43話 Kingdom of Astraldia Ⅷ 束の間の宴前編
軍議解散後――。
中間拠点として築かれた城は、慌ただしく動き続けていた。
外では。
織田軍が火縄銃の整備を行い。
奇兵隊が弾薬運搬を手伝い。
王国兵たちが、防壁補強と見張りを続けている。
遠くでは、なおゲートが不気味な存在感を放っていた。
完全に静寂が訪れた訳ではない。
それでも――。
戦場には、ほんの僅かな“間”が生まれていた。
そんな中――。
美雪は、総司を探していた。
城内を見回しても姿がない。
ふと外を見ると。
簡易的に組まれた木製防壁の向こう。
一人、外へ出ていく人影が見えた。
美雪は、その背を追う。
防壁を抜け。
夜風が吹く外へ出ると――。
総司は、腰掛けほどの岩へ座っていた。
静かに。
戦場を見つめながら。
遠くでは、なお篝火が揺れている。
美雪が、ゆっくり隣へ腰掛けた。
「ここにいたんだ……」
総司が、少しだけ笑う。
美雪は、その横顔を見ながら続けた。
「新選組のみんなの所、行かなくていいの?」
一拍。
「あれだけ会いたがってたのに」
総司は、夜空を見上げる。
「うん……」
静かな声。
「最初は行こうと思ってたんだけどさ」
少し苦笑した。
「俺だけ、違う時間を生きてるって考えたら……」
その目が、少し遠くを見る。
「何を話したらいいか、分からなくなってね」
笑っている。
だが。
どこか寂しそうだった。
美雪が、小さく肩を寄せる。
「そんな事、気にする人たちじゃないと思うけどなぁ……」
総司が、美雪を見る。
美雪は、優しく笑った。
「だって総司くんのこと」
一拍。
「ちゃんと仲間だって、大切にしてくれてる人たちじゃない」
総司が、小さく笑う。
「新選組ってさ」
夜風が羽織を揺らす。
「“人斬り集団”なんて言われてたけど」
少し目を細める。
「仲間に対しては、情に厚いところがあるんだ」
美雪も、静かに頷いた。
「そうだね」
少し笑う。
「実際に関わってみると、想像と全然違った」
その時だった。
「ここに居たのか、総司……」
低い声が響く。
「美雪さんも」
二人が振り返る。
長髪を後ろで一つにまとめ。
浅葱色の羽織を纏った男が、こちらへ歩いてきていた。
総司が、少し驚いたように立ち上がる。
「土方さん!」
美雪も、慌てて頭を下げた。
土方が、少し苦笑する。
「そんなに畏まらなくてもいい」
岩の近くまで来る。
「近藤さんから、もう“うちの一員”だって言われたんだろ?」
美雪が、少し照れたように頷く。
土方は続けた。
「なら、もう仲間だ」
静かな声。
「肩の力抜いてくれ」
美雪が、困ったように笑う。
「それは言われる通りなんですけど……」
少し視線を逸らした。
「まだちょっと緊張っていうか、なんというか……」
その瞬間。
総司と土方が、同時に吹き出した。
「ははっ……!」
土方が、笑いながら頭を掻く。
「まぁ……」
一拍。
「いきなりは難しいか」
その表情は、どこか照れくさそうだった。
だが次の瞬間。
土方が、ジロリと総司を見る。
「それより、お前」
総司の頭を脇から軽く抱える。
「なんで俺たちの所に来ねぇ」
総司が、少し苦しそうに声を上げる。
「土方さん、苦しいですって……!」
土方は、笑ったまま続けた。
「皆んな、お前の事待ってんぞ」
その顔に。
“鬼副長”と呼ばれた鋭さは無かった。
あるのは。
仲間を見る男の顔だった。
土方が、ニヤリと笑う。
「どうせ、“自分だけ未来で……”とか何とか考えてたんだろ?」
総司が、視線を逸らす。
「……図星です」
土方が、即答する。
「やっぱりな」
そのまま総司の肩を掴む。
「このまま連れてくぞ」
総司が、目を見開く。
「それ拉致ですよね!?」
土方が、堂々と言い放った。
「副長命令だ」
一拍。
「文句あるか?」
総司が、観念したようにため息を吐く。
「……はい」
小さく笑った。
「従います」
その様子を見て。
美雪が、クスクス笑っている。
すると。
土方が、今度は美雪を指差した。
「ということで、美雪さん」
美雪が、目を瞬かせる。
「君も一緒に来る」
美雪が、思わず聞き返す。
「え!?」
「私も?」
少し慌てる。
「いいんですか?」
土方が、当然のように頷いた。
「さっきも言ったろ」
静かな声。
「君は、もう新選組の一員だ」
一拍。
「不服か?」
美雪が、慌てて首を振る。
「う、嬉しい……ですけど……」
そして。
少しだけ悪戯っぽく聞き返した。
「それって、副長命令ですか?」
土方が、にこやかに笑う。
「そうだと言ったら?」
美雪が、即座に背筋を伸ばした。
「お供します、副長!!」
総司が、吹き出す。
「美雪ちゃん、それ……」
クスクス笑いながら言う。
「副長命令、受けたかっただけだよね?」
美雪が、少し頬を赤くした。
土方が、満足そうに頷く。
「よぉし」
浅葱色の羽織を翻す。
「二人とも、付いてこい」
――新選組の陣。
焚き火が揺れている。
戦場の緊張感は残っているものの。
