強面傭兵と願いの奏者 8
しばらくして、夕方が過ぎ夜が近づいた頃。
彼はグリスンに提案を申し出たのち、止めていたバイクと共に彼をアパートへと連れて帰って行った。 元々大型のバイクの為彼の後ろにグリスンは乗り込み、ヘルメットは無かったもののしっかりと彼の身体を掴んで振り落とされない様にしていた。その手の感触が身体に伝わり、本当に黙視できない存在なのだろうかと、彼は再度疑問に思うのだった。だが現に彼は他の存在には見えてない事がアパートに着いた後も、実感する光景が数回あった。
入口ですれ違った親子が自分にぶつからない様配慮するが、後方に居る彼には気にせず進路を戻そうとする光景。先を急ぎ過ぎて自分にぶつかった人は謝るが、彼にぶつかっても謝る人は居ない。少しだけ違う光景を何度も見るたびに、ギラムは何度も彼は自分と違う存在なのだと実感させられるのだった。
その後再び彼の部屋へと案内されたグリスンは、先日同様に座布団の上へと正座した。しかしそれを見たギラムに「楽な体制で良い」と言われてしまい、正座はやめ少しだけ足を崩した状態で彼の行動を見ているのだった。まだ正式に契約を交わしたわけでは無いのにも関わらず、仲良くしている事にグリスンは何度も不思議そうな眼差しを彼に向けていた。そんな眼差しを感じたギラムは彼の顔を見ると、何度も静かに笑みを浮かべそれが現実なのだと彼に教えるのだった。
「・・・ぇっ! それ、本当なの!? 僕と・・・契約してくれるの・・・?」
しばらくして戻ってきた彼お手製のコーヒーを口にした後、グリスンは振られた話題に驚いていた。 それは自らが考えて導き出した答えだと言う事も彼は聞き、ギラム自身から彼にそう頼んできたのだ。先日の交渉が決裂したと思っていた彼にとって、とても嬉しい話であった。
「あぁ。 ・・・っても、お前が期待するほどの事が出来るとは思ってないけどな。 どう考えても次元が違う光景を見てるし、お前は俺の世界の住人じゃないってこともなんとなくわかったからさ。」
驚く虎獣人を目の前に彼は淡々と話し、ギラムは自分の考えを彼に伝えた。 今まで見てきた光景も全て話し、今自分の前で話をしている存在は他人からしたら見えない存在。 別世界で住んでいる存在なのだと言う事も悟っている事を告げ、誤解があるのならば否定して欲しいと言った。 そんな彼に対してグリスンは首を横に振り、間違いではない事を彼に伝えた。
「僕達みたいな存在を『エリナス』って言うんだけど、君みたいな存在を僕達は『リアナス』って言うんだ。 『現実世界で生きる者』って意味なんだよ。」
「そうなのか・・・ じゃあ、お前らは何処の世界に住んでるんだ?」
その後彼等を自分達は『リアナス』と呼んでいると言う話をし、その由来も彼は説明した。 別世界で生きている事と彼等の世界に来ている事を同時に告げ、彼の問いかけにも答えようと頭を動かし彼は正面から答えた。
「僕達は『エヴィナラス』って言う場所に居て、簡単に言うと『心の世界で生きる存在』なんだよ。」
「心の世界・・・?」
問いかけに対しグリスンはそう答え自分達は彼等から見て『心の中』と呼ばれる場所に住む存在なのだと告げた。 それを聞いたギラムは驚き自分の胸を一回見るが、そんな所に彼等の様な存在が住んでいるなどと考えた事も無かった。
普通に考えたら自分達『人』以外の存在が存在していると言う事も考えた事が無いに等しく、今目の前に居る彼の解釈も時間がかかった方だ。 だが当の本人も分かりやすく説明してくれたのだろうと彼は思い、実際にそこに居るのではないだろうと頭を切り替えていた。
「僕達が契約をする制度が出来たのは、少し前。 僕達の世界では階級制度が進んでて、王様の立ち位置に居ると何でも部下に命令を出来るし、制度を創る事が出来るようになったんだ。」
