54話 南国での休暇編Ⅲ
――海辺。
青い海。
白い砂浜。
どこまでも続く水平線。
遠くから仲間達の笑い声が聞こえてくる。
波が静かに寄せては返す。
そんな穏やかな海辺を。
セレナと晴明は並んで歩いていた。
潮風が髪を揺らす。
任務もない。
戦いもない。
ただ海を眺めながら歩く時間。
それだけなのに、不思議と心が落ち着いた。
「平和ねぇ」
セレナが空を見上げながら呟く。
晴明も小さく笑った。
「そうだね」
「最近は特に慌ただしかったし」
「でしょ?」
セレナが肩を竦める。
「別府」
指を一本立てる。
「京都」
二本目。
「萩」
三本目。
「カルカソンヌ」
四本目。
「こうして並べると、本当に休む暇なかったわね」
「確かに」
晴明も苦笑する。
「気付けば次の事件だったから」
「しかも毎回ろくでもない」
「否定はできないかな」
二人は顔を見合わせる。
そして小さく笑った。
潮風が吹き抜ける。
セレナはふと足を止める。
海の向こうを見つめながら、小さく息を吐いた。
「でも」
「ん?」
「嫌いじゃないのよね」
晴明が視線を向ける。
セレナは少しだけ笑っていた。
「皆といるの」
「総司達も」
「ジャンヌ達も」
「千代女達も」
そして。
少しだけ視線を横へ向ける。
「もちろん晴明も」
さらりと言った。
だが。
最後だけ少し声が柔らかい。
晴明は少しだけ目を細めた。
「俺もだよ」
短い言葉。
けれど十分だった。
セレナの口元が僅かに緩む。
「そう」
「うん」
波音だけが聞こえる。
その沈黙すら心地良かった。
しばらく歩いていると。
セレナは無意識に胸元へ触れた。
星のネックレス。
仲間達との繋がりを示す証。
そして――。
自然と脳裏へ浮かんだのは、もう一つの大切な存在だった。
紅き魔槍――ゲイ・ボルグ。
晴明はその仕草に気付く。
「槍のこと?」
即座だった。
セレナが苦笑する。
「相変わらず察しがいいわね」
「長い付き合いだから」
「そうね。一番最初はもう一年前くらい?」
セレナは少し懐かしそうに空を見上げた。
「異世界で共闘したのが始まりか……」
「そこで今のAX班の最初の六人が出会った」
晴明も小さく笑う。
「あの頃は、まさかこんなことになるとは思ってなかったな」
「本当よ」
セレナも苦笑した。
「総司と美雪がいて」
「晋作と茜がいて」
「晴明と私がいて」
「気付いたら今のAX班になってたんだから」
「しかも、この前は二回目の異世界だったしね」
晴明が肩を竦める。
「別の世界だったけど」
「アストラルディアに行くなんて思わなかった」
「本当それ」
セレナは呆れたように笑う。
「しかも向こうで分かったのが、それだもの」
そう言って。
胸元へ手を添える。
ゲイ・ボルグ。
「君の持つ呪槍が魔槍だと認識違いしていたって話?」
「そう」
セレナが頷く。
「過去の使用者本人から言われたからね」
「流石に驚いたわ」
少し微笑む。
クー・フーリン。
自らの手でゲイ・ボルグを振るった英雄。
本人から語られた真実は、これまで抱いていた認識を大きく変えた。
波が静かに打ち寄せる。
その音を聞きながら。
晴明はふと口を開いた。
「影の国には行くつもり?」
セレナは少しだけ考える。
水平線の向こうを見る。
その先にあるかもしれない未知の異界へ思いを馳せながら。
「遠からず行くことにはなるかな」
静かな声だった。
「ルシアンが狙ってるって件もあるからね……」
カルカソンヌで見せた執着。
あれが消えたとは思えない。
「そうだろうね」
晴明も頷く。
「あの男が簡単に諦めるとは思えない」
「でしょ?」
セレナが苦笑する。
「だから知っておきたいのよ」
「ゲイ・ボルグのことも」
「スカサハのことも」
「影の国のことも」
潮風が吹く。
晴明は少しだけ笑った。
「なら君について行くよ」
その言葉に。
セレナは思わず吹き出した。