ここだけは、どこか“屯所”を思わせる空気があった。
原田左之助が、胡座をかきながら呟く。
「土方さん、遅ぇな……」
永倉新八が、酒瓶片手に笑った。
「総司のことだ」
肩をすくめる。
「どうせ気にせんでいい事気にして、避けてんじゃねぇか?」
原田が、思い出したように笑う。
「それよりよぉ」
ニヤニヤしながら周囲を見る。
「戦場で聞いたか?」
藤堂平助が、苦笑する。
「“恋人置いて退けるわけないでしょ”ってやつ?」
原田が、膝を叩いた。
「そうそうそれ!!」
大笑いする。
「あんなべっぴんさん捕まえやがって羨ましい〜!!」
永倉が、呆れたように笑う。
「ただのやっかみかよ」
斎藤一が、静かに焚き火を見つめながら口を開いた。
「……でも」
一拍。
「良かったんじゃないか?」
全員が、斎藤を見る。
斎藤は、静かな口調のまま続けた。
「総司に、大切に思える人ができて」
火の揺らぎが、その横顔を照らす。
「死に際に未来へ飛ばされて」
「何もかも変わった世界で」
一拍。
「不治の病を治し」
少し目を伏せる。
「その先で出会った相手だ」
静かな声。
「総司には、そのまま自分の人生を幸せに生きて欲しいと俺は思う」
その言葉に。
永倉が、小さく笑った。
「……そうだな」
酒を口へ運ぶ。
「なんせアイツ」
少し苦笑する。
「敵を斬る事と、新選組のことばっかだったからな」
その時だった。
「おっ!!」
近藤勇が、入口方向を見て笑った。
「歳、戻ったか!!」
全員が、一斉に振り返る。
土方が、浅葱色の羽織を揺らしながら歩いてくる。
その後ろには――。
総司。
そして美雪。
土方が、ニヤリと笑った。
「ちゃんと見つけ出して、連れてきたぞ」
その瞬間。
原田が、ニヤァッと笑う。
「おっ!!」
立ち上がる。
「噂をすれば何とやらだ!!」
総司を手招きする。
「こっち来い総司!!」
そして。
美雪を見て、少し言葉を探す。
「それと――」
山南が、穏やかに補足した。
「美雪さん、ですね」
原田が、すぐ頷く。
「そうそう!!」
豪快に笑う。
「美雪ちゃんだ!!」
手を振る。
「君もこっち!!」
美雪が、少し緊張した様子で総司を見る。
総司が、小さく笑った。
「大丈夫だよ」
その言葉に。
美雪も、小さく頷く。
二人が焚き火の輪へ近づくと。
隊士たちが、一気に騒がしくなった。
「おぉ〜!!」
「総司の恋人!!」
「美人だなぁおい!!」
「総司には勿体ねぇ!!」
総司が、即座にツッコむ。
「それどういう意味ですか!?」
永倉が、ケラケラ笑う。
「そのままの意味だろ!!」
藤堂も、面白そうに笑っている。
そんな中。
近藤が、優しく美雪へ声をかけた。
「改めてになるが」
穏やかな笑み。
「来てくれてありがとう、美雪さん」
美雪が、少し慌てて頭を下げる。
「い、いえ……!」
近藤は、焚き火の隣を軽く叩いた。
「ほら、座ってくれ」
一拍。
「今日はもう、“仲間”として話そう」
その言葉に。
美雪が、少しだけ嬉しそうに笑った。
原田が、酒瓶を片手に総司へニヤニヤしながら近づく。
「総司〜」
肩へ腕を回した。
「祝言はいつやった!!?」
その言葉に。
総司と美雪が、同時に固まる。
「「えっ!?」」
二人とも、一気に顔が赤くなった。
原田が、さらに目を見開く。
「まさか……」
総司と美雪を交互に見る。
「まだなのか!?」
山南が、困ったように苦笑する。
「ちょっと原田さん……」
原田は、豪快に笑った。
「いいじゃねぇか!」
酒を掲げる。
「せっかく元気な総司に再会したんだ!」
ニヤニヤしながら続ける。
「そういう話の一つくらい聞かせろよ!」
総司が、呆れたように笑う。
「佐之さん……」
一拍。
「もう酔ってますね?」
原田が、即答する。
「酔ってねぇ!!」
永倉が、すぐ横からツッコむ。
「いや酔ってるだろ」
その空気の中。
斎藤が、静かに口を開いた。
「……だが」
全員が、斎藤を見る。
「原田の言うことも、あながち間違いではない」
その言葉に。
美雪が、「えっ?」という顔をする。
斎藤は、焚き火を見つめたまま続けた。
「元気な総司に再会できた」
静かな声。
「その点においてはな」
土方も、小さく頷いた。
「それは同感だ」
総司が、少し困ったように笑う。
「皆んな……」
その目が揺れる。
「俺だけ未来で、とか」
「一緒に戦場に出ないで、とか」
少し俯く。
「そういう風には思わないの?」
その瞬間。
永倉が、呆れたように笑った。
「それ、本気で言ってんのか?総司」
酒瓶を置く。
「だとしたら、お前はバカだ」
総司が、目を見開く。
永倉は、真っ直ぐ総司を見た。
「ここにいる奴で」
一拍。
「誰一人、そんな事思っちゃいねぇよ」
静かな空気。
そこへ。
土方が、ゆっくり口を開いた。
「永倉の言う通りだ」
焚き火の光が、横顔を照らす。
「仲間が病に伏せる」
「心配する」
「戦場に居なくても、心は一緒に戦ってる」
静かな声。