「さすが王様って感じはするんだが・・・ ・・・それで、契約をした際に俺等が手に入れる力っていうのが。 あの時言ってたメリットか。」
話を進めるグリスンの言葉を聞きながら、ギラムは解釈を続けた。
彼の話では『エヴィナラス』と呼ばれるこの都市の様な世界が存在し、彼等はそこに生きて活動している事。 その世界の王様と呼ばれる立ち位置に立った存在は、その世界を意のままに操り制度を創る事が出来る。 今の自分達が契約をしてほしいと頼む行動理由はそこから来ている事を彼は知り、先日彼が土壇場に持ちかけた『利点』が引き渡される対価なのだろうと思った。
普通に聞いたらとても大きなメリットの為対等ではない様な気もするが、彼等からしたら対等なのだろうとギラムはグリスンを見ながら思っていた。 そんな彼の眼差しを受けたグリスンは軽く笑顔を見せ、嘘ではない事を彼が教えてくれたように伝えるのだった。
「契約をしたら、リアナスの人達の思い描く『空想』を具現化する事が出来るように、僕達がアシストしてあげられるんだ。 簡単に言うと、頭の中で描いた出来事を実態化させられるって事なんだ。」
「ある意味『魔法』が使えるようになるって意味か。 非現実的な話だが、お前らの世界の事を考えると。 無くは無いか・・・」
その後彼は利点の大本がどういう事なのかを説明し、彼等の『想像力』を挽きだし使えるようにする事だと説明した。簡単な解釈でギラムは魔法なのかと問いかけると、彼は頷き一般的な魔法が使えるようサポートするのだと言った。
元々彼等は自分達の内側の世界に住むと言う事もあってか、そう言った文化や技術が発達している。 現に彼にも似たような事が出来ると言い、戦う際にも役に立てるだろうと言った。 しかしお世辞にも頼れそうな相手ではないためギラムは苦笑いをしながら彼に返事を返し、無邪気に戦えるのだと言う事を熱心にアピールしてくるグリスンを見ていた。
その後彼の会話と行動は心の底から楽しいと思える事を、彼はふと気づきそうなのだろうかと気にしていた。
「で、僕達と契約したら何をするのかって話だったね。 契約をしたら、自分達の敵である『創憎主』っていう独裁者になろうとしている人達を一緒に倒してほしいんだ。 この人達を放置してると、大変な事になっちゃうから。」
「大変って・・・どれくらいだ。」
一通りの利点に対する説明が終わり、彼はその後の話をした。 話をすればするほど契約をしてもらえる確率は減る事を彼等も解っており、最初に交渉した際もグリスンは大本を話す事は無かった。
現にリアナスの存在達は『比較』する事を基本とし、行動に見合う対価が無ければ契約など申し出る事は無い。だからこそのやり取りだったのだが、今のグリスンにとってみると話す事がまず大切なのだと思い話していた。それだけの事を自分達はしてもらいたい事を告げ、契約をしたら一生行動を共にしてもらう事。 その分のサポートを自分達はする事を告げ、倒すべき敵の有害性を彼に告げた。 しかしどんな存在なのかピンと来なかった様子で、ギラムは彼に問いかけた。
すると彼は、一息ついた後こう言った。
「この世界を自由に操れるほどの、偉大な存在になれちゃうって意味。 君が定められた好きな日に、好きな所で死んじゃうって意味でもあるんだよ。」
それだけ重く、自分達の命にもかかわる相手なのだと言う事を彼は話した。 コーヒーを飲みながら聞いていたギラムは驚きカップを落としそうになるも、慌てて口にしたコーヒーを飲み込み一息ついた。
「おいおい・・・ そう言わちまうと、大分おっかない話に聞こえてくるな・・・ お前等からしたらメリットばかりで良いんだろうけど、こっちは確かにいい迷惑だ。」
「そう思ってもおかしくなかったから、あんまり詳しく話せなかったんだ・・・ ギラムならきっと理解はしてくれるって思ったんだけど、自分の身を犠牲にしてまでやる事じゃないって思うと思ってたからさ。」
「そうだったのか・・・」
