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第30話 幼き日のミレーヌと受付嬢前編

 あれは冬の季節の中頃のことだったろうか。

 まだ駆け出し冒険者だったミレーヌは、毎日のように簡単なクエストをいくつか受けるとダンジョンに潜り、夜遅くに帰ってくるという日常を繰り返していた。


 そんなある日のこと、連日の寒さにやられたのか、疲労が溜まっていた影響か、ミレーヌは目が覚めると肌寒さを覚えていた。しかし今夜の飯代すら乏しいミレーヌは、ゆっくりとその身を起こすと小さな身体をフラつかせながらも、その村唯一の冒険者ギルドへと足を運んでいった。


 ミレーヌは冒険者ギルドに入ると、挨拶をしてくる受付嬢や談笑を交わしている冒険者には脇目も振らずに、依頼書が貼られているクエストボードに向かった。

 たくさん貼られているクエストの中から、自分でも出来そうな簡単なものを四つほど選び出すと、いつもの定位置である入口から一番遠いカウンターへと向かう。

 向かっている途中で身体がフラつき何もない所で転んでしまったが、素早く立ち上がると周りの人達に何事かと視線を向けられる中、真っ直ぐにカウンターに向かった。

 カウンターに辿り着くと四枚の依頼書を机の上に並べて受付嬢にこの依頼を受けることを伝えるが、その日の受付嬢の反応はいつもと違った。


 「……ミレーヌちゃん、悪いことは言わないから今日は依頼を受けずにゆっくり休みなさい。顔色がとっても悪いわよ?」


 その日、一番奥のカウンターにいた熟年の受付嬢はミレーヌに休むよう声をかけると、ミレーヌを心配してそのおでこに手を当てる。


 「でも、依頼を受けないとお金が……」


 「もう、やっぱり熱があるじゃないの。そんな体調じゃ依頼を受けさせてあげることは出来ないわ。ミレーヌちゃんの泊まっている宿屋はどこ? 私が送っていってあげる」


 ミレーヌの言葉を遮るように、あまりの高熱を放つミレーヌを心配した受付嬢が依頼を受諾するのではなく、泊まっている部屋まで送ってくれるという。まだ幼いミレーヌがフラついていれば誰だって心配するというものだった。しかし、ミレーヌは受付嬢の言葉に困った顔を浮かべるとその口を閉ざした。


 「……やっぱり何か事情があるのね。まだ幼いミレーヌちゃんが簡単な依頼とはいえ、複数の依頼を毎日夜遅くまでこなしているのは心配だったのよ。いいわ、ミレーヌちゃん、何も言わなくてもいいから今日はここでゆっくり休んでいきなさい。いいわね?」


 ミレーヌの様子に何か事情があると前々から察していた受付嬢は、ミレーヌに今日だけは休むように伝えると、受付カウンターの奥にある部屋から布団を持ってきてカウンターの目の前に敷き、ミレーヌを寝かしつける。でも、と起き上がって尚も依頼を受けたいと訴えるミレーヌだったが他の受付嬢や、知らない冒険者達もミレーヌに大人しくするように言ってきたため、ミレーヌは渋々諦めると布団に横になった。


 ミレーヌは寝床にしている場所に妹のフィオが今も一人で待っているため心配だった。どうせ休むのなら少し時間が経って周りの人達からの注目が治まったら急いで戻ってから寝床で休もうとミレーヌは考えた。


 ミレーヌが布団に入って暫く経つと熟年の受付嬢が熱を下げる薬草と麦粥を持ってきた。お金が払えないと断るも、いいから、と頑なに口元に押し付けてくる受付嬢の熱意に根負けして小さく口を開く。熱のせいで食欲が湧かないながらも時間をかけて何とか麦粥を平らげた。

 それを見届けた受付嬢は安心したと口では言うものの、決してミレーヌの傍を離れようとはせず、まるで泣いている子供をあやすかのようにその頭を優しく撫でながらその場に佇んでいた。