「仲間ってのは、そういうもんだろ」
総司が、黙って聞いている。
土方は続けた。
「その仲間が」
一拍。
「どういう形であれ、生きてて」
「また俺たちの前に元気な姿を見せる」
少し笑った。
「これほど嬉しいことはねぇよ」
その瞬間。
総司の頬を、一筋の涙が伝った。
総司が、小さく笑う。
「……ありがとう」
永倉が、照れ隠しみたいに笑った。
「分かったならいい!」
酒瓶を突きつける。
「それよりお前も飲め!!」
総司が、涙を拭いながら笑った。
「うん!」
その様子を。
美雪は、静かに見つめていた。
すると。
山南が、優しく声をかける。
「美雪さん」
穏やかな笑み。
「こんな連中ですが、よろしくお願いしますね」
その目が、総司を見る。
「皆んな、総司が元気でいてくれて嬉しいんですよ」
一拍。
「そして」
「君が支えていてくれてる事も」
藤堂も、笑いながら頷く。
「そうそう!」
総司を見る。
「美雪ちゃんが居なかったら」
少し考える。
「総司、こんなに笑ってなかった気がするなぁ」
美雪が、少し驚いたように目を見開く。
「ちゃんと……」
その声が少し震える。
「笑えてるんですね……今」
山南が、優しく頷いた。
「えぇ」
静かな声。
「それは間違いありませんよ」
藤堂も、笑った。
「いつも飄々としてるから分かりにくいけどな!」
美雪が、小さく笑う。
「……良かった」
その目も、少し潤んでいた。
だが――。
空気をぶち壊すように。
原田が、再び声を上げる。
「祝言がまだならさぁ!!」
山南が、即座に頭を抱えた。
「またその話ですか……」
原田は、真顔で言い放つ。
「いいじゃねぇか!」
一拍。
「ここからは提案だ!!」
総司と美雪が、同時に首を傾げる。
「「提案?」」
原田が、ニヤァッと笑った。
「今からするってのはどうだ?」
一瞬。
空気が止まる。
そして――。
「「「今からぁ!?」」」
全員が叫んだ。
原田は、満足そうに頷く。
「いいよな!?近藤さん、土方さん!!」
近藤が、困ったように笑う。
「俺は構わないが……」
総司と美雪を見る。
「本人たち次第だ」
原田が、今度は土方を見る。
「土方さんは?」
土方が、肩をすくめた。
「それは俺が決める事じゃねぇ」
静かな声。
「二人が決める事だろ」
全員の視線が、一斉に総司と美雪へ向いた。
美雪が、真っ赤になりながら総司を見る。
総司も、少し困ったように笑った。
「ど、どうしようか……」
美雪が、小さく聞き返す。
「総司くんは?」
総司は、一度だけ目を閉じた。
そして。
優しく笑う。
「俺は……」
一拍。
「美雪ちゃんとなら」
その言葉に。
美雪の顔が、さらに赤くなる。
総司は続けた。
「カルカソンヌ行く前に、“婚約”の話してたでしょ?」
少し照れながら笑う。
「あれ、本気だったし」
そして。
少し困ったように頭を掻いた。
「まぁ……婚約すっ飛ばす事になるけど」
美雪は、戸惑いながらも笑った。
「うん……」
総司を見る。
「でも、総司くんとなら……」
小さく頷く。
「付き合ってるし……」
そして。
少し恥ずかしそうに俯く。
「みんなの前っていうの、ちょっと恥ずかしいけど……」
一拍。
「でも、この人たちに私達のことを認めてもらってるって思うと」
小さく笑った。
「嬉しい」
その瞬間。
永倉が、立ち上がった。
「決まりだな!!」
周囲を見回す。
「時間はそう無ぇ!!」
指を差す。
「準備急げぇぇぇッ!!!」
そして。
一人の隊士を見る。
「山崎!!」
山崎烝が、即座に立ち上がる。
「はっ!!」
永倉が、ニヤリと笑う。
「この二人の仲間、呼んでこい!!」
少し考える。
「AX班だっけか?」
山崎が、すぐ頷いた。
「分かりました!!」
そのまま。
夜の城内へ向けて駆け出していった。
総司が、周囲の慌ただしさを見回しながら苦笑する。
「……大ごとになっちゃった?」
美雪も、少し困ったように笑った。
「そうだね……」
だが――。
その空気を切り裂くように。
「その話、聞かせてもらったわ!!」
突然、上から声が響く。
全員が見上げた。
次の瞬間。
木の上から、軽やかに人影が飛び降りる。
シュタッ――。
千代女だった。
総司と美雪が、同時に目を見開く。
「「千代女さん!?」」
千代女は、満面の笑みを浮かべていた。
「おめでたい事じゃない!!」
パンッと手を叩く。
「戦場だけど!」
周囲を見る。
「皆んなが祝ってくれるんだもの!」
そして。
美雪へ、ずいっと顔を近づけた。
「そうとなれば準備よ、美雪!!」
美雪が、完全に圧倒される。
「じゅ、準備……?」
千代女が、腕を組んで考え始めた。
「あー、でも服どうしよう……」
真剣に悩む。
「美雪、あなた妖力で服変えられる?」
美雪が、戸惑いながら答える。
「多少は……?」
千代女が、即座に頷く。
「よし!」
指を鳴らす。
「なら後はお化粧ね!!」
ニヤリと笑う。
「それは私に任せて!」
総司が、少し引き気味に笑う。
「千代女さん、乗り気すぎません?」
