表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/59

第31話 幼き日のミレーヌと受付嬢後編

 「それから十日ほど経ち、おばさんが仕事に慣れ始めてきた頃の夜のことよ。ダンジョンから戻ってきた冒険者達で賑わう酒場の喧騒の中、とある二人組の冒険者が話す言葉が耳に届き思わず足を止めたわ。

 二つ隣の村でCランク冒険者が雪に埋もれるようにして亡くなっていた、おばさんの脳裏には隣の村へと続く雪道に刻まれた足跡が浮かび上がり、居ても立っても居られずに注文されていたお酒を急いで届けると、厨房から串焼きと安いお酒を拝借し、二人組の冒険者の下へ向かった。二人は突然現れて話を聞かせてくれと言うおばさんの勢いに驚いたけど、串焼きとお酒を渡されると気を良くしておばさんに話を聞かせてくれたそうよ。

 二人が言うには今から丁度十日前に二つ隣の村でCランク冒険者の凍死体が見つかったらしい。調べたところその冒険者は二、三日前からその村で見かけるようになり、毎晩いくつかの家に訪れては、一晩泊めてくれないか? と聞き回っていたそうよ。その時の冒険者の様子は頻繁に咳を繰り返し、熱っぽい顔でフラフラしていたようで、風邪を移されては堪らないと、どの家からと敬遠されたらしいわ。それでついに耐えきれなくなって雪の上に倒れ込んで、そのまま朝を迎えてしまったんだろうと二人組冒険者は言う。きっと最期は辛かっただろうな、と二人組の冒険者の片方は込み上げる何かを誤魔化すように安酒を半ばまで一気に呷っていたけど、おばさんにその話を冷静に聞いている余裕はなかったわ。

 おばさんは自分のせいであの冒険者は死んでしまった、自分が殺したようなものだと涙ながらにポツリポツリと零した。あの夜、足跡を追い掛けて彼を連れ戻していたら、呆けてないですぐに扉を開けていれば、そもそも夫と息子とは関係のない彼に激昂していなければ、こんなことは起きなかったはずだ。おばさんの暮らしが酷く貧しいと思われる状態もよくなかっただろう、だから毛皮を置いていったに違いないのだから。おばさんのために置いていった毛皮があれば風邪だって引かなかったかもしれない。おばさんはあの夜の自分の行いが悔やんでも悔やみきれなかった。

 そいつにも何か事情があったのかもな、だが冒険者としてやっていくとそういうことはままある、あんたが気にする必要はないさ、と途切れ途切れのおばさんの言葉を聞いた冒険者は答えた。その様子を串焼きを齧って安酒をちびちび飲んで見ていた、もう一人の冒険者が声を潜めるようにして、明日公表される情報だから広めないように、と前置きした上で詳しい話を教えてくれたわ。

 亡くなった冒険者はあるBランクギルドに所属しているサブマスターの一人だった。ギルドマスターはBランク冒険者で、他のサブマスターは二人いてCランク冒険者。亡くなってしまった冒険者がBランク冒険者になりそうだったから危機感を抱いて、ギルド全体で迫害したらしいわ。ギルドマスターはギルドの乗っ取りを恐れて、サブマスターは嫉妬から、平の冒険者はギルドマスターとサブマスターに唆されて……。

 亡くなってしまった冒険者はギルドを抜けようとしたけど許可されなくて、逃げ出したわ。そのギルドは大きくはなかったけどそこそこ顔の利くギルドだったから指名手配ってわけじゃないけど見かけたら連絡が行くように周りのギルドに通達されてしまって身動きをとれなくなっていたの。それが原因で大きなギルドのない小さな村を中心に活動するようになって、魔物の素材などと引き換えに寝泊まりをさせてもらって生活していたらしい。

 その冒険者が亡くなってしまったことで再発防止・原因究明のため調査が行われることになり、その足取りを遡っていくうちに亡くなった冒険者のギルドが彼に対してどんな事をしていたのかな徐々に判明していったそうよ。

 それで丁度今日、件のギルドマスター及びサブマスター二名、恣意的に協力していたギルドメンバー六名の計九名が捕まり牢屋入りとなったらしい。情報を教えてくれた冒険者はその報告がされていた際に別件でその場に居合わせていたそうで、この件は明日公表されるまでは内密にと言われ、それからこの酒場に来たようだった。

