誓約と覚醒5
一月前のアカーシャ。
2001年宇宙の旅のラストに出てきたような白い部屋に、
椅子に腰掛けた少女とソファーに腰掛けたBGさんいる。
「薬師えつこさん」
身長147センチ。髪がショートボブで前髪に両目が隠れ、
目にはすごいつけ睫毛。
唇はパール系の赤。
肌は日本でいう肌色。
「身体に損傷はなし。
ただし、
心に外傷あり」
BGは脳内に送られてくるデータを発語して確認していく。
老人として、前世紀からの習慣だった。
今に慣れている者なら、
データをイメージとして共同認識して終わり。
言葉が音声化されることは少ない。
「これから君は、
君の中に入っていき、
そこでこれからの人生で決して<しない>と誓うなにかを探してもらいます」
少女は無反応だった。
「君は君の全てを移し替えた<君の世界>で暮らします。
そこでは、
君を傷つけた人たちをやっつけてもいいですし、
何もしなくてもいい」
「殺してもいいの?」
と、初めて喋った声は、
高く細い強く残る声だ。
「自由です」
少女の細い首が蠕動する。
「ただし、誓約をみつけなければ永遠に<君の世界>で暮らすことになりますから、
まあ、
それも最悪の選択肢ではないでしょうが」
少女のひらいた手のひらが閉じる。
「君が再び、
明日の自分を望むのならば、
自分が決してしないと誓えるなにかをみつけだすことです」
BGは少女をマイナス79の世界に閉じ込め、
彼女は昨日までの彼女の全てを具象化した世界へと旅立った。
暮らしていた街や自分の部屋が細部まで再現された霊子の世界で、
彼女は自らの記憶に在る人々と対面する。
大好きな人も、
大嫌いな人も、
自分をこんなに痛めつけた人も、
自分が傷つけた人にも、
再び、
あの時間の全てを経験できる。
街は何層にも重なり、
上から下へと時間を遡る。
今日の街からエレベーターに乗れば、
一つ下は昨日の街だ。
そして、
最下層までたどり着けば、そこにあるのは生まれる前の世界だ。
まるで無限ミルフィーユのように重なった世界を、
薬師えつこは訪れる。
そこでは何をしても自由だ。
好きだった人に告白しても、
憎い人を殺しても、
自殺しても(死ぬ前に戻ってしまうから死ねないけど)、
遊び尽くそうとも、
時間は無限に在るし、
お金に限りもない。
その暮らしの中で、
自分が絶対にしたくない、
決してしない、
という「誓約」を見つけ出した時、
彼女の傷は癒え、
前よりもはるかにつよくなる。
誰かに傷つけられる、
誰かに喜ばされる、
誰かに食べさせてもう、
誰かに世話をしてもらう、
そんな自分ではない、
自分に覚醒る。
処置が終わると、
外で眺めていた僕のところへ、
彼が説明をしにきてくれた。
BGさんの話をききながら、
僕は思った。
節子、
業の深すぎるペイガンの始まり。
彼女のたてた誓約。
「誰かの物にならなければ、
僕に出会えない」
と、僕はいった。
「ご存知でしたか」
と、BGさんがいった。
「それが、
節子さんの選んだ世界です」
「BGさんは?」
彼は老いた顔の皺をよせて笑顔をつくり、
「それは、
主さまの願いを叶えることですな」
と、いった。
「それは誓約じゃなくて、
目標だね」
彼は微笑んだ。
「自殺倶楽部っていうのは刺激的な名前だよね」
「そうですか? 過去の自分を殺すための愛好者の集まり、
としては適切ではないかと思ったのですが」
「なるほどね、過去の自分を殺すから、
自殺倶楽部か」
僕にも彼の言いたいことがよく理解った瞬間だ。




