Big Hairy Audacious Goal
もう、
節子と連絡がとれなくなって三ヶ月が経つ。
毎晩、
かかってきた電話がデートの翌日から、
なくなった。
こちらからかけても、
電話に出てはもらえなかった。
「大地震でもきてね、あの人と別れ離れになれば、あなたと一緒にいられるに」
と節子はいい、僕たち以外の全ての人の不幸があったとしてもと節子は言っていた。
あの人とは節子のご主人のことだ。
「他の人は結構簡単に離婚してるのに、なんで私は駄目なのかしら」
と、嘆く節子はとても愛おしく思えた。
けれども、
今や考えるほどに節子は僕とは、
遠ざかっていく気がして、
それと反比例して、
また、
夢が湧き出してきた。
深夜二時、
体が軋むほどに、
あの節子が占有していてくれた僕を、
未来が節子から奪還した結果として、
僕は自分の今を失った気がする。
そして、
三十歳になろとする僕は、
子供の頃にかった本を引っ張り出して、
思い出に逃げていた。
節子が消えて、
僕は人生で初めて打ちのめされている。
一つは、節子との日々が幸せであて楽しかった反動から。
もう一つは、節子が独り占めてしていてくれた僕の時間が解放されて、
僕をまた、夢が苛むから。
大きなカラー印刷の本をめくった。
1998年、世界連邦開発委員会北アフリカ宇宙開発センター発足。
1999年、世界連邦通商産業公社発足。
そこには、
架空の年表があり、
想像上の宇宙船が描かれている。
マイアミにはシドニーオペラハウスに似た宇宙港が建設され、
ノーマッドと呼ばれる巨大工業体が軌道上を周回している、
そんな未来だ。
この世界では、
当時の思潮を反映して、
大きな歴史から切り離された市民が再団結するきっかけとして、
「宇宙開発」が意味付けられている。
今で言うところの「BHAG」、
Big Hairy Audacious Goal、だ。
現実では、
民主主義が浸透し、
社会福祉の増大した結果、
ドラッカー的にはアメリカや日本は歴史上、
初の労働者が持ちたる国になった。
企業の株式の大半を間接的にしろ国が保有し、
国の主権は市民にあるが故に、だ。
結果として、
市民の一人としての価値は希薄化し、
民主主義、
権利へのこだわりの消滅は、
「私」というものは歴史から切り離された。
けれども、
未来を視せてもらってきた僕にしてみれば、
そもそも、
大きな歴史なんて存在していない気がする。
あるのは、
どこまでいっても、
その人個人の歴史だけだ。
一般に考えられているような、
親がいなければ自分は生まれてこなかった、
ということすらありえない。
親が「変更」されても、
実は「自分」は別の親から適切に生まれ、
未来は変更されることなく続いていく。
そして、
個人と個人の歴史は干渉することもなければ、
交わることすらない。
僕は最後の夜を迎えて、
じっと、
天井をみながら考える。
僕には決してそんな大きな目標など、
人生にはなく、
ひとりだと。




