35話 Where It All Began
――パリ。
カルカソンヌでの事件から、三週間が経過していた。
街はいつも通りの賑わいを取り戻している。
カフェの喧騒。
石畳を歩く観光客。
遠くに見えるエッフェル塔。
あの激戦が嘘のような、穏やかな時間だった。
その一角。
オルレアン部隊が用意した滞在拠点。
AX班の一行は、そこで療養を続けていた。
その中で、最も早く回復したのは――セレナだった。
「……ん、こんなもんね」
軽く身体を捻る。
脇腹。
黒騎士に貫かれた傷。
すでにほとんど塞がっている。
多少違和感はあるが、日常生活には支障はない。
「やっと普通に動けるわね」
小さく息を吐く。
その時だった。
コンコン。
部屋の扉がノックされる。
「入るわよ」
聞き慣れた声。
ジャンヌだった。
白いワンピース姿のジャンヌが部屋へ入ってくる。
セレナが肩をすくめる。
「あら、ジャンヌ」
ジャンヌはセレナを見るなり、少し目を細めた。
「……もう動いてるんですか」
静かな声。
だが少し圧がある。
セレナが苦笑した。
「そりゃ三週間も経てばね」
「もうほぼ治ってるわよ」
ジャンヌは視線をセレナの脇腹へ向ける。
「“日常生活”は、ですね」
一拍。
「戦闘はまだ禁止です」
即答だった。
セレナが思わず笑う。
「まだ言う?」
「言います」
ジャンヌは真顔だった。
「絶対安静と言ったはずです」
「いや、だからそれはもう――」
「ダメです」
被せ気味だった。
セレナが額を押さえる。
「はぁ……」
「分かったわよ」
その時。
廊下の向こうから声が聞こえてきた。
「っ……いってぇ……!!」
晋作だった。
セレナとジャンヌが顔を見合わせる。
そして二人同時にため息を吐いた。
「……行きましょうか」
「そうね」
二人が部屋を出る。
そのまま隣室へ。
扉を開けると――。
「だから言ったでしょ!」
茜が腕を組んでいた。
ベッドの上では、晋作が顔をしかめている。
肋骨。
まだ完全には治っていない。
どうやら無理に動いたらしい。
晋作が顔を逸らした。
「ちょっと動いただけだ」
セレナが呆れたように目を細める。
「晋作……それ、“ちょっと”で済む顔してないわよ?」
晋作が言葉に詰まる。
その瞬間。
ジャンヌが静かに笑った。
――怖い笑顔だった。
「晋作さん?」
晋作の背筋に悪寒が走る。
「はい」
「療養中ですよね?」
「はい」
「なぜ動いたんです?」
「……なんとなく?」
沈黙。
ジャンヌの笑顔が深くなる。
「なるほど」
「つまり反省してないんですね」
「いや待て」
晋作が即座に反応する。
だが。
その時だった。
「しーんーさーくー?」
さらに別方向から声。
美雪だった。
にこやか。
だが目が笑っていない。
晋作が引きつる。
「誰が怖いって?」
静かな声だった。
だが圧が凄い。
晋作が冷や汗を流す。
「いや、あれはだな――」
その瞬間。
パキパキパキ……。
空気が凍り始める。
美雪の周囲へ、小さな氷片が形成されていた。
「そう言えば」
にこり。
「肋骨折れてたんだよね?」
さらに氷が増える。
「だったら、ちゃんと冷やさないとね??」
晋作がベッドの上で後退った。
「待て待て待てって!!」
セレナが吹き出す。
茜も肩を震わせていた。
総司は壁際で苦笑している。
「完全に自業自得だね」
「総司ぃ!!助けろ!!」
「無理かな」
即答だった。
その時。
コンコン、と。
再び扉がノックされる。
全員がそちらを見る。
扉が開き、オルレアン部隊の女性スタッフが顔を覗かせた。
「お昼の準備ができています」
ジャンヌが小さく頷く。
「ありがとうございます」
スタッフが軽く会釈して去っていく。
その場の空気が少し和らいだ。
セレナが笑う。
「助かった」
「このままだと晋作が凍るところだったわ」