契約した際のメリットの後を聞き、ギラムは軽く身震いをしどれだけの敵がこの世界に存在するのかと考えていた。 普段生活する分には支障もない力が自分達にも備わっており、それ以上の力を求めるのであればそれ相応の行動をしなければならない。
それが改めて正当化されている理由を彼は知り、グリスンは訳ありで最初に話をしたことを軽く詫びていた。
例え理解が出来そうな相手であっても、困らせ契約を拒まれてしまったらどうしよう。 相手に入らない情報を伝え結局その行動に関与出来ないままでは、余計な悩みの種を植え付けたことになる。 そう言った心配があった事を改めて彼は告げると、ギラムは納得し疑いの目を向けてしまっていた自分が情けないと思うのであった。自分の目の前に居る存在がどれだけ心優しく、自分の事を気遣ってくれていたのか。
彼は改めて思うのだった。
その後しばしの沈黙の後、ギラムはカップに入っていたコーヒーを全て飲み干し彼を見つつ言った。
「・・・まぁ、これ以上の詳しい話はその時で良いか。 大分話は掴めたし、用は俺がそいつ等と戦って平和を維持すればいいって意味だろ。」
「う、うん・・・」
大体の経緯を聞き自分なりに解釈した事を彼は話し、間違いではないかどうかを確認した。 それに対してグリスンは戸惑いつつも顔を立てに振り、彼の解釈で間違いないと告げた。 それを聞いて嬉しかったのか、ギラムは少し笑顔を見せながらその場にゆっくりと立ち上がった。
「まだ何か裏の事情とかあるんだろうが、その辺はその時その時でお前が判断して教えてくれるっていうんだったら。 俺はそれでいいぜ、グリスン。」
立ち上がりながら彼はグリスンにこれからの条件と思われる話をし、それが出来るのであれば自分は気にしないと言った。
そして、
「お前の力になってやるよ。 俺で良ければな。」
「ギラム・・・」
続けて彼はそう告げ、契約しても良い事を話すのだった。 それを聞いたグリスンは嬉しくなり込み上げてきた涙を我慢しながら、顔を何度も縦に振り念願が叶ったと言わんばかりの笑顔を見せていた。 無邪気に笑うも涙目の虎獣人を見て、ギラムは苦笑しながらも立ち上がった彼と握手を交わした。
「・・・で、どうやって契約するんだ。 紙とかにサインする形か?」
ひとまず込み上げてくる涙を止めようと思い、ギラムは笑顔を見せてくるグリスンに対し話を持ちかけた。 その話を聞いた彼は改めてそれが現実なのだと言う事を知り、頭を左右に振り現実に戻るかのように頭の中を戻していた。 その後彼の問いかけに対し首を横に振り、届け出を出す形の契約でない事を告げた。
「『契約』って言う単語を聞いて、手続きをするって人が多いんだけど。 僕達の世界ではそういう事はしないんだ。」
そして彼等の契約と自分達の契約の意味が違う事を話し、その制度が根本的にない事を言った。 何かしらの手続きをし『関係性を築く』と言うのがリアナス達の『契約』だと言うのなら、彼等のいう契約は何なのだろうか。 そう思ったギラムは単刀直入に質問し、グリスンはそれに対し頷き答えを述べた。
「エリナスとリアナスを『支える』ための行動なんだ。 だから、そういう事はしないで。 簡単な仕草と契約をしたっていう証を用意して、終わり。 血とかは出ないから、安心してね。」
「出たら困る事を笑顔で言われるのは困るんだが・・・ まぁ、痛くないなら良いか。」
手続きの方法や証による契約、そして意味そのものも違う事をグリスンは説明した。
しかし彼なりに解りやすい説明をしたはずだったのだが、補足として付け加えた点が余計だった様だ。 明るく笑顔で話す彼から、いきなりダークな話を振られてしまえば誰だって驚いても仕方は無い。 それをいつも通りに話されると、かえって動揺してしまうほどだ。
血が流れない事を告げられ、表情に困りつつもギラムは返事を返した。