千代女が、即答する。
「当たり前でしょ!!」
その時だった。
近藤が、何かを持ってゆっくり歩いてくる。
「美雪さん」
その穏やかな声に、美雪が振り返る。
近藤は、丁寧に折り畳まれた布を差し出した。
「良かったら、これを受け取ってくれないか?」
美雪が、そっと受け取る。
広げた瞬間――。
浅葱色の羽織。
新選組の羽織だった。
美雪が、目を見開く。
「これ……」
近藤が、優しく笑う。
「予備であったものなんだがね」
一拍。
「今じゃ、君も一員だ」
その言葉に。
周囲の隊士たちも、静かに頷いていた。
近藤は続ける。
「だから、これを渡しておきたくてね」
少し苦笑する。
「この後、バタバタしそうだから」
「渡し損ねないようにと思うと、今かな……と」
そして。
真っ直ぐ美雪を見る。
「受け取ってくれるだろうか?」
美雪は、羽織を胸へ抱きしめた。
本当に大切そうに。
「……大切にします」
その声は、少し震えていた。
そして。
美雪が、意を決したように顔を上げる。
「あの!近藤さん……!」
近藤が、優しく聞き返す。
「何かな?」
美雪が、浅葱の羽織を見つめながら言った。
「この羽織……」
少し照れながら笑う。
「この後の祝言に使っても、良いですか?」
その言葉に。
周囲が、少し静かになる。
近藤は、一瞬驚いたように目を丸くした。
だがすぐに。
穏やかに笑う。
「それは構わないが……」
少し困ったように言う。
「折角の式なのに、本当に良いのかね?」
美雪は、しっかり頷いた。
「はい!」
浅葱色の羽織を、ぎゅっと抱きしめる。
「皆さんの仲間として」
一拍。
「少しでも一緒に居たいので……」
その言葉に。
近藤が、嬉しそうに目を細めた。
「……分かった」
静かな声。
「しっかり、美雪さんと総司の祝言」
少し笑う。
「見届けさせてもらうよ」
美雪が、嬉しそうに笑った。
「はい!」
千代女が、パンッと手を叩いた。
「ほら!!」
その場を見回す。
「準備を急ぐわよ!!」
美雪が、まだ少し状況を飲み込めていない顔で聞き返す。
「じゅ、準備って言っても……」
千代女が、美雪の肩を掴む。
「花嫁準備に決まってるでしょ!!」
その勢いに、美雪が押される。
「えぇっ!?」
原田が、腹を抱えて笑った。
「はっはっは!!」
総司を見る。
「総司ぃ、お前完全に流されてんな!!」
総司も、苦笑するしかない。
「いや……」
頭を掻く。
「ここまで大きくなるとは思わなくて……」
永倉が、ニヤニヤしながら肩を叩く。
「諦めろ」
酒瓶を掲げる。
「こうなった新選組は止まらねぇ」
土方も、呆れ半分で笑っている。
「まぁ、祝い事くらい派手でいいだろ」
近藤も、大きく頷いた。
「うむ!」
嬉しそうに笑う。
「めでたい事だからな!!」
千代女は、既に完全に仕切りモードへ入っていた。
「はいはい男共は邪魔!!」
シッシッと手を振る。
「総司は後で呼ぶから向こう行ってて!!」
総司が、思わず聞き返す。
「え、俺追い出されるの?」
千代女が、即答する。
「当たり前でしょ!!」
美雪の肩を抱く。
「今から美雪を世界一綺麗にするんだから!!」
美雪が、顔を真っ赤にする。
「せ、世界一って……!」
藤堂が、楽しそうに笑う。
「総司、頑張れよ〜!」
原田も、ニヤニヤしながら続く。
「逃げんなよ〜?」
総司が、苦笑しながら肩をすくめた。
「逃げませんって……」
その時。
千代女が、美雪の耳元で小さく囁く。
「……でも」
少し優しく笑う。
「こんな戦場のど真ん中で、“幸せ”を選べるのって」
一拍。
「凄く大事な事なのよ」
美雪が、少し驚いたように千代女を見る。
千代女は、ふっと笑った。
「だから、今日は遠慮なく幸せになりなさい」
その言葉に。
美雪は、羽織を抱きしめながら小さく頷いた。
「……はい!」
千代女が、満足そうに笑う。
「よし!!」
美雪の手を引く。
「行くわよ、美雪!!」
そのまま、美雪は半ば引っ張られるように城内へ連れて行かれていった。
総司は、その後ろ姿を見ながら。
少し照れくさそうに笑うのだった。
――城内、奇兵隊陣営。
焚き火が、静かに揺れている。
周囲では、奇兵隊士たちが休息を取っていた。
戦の合間。
それでも。
どこか楽しげな空気がある。
その中心では――。
晋作と茜。
そして久坂玄瑞を含めた奇兵隊の仲間たちが、酒を飲み交わしていた。
久坂が、酒を口へ運びながら周囲を見る。
「お前の作った奇兵隊……」
小さく笑う。
「皆、手だれ揃いだな」
周囲の隊士たちを見る。
「銃の扱いにしろ、立ち回りにしろ別格だ」
その目が、晋作を見る。
「すごいよ」
晋作は、酒を飲みながら鼻を鳴らした。
「別にすごかねぇよ」
肩をすくめる。
「皆、それぞれ努力した結果だ」
久坂が、ふっと笑う。
「やっぱりお前は変わらないな」
晋作が、怪訝そうに見る。
「何がだ?」
久坂が、酒を揺らしながら笑った。
「自分の功績みたいに語らない所だ」