「もう半分凍ってる気がするけどね」
総司が苦笑する。
実際、晋作の足元には薄く氷が張っていた。
「おい美雪!!本当に冷えてんぞ!!」
美雪はそっぽを向いた。
「安静にしない晋作が悪い」
茜も頷く。
「うん、自業自得」
「お前ら味方いねぇ!!」
部屋に笑いが広がる。
三週間。
色々あった。
傷も残っている。
まだ完全に終わったわけじゃない。
夜の帝国も。
ルシアンも。
サリエルも。
動き続けている。
それでも――。
今だけは。
少しだけ穏やかな時間が流れていた。
セレナが窓の外を見る。
穏やかなパリの街並み。
石畳。
行き交う人々。
そして、小さく笑った。
「……せっかくだし」
「ちゃんと観光くらいはしたいわね」
その言葉に。
総司が苦笑する。
「まずは全員、完治してからかな」
晋作が即座に反応した。
「じゃあ俺もう動け――」
「ダメです」
「ダメ」
「却下」
ジャンヌ、美雪、茜の声が綺麗に重なった。
晋作が天井を仰ぐ。
「理不尽だろこれぇ!!」
再び笑い声が広がった。
パリの昼下がり。
それは、戦いの合間に訪れた――穏やかな時間だった。
――三日後。
パリ市内・提携医療施設。
「はい、これで一応は退院許可です」
担当医がカルテを閉じながら言った。
「まだ無茶は禁止ですが、通常生活程度なら問題ありません」
その瞬間。
「っしゃぁぁぁ!!」
晋作が勢いよく立ち上がる。
「やっと解放だ!!」
だが次の瞬間。
ズキッ。
「いっっっっ……!」
肋へ痛みが走り、その場で固まった。
医師が即座に真顔になる。
「だから“完治”ではありません」
「痛むなら安静です」
晋作が顔をしかめる。
「分かってるって……」
その横で。
美雪がじーっと見ていた。
「……ほんとに分かってる?」
「分かってる分かってる」
「怪しい」
即答だった。
その様子に、セレナが吹き出す。
「晋作、完全に信用失ってるじゃない」
茜も苦笑する。
「まぁ、自業自得かな……」
一方。
総司は窓の外を見て、小さく笑った。
「でも、ようやく外出できるんだね」
その言葉に。
ジャンヌが静かに頷く。
「ええ」
そして少しだけ微笑んだ。
「せっかくですし――今日はパリを案内します」
その瞬間。
空気が一気に明るくなった。
――数時間後。
パリ市街。
石畳の街路。
並ぶオープンカフェ。
芸術的な建築。
空を見上げれば、巨大なエッフェル塔。
観光客たちの賑わいの中を、AX班とオルレアン部隊の面々が歩いていた。
先頭を歩くのは、ジャンヌとラファエル。
完全に観光案内役である。
ラファエルが後ろを振り返る。
「まずは定番だな」
「エッフェル塔周辺を回る」
セレナが周囲を見回す。
「やっぱ実際見ると大きいわね」
美雪も目を輝かせていた。
「テレビとか写真で見るのと全然違う……!」
総司が苦笑する。
「美雪ちゃん、ちょっとテンション高いね」
「だ、だって本場のパリだよ?」
少し恥ずかしそうに言う。
その姿に、総司が小さく笑った。
その時。
風が吹く。
美雪の銀髪が揺れた。
総司が自然に手を伸ばす。
「ん」
美雪が目を瞬かせる。
総司は小さく笑った。
「髪、乱れてる」
「……ありがと」
美雪が少しだけ頬を赤くする。
そのやり取りを見ていたセレナが、にやっと笑う。
「はいはい、ごちそうさま」
美雪が真っ赤になる。
「ち、違っ……!」
総司が苦笑した。
「セレナ、からかわないでよ」
「だって分かりやすすぎるんだもの」
その横で。
晴明が静かにコーヒーを飲んでいた。
セレナがちらりと見る。
「晴明、なんか言いなさいよ」
「いや」
晴明が平然と答える。
「事実じゃないかなと思って」
「ほらほら、晴明もああ言ってるし」
とセレナがニヤニヤしながら言う。
その空気に、周囲から笑いが漏れる。
――しばらくして。
一行はセーヌ川沿いへ移動していた。