「まぁ証っていうくらいだから、仕草をした後だろう。 契約仕草って、何するんだ?」
ひとまずその件は置き、彼はグリスンにどういう仕草を取ればいいのかを問いかけた。 書類による物ではないと聞くと、どういう行動を取った後にそうするのかは実際にやらないとわからない。世界観上聞く側に回った彼は、グリスンからの説明を待っていた。
「基本は『口付け』なんだけど・・・ ・・・ギラムは苦手?」
「・・・さすがに遠慮したいな。 お前・・・男だろ。」
「うん。」
契約仕草に対しグリスンは説明を行い、パートナーとなる相手同士で口付けを行う事が最初の掟の様だ。 しかし実際にはそれを平然と行えるリアナス達は一部に限られ、彼の様に『同性』での口付けを行う事を好む者はまずいない。 性別を確認した後、ギラムは行う行為に断りを入れつつどうするか考えていた。
自分から許可したとはいえ、性癖で受け付けない行為はすぐには実行に移しにくいのだろう。言い出した事もあるためか、ギラムは困っていた。
「ぁ、でもね。そういうリアナスの人達が多いっていうのは、僕達も知ってるから。 他の自分なりに決めた仕草で、行って良いって制度が出来たんだよ。」
そんな彼を見かねたグリスンは、助け船を出すかのように他の方法があると言い出した。 階級による条例が存在する事を話していた彼からの発言は、ギラムの表情をすぐに変える言葉となった。 他に方法があるといのならば、聞く価値はある。
「自分で決めた仕草・・・? そんなのがあるのか。」
「うん。 僕が独自で考えた仕草なら、ギラムが気にしてる事は何も心配しなくて大丈夫。 それで良ければ、してほしいな。」
改めて別の方法の内容を聞くと、グリスンは笑顔で彼にそう言い危険性は口付けよりも少ないと言った。 むしろ身体が触れる部分が間接的では無く一部分の肌に限られると言い、大丈夫であれば仕草を取ってほしいと言った。初対面の時とは違い目も左右に動かず手もしきりに動いていないところを見ると、とても健全な方法なのだろう。 ギラムは改めて自分達のために考えてくれた方法が存在している事に、感謝をしつつその方法で良いと受理した。
その後グリスンの指示通りに彼は移動し、その場に立ち上がり正面から向き合った。
彼の契約仕草、それは互いのおでこを合わせると言う簡単な方法。 接する面を最小限に抑え、なおかつ親身な仲である事を証明する方法。 痛くない様ゆっくりと相手の顔に近づき、互いに額を合わせた。
「こうで良いのか、グリスン。」
「うん。 ・・・で、ちょっと目を瞑っててね。」
シリアスな展開から雰囲気が一変し、この体制で良いのかと彼はグリスンに問いかけた。 それに対し彼は会って居る事を告げつつ目を瞑るよう指示し、互いに目を瞑りグリスンは言葉を口にした。
「エリナス『グリスン』は、リアナス『ギラム』の事を生涯支える事を約束します。 どうか、この契約が成立し彼の支えとなれる事をお祈りください。
コンセルズ・レ・トム・サポート。」
静かにグリスンは口を動かし最後の一言を告げると、閉め切っていたはずの彼等の部屋に風が吹き出した。素足の彼等の足元から風が流れ、周囲の空間を包み込むかのように風が彼等を纏いだした。周囲に漂っていたコーヒーの香りが彼等の鼻孔を擽り、目を開けてはいけないと言われていたギラムは周囲で何が起こっているのだろうと少し不安になっていた。だが周りの環境が変わっても体制を変えないグリスンが居る事だけは解っており、ただただその風に包まれる感覚を身に覚えていた。
その後、グリスンは静かに彼の額から離れた。その行動を察し彼からの目を開けても良いと許可を貰うと、ギラムは目を開け顔を上げた。すると彼の前に立つグリスンの手の上には、何やら奇妙な物体が存在し淡い光を放っていた。銀縁に黄色い半透明の水晶体であり、小さくも綺麗な輝きを放っていた。
