91.真似しただけでは意味がない
私はすでに壇上、アレクサンダーの横にいる。一歩下がった位置で立っている。
後ろには国王、王妃、側妃、クリストファーが豪華な椅子に座り、私の存在だけが異様だった。
「皆、本日は私の誕生祭にお集まりいただき感謝する。先程、無事に婚約式を終えた。ジュベルラート公爵家長女のドロレスが私の婚約者になった」
カーテシーをすると下から拍手が巻き起こる。そして……ここからずっと立ったままで何も言葉を発さず、アレクサンダーが祝いの言葉をかけられるのをひたすら聞いているだけだ。
ただ立っているだけで何も喋らないのはツラいんですよ……。せめて動きたい。
ようやく終わったと思ったら今度はあいさつ回り。ジェイコブとオリバーもやってきた。彼ら二人がいるだけでホッと一安心する。
私のことを婚約者にしたことを紹介したあと少し談笑をするため、私とジェイコブ、オリバーは一歩下がって待つ。
「ドロレス様……。足は痛くないですか?」
「ええ大丈夫よ、優しいわねジェイコブ様は」
「慣れないですもんね」
「しばらく仮面を被るので顔がこのままですけど気にしないでくださいね」
私の完璧仮面笑顔を見せれば、ジェイコブがフッと笑う。ああ、つかの間の休息って感じ。
「あの……ドロレス様、話したいことがあるのですが。年が明けてから会う時間を取れますか?」
アレクサンダーの方を向いたまま、オリバーから小声で話しかけてくる。そうだ、色々ありすぎてそのまま放置してしまった。まだレイヨン公爵家の仲違いは解決していなそうだ。
「わかりました。確認してすぐに手紙を送ります」
アレクサンダーが戻ってきたが、少し機嫌が悪かった。なに?今の貴族になんか言われた?
「……オリバーと会う約束をしていなかったか?」
聞こえてたのかい。この先の会話に面倒な予感がしたので適当にごまかす。
「ええ。モレーナ様に渡すものがあるので」
「そうか、それならいい」
彼は再び正面を向いて進み始めた。
このあともずっと挨拶周り。私は王妃としての婚約者になってはいるものの、アレクサンダーは側妃を迎えることも可能だ。だから他の令嬢たちの親の考えが切り替わった。
『側妃でもいいからなれ。アレクサンダー殿下の心を奪え』
と。
アレクサンダーが年頃の令嬢がいる貴族に挨拶に行くたびに、彼女たちはダンスを誘われないかとモジモジしている。必死にアピールをするも、アレクサンダーは全く見ない。無視。ガン無視である。
見ているだけでこっちが心苦しくなるという嫌な気持ちだけを残し、全員の挨拶回りが終わった。何も話してないのに疲れた……違う、何も話さないから疲れた。プレゼントされた靴がピンヒールなおかつ高いので足が痛い。こんなに立ち続けるならせめて低くするか太いヒールのどちらかにしてほしかった。
帰りの馬車に乗る前、ジェイコブから包みを渡された。
「初めてで足が疲れてると思いますので、むくみに効く入浴剤です。よかったら使ってください」
「えっ、ありがとうございますジェイコブ様!さっそく今日使わせていただきますわ」
何?ジェイコブ素敵すぎない??この疲れを見越して事前に用意してくれたってことよね??最近ゲームのイケメンな顔立ちに近づいてきたジェイコブは気が利く男に成長していた!あれ?ゲームのドSどこいった??さっきも気にかけてくれたし、こ……これが攻略対象たちのずば抜けた魅力ってことか??!
馬車の中では早速アレクサンダーにこの包みを聞かれる。
「先ほどジェイコブ様から、足が疲れているだろうとのことで入浴剤を頂きましたの。誕生祭のときも気にかけていただいて。心遣いができる男性は素敵ですわね」
「……そうだな」
それ以降、公爵家に着くまでアレクサンダーは何も喋らなくなった。機嫌が悪いわけでもなさそうだったけど、しんとした馬車内は何故か気まずい雰囲気だった。なに?私のせいなの?