穏やかな水面。
橋を行き交う人々。
茜が景色を見ながら、小さく息を吐く。
「綺麗……」
その横で、晋作が肩へ手を乗せた。
「だろ?」
自然な動きだった。
茜が少し驚く。
だが――逃げない。
晋作はそのまま前を見る。
「日本とまた雰囲気違うよな」
「うん……」
茜が小さく笑う。
すると。
ラファエルが後ろを見ながらニヤッとした。
「お前ら、観光というより普通にデートしてないか?」
瞬間。
茜の顔が赤くなる。
「ら、ラファエルさん!?」
晋作は悪びれもなく笑った。
「今さらだろ」
「開き直ったわね……」
セレナが呆れ半分で言う。
その時だった。
道沿いのクレープ屋から、甘い香りが漂ってくる。
セレナがピタリと止まった。
「……食べる」
晴明がすぐ横を見る。
「疑問形じゃないんだね」
「甘いものは別腹よ」
即答だった。
ラファエルが吹き出す。
「さっき昼食ったばかりだろ」
「関係ないわ」
そのままセレナが店へ向かう。
晴明が小さくため息を吐きながら後を追った。
その様子を見て、千代女がくすっと笑う。
「なんだかんだ、晴明くんってセレナちゃんに甘いわよね」
晴明が少しだけ視線を逸らす。
「……否定はしないよ」
「へぇ〜?」
セレナが振り返る。
「今のもう一回言って?」
「言わない」
即答だった。
そのやり取りに、また笑いが起きる。
――夕方。
ルーヴル美術館近く。
空が少しずつ夕焼けに染まり始めていた。
石造りの街並みが、橙色の光に照らされる。
ジャンヌが立ち止まり、振り返る。
「この時間のパリ、私は結構好きなんです」
穏やかな声だった。
総司たちも、静かに街を見る。
美しい景色。
穏やかな時間。
戦いばかりだった日々の中で。
今この瞬間だけは、本当に“普通”だった。
その時。
千代女がぽつりと言う。
「……こういう時間も、悪くないわね」
鷹宮が静かに頷いた。
「ええ」
セレナが夕空を見上げる。
そして、小さく笑った。
「ま、たまにはこういうのも必要ってことね」
その言葉に。
誰も否定しなかった。
パリの夕暮れ。
それは、戦いの合間に訪れた――静かで温かな時間だった。
夕暮れから、さらに時間が過ぎていく。
パリの街は、昼とはまた違う表情を見せ始めていた。
街灯が灯り。
石畳が淡く輝く。
セーヌ川の水面には、夜景の光が揺れていた。
「……夜のパリって、なんか有名な場所とかないの?」
不意に、美雪がそう口にした。
周囲を見回しながら、少し期待したような声だった。
その言葉に、ラファエルが笑う。
「山ほどあるぞ?」
ジャンヌも小さく頷いた。
「夜景なら、やっぱり有名なのはエッフェル塔のライトアップですね」
「あと、セーヌ川のナイトクルーズも人気があります」
「おぉ……!」
美雪の目が輝く。
セレナも腕を組みながら言った。
「ナイトクルーズって、船で川回るやつ?」
「ええ」
ジャンヌが答える。
「夜のパリを川から眺めるんです」
「かなり綺麗ですよ」
茜も興味津々だった。
「行ってみたい……!」
総司が小さく笑う。
「じゃあ決まりかな」
ラファエルが肩をすくめた。
「せっかくだし案内する」
「今の時間なら、ちょうどライトアップも始まってる頃だ」
そして一行は、そのままセーヌ川沿いへ向かって歩き出した。
――セーヌ川。
夜風が心地いい。
川沿いには観光客たちが集まり、賑わいを見せていた。
そして――。
遠く。
黄金色に輝く巨大な塔。
エッフェル塔。
ライトアップされたその姿は、昼とはまるで別物だった。
美雪が思わず足を止める。
「……すご」
息を呑む。
幻想的だった。
夜空へ浮かび上がる光の塔。
まるで映画のワンシーンみたいだった。
総司も、その景色を見上げながら小さく笑う。
「確かにこれは綺麗だね」
その時だった。
パァァァァァッ――!!