「ありがとう、ギラム。 これが、君との契約が成立した証だよ。 受け取ってくれる・・・?」
「お、おう。」
物体を見つめていたグリスンは顔を上げながら彼に告げ、出来上がった物体を受け取って欲しいと言った。 その声に返事を返しつつ、ギラムは水晶体を手にしさまざまな角度から受け取った物を見た。
掌の上では解らなかった角度から見てみると、それはどうやら『龍』の様な形をし た物体となっている事が分かった。 顔の様な部分と長い尾だと思われる場所も見つかり、手足は見えない場所にあるのだろうと彼は思った。
「それは『クローバー』って言って、リアナスとエリナスが契約をした際にリアナスの人が貰える品物なんだ。 それを持っていれば、ギラムも『魔法』って言う現象が扱えるようになるんだよ。」
「これを持っているだけで、仕えるようになるのか・・・」
水晶体を眺めていると、グリスンはその物体に対する説明を入れた。『クローバー』と呼ばれるその物体は個々で形や色合いが変化し、彼のイメージカラーが『黄色』であり水晶体の色に選択された事を話していた。銀縁部分は何処にでも装着する事が可能であり、彼が身に着けているだけで魔法が使える事を説明した。
「・・・それで。 ちょっと上着を脱いでもらっても良い?」
「服? 何でまた急に・・・」
「ちょっと確認したい事があるんだ。 契約をした時に、刻まれる刻印が何処かにあるはずなんだ。」
「なるほどな。 了解。」
その後話が変わり、不意にグリスンはギラムに上着を脱いでほしいと告げた。それを聞いたギラムは驚きつつも理由を聞き、指示に従い羽織っていた服をその場で脱ぎだした。鍛え上げられた身体が露わになり、肌着も脱ごうとしたその瞬間。
「・・・あれ。 なんだこれ。」
ギラムは何かを目にしたかの様に声を上げ、グリスンは彼の目の先に映っている物を確認しようと顔を動かした。彼の右腕には複雑な形をした『紋様』が刻まれており、受け取った水晶体と同じ黄色をしていた。何時の間にこんなものを掘ったのだろうと不思議そうに見ている彼を見て、グリスンは説明しそれが契約の際に出来る身体への証だと告げ、普通の人には見えない代物である事を話した。
「エリナス独自で持つ紋様が、リアナスの身体に刻まれるんだ。 契約した人にしか見えないし、部位は様々で何処に入ってるかとかはわからないんだけど・・・ ギラムは右腕なんだね。」
「模様が入ってる場所に、理由とかってあるのか?」
紋様を彼等は『刻印』と呼んでおり、契約が破棄されない限りずっとその場に入っている刺青みたいなものだと説明した。刻まれている場所によって意味があるのかとギラムは問いかけると、グリスンは返事に困りつつも首を縦に振った。
「ちゃんとした意味があるって言ってたんだけど、僕初めて契約したから・・・ ごめんね、詳しくないんだ。」
「そうか。 ・・・まぁ、仕事に支障が無ければいいか。 で、コレは何処に着けておけば良いんだ?」
理由を問われるも、彼はその辺の知識が浅くまだ契約を何度も交わした存在ではない事を告げ詫びを言った。そんな彼に対しギラムは話しを変え、仕事に支障が無ければ気にしないと言い軽く笑顔を見せた。
「・・・」
そんな彼を見ていたグリスンはしばし黙った後、彼の問いかけに答えようと話しを変えるのだった。
その後、物体として普段身に着けておかなければならないクローバーを何処に付ければ良いのか。それに対しグリスンは場所は何処でも良いと言い、補足として『普段持ち歩いている物』に着けておくと安心だと言った。彼のアドバイスを聞きギラムは検討し、何かひらめいた様子でキッチンのカウンターへと向かって行った。そこで手にした物、それは彼が普段付けている『ゴーグル』だった。