「何よそれ」
「そのままの意味だけど?」
晴明は平然としている。
セレナは呆れたように肩を竦めた。
「影の国よ?」
「スカサハがいるのよ?」
「知ってる」
「下手したら歓迎どころか修行と称して半殺しにされるかもしれないわよ?」
「それも知ってる」
即答だった。
セレナが思わず立ち止まる。
晴明を見る。
当の本人はどこまでも落ち着いていた。
「でも行くんでしょ?」
「まぁ……多分ね」
「なら一緒に行くよ」
当然のように言う。
まるで今日の昼食でも決めるような口調だった。
セレナは数秒黙り。
そして苦笑する。
「昔の晴明なら、もう少し慎重だった気がするんだけど」
「そうかな?」
「そうよ」
即答だった。
「初めて会った頃なんて、もっとこう……」
少し考える。
「面倒事には首を突っ込みませんって顔してたじゃない」
「あぁ」
晴明が小さく笑った。
「否定はできないね」
潮風が吹く。
晴明は少しだけ空を見上げた。
「でも変わったんだろうね」
「一年もあれば」
静かな声だった。
セレナは少し目を細める。
別府。
京都。
萩。
カルカソンヌ。
そしてアストラルディア。
数え切れない戦い。
数え切れない出会い。
失ったものもある。
得たものもある。
その中で。
気付けば隣にいるのが当たり前になった相手がいる。
セレナは小さく笑った。
「そうね」
「私も変わったわ」
「だろうね」
「何その反応」
「いや」
晴明が肩を竦める。
「昔の君なら、一人で影の国に突撃してたと思うから」
「失礼ね」
セレナは言い返す。
だが。
否定はできなかった。
少し前の自分なら、本当にそうしていた気がする。
だからこそ。
今の言葉が少し嬉しい。
「まぁ」
セレナは海を見る。
青い水平線の向こう。
まだ見ぬ影の国へ思いを馳せながら。
「その時はよろしく頼むわ」
晴明も同じ方向を見る。
「任せて」
短いやり取り。
けれど。
二人にはそれで十分だった。
未来に何が待っているかは分からない。
ルシアンが再び動くかもしれない。
影の国へ向かう日が来るかもしれない。
その先でスカサハと出会うかもしれない。
だが――。
どんな未来であっても。
二人はきっと並んで歩いていく。
潮風が吹く。
青い海が陽光を反射して輝いていた。
セレナは小さく息を吐いた。
青い海を見つめる。
その横顔はどこか穏やかだった。
「ねぇ、晴明」
「ん?」
「今日は久しぶりに何も考えなくていい日なのよね」
「そうだね」
晴明が頷く。
セレナは少しだけ笑った。
「だったら」
一歩近付く。
「今夜、私の部屋に来る?」
さらりと言う。
まるで「コーヒーでも飲む?」くらいの自然さだった。
晴明は少しだけ目を瞬かせる。
「珍しいね」
「そう?」
「君から誘うのは」
セレナは肩を竦めた。
「たまにはいいでしょ」
潮風が吹く。
金色の髪が揺れた。
「別に特別な理由なんてないわ」
少しだけ視線を逸らす。
「ただ」
そして再び晴明を見る。
「今日は、もう少し一緒にいたいだけ」
静かな声だった。
晴明は数秒黙る。
それから小さく笑った。
「うん」
短い返事。
けれど十分だった。
セレナの表情が柔らかくなる。
「じゃあ決まりね」
「了解」
二人は再び歩き出す。
肩が触れるほど近い距離で。
波音が静かに響く。
――海辺。
青い海がどこまでも広がっている。
白い砂浜。
波が静かに寄せては返す。
少し離れた場所からは、クー・フーリン達の賑やかな笑い声が聞こえていた。
その光景を背に。
晋作と茜は波打ち際をゆっくり歩いていた。
潮風が心地いい。
その時だった。
「……ところでさ」
茜がふと足を止める。
「ん?」
晋作が視線を向ける。
すると茜は、スッと晋作の少し前へ出た。
太陽の光を浴びながら、その場でくるりと一回転する。
サイドポニーがふわりと揺れる。