エッフェル塔全体が、一斉に煌めいた。
無数のイルミネーション。
星みたいな光が夜空へ散っていく。
茜が目を輝かせる。
「わぁぁぁ……!」
セレナも少し驚いたように目を細めた。
「これは……確かに凄いわね」
ラファエルが笑う。
「毎時数分だけやる特別ライトアップだ」
ジャンヌも穏やかに微笑んだ。
「タイミングが良かったですね」
その時。
美雪が、ふと総司を見る。
「……ねぇ」
「写真撮らない?」
総司が少し驚く。
だが、すぐに笑った。
「いいよ」
すると。
セレナが即座に反応した。
「はいはい、撮ってあげるわよ」
「えっ」
美雪が少し慌てる。
「別に二人だけって意味じゃ……」
「総司、美雪」
セレナがニヤニヤしながらSDを構える。
「もっと寄って」
「セレナ!?」
総司が苦笑する。
だが、美雪は完全に顔が赤かった。
その様子に、周囲から笑いが漏れる。
そして――。
夜のパリは、まだ続いていく。
エッフェル塔のライトアップを満喫した後。
一行は、再びパリの街を歩いていた。
夜風は涼しく。
ライトアップされた石造りの街並みが、どこまでも続いている。
その時だった。
グゥゥゥゥ……。
妙に大きな音が響く。
全員の視線が、一斉にある人物へ向いた。
「……」
晋作だった。
晋作は数秒黙った後、ふっと視線を逸らす。
「……何も聞こえなかったな」
セレナが即ツッコミを入れる。
「いやめちゃくちゃ聞こえたわよ」
茜が吹き出した。
「お腹空いてるじゃん!」
晋作が舌打ちする。
「仕方ねぇだろ、療養中で飯制限されてたんだからよ……」
「確かに」
総司も苦笑する。
「病院食ばっかりだったもんね」
その瞬間。
セレナがニヤッと笑った。
「なら、次はご飯ね!」
「せっかくパリにいるんだし、フランス料理食べましょう!」
美雪の目も輝く。
「食べたい……!」
ラファエルが笑う。
「だったら丁度いい店がある」
ジャンヌも頷いた。
「観光客向けというより、地元寄りですけど」
「料理はかなり美味しいですよ」
「いいじゃねぇか!」
晋作が即答する。
「もう腹減りすぎて限界だ」
そのまま一行は、ジャンヌとラファエルの案内で裏路地側へ進んでいく。
少し歩くと――。
暖かな灯りの店が見えてきた。
外観は落ち着いた石造り。
テラス席には人々が座り、楽しそうに談笑している。
店の扉を開けると、香ばしい匂いが広がった。
バター。
肉料理。
焼き立てのパン。
一瞬で食欲を刺激される。
「うわ……」
茜が感動したように呟く。
「めちゃくちゃいい匂い……!」
席へ案内され、全員が座る。
すると。
小さな赤竜が、茜の膝からひょこっと顔を出した。
「グルル……」
美雪が思わず笑う。
「この子もお腹空いてるみたい」
「ドラゴンって何食うんだ……?」
晋作が真顔で呟く。
セレナが肩を震わせた。
「フランス料理デビューするドラゴン初めて見たんだけど」
ジャンヌがメニューを開きながら笑う。
「一応、肉料理中心にした方がいいかもしれませんね」
ラファエルも頷く。
「流石にエスカルゴは食わないだろうしな」
総司がメニューを見ながら言う。
「……名前が難しい」
「フランス語ばっかりだね」
するとジャンヌが、一つ一つ説明し始める。
「これは鴨料理」
「こっちは牛肉の赤ワイン煮込みですね」
「あと、このオニオングラタンスープは有名です」
美雪が目を輝かせる。
「それ飲みたい!」
茜も勢いよく頷く。
「私も!」
セレナはメニューを見ながらニヤリと笑った。
「……ワイン飲みたい」
即座にジャンヌが反応する。
「セレナさん」
「まだ療養中です」
「うっ」
「却下です」
「はい……」
そのやり取りに、全員が吹き出した。
しばらくして。
料理が運ばれてくる。
熱々のスープ。
