出会い
「うわぁ~!! これが王都!!」
人で賑わう街の入り口で、長い黒髪の少女が歓喜の声を上げた。
その傍で馬車から荷物を下ろしている、法衣に似た白衣を身にまとった男性が、呆れたように少女を見る。
「リリアナ……露骨に騒ぐんじゃありません。それじゃ田舎娘丸出しじゃないですか」
「え? だってあたし、王都に来るの初めてなんだもん。これが騒がずにいられる? いられないでしょ!? しかも王子様の生誕祭だなんて、もう、絶対楽しいに決まってるじゃん!」
「……」
興奮冷めやらぬ少女リリアナは、このブレディシア王国から国境を越えた遥か南方の村で、村医者の娘として暮らしていた。十七になり、この日初めて医者でもある兄――ゲーリと共に村を出て、大きな国へやってきたのだ。
興奮し、浮かれた様子で周りに興味津々なリリアナの落ち着かなさを横目に、ゲーリは最後の荷物を馬車から降ろし、御者に礼を言ってお金を渡すと、再びリリアナを振り返る。
「まったく……当初の目的を忘れてますよね。今日は薬の買い出しがメインで、お祭りはついでですよ」
「やだなぁ! ちゃんと分かってるって!」
「……本当ですかね」
「あ! ね、ちょっとゲーリ見て! 何あれ! 凄い! 面白そう!!」
「……」
このまま目を放せば、好奇心で勝手に駆け出してしまい兼ねないリリアナに、ゲーリはこめかみに手を押し当てて深いため息を吐いた。
――リリアナがこんな調子では、嫌な予感しかしない……。
心配するゲーリの様子などお構いなく、リリアナはすぐそばに出ている露店の前に立ち、気さくに店主の女性と談笑している。
人懐こさで言えば、彼女らしくて誰からも愛されるだけ問題はない。問題はないのだが、それがいつか仇になりはしないかと、ゲーリは過保護なほど心配をしていた。
――それに、彼女にあまり目立った動きをされると……。
りんごを一つ貰って笑っているリリアナを見て、ゲーリは胸の奥に、人知れず抱えている悩みの部分をどうしても意識してしまう。
――やはり、ここに連れてくるのはやめた方が良かったのかもしれない……。
心配する気持ちと不安な思いが先行し過ぎて、ゲーリはこの時少し、後悔していた。
「あ! ゲーリ、あっち、何やってるんだろう!」
「あ、リリアナ!」
ゲーリの心配をよそに、リリアナは「はしゃぐな」と言われた矢先に暴走し、陽気な音楽が聞こえてくる方に向かって駆け出した。ゲーリはそんなリリアナを止めようと声を上げたが、彼女はあっという間に人込みに飲まれてしまう。
「あ~~っ! まったくもうっ! やっぱり分かってない!」
ゲーリは慌てて荷物を抱えると、急いで彼女を追いかけた。
この日、第一王子の生誕祭を開催しているブレディシア王国は、全てにおいての規制をいつもより緩和にしていた。城内だけでなく街もこの生誕祭期間中だけは開放的になり、多少ガラが悪くとも、犯罪歴のある者以外の入国を受け入れている。
しかし、いくら王の意向とは言え、それを良しとしない大臣の指示で、自国だけでなく友好国であるデルフォス王国からも、精鋭の警備隊派遣を要請し、自警団はお祝いムードの水面下で常に目を光らせていた。
「ご苦労。変わりはないか?」
見張り塔として街の中央部に立っている塔に、水色の髪をした一人の女性騎士がやってくる。
屋上部にいる数人の兵士に声をかけると、彼らは何事も無かったと首を縦に振った。
「今はまだ、目立った問題は起きていません」
「そうか。そろそろ交代の時間だろう。交代要員が来たら、お前たちは次の交代時間までゆっくりするといい。せっかくだから、祭りに参加して来てもいいぞ」
「はい! ありがとうございます」
兵士たちが嬉しそうにそう答えると、女性騎士は口元に笑みを浮かべた。
兵士たちの武装を解くことなく、そのままで祭りに行く事を薦めるのは周りに対しての啓発でもある。むしろ、そうするべきだった。
「ペブリム様! お疲れ様です! 今から休憩でしょうか?」
螺旋階段を下りてきたペブリムに一人の兵士が嬉しそうに声をかけてきた。
銀髪の長い髪を一つに結わえた兵士は、手にしていた飲み物をペブリムに差し出してくる。
「もしよろしければ、こちらをどうぞ!」
やや興奮気味に、差し出された飲み物を見たペブリムは何も言わず受け取った。
「お前は、休憩から戻ってきたのか」
「はい! 今から交代してきます!」
「そうか。頼んだぞ。何かあればすぐに報告してくれ」
ペブリムが笑みを浮かべて受け取った飲み物を僅かに持ち上げる。その瞬間兵士は表情をパッと輝かせ、見張り塔を出ていく彼女の後姿に敬礼をして見送った。
歩くのもなかなか前に進めない程の多くの人の波。その波の向こうで、男の怒号が上がった。
「おい、てめぇ! どこみてやがんだ!!」
そのあまりの迫力に、それまで騒いでいた人々の声や音楽が一瞬、水を打ったように静まり返る。そして、男の周りに空間ができた。
大きな巨体に、鍛え上げられた筋肉質の男の前に、しりもちをついているのはリリアナだった。
「い……たたぁ……」
リリアナは顔を顰めて腰を摩りながら立ち上がると、目の前の男に頭を下げる。
「ご、ごめんなさい」
「あぁ!? ごめんなさいじゃあねぇんだよ!!」
人相の悪い顔をさらに歪めた男のその言葉に、リリアナはムッと顔を顰める。その表情に余計焚きつけられたのか、男は身を乗り出してリリアナに詰め寄った。
「おい女、ぶつかっておいて謝罪でだけで済ませようって言うんじゃねぇよなぁ?」
リリアナはぎゅっと手を握りしめ、男性を睨み上げる。
「変な言いがかりつけるのはやめてくれる? 確かにここに立ち止まっていたのはあたしが悪いけど、あなただってよそ見して歩いていたんじゃないの? じゃなきゃ、こんな勢いよくぶつかったりしないもの」
「あぁ? じゃあ俺が悪いって言うのか?」
「どっちが悪いとか悪くないとかじゃなくて、お互いに悪かったって話でしょ! 違う!?」
負けん気の強いリリアナは、圧をかけてくる男に怖気づくどころか食って掛かる。
「ふざけんなよ、このアマ……っ!」
「!」
男は思いがけず歯向かってきたことに苛立ち、こめかみに青筋を立てた男は、リリアナの左手を掴み、そのまま捻り上げられる。
「いい度胸してんじゃねぇか! 一度痛い目見ないと分からねぇようだな!」
「いたたたたっ!」
――や、やばいかも!?
下手をしたら腕を折られる。そう思ったリリアナは見た目とは裏腹に心底焦っていた。その瞬間、誰かが素早くリリアナの前に割り込み、固い金属が擦れるような音が耳に飛び込んでくる。
「怪我をしたくなければその辺にしておけ。生誕祭の最中に騒動を起こすことは、処罰に値するぞ」
ザワザワとざわめく人々の声の中で、ハッキリと届いたその強く凛々しい声に、リリアナは顔を上げた。




