地下鉄(メトロ)で海にいこう
「ほんとうに、普通の町ね、拍子抜けするくらい」
「でしょ」
レムとノーラは深夜の町を徘徊していた。
「これが、人間の町だってことで僕らを理解してくれたかな?」
「全然、です」
街灯の光が碧眼に映り込む。
「なんで、私たちを差別するのか、その理由をみつけるためとか?」
「そんな風にみえる?」
「こんな夜中に家を抜けだす少女の動機とか、私にはわかりません」
レムは笑った。
「でも、偶然、出遭って散歩に誘うくらいなら、私でもできるかと」
「ちょっとうざいかな。ただ、眠れなかっただけ」
「そうですか、それは主さまのせいですね」
右に曲がりましょうと手で方向を指し示した。
「深夜の散歩ですら、人は孤独ではいられない、それこそ、さまに人間の悲劇です」
「カミュ」
「さすがですね」
「からかわないで」
「いえ、私たちは心から感謝しているのです」
レムは彼女の手をとった。
「ノーラ・コロドス。よくぞ、主さまのもとにおいで下さいました」
レムは執事のように傅いた。
ノーラはレムに、私たちとあなたたちは何が違うのか、
それを直接、問いただしたかったが、
この風景、あの人たちをみていると、
躊躇ってしまった。
もしかしたら、
自分たちが、と思えば、
それは最悪の想像につながるからだ。
「電車に乗りませんか?」
「こんな夜中に?」
「はい」
レムは小さな路地に入り込み、
まるで他人の庭先のような木戸をくぐり抜けて、
あっという間に改札の前に出た。
駅舎は平屋の木造だった。
真っ暗な駅舎に向けてレムが手をかざすと、
電灯がチラチラチラと流れて光りだし、
改札の機械が「休止中」から「運行中」に変わった。
ホームの中ほどにある木製のベンチに腰掛ける。
向かいのホームには三毛猫が寝ていた。
「野良猫もいるんだ」
「ええ、蝙蝠もモモンガもキツツキもいますよ。野良犬はさすがに狂犬病が怖いから、いませんけど」
一両だけの電車がきた。
緑色の丸い感じの車両だ。
「立ってた方が、みやすいかな」
二人はつり革に手をかけて、
すぎゆく街並みを眺める。
歴史の教科書に出てきそうな古風で低層の家屋が並んでいる。
「あら」
電車は暗闇の中に入った。
止まった感じはするけれども、
動いている。
「いま、上に向かっています」
「上?」
「ここって正立方体ですから、電車も上下します。エレベーターのように」
ノーラは座ると、
レムを見上げた。
下からみても、
美少年なんだ、
と思いながら、
訊いてみた。
「レムは地球に住んだことある?」
「主さまの記憶の中でしたら、あります」
「そうじゃなく、自分自身で」
「この体で、ですか。それは無理です。私が実体を保てるのは、アカーシャの中だけですから」
連れては帰れないんだ。
ノーラはレムを一緒につれて帰れれば、
色々と変わるのではと考え始めていた。
隣に腰を下ろして、
足を組んだ。
窓の外は暗闇だ。
「僕はね、地球儀に自分だけの地名や国名を書き込むんだ」
外の黒さが室内を覆い始めている気がした。
「ジェームス・レムの海。ジェームス・レム川。セント・レム山脈」
「いつか」
ノーラが寄りかかる。
「一緒に行きたいな」
「私が幽霊でもよければ、ご一緒できますが...」
「それは...」
細かい寝息がレムの首筋に触った。
そういえば、
伝えそびれた。
「この電車の終点、海なんですよ」
と。
ちなみに、
私は本当に地球上では「幽霊」なんですけど。




