告白
「……陛、下……?」
ふいにレルムは目を覚ました。
声がかけられたポルカとリリアナは驚いたようにそちらを振り返ると、まだ熱に浮かされているかのような目でこちらを見ているレルムと目が合う。
「ごめんなさいね。起こしてしまいましたか?」
起き上がろうとするレルムの動きに、ポルカは手で制し、そのままの体勢でいるよう無言の指示を出すとレルムは起き上がることを止めた。
「そのままで大丈夫ですよ。無理はしないで。この度は大変でしたね」
「……いえ。申し訳ございません。私が未熟だったばかりに、こんな結果に……」
「いいのですよ。あなたが生きて戻ってきてくれたことが、私達は何より嬉しいのです」
にっこりと微笑みながらレルムを許すポルカとの会話に、リリアナは胸がいっぱいになった。
先ほどよりも声がしっかりしているのは、少しでも眠れたせいだろう。
彼はもう大丈夫。そう確信できた瞬間だった。
「敵地の状況はどうでしたか?」
「……要塞まで行く事はできませんでした。駐屯所は全て潰す事はできましたが、私が負傷したのがその最中でしたので……」
「そうですか……」
こうして負傷したことに触れず、いつもの連絡事項を聞くことで逆にレルムの心の負担を軽くしようとしているポルカなりの心遣いだった。
まだそれを掴みきれていないリリアナは、近くに置いてあった水瓶を咄嗟に手に取り、それを抱きしめながら立ち上がる。
「あ、あの、あたし、水汲んできます」
リリアナは足早にその場を立ち去った。
静かな通路に出て、とりあえず兵士塔の傍にある小さな庭園に出てみた。
空を見上げてみると遠く地平線が薄っすらと明るくなりかけているのを見る限り、もうじき朝になる。
リリアナは水瓶を抱えたまま近くのベンチに腰を下ろして深いため息を吐いた。
その時、こちらに向かって歩いてくる召使を見かけ、リリアナはベンチから立ち上がって声をかける。
「あ、ごめんなさい。あの、水を汲みに行きたいんですけど……」
そう声をかけると、召使は慌てて頭を下げた。
「水でしたら、私がお持ち致しますが……」
「あ……じゃあ、これにお願いします」
リリアナは抱きかかえていた水瓶を手渡すと、召使はニコリと微笑んで受け取り、その場をあとにする。
時折吹く風が冷たく、リリアナはブルッと身震いをした。
「寒いなぁ……。厚着してくれば良かった」
自分の体を抱きかかえるようにしながら、召使を待っているとすぐに彼女をは戻ってきた。
リリアナはそれを受け取り、再びレルムの部屋へ戻ってくると中からする話し声に思わず足が止まってしまう。
「リズリーのこと、まだ思うところがあるのですか?」
「……いえ、私はもう彼女とは」
「本当に?」
「……」
リズリーと言う名が出て、不安に胸が鳴った。
扉一枚隔てた向こうの会話を、聞いてはいけないような気がしたが、なぜか足が動かない。
リズリーとレルムには何か関係があり、それが友人と言う枠にはまるほど軽いものではないと言うことは分かる。
――リズリーって……誰?
強い胸の痛みを覚え、胸に抱いた水瓶を持つ手に力が入る。
「あなたの中でリズリーを討つ為の本当の覚悟は、あなたにとって守るべき物が出来た時なのかもしれないわね……」
「私にとって守るべき物は、この国と王家の方々です」
「いいえ、そうじゃないわ。私が言いたいのはあなた個人にとって守りたいと思えるものよ」
「……それは」
言葉を濁すレルムに、ポルカは浅いため息を吐いた。
「あなたはあの時から心を頑なに閉じてしまっているけれど、職務だけが全てだとは思いません。職務に没頭する事であの時の事を忘れ、次へ進めないと言うのは違うと思うの」
「……」
――あの時?
無性に気になった。だが、その勢いで部屋に戻るわけにいかず、リリアナはモヤモヤとしてしまう。
――戻るタイミングが分からない。
「あと、リリアナにあなたの体のことをまだ話せていないようだけれど……」
「はい……」
「いつまでも隠し通せる事じゃないわ。特にあの子には……。あの子にとって、あなたはとても近しい存在。きちんと説明するべきです」
「そうですね……」
ふいに、そこで会話が途切れた。
リリアナは今しかないと、立ち上がり努めて出て行った時と変わらない様子で部屋に入っていった。
「ご、ごめんなさい遅くなりました。場所が分からなくって……」
そう言いながら扉を開いて笑うと、ポルカは座っていた椅子からゆっくり立ち上がり、リリアナを振り返った。
「誰かに頼めば良かったのに」
「あ、いえ……あたしがやりたかったんです」
うろたえながらそう答えると、ポルカはクスクスと笑いながらリリアナの肩にそっと触れた。
「……あなたも、あまり無理をしないでね」
ポルカは気遣うように声をかけて部屋を後にした。
部屋に残されたリリアナとレルムは会話が無く、とても気まずい雰囲気が流れる。
「あ、えと……、み、水飲みますか?」
「……ありがとうございます」
礼を言うレルムに背を向け、リリアナは水瓶の水をコップに移した。
窓の外は先ほどよりも明るくなり出しているのが見える。
水が僅かに揺れるコップをじっと見つめ、立ち聞きしてしまった動揺がバレないよう一呼吸置いてから振り返ろうとした瞬間、レルムがそれを止めた。
「……王女殿下。そのまま、聞いてくださいますか」
「え……?」
「私は、あなたに黙っていた事があります」
その言葉にドキリと胸が鳴った。
黙っていた事とはどの事だろう? さっきの話をまがい形にも盗み聞きしてしまっただけに心がざわつく。
リズリーの事だろうか?
もしそうだとしたら聞きたくはない……。
小さく呻き声を上げ、背後で布のすれる音が聞こえてくる。起き上がれるような状態じゃないはずなのに、彼は無理をして体を起こしたようだった。
「あ、あの、あまり無理をしては……」
そう言って振り返ろうとするが、レルムはやはりそれを止める。
「いえ……っ、どうか、そのままで……」
そうしている間にも外はどんどん明るくなり、眩しいほどの朝日が部屋の中に注いできた。
なぜ振り向いては行けないのだろうか。
わけも分からず脈打つ鼓動の早さを感じながら、リリアナは言われるままに背を向けて立っていた。やがて、静かに声がかかる。
「……どうぞ」
「……」
振り返る事を許されたリリアナは、ぎこちない動きで恐る恐る背後を振り返った。
今、目の前にある現実に驚きを隠せず、目を見開く。自分が今見ている現実に思わず目を疑った。
「嘘……」
「……」
あまりにも信じられない状況に、リリアナは愕然として動く事が出来なかった。
リリアナが見つめる先には、つい今しがたレルムがいた。だが、今はペブリムがいる。そして彼女は力なく微笑んだ。
「……私の体は、昼夜で性別が入れ替わる呪いがかけられています」
どことなく寂しげに告白したその言葉に、リリアナは息を呑んだ。
■第一部 了■
第一部、読んで頂きありがとうございました。
第二部も引き続きよろしくお願いします。
第一部が中途半端な終わり方なのは、カクヨムでのコンテスト参加に伴った文字制限のためです。