香ばしいステーキ。
焼き立てのパン。
美しい盛り付け。
そして――。
「うまっ!!」
真っ先に叫んだのは晋作だった。
セレナが呆れる。
「食レポ雑すぎるでしょ」
「いや、でもこれはマジで美味いぞ!」
晋作が本気で感動している。
茜もスープを飲んで目を丸くした。
「これ凄い……!」
「パン浸したら最高……!」
美雪も幸せそうに頬を緩めていた。
総司がそんな様子を見ながら、静かに笑う。
「なんか、こういう時間久しぶりだね」
その言葉に。
ほんの少しだけ、空気が柔らかくなった。
戦いではなく。
任務でもなく。
ただ皆で、食事を囲む時間。
それはきっと――。
彼らにとって、何より穏やかな時間だった。
料理の湯気が、静かに立ち昇る。
店内の賑わいは続いている。
だが――。
九人のいる席だけは、どこか真剣な空気へ変わっていた。
晴明が、グラスを置きながら静かに口を開く。
「……今回の件で、改めて分かったことがある」
総司が視線を向ける。
晴明は続けた。
「LINK――あるいは、レゾナンス」
一拍。
「呼び方は違うけど、本質的には同じものだ」
ジャンヌが少し首を傾げる。
「同じ……?」
「ええ」
晴明が頷く。
「私たち日本側は“LINK”と呼んでいる」
「一方で、ジャンヌたちフランス側では“レゾナンス”という呼称が存在していた」
セレナが腕を組みながら言葉を継ぐ。
「でも、実際に現象を照らし合わせると完全に一致してたのよ」
「霊力の共有」
「感覚の同調」
「能力の増幅」
「そして――感情による出力変化」
総司も頷く。
「戦ってる時の感覚も同じだった」
「ただの強化じゃない」
「お互いが繋がって、“一つの動き”になる感じ」
美雪が静かに続ける。
「……LINKしてる時」
「相手の感情、少し伝わってくる」
ジャンヌが目を見開く。
「感情まで……?」
「完全に読める訳じゃないよ」
総司が肩をすくめる。
「でも、“どう動きたいか”とか、“何を考えてるか”が自然と分かる感じかな」
晴明が静かに頷いた。
「おそらく、魂や精神領域に近い部分で繋がっているんだと思う」
一拍。
「だからこそ、誰とでも成立する訳じゃない」
千代女が目を細める。
「……“対”が必要ってこと?」
「その可能性が高い」
晴明は、それぞれへ視線を向けた。
「総司と美雪さん」
「晋作と茜さん」
「私とセレナ」
「そして――」
ジャンヌとラファエルを見る。
「ジャンヌさんとラファエルさん」
ラファエルが少し驚いたように目を瞬かせる。
「俺たちも、か」
ジャンヌも静かに胸元へ触れた。
そこには、以前から身につけている白銀の紋章。
セレナたちのものとは違うが、どこか似た“対”の意匠だった。
「ええ」
晴明が頷く。
「今のところ、成立しているのはこの組み合わせだけだ」
晋作が肩をすくめる。
「他とも試したけどな」
「全然繋がらなかった」
美雪も静かに頷く。
「……拒絶される感じ」
「無理やり合わせようとしても、流れが噛み合わない」
セレナがワインを軽く揺らす。
「単純な相性じゃないのよ」
「もっと深い、“核”みたいなもの」
「そこが一致しないと成立しない」
ジャンヌが小さく息を呑む。
「つまり……」
「“唯一の相手”が存在する可能性がある、と」
「おそらくはね」
晴明が静かに答えた。
「そして、その繋がりが強いほど出力も上がる」
晋作が軽く笑う。
「要するに、信頼とか絆とか――」
「そういうのが強ぇほど、馬鹿みたいに威力も上がるってことだ」
「うん」
茜がネックレスを胸元で握りながら笑う。
「でもさ」
「LINKしてる時って、“力を借りてる”感じじゃないんだよね」
少し照れたように続ける。
「ちゃんと、一緒に戦ってる感じがする」
総司も柔らかく笑った。