赤いリボンも風になびいていた。
さっきまで海で遊んでいたせいか、水滴が肩や鎖骨を伝い、陽射しを受けてきらりと輝いている。
和柄の入った白い水着も少し濡れていて、潮風に揺れるたびに夏らしい爽やかな雰囲気を纏っていた。
そして、茜が少し悪戯っぽく笑う。
「この水着どう?」
「……」
晋作が少しだけ固まる。
茜は両手を後ろで組みながら、じーっと返事を待っていた。
数秒の沈黙。
波音だけが聞こえる。
「……どうしたの?」
「いや……」
晋作が頭を掻く。
「急に聞くなよ」
「なんで?」
茜が楽しそうに笑う。
「せっかく選んだんだもん」
「感想くらい聞きたいじゃん?」
潮風が吹く。
すると茜が少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「もしかして、ちゃんと見れてない?」
「……」
「さっきから目が泳いでるけど?」
「気のせいだ」
即答だった。
「ふふっ」
「ほんとかなぁ?」
茜が笑う。
「じゃあ感想は?」
「……似合ってる」
「おぉ」
「おぉじゃねぇ」
「可愛い?」
「……可愛い」
「えっ」
今度は茜が少し目を丸くする。
「そんな素直なんだ」
「聞いたのお前だろ」
「それはそうなんだけど!」
茜が吹き出した。
そして。
少し照れたように笑う。
「えへへ♪」
「頑張って選んだ甲斐あったかも」
その笑顔を見て、晋作も小さく笑った。
すると。
茜がふと晋作の顔を覗き込む。
「……あれ?」
「ん?」
「ところでさ」
少し首を傾げる。
「なんか……バテてない?」
「バテてねぇけど?」
「そう?」
茜はじーっと晋作を見る。
そして、くすっと笑った。
「さっきの泳ぎ勝負してから、なんか疲れた感出てる気がする……」
「気のせいだ」
「絶対違う」
「違わねぇ」
「歩くペースもちょっと落ちてるし」
「砂浜だからだ」
「肩も少し下がってる」
「暑いからだ」
「あと、ちょっと眠そう」
「気のせいだ」
「もう五回目だよ?」
茜が吹き出す。
晋作も苦笑した。
「お前、人のこと見すぎだろ」
その言葉に。
茜は、少しだけ嬉しそうに笑った。
「だって見てるもん」
「……」
「晋作さんのこと」
潮風が二人の間を吹き抜ける。
遠くでは仲間達の笑い声が響いている。
茜はふと海の向こうを見る。
どこまでも続く水平線。
その景色を眺めながら、小さく笑った。
「……なんか不思議だね」
「何がだ?」
「こうして皆で旅行してること」
「うん?」
「だってさ」
「戦ったり」
「笑ったり」
「こうして遊んだり」
「みんなで色んな場所に行ったり」
「これからも、きっと増えていくんだろうなぁ」
晋作も小さく頷く。
「……そうだな」
すると。
茜が少しだけ嬉しそうに笑った。
「うん」
「だからさ」
一歩だけ距離を縮める。
そして。
そっと晋作の腕へ身体を預けた。
「これからも、ずっと一緒だからね」
波音が静かに響く。
潮風が、二人の間を優しく吹き抜けていく。
晋作は少し驚いたように目を瞬かせた。
だが。
すぐに小さく笑った。
「ああ」
「もちろんだ」
短い返事。
でも、それだけで十分だった。
茜の表情が、ぱっと明るくなる。
そして。
二人はまた、ゆっくりと歩き出した。
青い海。
白い砂浜。
遠くから聞こえる仲間達の笑い声。
そんな穏やかな時間は、まだまだ続いていくのだった。
――一方その頃。
賑やかな笑い声から少し離れた場所。
波が穏やかに打ち寄せる砂浜に、総司と美雪は並んで座っていた。
目の前には、どこまでも続く水平線。
真っ青な空と海が一つに繋がっているようにも見える。
穏やかな潮風が吹き抜ける。
美雪の銀髪がふわりと揺れた。
さっきまで海で遊んでいたせいか、毛先にはまだ少しだけ水滴が残っている。
遠くからは、クー・フーリン達の賑やかな笑い声も聞こえてきた。