奇兵隊士たちが、苦笑する。
「それは確かに……」
「総督、いつもそんな感じですしね」
晋作が、少し呆れたように笑う。
「うるせぇよ」
その空気の中。
久坂が、どこか懐かしそうに夜空を見上げた。
「松下村塾の頃もそうだったな」
晋作が、少し目を細める。
「……懐かしい話出してきやがる」
久坂が、楽しそうに笑った。
「お前、授業中まともに座ってた事ほとんど無かっただろ」
周囲の隊士たちが笑い出す。
「え、総督そんな人だったんですか!?」
晋作が、即座にツッコむ。
「待て、盛るな」
久坂が、さらに笑う。
「松蔭先生に“高杉、少しは落ち着け”って何度言われてたか」
晋作が、酒を煽る。
「先生、結局最後は笑ってたろ」
久坂が、小さく頷く。
「あぁ」
静かな声。
「お前が本気で国を変えようとしてるの分かってたからな」
少し沈黙が落ちる。
吉田松陰。
その名前は、長州の者たちにとって特別だった。
晋作が、少しだけ笑う。
「……まぁ」
焚き火を見る。
「先生が今の俺見たら何て言うかねぇ」
久坂が、即答する。
「喜ぶさ」
晋作が、少し驚いたように見る。
久坂は、真っ直ぐ言った。
「身分関係なく兵を集め」
「国を守るため戦い」
「時代を超えても前に進んでる」
一拍。
「まさにお前がやりたかった事だろ」
晋作が、少し照れ臭そうに笑う。
「面と向かって言われると気色悪ぃな」
周囲が笑いに包まれる。
その時。
一人の隊士が、茜へ酒を差し出した。
「弓月さんもどうです?」
茜が、少し困ったように笑う。
「ありがとう、でも少しだけね?」
杯を受け取る。
その様子を見て。
久坂が、ふっと笑った。
「……だが」
晋作が、眉をひそめる。
「?」
久坂が、静かに続けた。
「少し変わったな」
晋作が、怪訝そうに笑う。
「だから何がだよ」
久坂は、焚き火を見つめながら言った。
「昔のお前は」
静かな声。
「自分一人で全部背負おうとしていた」
晋作の表情が、少しだけ止まる。
久坂は続けた。
「全部、自分だけで何とかしようとして」
「誰かに頼る事を、どこか拒んでいた」
そして。
ゆっくり茜を見る。
「だが今は違う」
茜が、少し目を瞬かせる。
久坂が、小さく笑った。
「ちゃんと“隣”に誰かを置いている」
その言葉に。
茜の頬が、少し赤くなる。
晋作は、照れ隠しみたいに酒を飲み干した。
「……うるせぇ」
久坂が、声を上げて笑う。
「ははは!!」
そして。
どこか安心したように呟いた。
「良かったよ、晋作」
焚き火の火が、静かに揺れる。
戦場の夜。
奇兵隊の陣には。
確かに、仲間たちの温かい時間が流れていた。
少し先。
焚き火を囲んでいた末端の隊士たちから、大きな声が飛ぶ。
「総督ー!!」
晋作が、そちらを見る。
隊士が、嬉しそうに手を振っていた。
「良かったらこっちにも来てください!!」
久坂が、その様子を見て小さく笑う。
「……行ってやれよ、高杉」
晋作が、酒を置きながら立ち上がる。
「なら、あっちにも顔出すか!」
そして。
久坂へ視線を向けた。
「……久坂」
少し笑う。
「後で、ゆっくりやろう」
久坂も、穏やかに頷く。
「あぁ」
晋作は、手を軽く上げながら隊士たちの方へ歩いていった。
焚き火の向こう。
隊士たちの笑い声が聞こえてくる。
その背を見送りながら。
久坂が、静かに茜へ話しかけた。
「……晋作の事」
穏やかな声だった。
「これからも、お願いできるかな?」
その優しい口調に。
茜は、少しだけ戸惑う。
萩での戦い。
蘆屋道満によって蘇らされ、敵として現れた久坂玄瑞。
あの時の姿と。
今、目の前にいる男が。
どうしても結びつかなかった。
久坂は、その空気を察したように苦笑する。
「あぁ……そうか」
少し目を伏せた。
「詳しくは聞いていないが」
静かな声。
「俺が蘇って、弓月さん達の敵だったんだな」
茜が、黙って聞いている。
久坂は続けた。
「その人物が目の前にいるんだ」
小さく笑う。
「流石に、心穏やかではないか」
茜は、少し考えてから答えた。
「あの時……私は」
焚き火の火を見る。
「色々あって、泣きました」
その声は静かだった。
「でも」
ゆっくり顔を上げる。
「恨むなら、あなたじゃない」
一拍。
「蘆屋道満の方です」
久坂が、少し目を細めた。
茜は、正直に続ける。
「少しだけ複雑なのは認めますけど……」
久坂が、小さく頷く。
「そう思われても仕方ない」
だが。
茜は、ふっと笑った。
「でも」
久坂を見る。
「今のあなた、とても同じ人には思えないんです」
少し照れながら笑う。
「だから……うん」
頷く。
「今からは、別人だと思って接します!」
その言葉に。
久坂が、静かに笑った。
「ありがたい」
焚き火の向こう。
晋作が隊士たちに囲まれて笑っている。
久坂は、その背を見ながら言った。
「弓月さんみたいな人が」
静かな声。
「高杉の隣に居てくれる事で、安心できる」
茜が、少し目を瞬かせる。
久坂は続けた。
「親友でも」
小さく笑う。