「分かる」
「一人じゃないって感覚が、自然に入ってくるんだよね」
ラファエルも静かに頷く。
「ジャンヌとレゾナンスした時も同じだった」
「互いの動きが、考える前に噛み合っていた」
ジャンヌが小さく微笑む。
「背中を預けることに、迷いがありませんでした」
セレナが小さく目を細める。
「だからこそ危険でもある」
「感情が、そのまま力に直結するから」
晴明が静かに続けた。
「怒り」
「悲しみ」
「守りたいという想い」
「そういうもの全部が、出力へ変換されている」
一拍。
「だから、LINK――レゾナンスは」
「単なる術式じゃない」
「“絆そのものを力へ変える現象”なんだと思う」
静かな沈黙が落ちる。
その空気の中。
セレナが、ふと思い出したように小さな箱を取り出した。
「……そういえば」
箱を開く。
中には、一対のネックレス。
千代女と鷹宮が視線を向ける。
「これ」
セレナが二人へ差し出す。
「花見の時に残してたやつ」
晋作が「あー」と声を漏らす。
桜の木の下。
最後まで残っていた一組。
千代女が少し驚いたように目を瞬かせた。
「……私たちに?」
「ええ」
セレナが頷く。
「LINK――レゾナンスが成立するかはまだ分からない」
「でも――」
少しだけ笑う。
「少なくとも、もうあんたたちも“こっち側”でしょ」
鷹宮が静かにネックレスを見る。
千代女もまた、小さく目を細めた。
セレナは、少しだけ視線を落とした。
そして――静かに口を開く。
「これね」
「ただのアクセサリーじゃないの」
ネックレスへ、そっと触れる。
「最初は、“お揃い”くらいのつもりだった」
「皆んなで繋がってるって、形にしたかっただけ」
一拍。
「でも……今は違う」
その声は、どこか柔らかかった。
「このネックレスを見ると、“一人じゃない”って思えるのよ」
静かな声。
「どれだけ危険な戦いでも」
「どれだけ辛くても」
「隣に、ちゃんと仲間がいるって分かるから」
視線が、皆んなへ向く。
総司。
美雪。
晋作。
茜。
晴明。
ジャンヌ。
ラファエル。
千代女。
鷹宮。
「私ね」
少しだけ笑う。
「昔は、“力”だけあればいいって思ってた」
「戦えればいい」
「守れればいい」
「そう思ってた」
一拍。
「でも違った」
胸元の星のネックレスへ触れる。
「一人の力なんて限界がある」
「だからこそ、“繋がり”が必要だった」
「信じられる相手が必要だった」
静かな沈黙。
「LINKが強くなる理由も、多分それ」
「想いが強いほど力になるのは」
「その相手を、本気で大切に思ってるから」
誰も、すぐには言葉を返さない。
セレナは、ほんの少し照れ隠しみたいに笑った。
「……だから」
「このネックレスは、“対”の証」
「でも同時に――」
皆んなを見渡す。
「“このメンバーでいる証”でもあるの」
風が、静かに吹き抜ける。
ネックレスが、灯りを受けて揺れた。
違う形。
違う想い。
けれど――。
確かに、同じ繋がりだった。
千代女がネックレスへ、そっと触れる。
黒銀の忍び紋。
その細かな意匠を見つめながら、小さく息を吐いた。
「……不思議ね」
静かな声だった。
「こういうのを見ると、あの時を思い出すわ」
その言葉に。
鷹宮が、わずかに視線を向ける。
晋作がニヤッと笑った。
「あー……あの“お姫様抱っこ救出劇”か?」
「晋作さん」
茜が笑いを堪えながら肘でつつく。
「言い方!」
「でも間違ってないだろ?」
総司まで肩を震わせている。
千代女が、少しだけ呆れたように目を細めた。
「別にお姫様抱っこなんてされてないわよ」
「抱き止めてはいたけど」
その瞬間。
鷹宮が咳払いした。
「……あれは落下防止です」
真面目な声だった。
「鎖が切れた勢いのまま落ちれば危険でしたので」