そんな穏やかな景色を眺めながら、総司が小さく笑った。
「こうやって二人でゆっくりするのも久々だね」
美雪も、くすりと笑う。
「そうだね……付き合ってからは、それらしいことあんまりしてなかったかも」
「そうかもね」
総司も苦笑する。
別府。
京都。
萩。
カルカソンヌ。
そしてアストラルディア。
思い返してみれば、休む暇もないくらい駆け抜けてきた。
いつも事件が起きて。
いつも皆で戦って。
気付けば、次の目的地へ向かっていた。
総司が少し頭を掻く。
「成り行きとは言え、そのまま祝言までしちゃったからね……」
少しだけ照れたように笑う。
「……本当に良かった?」
すると、美雪がぱちぱちと瞬きをした。
そして、少し呆れたように笑う。
「え?」
「それ今更聞く?」
「……」
「そのつもりなかったら、あの場でOKしてないよ!」
そして、少し照れながら笑った。
「でも、予定とは違うけど夫婦になれた……」
「それにさ、新選組の皆とAX班とオルレアンの皆の前でちゃんと認めてもらった……」
嬉しそうに笑う。
「予想なんて出来ない最高の祝言だったよ!」
その笑顔を見て、総司も自然と笑みが零れる。
「本当にそうだね……」
「その点だけは、祝言って言い出した原田さんに感謝かな?」
そう言って、笑い合う。
潮風が二人の間を吹き抜けた。
しばらく波の音だけが響く。
すると、美雪がぽつりと呟いた。
「ねぇ、総司くん……初めて会った時のこと覚えてる?」
総司が少し笑った。
「忘れるわけないよ」
「私のいた白馬岳から、あの時連れ出してくれて本当に良かった……」
美雪は、静かに水平線を見つめる。
「そうじゃなかったら、今こうして総司くんとも皆とも一緒にいることができなかったから……」
「もし、あの時がなかったら……」
「雪女として山奥でひっそり過ごしてたと思うし……」
その言葉に、総司が少し表情を柔らかくした。
「本当に山を降りて良かったの?」
「土地神候補だったんでしょ?」
「それに、家族とかは……」
すると、美雪が少し考える。
「家族はね……双子の弟がいる……」
「え?」
総司が少し驚く。
「今更……てか、本当に今更なんだけどさ……」
少し申し訳なさそうに笑った。
「何も言わずに山降りて大丈夫だったの?」
美雪が、くすっと笑う。
「うん、大丈夫……多分」
「多分?」
「双子の弟と言っても、雪女や雪男って基本一人行動だし……」
「人間みたいに一緒に住むって感覚ないからね」
「でも、幼い頃は一緒に遊んだかな?」
「薄っすら覚えてるくらいだけど……」
「そんな感じなんだ……」
総司が納得したように頷く。
「土地神候補の件は?」
「うーん……そっちはどうかな?」
「もし力を取られるとしたら、今の土地神が直接私から奪わないと取れないはずだし……」
「おそらく大丈夫かな?」
すると、総司が苦笑する。
「いや、力のことじゃなくて……」
「現土地神が怒ったりしてない?」
「あー……」
美雪が少し考える。
「それはあり得るかも……」
「でも、私は生まれた時から持っている力が強かったみたいで、土地神の力は、その元々持っている力を制御するためのもの……だとかなんとか……だったはずだから……」
「それに、勝手に土地神候補にされただけで、その後ほったらかしで放置されてたし……問題ないんじゃないかな?」
そして。
美雪が総司の方を向いた。
「ねぇ、総司くん……」
「私ね、連れ出してくれた時、本当に嬉しかったんだよ?」
「花見の時にも言ったけど、たまに人里へ遊びに行ってたの」
「その時に、こんな生活したいなって思ってたから……」
「山に閉じこもってないで、広い世界に出たいっていつも思ってたし……」
少しだけ身体を寄せる。
「隣に総司くんが居てくれるお陰で、今は本当に幸せなの……」
「総司くんのこと好きだし、一緒に居て安心するし……」
そして、少し照れながら笑う。