「俺には、出来なかったからな」
そして。
真っ直ぐ茜を見た。
「だからこそ、俺からの願いだ」
一拍。
「これからも、高杉の事を頼む」
茜が、しっかり頷く。
「はい!」
優しく笑う。
「そのつもりです」
そして。
少し考えるように言った。
「何なら……」
久坂を見る。
「久坂さんも一緒に、って形が出来ても良いとも思えます」
少し照れながら付け加える。
「……今の貴方なら、ですけど」
久坂が、一瞬驚いたように目を見開く。
そして。
どこか嬉しそうに笑った。
「それが出来るなら」
小さく息を吐く。
「これ以上嬉しい事はないな」
だが。
ゆっくり首を振る。
「その役割は、弓月さんに託そう」
茜の頬が、少し赤くなる。
久坂が、ふっと笑った。
「間違ってたらすまないが」
少し楽しそうな声。
「君たち、恋人同士だろ?」
茜が、一気に顔を赤くする。
「えっ……!?」
久坂が、声を上げて笑った。
「ははっ」
指を差す。
「図星だな」
茜が、観念したように小さく頷く。
「……はい」
久坂は、どこか安心したように晋作を見る。
「ようやく高杉にも、そういう人が見つかって良かった」
静かな声。
「今回再会できた上で」
一拍。
「何よりの贈り物だ」
その時だった。
「おーい!」
晋作が、酒瓶片手に戻ってくる。
「何の話してたんだ?」
茜が、一瞬言葉に詰まる。
だが。
久坂が、笑いながら答えた。
「お前に良い人が見つかって良かった、って話だよ」
晋作が、怪訝そうに笑う。
「どういう意味だ?」
久坂も、笑い返した。
「そのままの意味だ」
だが――。
次の瞬間。
奇兵隊陣営へ向け、大きな声が響く。
「新選組の山崎と申します!!」
全員の視線が向く。
「高杉晋作殿と弓月茜さんはおられるか!?」
その瞬間。
奇兵隊隊士たちが、一気に立ち上がる。
「新選組だと!?」
「総督を殺りに来たか!!」
銃へ手をかける者まで現れる。
他の隊士たちも、一斉に身構えた。
だが。
晋作が、すぐに声を張り上げる。
「待て!!」
空気が止まる。
晋作は、隊士たちを見回した。
「新選組は今回は味方だって言ったよな!!」
隊士たちが、ハッとして動きを止める。
「……申し訳ありません総督!」
晋作は、小さく息を吐いた。
そして。
茜と共に山崎の元へ歩いていく。
晋作が、真っ先に聞いた。
「どうした?」
その目が鋭くなる。
「敵の動きがあったのか?」
山崎が、慌てて首を振る。
「いえ!」
少し言いづらそうに続ける。
「そういう訳ではなく……」
晋作と茜が、同時に首を傾げた。
「「ん?」」
山崎が、咳払いする。
「沖田隊長と雪城さんの祝言を行うので」
一拍。
「新選組の待機場所へ来てほしい、と……」
その瞬間。
晋作と茜が、同時に固まる。
「「祝言!!?」」
山崎が、真面目に頷いた。
「はい……」
晋作が、思わず吹き出した。
「あいつら……!」
頭を押さえる。
「何がどうなってんだよ……!」
だが。
その顔は、笑っていた。
茜も、クスクス笑う。
「こんな時に……」
でも。
少し優しく笑った。
「かつての仲間も居るところだし……」
一拍。
「分からなくはないかもね」
晋作が、奇兵隊士たちを振り返る。
「ちょっと行ってくる!!」
そして。
少し真面目な顔になる。
「酒飲むのはいいが、ほどほどにな!」
周囲を見回す。
「いつまた始まるか分かんねぇから!!」
隊士たちが、一斉に返事をする。
「「「おう!!」」」
そして――。
晋作と茜は。
山崎と共に、新選組の陣営へ向かうのだった。
――城内。
戦場から少し離れた石造りの通路。
夜風が、静かに吹き抜けていた。
クー・フーリンは。
一本の魔槍を床へ突き立て。
柱へ背中を預けながら立っていた。
まるで戦場そのものと一体化しているような空気。
その鋭い視線は、遠くのゲート方向へ向けられている。
そこへ。
セレナと晴明が歩み寄った。
クー・フーリンが、僅かに口元を上げる。
「来たか……」
セレナが、真っ直ぐ槍を見つめながら言う。
「貴方には聞きたい事があるからね」
クー・フーリンが、静かに聞き返す。
「聞きたい事とは?」
セレナは、自らの持つ紅き槍へ視線を落とした。
「この槍が、なぜ“呪われてる”のか」
静かな声。
「それを知りたいの」
クー・フーリンは、一瞬だけ黙る。
そして。
小さく鼻を鳴らした。
「……まず」
槍へ手を置く。
「その認識から違う」
セレナが、眉をひそめる。
「違う?」
クー・フーリンは、静かに言った。
「その槍は、“呪槍”じゃない」
一拍。
「“魔槍”だ」
セレナが、目を細める。
「どういう事?」
クー・フーリンは、ゆっくり語り始めた。
「ゲイ・ボルグ」
その名が、静かな夜へ響く。
「これは、人を呪うための槍じゃねぇ」
槍を見つめる。
「本来は、“異界”の力を宿した神代の武器だ」
晴明が、静かに興味深そうな目を向ける。
クー・フーリンは続けた。
「俺は元々、この槍を持っていた訳じゃない」
静かな声。