「真面目か」
セレナが即座に吹き出した。
「そこ説明する?」
ラファエルまで苦笑する。
「だが確かに格好良かったぞ」
ジャンヌも頷いた。
「はい。窓を突き破って入って来た時は、本当に映画みたいでした」
「映画……」
鷹宮が少し困ったように眉を下げる。
だがその横で。
千代女が、ふっと小さく笑った。
「……でも」
一瞬だけ。
あの時のことを思い出すように目を細める。
暗い広間。
振り下ろされる騎士団長の剣。
間に合わないと思った瞬間。
火花。
鎖が切れ。
そして――。
『遅れてすみません』
あの低い声。
抱き止めた腕。
震えていた自分の肩へ、無言で添えられた手。
そのあとも。
眠れない夜に隣へ座っていたこと。
怪我の手当ての時、必要以上に優しかったこと。
「無理しないでください」
そう言いながら、自分の方がずっと心配そうな顔をしていたこと。
千代女の頬が、ほんの少しだけ赤くなる。
それを見逃す連中ではなかった。
「お?」
晋作が即反応する。
「今なんか思い出してたろ?」
「してないわよ」
「いや絶対してた」
総司も笑っている。
「顔に出てたよ、千代女さん」
「総司くんまで!?」
茜は完全にニヤニヤしていた。
「鷹宮さんもあの時めちゃくちゃ必死だったもんね〜」
「“遅れてすみません”とか超ヒーローっぽかったし」
「……っ」
今度は鷹宮の方が詰まった。
セレナが面白そうに頬杖をつく。
「へぇ〜?」
「意外と熱い男じゃない」
鷹宮が真面目な顔のまま答える。
「仲間を助けるのは当然です」
「うわ、真面目」
晋作が吹き出した。
「でもそういうとこがモテるんだろうなぁ」
「晋作さん?」
茜が笑顔で圧をかける。
「なんでもねぇ」
即答だった。
その横で。
千代女が、少しだけネックレスを握る。
「……でも」
静かな声。
「助けに来てくれた時、嬉しかったわよ」
その言葉に。
鷹宮が、わずかに目を見開いた。
千代女は照れ隠しみたいに笑う。
「安心した、とかじゃなくて」
一瞬だけ。
鷹宮を見る。
「……ちゃんと、“来てくれた”のが嬉しかった」
空気が、少し静かになる。
セレナが、ゆっくり笑みを深くした。
「へぇ〜〜〜?」
総司が小声で晋作に言う。
「これ、もう告白済みの空気じゃない?」
「俺もそう思う」
茜なんて完全に目を輝かせていた。
「え、待って」
「二人ってもしかしてもう――」
その瞬間。
鷹宮が、ごく自然に千代女の腰へ手を回した。
椅子ごと少し引き寄せる。
通路を通った店員とぶつからないように。
完全に無意識。
そして。
千代女も、何も言わずにそのまま身体を預けた。
静寂。
数秒。
全員が固まる。
「…………は?」
晋作が真顔になる。
総司も完全に止まった。
茜が口をぱくぱくさせている。
ジャンヌなんて顔を真っ赤にしていた。
「えっ!?!?」
「ちょっ……!」
セレナがテーブルへ突っ伏した。
「ダメ、無理」
「これ絶対もう付き合ってるやつじゃない……!」
ラファエルまで吹き出している。
鷹宮が、ようやく周囲の視線に気づいた。
「……?」
本気で分かってない顔だった。
千代女は額を押さえる。
「……鷹宮くん」
「はい」
「今の、無意識?」
「……?」
少し考える。
そして。
「いつものことなので」
全員。
「「「うわぁ……」」」
一斉に声が漏れた。
茜が顔を赤くしながら叫ぶ。
「それもう夫婦なんだって!!」
「いや夫婦より自然だろこれ」
晋作が真顔で言う。
総司まで苦笑していた。
「なんかもう、“出来上がってる”感じする」
千代女が、はぁ……と諦めたように笑う。
でも。
そのまま、そっと鷹宮の肩へ寄りかかった。
自然に。
まるで、それが当たり前みたいに。
鷹宮も何も言わない。
ただ、当たり前のようにその距離を受け入れていた。