レンズ部分の淵にサイズを調整するバンドが付いており、そこに引っかけるように彼はクローバーを付けてみた。すると、彼の考えに答えるかのように銀縁部分から刺が伸びだし、難なくバンドに装着する事が出来た。ピアスの様に出てきた刺が出た反対部分から留め具の様な物も生まれ、彼は妙な物体だと思いつつも動かない様装着された事を確認した。
「・・・これでいいのか? グリスン。」
「うん、完璧っ」
その後完全に装着し終えた事を見せると、彼は笑顔でそう言いそれを持ち歩いていると良いと言った。彼からの返事を聞いたギラムは早速ゴーグルを装着し、部屋の隅に置かれている鏡を見ながらその見た目を確認していた。シンプルなゴーグルにアクセントが追加されたかのような見栄えに変わっており、龍と言う事もあってか彼の強面に近い顔に違和感を与える事が無い代物だった。銀に水晶体と言うオシャレな組み合わせも、彼の趣味に合っている様だった。
「結構似合ってるな。 ありがとなグリスン、良い物貰っちまってさ。」
片方でありつけ外しをしても髪に引っかからない所を確認しながら、彼はグリスンにお礼を告げた。それに対し笑顔でグリスンは彼を見ており、自分が生み出した物体が気に入ってくれた事に喜んでいた。
「ううん。 気にしないで、ご主人様っ」
「ぇ・・・ご主人様?」
そんな笑顔で話す彼が言った言葉に、ギラムは違和感を覚え顔を鏡から彼の方へと向けた。それを見たグリスンはさほど驚いてはおらず、それが一般的であるかのように目を丸くして彼を見ていた。
「契約をした相手は、目上ってことで僕達はそう呼ぶんだ。 良いかな・・・?」
名前の呼び方に彼は説明を入れ、契約した相手をそう呼ぶ決まりである事を告げた。改めて説明した事に対し、グリスンはそれで良いかと彼に質問してみた。
「さすがにその呼び方はちょっとな・・・ ・・・他は、無いのか?」
しかし今回の提案もあまりよろしくなかった様子で、ギラムは困った様子で先ほど同様に他の呼び方は無いのかと問いかけた。それに対しグリスンは他の候補である呼び方も言ったが、どれも彼の気に入る呼び方は存在しなかった。
「・・・一応、支えるための関係って言ってたが。 その辺はまだ出来上がった制度じゃなさそうだな・・・」
「う、うん・・・ ・・・」
彼の呼び方に対する考え方を聞き終えると、ギラムは契約の意味を辿りその辺はまだ出来上がっていないのだろうと推測した。返事に困っているグリスンを目にししばらく考えた後、彼はある提案が頭に浮かんだ。
「じゃあさ、グリスン。」
「?」
「名前に『さん』付けされるのって、俺慣れてないからさ。 さっきみたいに、呼び捨てで呼んでくれないか? 俺からの頼みってことでさ。」
最初に出会った時の事を想いだし、先ほどからそう呼ばれていた事を彼は再度続けて欲しいと言った。少々目上として呼ばれる事が無れていない彼にとって見れば、名前に何かしらの後付をされる事は嬉しく思わず関係に差があると思ってしまうようだ。だからこそ呼び捨てで良いと話し、自分からの頼みと言う事で聞き届けて欲しいと彼にお願いした。
「良いの・・・? そんなに仲良くしてもらって・・・」
彼からの提案を聞いたグリスンは、驚きながらも遠慮がちに再度確認する様に彼に言った。元々呼び方に困っていた事もあるが、契約をする前にその呼び方をするものではないと言う事は解っていたためフレンドリーにそう呼んでいた。
それを認められたことを改めて知ったためか、仲良くしてもらえているのだと彼は感じた様だ。
「何言ってんだ、さっきから散々そう呼んでただろ。 今更遠慮するなって。」
「う、うん! ギラムっ!」
その後笑顔で遠慮する所ではないとギラムに言われ、グリスンは嬉しそうに彼の名前を呼ぶのだった。無事に契約も済ませ、念願のパートナーとなり支えるべき存在を見つけられた。グリスンはその事が何よりも嬉しい様子でギラムにそう言い、満面の笑みを浮かべ続けるのだった。
そんな彼を見たギラムも、つられて笑顔を見せ互いに笑い声をあげるのであった。