「若い頃」
「俺は“影の国”へ渡った」
セレナが、小さく呟く。
「影の国……」
クー・フーリンが頷く。
「あぁ」
その目が、少し遠くを見る。
「女王スカサハが治める地だ」
「戦士を鍛え上げる、死と戦の国」
晴明が、小さく目を細めた。
「異界修行……なるほど」
クー・フーリンは続ける。
「そこで俺は」
「戦い方」
「魔境の生き残り方」
「神代の技」
「殺し合い」
低い声。
「全部叩き込まれた」
セレナが、静かに聞いている。
クー・フーリンは、魔槍へ手を置いた。
「そして最後に」
「スカサハから託されたのが、このゲイ・ボルグだ」
その声には、僅かな重みがあった。
「海獣の骨」
「異界の呪術」
「神代の魔術」
「戦士の執念」
様々なものを束ねて作られた槍。
「だからこの槍は、人の理から外れてる」
セレナが、小さく呟く。
「……だから“呪い”みたいな力が」
クー・フーリンは、首を横へ振った。
「違う」
その声は、はっきりしていた。
「人が扱い切れねぇ力を、“呪い”と呼んでるだけだ」
静かな空気。
クー・フーリンは続けた。
「ゲイ・ボルグの本質は、“必中”だ」
セレナが、真剣な目になる。
「必中……それは知ってる」
クー・フーリンが頷く。
「あぁ」
槍を軽く持ち上げる。
「投げれば獲物を追い」
「突けば相手の命脈を裂く」
「内部から喰い破るように広がる」
その目が、セレナを見る。
「だから恐れられた」
「だから“呪い”と呼ばれた」
だが――。
クー・フーリンは、少し笑った。
「だが本当は違う」
静かな声。
「これは、“戦士の覚悟”に応える槍だ」
セレナが、目を見開く。
クー・フーリンは続けた。
「半端な覚悟で握れば」
「力に呑まれる」
「だが、命を懸ける覚悟があるなら」
槍を握る手に力が入る。
「この槍は応える」
「それが魔槍だ」
晴明が、小さく呟いた。
「なるほど……」
静かな視線を向ける。
「力そのものが邪悪なのではなく」
「扱う者の器を問う訳ですか」
クー・フーリンが、口元を上げる。
「流石、陰陽師」
そして。
セレナを見る。
「お前は既に、この槍に認められてる」
セレナ「……」
クー・フーリンは、少し笑った。
「でなきゃ、とっくに死んでる」
その言葉に。
セレナは、思わず苦笑した。
「……否定できないわね」
クー・フーリンが、静かに続ける。
「だがまだ、お前は槍を“恐れてる”」
セレナが、黙る。
図星だった。
クー・フーリンは、真っ直ぐ言う。
「槍を呪いだと思ってる限り」
「お前は、ゲイ・ボルグの本当の力を引き出せない」
夜風が吹き抜ける。
そして。
クー・フーリンは、小さく笑った。
「だから向き合え」
その目が、戦士のものになる。
「その槍と」
「お前自身とな」
クー・フーリンは、セレナの持つ二振りの槍へ視線を向けた。
そして。
静かに口を開く。
「それに――」
一拍。
「もう一振りの“神槍”の力で、ゲイ・ボルグの力を抑えてるだろ」
セレナが、僅かに目を見開く。
クー・フーリンは続けた。
「昼間の戦闘で見て取れた」
槍へ視線を向ける。
「お前、無意識に均衡を取ってるな」
セレナが、小さく黙る。
これも図星だった。
クー・フーリンは、柱へ背を預けたまま話す。
「だが、それだと」
静かな声。
「神槍の本当の力も引き出せてねぇ」
晴明が、静かに目を細める。
クー・フーリンは続けた。
「認識の違い」
「恐れ」
「拒絶」
槍を軽く叩く。
「そういうもんが、大きく関わってくる」
セレナが、自分の槍を見る。
クー・フーリンは、真っ直ぐ言った。
「助言を二つやる」
セレナが、顔を上げる。
「一つ目」
低く響く声。
「“呪いじゃない”と信じろ」
静かな空気。
「恐れながら使えば」
「槍もまた、お前を拒む」
そして。
二本目の指を立てた。
「もう一つ」
少し口元を上げる。
「元の世界へ戻った時」
「興味があるなら、“影の国”へ行ってみろ」
セレナが、目を見開く。
「影の国へ……?」
クー・フーリンが頷く。
「あぁ」
静かな声。
「そう容易く辿り着ける場所じゃねぇ」
「だが――」
ゲイ・ボルグを見る。
「その槍が、鍵になるはずだ」
晴明が、興味深そうに問いかける。
「その“影の国”とは」
一拍。
「今も存在しているのですか?」
クー・フーリンは、即座に答えた。
「あぁ」
その目が、少し遠くを見る。
「俺の師――スカサハは、不死の女王だ」
静かな声。
「間違いなく存在してるはずだ」
そして。
ゆっくり続けた。
「それに、さっきも言ったが」
「影の国は、“生と死の境界”に存在する」
晴明が、小さく呟く。
「境界世界……」
セレナが、少し考えるように言った。
「この世界みたいな場所って事?」
クー・フーリンが、首を横へ振る。
「似てはいるが違う」
少し考えるように空を見る。
「定義するなら」
「ここは“異世界”だ」
そして。
静かに続けた。
「だが、影の国は“異界”だ」
セレナが、少し首を傾げる。