 それからしばらく横になっているミレーヌだったが熟年の受付嬢はなかなか傍を離れようとはしない。ギルドにいる冒険者の数も顔ぶれは変わるもののほとんど減ることはなかった。

 果てにはミレーヌちゃんを見守る会なる怪しげな集団がギルドの一角を占拠しており、気のせいか時間の経過と共にその数が増えているように思える。そのため時刻はもうすぐお昼を回ろうというのにミレーヌは未だに脱出出来ておらず困っていた。


 そんな中、風邪で身体が辛いだろうに眠ろうとせず、それどころか時折周囲をキョロキョロと見回して警戒している様子のミレーヌを見た熟年の受付嬢は、この娘はどんな環境で生きてきたんだろうかと不憫に思い、気を紛らわせるためにちょっとした昔話を聞かせることにしたのだった。


 「これはある寂れた村に住んでいたおばさんの話だよ。その村はこの村よりも貧しい村でねぇ、毎日三食の食事すらまともに食べられないような村だったわ。

 そのおばさんは先日夫と息子を亡くしたばかりだった。いつものように簡単な依頼を受けてダンジョンに潜る夫と、最近その手伝いをするようになって男らしい顔つきをするようになってきた息子は、ダンジョンの入口で亡くなっていたの。二人の背中には鋭利な刃物による刺し傷があって、背後から心臓を一突きにされていたようだったわ。そのダンジョンには刃物を持った人型の魔物が出現しないこともあって、すぐに犯人は同じ冒険者だって分かった。貧しい村だもの、お金に困った冒険者が二人の荷物を奪い取るために刺し殺したんだと思うわ。

 幸いなことに犯人はすぐに捕まって処罰されたけど、そのおばさんは冒険者のことが信じられなくなっていたの。当然よね、大切な家族を殺した人達だもの。専業主婦をしていたおばさんは、残り少ない蓄えを切り崩しながら、収入を得るために仕事を探したけれど、なかなか見つからなくて徐々に窶れていったわ。

 そんなある日のこと、昨日の夜から降り続けていた雪のせいでその日の村はとても寒かった。日中は仕事探しで出掛けていたし、日向にいれば太陽の暖かさを感じることが出来たからおばさんは寒さを凌げていたわ。でも夕方になると流石にそうもいかなくなってきた。夜になる前に家に戻ったおばさんは、売り払って少なくなってしまった服をかき集めてくるまってみるけど、とても夜の寒さに耐えられるようなものではなかったわ。だからおばさんは家に残された最後の薪を燃やすことにした。きっと明日の夜は越えられないだろうと思いながら暖炉に薪をくべるとすぐに暖かくなったわ。

 おばさんは身体の震えも収まり、ほっと息をついていると、コンコン、と誰かが扉をノックしている音が聞こえてきた。こんな雪降る寒い夜に一体誰だろうかと訝しむおばさんだったけど、三度目のノックの音が聞こえた時点でゆっくりと扉を開いたわ。するとそこには身体中に雪を纏った目つきの悪い男が立っていた。一見すると不審者にしか見えない男だったけど、おばさんにはその男がすぐに冒険者だと分かったわ。暖炉の炎に照らされた男の胸元が一瞬鈍い光を反射させた。男の胸ポケットからちょこんと顔を出していた銅製のカードはCランク冒険者の証よ。

 おばさんは目の前の無作法な訪問者を睨みつけるけど、男はそんな視線に慣れているのか一切動じた様子がなかった。その男は、一晩泊めてくれないか? っておばさんに聞いてきたけど、冒険者に不信感を持っていたおばさんは、夫と息子を殺した冒険者なんて信用出来ないわ、帰ってちょうだい! と怒鳴ったわ。男はそんなことを言われても眉一つ動かさずに無表情だった。そんな男の様子にイライラしたおばさんは、もう一度出て行けと言おうとして口を開いたとき、男が呟いたの。