「結婚もしちゃったからね」
その言葉に。
総司も少し照れながら笑った。
「そっか……」
「それなら良かったって安心できる」
すると、美雪が少し頬を膨らませる。
「だから……変に心配しないでよ?」
「うん、わかった!」
そう答えながらも。
総司は少しだけ考え込んでいた。
(美雪ちゃんの元々の力と、それを制御する土地神の力……)
(この二つは少し気になるな……)
(それに、双子の弟か……)
(これはもう、美雪ちゃんだけの問題じゃない……)
(何事もなく済むって感じもしないな……)
すると。
美雪が総司の顔を覗き込んだ。
「ねぇ、総司くん……聞いてる?」
「えっ!?」
総司が慌てて我に返る。
「ごめん!ちょっと考え事してた……何?」
すると、美雪が少し頬を赤くした。
「もう……もう一度言うの恥ずかしいんだけど……」
「ごめん!で……何?」
「ん……キスする?」
「?」
「あーもう!」
そう言うと。
美雪は、総司の不意を突くようにそっと唇を重ねた。
柔らかな感触が離れる。
波の音だけが、静かに二人の間を流れていた。
総司は少し目を瞬かせる。
突然の出来事に、少しだけ固まっていた。
その隣では。
美雪が耳まで真っ赤になっている。
「~~~~っ……」
思わず両手で顔を隠した。
「は、恥ずかしいぃ……」
「勢いでやっちゃった……」
すると、総司が思わず吹き出した。
「ふふっ」
「笑わないでよぉ……」
「ごめんごめん」
総司が苦笑する。
「でも、嬉しかったから」
その言葉に。
美雪がぴたりと動きを止める。
そして。
少し照れながら笑った。
「……そっか」
潮風が吹く。
美雪の銀髪がふわりと揺れた。
すると。
美雪が、そっと総司の肩へ身体を預ける。
「なんか不思議だね」
「ん?」
「こうして海に来てることもそうだけど……」
「夫婦になったんだなぁって」
「うん」
総司も小さく笑った。
「そうだね」
「たまに不思議な感じもする」
「でも、嫌じゃないよ?」
美雪が嬉しそうに笑う。
「むしろ好き」
「こういうの」
「こうやって二人で話したり」
「皆と一緒に遊んだり」
「旅行したり」
「また事件に巻き込まれたり」
「最後のはいらないかな」
総司が苦笑する。
すると、美雪も吹き出した。
「ふふっ、そうだね」
波が静かに寄せては返す。
その穏やかな景色を眺めながら、美雪がぽつりと呟く。
「でもさ……」
「うん?」
「これが私達の日常なんだろうなって思う」
「日常?」
「うん」
「皆がいて」
「笑って」
「色んな場所へ行って」
「その中に、当たり前みたいに総司くんがいるの」
少しだけ照れながら笑った。
「なんか、それが嬉しいなって」
その言葉に。
総司も優しく笑った。
「ああ」
「俺も同じだよ」
すると、美雪が嬉しそうに口元を緩める。
「……えへへ」
そして。
今度は自然な動作で、総司の腕へ自分の腕を絡めた。
「もう夫婦なんだもんね」
「うん」
「だから、変な遠慮とかしなくていいからね?」
「うん」
「ちゃんと頼ってね?」
総司が少し笑う。
「分かった」
「うん、よろしい♪」
潮風が吹く。
青い海。
白い砂浜。
遠くからは、まだ仲間達の笑い声が聞こえている。
この先も、色んなことが起こるだろう。
でも。
その度に、また二人で乗り越えていけばいい。
そう思えるくらいには。
もう、お互いの隣が当たり前になっていた。
美雪が小さく笑った。
「さてと……そろそろ戻ろうか」
「皆、集まってそうだし」
そう言いながら、美雪は砂浜から立ち上がる。
そして、水着についた砂を軽く払った。
潮風が吹く。
銀色の髪がふわりと揺れ、毛先に残っていた水滴が陽射しを受けて小さく輝いていた。
その姿を見ながら、総司も立ち上がる。
「そうだね……行こうか」
そう言いながら、そっと美雪へ手を差し出した。