クー・フーリンは、苦笑した。
「説明が難しいな……」
一拍。
「お前たちの世界で言うなら」
「天界」
「現世」
「冥界」
指を三つ立てる。
「その概念に近い」
晴明が、静かに理解したように頷いた。
「なるほど……」
クー・フーリンは続ける。
「ただし、“空間”が違う」
低い声。
「影の国は」
「現世と冥界の狭間に存在する」
「境界の異界だ」
夜風が吹き抜ける。
そして。
クー・フーリンは、セレナを真っ直ぐ見た。
「もし、お前が本気で」
一拍。
「ゲイ・ボルグと向き合うつもりなら」
静かな声。
「いつか、そこへ行くのも助けになるはずだ」
クー・フーリンは、静かにセレナを見つめた。
そして。
ふっと笑う。
「心配するな」
ゲイ・ボルグへ手を置く。
「ゲイ・ボルグがお前を認めてるのは確かだ」
セレナが、少し驚いたように目を瞬かせる。
クー・フーリンは続けた。
「それに」
少し口元を上げる。
「昼間の戦闘を見て、俺もゲイ・ボルグの判断は合ってると思った」
静かな声。
「後は、使い手の心の持ちようだ」
セレナが、真剣な表情になる。
クー・フーリンは、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「何のために、その槍を振るうのか」
「それさえ明確になれば」
槍を軽く持ち上げる。
「その力は応えるはずさ」
そして。
もう一振りの神槍を見る。
「見たところ、神槍も同じだ」
晴明が、静かに目を細める。
クー・フーリンは、自嘲気味に笑った。
「俺は単純だった」
一拍。
「“強くなりたい”」
「“誰にも負けたくない”」
「そんな理由だったからな」
セレナが、静かに聞いている。
クー・フーリンは続けた。
「だが、お前は違う」
その目が、真っ直ぐセレナを見る。
「それに、お前には“ゲッシュ”が無い」
晴明が、小さく反応する。
「ゲッシュ……」
クー・フーリンが頷く。
「あぁ」
静かな声。
「戦士へ課される誓約だ」
「力を得る代わりに、縛られる」
少し笑う。
「言わば“楔”みたいなもんだな」
そして。
セレナを見る。
「だが、お前にはそれが無い」
「つまり」
槍を指差す。
「自由に扱えるって事だ」
夜風が吹き抜ける。
クー・フーリンは、どこか楽しそうに笑った。
「魔槍と神槍」
「その両方を扱う奴なんざ、俺も見た事がねぇ」
肩をすくめる。
「少なくとも俺には無理だ」
そして。
少しだけ真剣な声になる。
「だからこそ、お前は」
一拍。
「俺よりも強くなれる可能性がある」
セレナが、少し目を見開く。
クー・フーリンは続けた。
「そして――」
静かな声。
「守りたいものを、守れる力になるはずだ」
その言葉は。
まるで戦士から戦士への激励だった。
セレナは、ゆっくり槍を握る。
そして。
小さく笑った。
「……分かったわ」
真っ直ぐクー・フーリンを見る。
「肝に銘じておく」
その目には、もう迷いだけではない光があった。
「私の心の持ちよう……ね」
クー・フーリンが、満足そうに笑う。
「そういう事だ」
晴明も、小さく頷いた。
「良い話を聞かせてもらいました」
クー・フーリンが、少し笑う。
「陰陽師、お前も相当厄介な力持ってるがな」
晴明が、珍しく苦笑した。
「否定はしません」
その空気に。
少しだけ穏やかな時間が流れる。
だが――。
その時だった。
「セレナさん!晴明さん!」
遠くから声が響く。
三人が振り返る。
そこには。
山崎烝。
そして。
晋作と茜の姿があった。
セレナが、少し驚く。
「晋作?茜?」
晋作が、笑いながら近づいてくる。
「よう」
肩をすくめる。
「とんでもねぇ話になってるぞ」
セレナが、怪訝そうに聞き返す。
「何が?」
山崎が、少し困ったように咳払いした。
「実は……」
一拍。
「沖田隊長と雪城さんの祝言を行うので」
「来てほしいと……」
その瞬間。
セレナと晴明が、同時に固まる。
「「……は?」」
晋作が、吹き出した。
「だよなぁ!!」
茜も、クスクス笑っている。
セレナが、ようやく理解したように目を見開く。
「ちょ、ちょっと待って!?」
「戦場よ今!?」
晴明も、珍しく困惑していた。
「いや……確かに驚きますね……」
だが。
次第に二人とも笑い始める。
セレナが、呆れたように笑った。
「……ふふっ」
「総司らしいのか、美雪ちゃんらしいのか分からないわね」
晴明も、小さく笑う。
「ですが」
静かな声。
「悪くない話です」
クー・フーリンは、その様子を見ながら笑った。
「ははっ」
槍を肩へ担ぐ。
「面白ぇ連中だな、お前ら」
セレナが、笑いながら振り返る。
「クー・フーリン!」
クー・フーリンが、軽く手を振る。
「行ってこい」
少し口元を上げる。
「戦場での祝言なんざ、滅多に見られるもんじゃねぇ」
セレナが、楽しそうに笑った。
「そうね!」
そして――。
セレナ、晴明、晋作、茜たちは。
総司と美雪の待つ、新選組の陣へ向かうのだった。
43話 完




