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商業都市ステテコス。
ノーザンギョー国においてもかなりの大都市で、高級商店街グランドバザールの品ぞろえは一級品だ。
ゲーム中ではプレイヤーが道端で敷布を敷いて野良バザールを開いていることもあったが、この世界ではごったがえす人の中にプレイヤーがいるのかどうかも祥子は判別がつかなかった。
(あ、そういえばクエスト受注でもらったバザール敷布……持ってないけど、もの売ってもいいのかな?)
ふと祥子は疑問に思った。プレイヤーが道端で物売りをする場合も、許可制である。
おつかいクエスト『商人みならいの入口』でもらえるのがバザール敷布だ。これを持っていないと、プレイヤー間での展示商売はできない。これは着々と商売人として鍛えられていく中で、やがては店舗も持てるようになる。販売件数の制限も拡大され、大店や支店を増やし、他プレイヤーの店舗間で連携することもできるので、本格的にやろうと思えばその方面で巨大なマーケットを築くことも可能だった。
しかし、バザール敷布に限って言えば、これがなければ物を売れないというシステムを忠実に再現しているとは思えない。
(普通に、道に布広げてものおいておけば売れる気がする……ゲームシステムに縛られないでできそうなこと、システムに縛られること、色々検証必要かな……)
そもそも、祥子が普通に使用した武術も、プレイヤーによっては発動できない人がいると《レズ姉》は言っていた。
何も考えずに夢だと思って、絶対に使用できると確信していたのがよかったのかもしれない。あれこれ難しく考えて、変につまづくと途端に使えなくなってしまうような気がしていた。
「皆さんっ、どーも、ありがとうございましたーーー!!」
元気いっぱいにマーシャは礼を言う。
「ここまででだいじょーぶですっ! お礼はエレナさんがリーダーさんですよね。はい、お確かめくださいっ」
「ええ、確かにいただいたわ。オーダー完了ね」
「はいっ! あたしはこれから、『乙女の涙』亭に宿を取りますが、皆さんはどこか本拠地ご予定ありますか?」
エレナは口元に手を当てた。
「いいえ、まだこれからね。いい依頼を回してくれそうなところを探すつもりよ」
「だったら! 暫定的に、『乙女の涙』亭に行ってみませんか? ノーキン村出身の人が営んでいるんですけど、初心者から高レベル冒険者まで幅広く依頼を扱っていますよ」
あたしも、帰りの護衛はこちらでお願いする予定なんです、とはにかむ。
「そうね……情報収集はする予定だけれど、縁者の方がやっておられるというのなら、仮の本拠地にはいいかも……皆、どうかしら?」
「んー、ルルに異論はないっすよーげへへ」
「なんですか、ルルさんその笑い方……若干引きますよ……」
「うっさいなー! タロッちも文句ないって」
「えっ、どう翻訳したらそんなことに? 確かに僕も異存はありませんが」
うろたえつつも、タロットワークは祥子の方を見る。
「白面さんは……あ、いや、分かります。同じく異存なし、ですね」
祥子は何も言っていない。彼は一体何が分かったというのだろうか。
「意見もまとまったし、ご一緒させてもらうわ」
「はい、お任せください!」
ドン、と自分の薄い胸を拳でたたいて、げほげほと咳き込むマーシャに一同は温かい視線を送った。道中ルルがマーシャの純真ぶりに邪悪なエレメンタルが浄化されるなどと呟いてダメージを受けていたが、だんだん慣れたようである。
案内された『乙女の涙』亭では、筋肉の塊なスキンヘッドのマスターが両腕を広げてマーシャを抱きしめた。
「あらーっ、マーシャちゃんじゃないのーっ! 今日はおばあちゃんのおつかい!? えらいわねええええっ」
「はいーっ、あれ、どーしてか息が苦しい……」
ばきばきと締められながら、マーシャは応じる。
「ねえ、あれって止めた方がいい……?」
ルルが濁った目で呟く。マスターのレベル的に、多分このかけだしの面子では誰も止められないと思われた。
「あの……マーシャさん、息をしていないので、ほどほどに……」
見かねてエレナが口を挟むと、「あら、やだっ」とマスターは身をよじった。
「お客さん連れてきてくれたの!? はやくそういってちょうだい!! アタシは、この『乙女の涙』亭のマスターにしてファム・ファタール! ホワイティーリリーよ!」
「……かけだしの冒険者パーティの暫定リーダー、エレナと申します。よしなに」
スマートに挨拶を交わすエレナの背後で、ルルが更に濁った目で呟く。
「ねえ、ルル、ここでつっこむべき? ねえ?」
「ええと、個性的な人ですね……」
タロットワークはフォローになっていない。
「ここは冒険者の仮宿。かけだしから高レベル冒険者まで依頼を取り揃えているわ! 良かったら依頼書を見て行く?」
「ええ、ぜひお願いしますわ」
「ちょっと待っててねぇん!」
マスターは筋肉質なお尻を強調する黒のレザーパンツの後姿をくねくねとさせながら奥に引っ込んで行った。
「ねえ、ルルさあ、つっこんだ方がいいなら、つっこむよ……」
「言葉は何も必要ないわ……」