美雪は少しだけ目を丸くする。
そして、柔らかく微笑んだ。
「うん」
そう言って、その手を取る。
指先から伝わる温もり。
それが、今ではもう特別なことではなくなっていた。
遠くからは、仲間達の賑やかな笑い声が聞こえてくる。
どうやら皆、集まり始めているらしい。
美雪が総司の方を見る。
「ふふっ」
「皆のところに戻ろう」
「うん」
総司も小さく笑った。
二人は手を繋いだまま、ゆっくりと歩き出した。
――その頃。
パラソルの下。
クー・フーリン、松平、美咲の三人は飲み物を片手に海を眺めていた。
周囲には、まだ穏やかな空気が流れている。
そろそろ皆が戻ってきてもおかしくない時間だった。
美咲が辺りを見回す。
「戻ってくるの遅くないですか?」
松平も静かに頷いた。
「遅いな……」
すると。
クー・フーリンが笑う。
「まぁいいんじゃねぇか?」
「若者達で青春って感じでよ」
その言葉に。
美咲の眉がぴくっと動く。
「……その言い方だと、私も歳を取ってるみたいに聞こえるんですけど」
「お?」
「いや、事実じゃねぇか?」
「誰がですか」
「お前」
「即答しないでください!!」
そして。
美咲が思いっきりツッコんだ。
「私まだ27ですよ!!」
「全然若いですからね!!」
クー・フーリンが吹き出した。
「はははっ!!」
「誰も若くねぇとは言ってねぇよ!」
「言い方の問題なんです!!」
すると。
向こうの方から晴明とセレナが戻ってくる。
「お、皆集まってるねぇ」
「ただいま」
「おかえりー!」
続いて。
晋作と茜。
さらに。
ジャンヌとラファエル。
千代女と恒一も戻ってきた。
皆、それぞれ自然にパラソルの下へ集まっていく。
そして。
誰一人として違和感を抱いていなかった。
美咲もまた、ごく自然に輪の中へ溶け込んでいる。
すると。
クー・フーリンが辺りを見回した。
「あと二人か」
「総司さん達ですね」
恒一が頷く。
その時だった。
少し離れた場所から。
総司と美雪が並んで歩いてくる。
そして――。
二人は自然に手を繋いでいた。
その光景に。
一同の動きが止まる。
数秒。
沈黙。
そして。
クー・フーリンがニヤリと笑った。
「おぉ~?」
晋作も吹き出す。
「堂々としてんなぁ」
晴明も苦笑する。
「もう隠す気もないねぇ」
セレナも笑う。
「夫婦だものね」
すると。
美雪がきょとんとする。
「え?」
「どうしたの?」
その瞬間。
全員が一斉にツッコんだ。
「「「「いや、どうしたのじゃない!!」」」」
美雪がびくっとする。
「えぇ!?」
総司も苦笑する。
「なんで総ツッコミなの!?」
すると。
クー・フーリンが吹き出した。
「いやいや!」
「普通に手繋いで帰ってきてるじゃねぇか!」
すると。
美雪が首を傾げる。
「だって夫婦だし……?」
再び。
全員が固まる。
数秒後。
セレナが吹き出した。
「ふふっ」
「返す言葉がないわね」
晴明も笑う。
「一本取られたねぇ」
すると。
松平が静かに口を開いた。
「……良いことだ」
「夫婦なのだから堂々としていればいい」
「隠す必要もないだろう」
「……確かに」
皆が妙に納得した。
その時だった。
総司が辺りを見回す。
「あれ?」
「ん?」
美雪も首を傾げる。
そして。
二人の視線が止まる。
「あれ?」
「如月さん?」
美雪も驚く。
「えっ?」
「いつの間に来てたの?」
その瞬間だった。
晴明がはっとした顔になる。
「あ……」
晋作も目を丸くする。
「あっ……そういえば……」
セレナも吹き出した。
「ちょっと待って……」
「私も今気付いたわ……」
茜も驚く。
「えっ!?本当だ!!」
ジャンヌも目を丸くする。
「いつの間に……」
ラファエルも苦笑した。
「自然に馴染み過ぎていましたね」
恒一も笑う。
「全然違和感がありませんでした」
千代女も微笑む。
「それだけ自然に溶け込んでいたってことね」
