狂気の歴史
僕の中にレムを通して二人の少女の姿が入り込んでくる。
100年ぶりの懐かしい姿。
塩のように白い肌をした、
百年を経ても変わらない二人の少女。
腰までの黒髪で背が高い、
レムを通して僕を見つめているのが、
一女子。
奥の椅子に腰掛けている、
夕陽のような赤みをおびた短髪の彼女が、
灯美子だ。
ノーラは椅子に腰掛けた。
灯美子が言った。
「むすがしいことをして、
しっぱいしいたのよ、ね」
一女子が言う。
「きかせて」
レムが僕たちがみてきたものを語った。
ノーラは身じろぎもせずに、
三人の会話を聴いていた。
僕はレムを通して、
部屋の中を味わう。
節子は、
少し嫌そう顔をして、
僕の手を撫でている。
「20世紀前半のある時、
一人の少年が死にました。
彼は彼の民族を蔑む人々によって作られた施設に、
民族ごと収容されていましたが、
奇跡的にも逃げ出した少年は、
子供のいる女性の家に逃げ込みました」
「おかあさん、ですものね」
と、灯美子が言った。
「少年は子供を持つ母親ならば、
自分を匿ってくれるかもしれない、
と、期待したのかもしれません。
彼女は半裸の少年を静かに庭に座らせ、
落ち着かせました。
すぐに、
妻から連絡を受けて駆けつけた夫とその仲間たちが少年を取り囲みました。
妻は拳銃を取り出し、
泣いて救いをこう少年をすすんで射殺しました」
「なぜ?」
と、一女子が訊いた。
「夫とその仲間たちから賞賛されたいからです」
「褒められたいから殺したの?」
ノーラが叫びたいのを我慢しながら声をだした。
ティーテーブルを挟んで正反対に座っている灯美子は、
「ペイガンはね、褒められると解れば、なんでするのよ、ね」
と、ノーラへ語り続ける。
「多分だけど、お母さんは少年を殺した晩、人生で一番くらいの素晴らしい夜をすごしたと思うの、ね」
「わかるわ、夫とその仲間たちの賞賛! 女としても、妻としても得難い喜びだもの」
と、一女子。
僕はレムが次々と語る、
似たような話を聴きながら、
あたらめて思い出す。
狂気なき世界では正気とは定義されえない、
と語っているように思えた哲学者にして精神科医がいたことを。