腕組みをして瞑想態勢に入るエレナ。タロットワークは「白面さんはさすがに同じませんね」と感心している。
一番内心動じているのは祥子なのだが、彼はまったく空気を読む術に長けていないようである。
これだけ意思疎通がまったくできていないパーティ、今後が不安でもあった。
(……衝撃のあまり、時止めしちゃったよ……この国色々おかしいNPC多いけど、あれって隠しNPCなのかな……見たことないけど、次に実装予定のイベントで投入予定だったとか? 運営おかしいよ色々と……)
今更ながら祥子は放心の態で椅子に座り込む。考えることは山ほどあるのに、次から次へと目の前の出来事が祥子の思考をあらぬ方へ奪っていく。
(いけない。それより、《レズ姉》さんと集合しないと……でもこの国を出るにはレベル上げないと無理だし……各都市にある『転送門』は機能していないっていうし、全部移動は徒歩とか船とかだよね。場合によっては飛龍とかか。でも騎乗系ペットもってないし……)
集合は互いの現在地から、神聖国家アクセルをギルド『パワードサムライ』の連絡中継地点としたのだが、移動系の装置や呪文が使えない現状、いつになるか分からない。
無理して移動した結果、死亡ではあまりにも本末転倒だ。
当分はレべリングになるだろう。その意味では現状のパーティーは最適解だ。
《レズ姉》はこれからギルドメンバーの無事確認を順次していくそうだ。人手が足りない現状、比較的安全地帯にいる祥子はしばらく一人でやっていくことになる。
(『簡易転送装置』も限定条件下でないと使用できなくて検証必須か。そもそもアイテムインベントリにもってないよ。『大移動呪文』は魔法剣士じゃないと使えない)
魔法剣士であったなら、祥子の活動領域や選択も大幅に広がっていたはずだ。しかし逆に危険な領域につっこんでいって、一人死亡していた可能性もあることを思えば、結果的によかったのかもしれないと自分を慰める。
(武闘僧から魔法剣士にクラス変えができるか、これも要検証。攻防力も足りなくていい防具装備すらできないよ……)
何より、祥子の神武器『イワナガヒメ』と『コノハナサクヤヒメ』の双刀も封印状態だ。
この武器は、ふるうたびに桜の花びらが宙を散り舞うレア武器だ。
元々武闘僧はカタナ装備適性がないので、攻防力が上がって装備条件数値を満たしても装備できないが、その辺も現在の自由度から考えると本当に使えないのか謎と言えば謎である。
(はあ、とにかくレベル上げるしかないや……不幸中の幸いは、魔法剣士も武闘僧も空中戦が得意ってことだよね。イメージ違和感がなくて武術使えたのはそのおかげかも)
プレイヤースキルの高い人だと、「ずっと俺のターン!! お前のターンぬぇええからああああ!!」とばかりに、戦闘中滞空し続け、敵の頭上からぼこぼこに殴り続けられる。
それが真の武闘僧。
ただし防御力は、やや紙。
騎士やハンターなどは、空中戦が苦手だが、かなり固い上、一撃死がまずないクラスだ。
しぶとい、こいつ、殺せない。騎士しぶとい殺せない。とよく言われる。
祥子のクラスは、はやいうざい飛ぶ殺せない。でも当たればどうということはない。とよく言われる。
まるで夏に飛ぶ蚊か台所の黒いエネミーのような扱いだ。
悶々と考えている内に、ハードレザーのマスターがくねくねとしながら戻ってきた。手に大きなファイルを抱えている。
「さあっ、依頼書よん! がっつり大股開きにして、端から端まで舐めるようにめくってみてあげてぇええん!」
「……急用を思い出しました」
エレナが真顔で回れ右した。
「待ってぇえええ! お客さん、久しぶりなの、待ってぇええええええええ!!!」
マスターのホワイティ―リリーが必死にとりすがる。もはや汚物でも見るような視線のエレナに、しなを作って両手を乙女の祈りの形にすると、
「悪ふざけが過ぎたわん! お客さん久しぶりで嬉しくって、アタシってばちょっとはしゃぎすぎちゃったの」
「閑古鳥が鳴いているんですか?」
「ええ……大手の紹介所が進出してから、古き良き冒険者の仮宿は顧客を大勢奪われちゃって……」
「ああ、チェーン店ですね」
「なんでもシステム化すればいいってもんじゃないのよ。アタシ、こーゆー小さいところで人脈作って顔つなぎして行くのが結果的には大成するって思うのよ」
エレナは少し考えて、依頼書のファイルを受け取った。
「拝見します」
マスターはほっとしたようだ。ルルがにやにやと言う。
「やだ、このハーフエルフ、つんでれのつもり? マジウケル、きゃははー!」
「おい、ヒューマン。表に出ろや」
戦斧を床にどん、と突き立てるエレナに、「やめてぇえっ、アタシのために争わないでぇええええっ」とめちゃくちゃうれしそうに叫ぶマスター。
「……萎えました」
「ルルも」
「えっ、どうして!? アタシのためにもっと争ってもいいいのよ!?」
「ルル、依頼書を見ましょう」
「そうだね」
二人は仲良く依頼書をめくった。
タロットワークはフードの下で感心したように呟く。
「このマスター、さすがですね。二人の仲を見事に仲裁してみせました」
いや、素だろ、と祥子は思った。ところで、先ほどからマーシャが大人しいと思ったら、椅子に座ったまま真っ白に燃え尽きていた。
無言で祥子は辻ヒールしておいた。