麻布六芒星異聞下
「君よ、あたいのような若造に、
そんな物言いはよしてくれたまえ」
と、嗄れ声でらんちゅうはいった。
出されたぬか漬けは、
胡瓜の緑、
人参の赤、
ズッキーニの黄、
大根の白、
茄子の紫が古伊万里の皿に映えている。
それを摘みながら、
大きめのグラスに注がれたビールをらんちゅうが飲み終わるのを、
僕はじっと待った。
「流れ流れて、
ここにたどり着いてからは、
百と二十年ばかりになるかな」
まだ、
銀魚の養殖地があった頃だ。
「この土地の由来はご存知か、
いと永き時を流れる君よ」
「金魚がいたとか?」
「まぁ、それもあたいが気に入っていたところではあるけれども」
と、ビールのお代わりを注文した。
「ここが金魚の晴れ舞台だからよ」
ワインに生ハムやらなんやらで酒盛り状態で、
耳半分で様子を伺っていた節子たちが、
半身をこちらにむけた。
「晴れ舞台って、なに」
と、ノーラが訊くと、
「金魚の好物は何だか知ってるかい、お嬢ちゃん」
と、らんちゅうはポッテリした口で胡瓜を咥えた。
「知らない、虫とか?」
「死体だよ」
また、
節子がいやーな顔をした。
「ほら、人間の小説家がかいてるだろ。
めだかのおひれを噛み喰う金魚の話を」
「赤子ですか。あたし、読みましたよ」
と、一女子がいった。
「新鮮な死体を食べると、
いい金魚になれるんだよ」
次は茄子を咥えた。
「昔々、死んだ女の子を川に流したの、ね。
それを食べたふなの畸形が金魚ちゃんよ、ね」
と、解説した灯美子は赤ワインをお代わりした。
すうっと、
茄子を吸い込んだらんちゅうは、
ビールを腹を膨らませて大きく飲んだ。
「あたいらは、
悪意を喰らうのさ」
らんちゅうは笑った。
「それと、こことは何の関わりがあるの?」
僕は冷めつつあるグラタンをかき混ぜた。
「人の悪意が一番、集まる場所だから」
と、らんちゅうが舌をだして、
後ろに聳えているタワーに向けて目玉をぎょろっとしてから、
こちらへ戻した。
「あれはね、
巨大な清浄器だ」
「清浄器、空気の?」
「悪意だよ」
ノーラが皿とグラスを持ちながら、
らんちゅうの真横に椅子を移した。
伊万里の皿に、
鮭をパンに乗せた料理が盛ってある。
「お嬢ちゃん、それ、お呉れ」
と、らんちゅうがいった。
「あーん、して」
ノーラが赤い身をフォークにのせて、
口へと運んだ。
飲み込んだらんちゅうは満足そうだった。
「お嬢ちゃんには感じられるかい?
この場所には東京中の悪意が集められているのが」
「全然」
「そうさ、それでこそ、
あたいらの仕事が満足な証明だ」
「君らが悪意を浄化しているってこと?」
「あたいら金魚だけじゃない。
この辺に六芒の結果を張って、
その真ん中に」
と、再び後ろのタワーを見た。
「あのタワーがあるんだ。
あれが結界が吸い集めた悪意を浄化してるのだよ」
霞山と名乗るらんちゅうがいうには、
麻布大観音ー赤坂氷川神社ー麻布氷川神社の三角形と、
乃木神社ー広尾稲荷神社ー飯倉熊野神社の三角形で、
六芒星らしい。
「そういえば、
あたいらの手に余ってたあいつらを始末してくれたのは、
君だね?」
僕とレムは顔を見合わせた。
「あたいらは感謝している。
それを伝えたかったんだ」
らんちゅうが頭を下げたように思えた。
「ありがとさん」
そう、らんちゅうはいうと、
霞のように消えた。
あとには、
飲み干したビールと、
古伊万里の皿だけが残った。
僕らはそれから昼ごはんと言う名の飲み会になり、
金魚について散々と盛り上がった。
怖かった反動からか、
飲みすぎた節子はふらふらになり、
帰りが大変だったけど、
最後に笑ったのが、
お会計はお連れの方がお済ましです、
と店員に言われたことだ。
お連れの方って、
金魚が会計していったのか?
想像すると、
霞山と名乗ったらんちゅうの律儀さに頭がさがる。
この辺でうろうろしていれば、
いずれ近い内に会う気もするし、
今日のところは家に帰って、
「自殺倶楽部」の面々を労いついでに、
金魚の話をしたら喜んでくれるだろうか。




