ。
食事前の会話で、父上が僕に顔を向ける。
「そういえばどうだった?ジュベルラート公爵家の誕生日会は」
お忍びとはいえ、父上たちにはもう話が回っていた。
「初めて参加しましたが、歳の近い者たちと話すことができてとても素晴らしい経験になりました。公爵邸では食べたことのないお菓子が出たり、【トランプ】という遊びをしました」
普段なら会話は短い。なのに、無意識に誕生日会で楽しかったことをペラペラと話してしまった。
「トランプとは?」
「あ。公爵令嬢が開発した遊びです。遊びなんですがとても頭を使い、楽しみながら実戦形式で人の表情を見極める力がつくような、素晴らしいものでした。まさに高位の人向けです」
ただの遊びって言ったら、そんなことより勉強しなさいとか言われそうだったので、特に嘘ではないトランプの有効性を語った。
「そうか。アレクサンダーがそんなにも私に訴えかけるように話すということは、よほど楽しかったんだな」
「……はい」
さっきまでの勢いを忘れてしまったかのように少し恥ずかしくなってしまった。自分の意思なんてほとんど話さないようにしていたのに。これじゃ、トランプを販売する商売人だ。
「兄上、僕もやってみたいです」
義母弟のクリストファーが恐る恐る声をかけてきた。
「あぁ、楽しいぞ。頭を使う勉強にもなるんだ。でもクリスは普段の勉強を嫌がっているだろ。そんなクリスはトランプが出来ないんだ」
「えっ、なんで?!」
自分もやりたい、そんな雰囲気を出していたのに、僕の言葉に驚いていた。側妃殿とその派閥からは、クリスを国王にと同じような勉強をさせている。ただクリス自体が勉強を鬱陶しく感じており、家庭教師も手を焼いているそうだ。
「遊びは、ちゃんとやることをやってる人だけが出来る。クリスがもし勉強をちゃんとできるようになったら一緒にやろう」
「なら……頑張る。頑張るから、絶対に僕にも遊ばせてください」
素直な弟だ。素直だからこそ、周りの大人のいざこざにうんざりしてしまっているのではないだろうか。今度二人だけでお茶にでも誘おう。
「ハハハ。二人とも仲良くしなさい。その【トランプ】とやらは買うことはできるのかな?」
「あっ……申し訳ございません。どこで販売しているのか聞くのを忘れてしまいました」
失敗した。これではまた遊べないではないか。いや、それを理由に公爵家へ行くのもありか?
「大丈夫だ、そんなものすぐに調べられる」
こうしてトランプの扱っている場所がルトバーン商会だということがわかり、僕と父上と弟の分を早速購入することになった。
オーダーメイドが出来るということで、3人分のデザインをそれぞれが考えた。弟がずいぶんと悩み、注文までに1ヶ月ほどかかったけど。