「これから雪が降るだろうから、それが落ち着いたら茶会を開く」
「かしこまりました」
馬車を降りる前に一言だけそう会話し、別れた。明日から異常気象で大雪が降ってほしいと願った。
着替えを済まし、お風呂に行って早速その入浴剤を使う。
「あーーいい香り!はぁ……」
疲れた体に安らぎをもたらしてくれるその香りに癒されながら、お湯につかる。
改めて考えたら、今日はほとんど口を開いていなかったのもあるけど、食事もしていない。それで4時間以上ぶっ通しで高いピンヒール、背筋を伸ばし、笑顔仮面を被っていたのだ。アレクサンダーも同じではあるけど、経験値が違いすぎるわけで。
そりゃあ疲れるわ!と納得し、ジェイコブがプレゼントしてくれた入浴剤の香りを楽しみながら彼の女子力の高さを心の中で褒め称えた。
2日後。
アレクサンダーから、1年分は入っているであろう最高級の入浴剤が大量に届いた。
違う。そういうことじゃないんだよアレクサンダー。
こんなにもらっても仕方ないのでメイドたちにおすそ分けする。王族が使う高級な入浴剤をとても喜んでくれた。
1月になって、レイヨン公爵家に来た。オリバーと話す前に、モレーナとお茶をする。
「今年ルトバーン商会から発売をする【バギー】です。生後半年から3歳未満なら使えますので、よかったら使ってみてください」
「これはどこでどうやって使えばいいのかしら?」
渡したいものがあるとは伝えていたものの、予想を超えていた大きさだったのか、モレーナは不思議な顔をしている。
本来は外に連れて行くときに使うことを説明する。だけど貴族は外に出れば直接抱っこをせず乳母などに預けているため、そのような機会はない。だから、家の中の移動などで使ってほしいことを伝えた。
だって貴族の家って大きいのよ。ホテルの客室階みたいに長ーーい廊下もあるし、家の中の移動に5分かかる場所もある。そんなに部屋必要?!ってツッコみたくなるときが自分の家でも何度があった。
「でもせっかくなら外で私が使ってみようかしら?オルトも喜んでくれるかもしれないし」
そうなりますよねー。だってモレーナだもの。
今だってオルトを抱いたまま私とお茶をしてるくらいだから。
「まま、くるくる」
オルトはもう言葉が少し話せるようになっていて、バギーの車輪を指差している。
「あら気に入った?乗ってみましょうね」
私に使い方を教わりながらオルトを乗せてバギーを部屋の中で押し始めた。このきらびやかな部屋で、前世では当たり前の光景が違和感を感じさせる。ミスマッチ……。
そんな気持ちは露知らず、オルトは初めての乗り物と景色にキャアキャアはしゃいでいて、それはもう可愛さ大爆発していた。あぁ可愛い!目がまんまるのくりくり!!可愛さ!可愛すぎてツラい!!
モレーナも気に入ってくれたみたいで、今後は自分が押して使うと言い出し、周りのメイドや乳母たちと言い争っている。子育てまでモレーナがやってしまえば、乳母たちの仕事がなくなっちゃう。
その後もしばらく談笑をしていると、オリバーが帰ってきたことを伝えられ、モレーナの部屋を出る。オルトはバギーを気に入ったらしく、私とお茶を飲んでるときもメイドが部屋の中をぐるぐる回っていた。
「お待たせしましたオリバー様」
「あ……あの」
オリバーが待っている部屋に入ると、なぜか彼はあたふたしている。
「実は……数日前に父上と話をしまして。その、ドロレス様にはとてもご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳なく」
その大きな体から出ているとは思えないくらいのボソボソとした声で赤くなるオリバー。
「え?どうされたんですかオリバー様?私は謝られることはあなたにされてないですわよ?何があったんですか?」
とりあえず座るように促し、お茶を飲んでもらって落ち着きを取り戻してもらう。
「ふぅ……。失礼しました。本当は今日ドロレス様に、あなた様の誕生日会で伝え忘れた件を報告しようと思っていたのですが、先日父に呼ばれまして、話をしたんです。……私と父上の事について、色々と思い違いをしていまして」
えっ?それ、って……まさか。
「父上と話して、お互い……理解し合うことができました」
「あ、そ、そうなのですね」
終わってた。まさかの!
そりゃあ私がいくつもきっかけを作っていたけど、こんなにも知らない間に解決してしまうものなんだ……。まだオリバーに出した条件すら確認していなかったのに。
でも、解決したのなら必要ないか。
「ドロレス様には以前、父上と怒鳴り声を上げる現場にいさせてしまいましたので。ですが、あなた様がきっかけをくださったおかげで父上も私もお互いに話そうという気になったんだと思います……。本当にありがとうございました」
ただひたすら真摯に頭を下げるオリバーに、なんとか頭を上げるようにお願いする。
騎士になろうとする彼は、とても頑固で、真面目だ。こうやって素直に謝ることができるのだから、やはり元々はとても誠実な性格なのだ。
「モレーナ様とはお話されたのですか?」
「いえ……まだですが、このあとにお時間を頂いています」
あら、じゃあもうオリバーの歪みはほぼ溶けてきているんだわ。それなら良かった。ゲーム内でのオリバーの誠実な性格、嫌いじゃないのよね。
「あの、モレーナ様とは今までほとんど話をしていなくて……。ドロレス様は、どう話したらいいと思いますか?」
話す時間はとったものの、ずっと敬遠していたせいで気まずいのだろう。しかも女性とだから、さらに緊張も重なっているはず。
「モレーナ様の友人として言わせていただくとすれば……オリバー様の気持ちを全部伝えてください。モレーナ様が再婚したときにどう思ったか、妊娠がわかったときにどう思ったかなどの全てです」
「それは、良い言葉ではないものも含まれるのですが……」
モレーナが傷つく言葉も含まれているということだ。だけど彼女なら大丈夫。なんてったって、モレーナですから!出会ってから2年くらいだけど、きっとそんな気がする。いえ、絶対に大丈夫だと断言できる。
「モレーナ様なら大丈夫です。オリバー様より私の方がたくさん会話してるのですよ?それに彼女は、うやむやな言葉にするよりも正直に話してくれるほうがちゃんと聞いてくれますわ」
「が、頑張ります……。本当にありがとうございました。感謝してもしきれません」
そんなに感謝されても困るんです。私はゲームのイベントをぶっ潰してしまったので……。しかも2つ目。
またやってしまった、というか自分から半分仕掛けたようなものだし、もういっか!全部神様のせい!私を間違って転生させたせい!それで良し!
その後は少し雑談をし、私は帰宅した。モレーナ、あなたが望む形になってくれれば、私は嬉しいわ。