 ……そうか、それはすまなかった、自分がやったわけでもないのに謝る男の声はとても真剣で、気持ちが籠もっているように感じられたわ。その声に思わず引き止めようかと声を出そうとしたおばさんだったけど、喉が詰まってしまったかのように声が出せなくて、口元をパクパクさせている間に男は踵を返すと、夜遅くに失礼した、それだけ言い残し雪の降る夜の闇に溶けていった。

 その男の後ろ姿が、何故か胸を締め付けられるほど寂しげに見えて、動かない口の代わりに手を伸ばすけど、背を向けたまま閉められた扉に触れ、その冷たさを感じるだけだった。おばさんは暫くその姿のまま固まっていたわ。

 視界から冒険者の姿が消えたことでおばさんは徐々に冷静になっていくのと同時に疑問を覚えた。何故Cランク冒険者ともあろう者が夜になってから泊まれる場所を探しているのか、初対面にも関わらずいきなり怒鳴り散らしてきたおばさんに怒ることもなく謝罪をしてくれたのか……。

 あんな格好で寒くないのかしら……とおばさんは男の服装を思い返したわ。Cランク冒険者なのだから寒さを凌ぐような魔道具でも持っているはずだと、嫌な予感を振り払うかのように思い込もうとするけれど、おばさんの脳裏にはとても冬の寒さには耐えられそうにない、軽装をした男の寂しげな後ろ姿が焼き付いて離れなかった。そもそも寒さが大丈夫ならわざわざ宿を探す必要は……、そのことに思い至ったおばさんは自分が取り返しのつかないことをしてしまったのではないかという予感に顔を青ざめさせた。

 まだ間に合うかも知れないと冷たい空気が室内に入ってくることも厭わず慌てて扉を開け放つけど、既にそこに男の姿はなく、村の外へと続く道に向かって足跡が続いているだけだったわ。

 暫くの間、放心したように足跡の続く暗闇の先を見つめていたおばさんだったけど、室内から零れている灯りに照らされて、扉の脇に何かが置かれていることに気付いた。それはおばさんが見たこともないような高級そうな毛皮、あの冒険者が置いていった物なのだとすぐに分かったわ。

 重なるように置かれたいくつもの毛皮の上には、風で飛ばされないように重石の乗せられた一枚の羊皮紙があった。そこには短くこう書かれていたわ。

 この毛皮を売って生活費の足しにしてくれ、隣町の入口から入って左手にある赤い屋根の一番大きな建物なら定価より高く買いとってもらえる、一般人でも大丈夫だ。

 それを読んだおばさんは申し訳なさと感謝の気持ちから涙が溢れ、暫くの間、寒さすら忘れて嗚咽を漏らしていたわ。暖かい室内に戻ったおばさんはあの冒険者に何もしてあげられなかった自分を責めながら布団に潜るとただただ無事であることを祈りながら目を閉じた。

 翌日になると早速おばさんは隣町に向かったわ。本来なら乗合の馬車で一日の距離だったけど、雪の影響で時間がかかって三日かけてようやく隣町に辿り着いた。

 あの冒険者の言葉通り赤い屋根の大きな建物へ着くと毛皮を買い取ってもらい、その額におばさんは目を見開いたわ。高そうな毛皮だとは思っていたけど、一般人なら贅沢をしなければ半年は暮らしていける金額だったからよ。

 おばさんはそれをほんの少しだけ使うと残りはあの冒険者に会った時に返すため仕舞っておくことにした。幸いなことにおばさんはその日のうちに酒場の給仕という職に就くことが出来たわ」


 熟年の受付嬢は話が一区切りついたので話を止めるとミレーヌを見つめた。


 「……続きは?」


 ミレーヌは寝ようとする気配を見せなかったが、気持ちを紛らわせることには成功したようだった。

 受付嬢は話を急かされると続きを話そうとその口を開くのだった。

受付嬢の独擅場に愕然。

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