すると。
美咲が思わずツッコんだ。
「いやいや!!」
「もう少し早く気付いてくださいよ!!」
「普通に結構前からいましたからね!?」
クー・フーリンが吹き出す。
「はははっ!!」
「確かに馴染み過ぎてたな!!」
すると。
松平が静かに口を開いた。
「……悪いことではない」
皆が視線を向ける。
「それだけ、この場に自然に居られているということだ」
その言葉に。
美咲が少し照れながら笑った。
「……そういうことにしておきます」
青い海。
白い砂浜。
そして仲間達の笑い声。
そんな穏やかな休日は、まだまだ続いていくのだった。
一通り笑い終えた頃。
松平が静かに腕時計へ視線を落とした。
「……そろそろだな」
「ん?」
総司が首を傾げる。
「何がですか?」
松平は短く答えた。
「BBQだ」
一瞬。
全員の動きが止まる。
「え?」
茜が目を輝かせる。
「BBQ!?」
「そうだ」
「場所と食材は手配してある」
「おぉー!!」
茜が嬉しそうに声を上げる。
すると。
クー・フーリンが首を傾げた。
「BBQ?」
その反応に総司が振り返る。
「あ、そっか」
「クー・フーリンは知らないか」
「ん?」
総司が笑った。
「皆で火を起こして、肉とか野菜を焼いて食べるんだよ」
すると。
クー・フーリンが少し考える。
数秒後。
「……なるほど」
そして。
ニヤリと笑った。
「現代の宴ってことか」
セレナが吹き出した。
「まぁ、そうね」
晴明も笑う。
「間違ってないかな」
すると。
クー・フーリンが満足そうに頷く。
「いいじゃねぇか」
「そういうのは好きだぜ」
その時だった。
美咲が思わず口を開く。
「それにしても意外ですね」
「ん?」
「松平将補がこういうことを手配しているなんて……」
総司も頷く。
「分かります」
美雪も小さく頷いた。
「私も少し意外かも……」
すると。
松平が静かに皆を見る。
「休める時に休む」
「それも重要なことだ」
短い言葉だった。
「戦いはいつ起こるか分からない」
「だからこそ、平穏な時間を大切にするべきだ」
すると。
クー・フーリンがニヤリと笑う。
「おぉ」
「将らしいこと言うじゃねぇか」
松平が短く返す。
「今さらだな」
一瞬。
沈黙。
そして。
皆が吹き出した。
「確かに……!」
「よし!」
茜が両手を上げる。
「BBQだー!!」
そうして。
一行はBBQ会場へ向かって歩き出すのだった。
――BBQ会場。
松平が静かに炭を見つめる。
「……まずは火起こしだ」
総司が頷く。
「じゃあ、やろうか」
晋作も近付く。
「おう」
恒一も頷いた。
「手伝います」
すると。
クー・フーリンが炭を持ち上げる。
「ほぉ……」
「これに火を付けるのか」
「そうだよ」
総司が笑う。
すると。
クー・フーリンがニヤリと笑った。
「簡単そうだな」
そう言うと。
炭をコンロへ豪快に全部流し込んだ。
ドサドサドサッ!!
全員が固まる。
「多い!!」
総司が思わずツッコむ。
「全部入れちゃダメだよ!?」
「そうなのか!?」
「そうだよ!!」
すると。
茜が隣で着火剤を持ち上げる。
「じゃあ、これ全部使う?」
「ダメだ」
晋作が即答した。
「なんで!?」
「お前ら両極端なんだよ」
美咲が吹き出す。
「豪快組と暴走組が完成してますね……」
すると。
晴明が苦笑した。
「これは目を離せないね」
その時だった。
クー・フーリンが団扇を見つける。
「お?」
「これは何だ?」
「火力調整するやつだよ」
総司が答える。
すると。
クー・フーリンがニヤリと笑った。
「なるほど」
「任せろ」
ブォンッ!!
全力だった。
「待って待って待って!!」
総司が慌てる。
灰が舞う。
炭が転がる。
「早い早い!!」
「まだ火付いてないよ!?」
すると。
茜も負けじと参戦する。
「じゃあ私もー!!」
ブォンッ!!