 何か事情があったんだろうと思っていたおばさんだったけれどまさかそんな酷い状況だったなんて思いにもよらず、驚きのあまり固まっていたわ。おばさんの顔から後悔の色が薄れたことを確認した冒険者は再び安酒をちびちびと飲み始める。

 その亡くなった冒険者は帰る場所がなかったんだな、ともう一人の冒険者が静かに呟いた。帰る場所……その言葉は不思議とおばさんの心に強く響いたわ。おばさんは帰る場所という言葉の意味を冒険者に聞くと、聞こえちまったか、と少し恥ずかしそうに頭を掻きながらも教えてくれたの。帰る場所、それは安心出来る場所であり、その人の心の拠り所だ。それは人によって違うが、大半の冒険者にとっては自分が所属するギルドだったり、行きつけの酒場だ。既婚者であれば大切な家族の待つ自宅に違いない。ダンジョンに潜らない人達だってそれぞれの大切な場所があるはずだ。俺はそれを帰る場所って呼んでいるんだ。その冒険者は酔いからか、恥ずかしさからか、顔を赤くしながらそう語ってくれたわ。

 人間ってのは生きていれば気付かんうちに帰る場所が出来てるもんだ。それと同じように稀に帰る場所を失っちまうこともある。それはどうしようもねぇことだが……俺に出来ることはいつもやっていることを真面目にやることだけだ。帰る場所を無くしちまってもまた作ることは出来る。冒険者はそこで言葉を区切るとじっとおばさんの顔を見つめた。ほらな? 俺達がいつも通りに酒場で騒いでいるだけであんたの眉間の皺も薄くなった、これが俺でも出来ること、帰る場所を守るってことだぜ。おばさんは開き直ってドヤ顔をしている冒険者を放置して、眉間に手を当てると確かに薄くなっているように感じ、自信の心が軽くなっているように思えたわ。

 何かとても大切なことを教えてもらった気がしたおばさんは冒険者にありがとうって伝えようとしたけれど、じゃあみんなの帰る場所である酒場を守るためにも今までのツケを払ってもらいましょうか、と年下の先輩給仕が現れ、冒険者を追いかけ回し始めたので言い損ねてしまったわ。今日もツケといてくれ、と逃げ回る冒険者に、そろそろ払ってやれよ、と野次が飛び笑い声に包まれる。辺りのお客さん達が走り回る二人の姿をつまみに盛り上がる中、おばさんは一つの決意をしたそうよ。

 帰る場所を守るということ。亡くなってしまった人は生き返らないし、自分のやってしまった過ちの記憶が消えることはないだろう。でも、そんな自分でも、同じような辛い気持ちを味わう人を少しでも減らしたい、酷い目に遭っている人を助けたい。誰かに足を引っ掛けられて転ばされた冒険者とそれに勢い良く飛びかかる給仕の姿を見て、自分でも出来ることを探そうと、いえ、自分だからこそ出来る何かを探そうとおばさんは決意したわ。給仕も冒険者もその一人一人が酒場の一部として帰る場所を作り上げている光景はとても暖かくて眩しかった。

 それから暫く経つと酒場からおばさんの姿が消えたそうよ。きっとそのおばさんだからこそ出来ることを見つけたんだと思うわ」


 熟年の受付嬢の長い話が終わると、さり気なく聞き耳を立てていた冒険者達が思い思いの感想を口にするが、ミレーヌはよく分からないといった表情を浮かべていた。何故か感想を言い始める冒険者達の話を適当に受け流した受付嬢はそんなミレーヌの頭を優しく撫でて呟いた。


 「ミレーヌちゃんにはまだ難しかったかしら」

 

 実際受付嬢が何を伝えたかったのかよく分かっていないミレーヌであったが、帰る場所という言葉だけは不思議と頭に残った。


 「……帰る場所?」


 特に意識無く零れたミレーヌの言葉は、受付嬢にはその意味を尋ねているように聞こえたようだ。


 「ミレーヌちゃんが何も気にせずに休んでもいい場所ってことよ」


 ミレーヌはそれを聞いてもやはりよく分かなかった。しかし、その言葉に含まれた受付嬢の優しさを感じ取ることは出来た。言葉と共に今までで一際強く撫でられると、その手の感触に昔感じていたような安らぎを覚え、強烈な眠気に襲われる。眠気に抗う気持ちは湧かなくて、その仄かな安らぎに身を任せるようにスッと瞼を下ろした。ミレーヌは熟年の受付嬢に見守られながら、まるで意識を失うかのように身体の力を抜き、視界を閉ざすのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