「だから増えるなー!!」
晋作が止めに入る。
その横で。
美雪がくすっと笑う。
「ふふっ……全然進まないね」
セレナも吹き出す。
「本当ね」
「火起こしだけで事件になってるわ」
すると。
松平が静かに口を開いた。
「……開始五分」
「進捗率ゼロだな」
一瞬。
沈黙。
そして。
美咲が思わず叫ぶ。
「冷静に分析しないでください!!」
クー・フーリンが豪快に笑う。
「はははっ!!」
「面白ぇな!!」
「面白がってる場合じゃないです!!」
その時だった。
晋作が大きく息を吐いた。
「よし」
「全員、一回離れろ」
「えー!?」
茜が不満そうな声を上げる。
「お前もだ」
「えぇー!?」
「クー・フーリンさんも」
「俺もか!?」
「あなたもです」
その瞬間。
一同が吹き出した。
海辺に笑い声が響き渡った。
――BBQ開始からしばらくして。
ジュージュー……
肉の焼ける音が響く。
香ばしい匂いが辺りに広がっていた。
「おいしー!!」
茜が満面の笑みを浮かべる。
「これ美味しい!!」
「どれだ?」
晋作が聞く。
「全部!!」
「雑だな」
晋作が苦笑した。
すると。
クー・フーリンが豪快に笑う。
「ははっ!!」
「分かるぞ!!」
「全部うめぇ!!」
「だから雑なんですよ!」
美咲がツッコむ。
すると。
その隣では、セレナが少し顔を赤くしていた。
「晴明~」
「ん?」
「お肉取って~」
「はいはい」
晴明が苦笑しながら皿へ肉を乗せる。
「ありがと~♪」
「今日は特に優しい~♪」
「いつも優しいと思うんだけどな」
「そうだったかも~♪」
そう言いながら、そのまま晴明の肩へ寄り掛かった。
「今日はいっぱい好き~♪」
「ふふっ……ありがとう」
すると。
美咲がグラス片手に話し始める。
「聞いてくださいよぉ~……」
「ヴァルキリーズって大変なんですよぉ~……」
クー・フーリンが笑う。
「おぉ?」
「どうした?」
「神崎さんは真面目過ぎるんですよぉ~……」
「何でも一人で抱え込むし~……」
「速水君は空飛ぶ前からテンション高いし~……」
「霧島さんは危ない状況になると楽しそうに笑い始めるし~……」
「榊原さんは『生きて帰れれば勝ちだ』しか言わないし~……」
「自由人しかいないんですよぉ~!!」
クー・フーリンが大爆笑する。
「はははははっ!!」
「お前も苦労してんだな!!」
「そうなんですよぉ~!!」
「唯一の女性なんですよぉ~!!」
「頑張ってるんですよぉ~!!」
すると。
茜も参戦する。
「わかるー!!」
「私も頑張ってるー!!」
「茜さんは部署違うじゃないですかぁ~!!」
「そうだったー!!」
「なんで混ざったの!?」
皆が吹き出す。
その横で。
総司が焼けた肉を皿へ移していた。
「美雪ちゃん、これ焼けたよ」
「ありがとう」
美雪も笑顔になる。
「総司くんも食べて」
そう言って総司の皿へ肉を乗せる。
「ありがとう」
すると。
茜がニヤニヤし始めた。
「夫婦だ~♪」
総司が苦笑する。
「また始まった」
美雪も少し笑う。
「だって夫婦だし」
一瞬。
沈黙。
そして。
セレナが吹き出した。
「もう無敵の言葉になってるわね~」
晴明も笑う。
「反論できないね」
すると。
その時だった。
美咲がふと松平を見る。
そして固まった。
「……あれ?」
全員が見る。
松平はいつも通りだった。
表情も変わらない。
姿勢も変わらない。
黙々と食べている。
「……あれ?」
「松平将補……全然変わってませんね」
松平が視線を向ける。
「そうか?」
「そうか?じゃないですよ!?」
「結構飲んでますよね!?」
「そうだな」
「なんで平然としてるんですか!?」
すると。
クー・フーリンが大爆笑する。
「はははははっ!!」
「このおっさん強ぇな!!」
「おい」
松平が低い声を出す。
「はははっ!!」
「すまんすまん!!」
すると。
千代女が苦笑する。
「松平様は昔からこんな感じよ」
恒一も頷いた。
「全然想像できますね」
「えぇ!?」
美咲が驚く。
「ずっとこんな感じなんですか!?」
松平が短く返す。
「今さらだな」
数秒。
沈黙。
そして。
全員が吹き出した。
「出たー!!」
「便利な言葉ですねぇ!!」
美咲が笑う。
楽しい時間はあっという間だった。
気付けば、辺りは少し暗くなり始めている。
すると。
松平が静かに立ち上がった。
「……そろそろ戻るぞ」
「はーい!!」
茜が元気よく返事をする。
「楽しかったー!!」
「そうだね」
総司も笑った。
「うん」
美雪も頷く。
「すごく楽しかった」
ジャンヌも微笑む。
「素敵な休日でしたね」
ラファエルも頷いた。
「また皆でやりたいな」
セレナも笑う。
「そうねぇ~」
「次もやりましょう~♪」
クー・フーリンも豪快に笑った。
「良い宴だったな!!」
「ですねぇ~!!」
美咲も笑った。
「またやりたいです~!!」
そうして。
賑やかな笑い声と共に、一行は宿へと向かって歩き出す。
沖縄の夜は、静かに更けていくのだった。
――54話 完