セレナが小さく笑う。
「なるほどね」
「最後の一組、ぴったりだったわ」
ネックレスが静かに揺れる。
それはもう、“これから繋がる絆”じゃない。
互いを特別だと知っていて。
もう離れるつもりもなくて。
言葉にしなくても通じ合っている二人を繋ぐ――
今そのものだった。
茜が、ニヤニヤしながら身を乗り出した。
「ねえねぇ、千代女さんと鷹宮さんの馴れ初め教えて?」
「それ聞くの!?」
千代女が即座にツッコむ。
その横で。
セレナが完全に面白がっていた。
「いいじゃない、聞かせなさいよ」
「私もちょっと気になる」
ジャンヌまで興味津々だ。
ラファエルは苦笑している。
鷹宮だけが、静かにコーヒーを飲んでいた。
だが。
耳は明らかにこちらへ向いている。
千代女がため息を吐く。
「……はぁ」
「まあ、隠すようなことでもないけど」
その瞬間。
晋作がニヤッと笑う。
「いや、もう隠れてねぇだろ」
「空気が完全に出来上がってるしな」
「ほんとほんと」
総司まで笑っている。
「今さら感あるよね」
「うるさいわね」
千代女が軽く睨む。
でも。
否定はしない。
その反応に。
茜がさらにニヤけた。
「うわ〜、否定しない」
「これは強い」
セレナが頬杖をついたまま笑う。
「ねぇ鷹宮さん?」
「もう付き合ってるって認識でいいの?」
直球だった。
ジャンヌが「せ、セレナさん!?」と慌てる。
だが。
鷹宮は数秒黙ったあと。
静かに答えた。
「……認識にズレはないかと」
「っ!?」
ジャンヌが固まる。
ラファエルが吹き出した。
「言い方が硬い!」
「いやでも内容は完全に肯定だぞそれ」
晋作が爆笑している。
千代女が額を押さえた。
「……もうちょっと言い方ってものがあるでしょ」
「事実ですので」
「真面目!」
セレナが机を叩いて笑う。
その横で。
総司が、ふと思い出したように言う。
「でもさ」
「千代女さんって、最初から鷹宮さんのこと結構気にしてたよね」
「あー」
晋作が頷く。
「別府の時とか露骨だったしな」
「護送車襲撃の報告受けたあとも、敵幹部を撃退したのが鷹宮さんだって聞いた時あんしんしたかんじだったしな?」
「分かる」
美雪まで静かに頷いた。
「鷹宮さんが動くと、視線で追ってた」
「観察力どうなってるのよ、あなたたち」
千代女が呆れる。
だが。
セレナがニヤニヤしながら言った。
「でもまあ、気持ちは分かるわよ」
「好きな相手が危険な場所にいると、気になるもの」
その瞬間。
千代女がじっとセレナを見る。
「……へぇ?」
「随分実感こもってるじゃない」
「そりゃそうでしょ」
セレナが即答する。
「私だって、晴明が無茶すると普通に心配するし」
「別府の異界で、一人で前出た時とか本気で腹立ったわよ」
「怒っていたね」
晴明が静かに言う。
「当然よ」
セレナが腕を組む。
「しかも平然としてるし」
「……ですが、あなたも似たようなことをしていたかと」
「うっ」
即座に詰まる。
総司たちが吹き出した。
「お互い様だ」
「完全にお互い様だね」
「そこ、ほんと似てる」
セレナが「うるさいわね……」と小さく呟く。
だが。
口元は少し笑っていた。
その空気の中。
茜が、また千代女たちへ向き直った。
「で?」
「千代女さんたちはどこまで行ってるの?」
直球。
「茜ちゃん?」
千代女が笑顔で圧をかける。
でも。
耳は少し赤い。
鷹宮は静かだった。
だが。
その沈黙を見た瞬間。
セレナがニヤッとした。
「……あ、これ結構進んでるやつね」
「いや〜?」
晋作が笑う。
「この反応は“まだです”じゃねぇな?」
ラファエルが苦笑する。
「君たち、遠慮がないな本当に」
「仲間内だからよ」
セレナが当然のように言う。
その横で。
千代女が、ふっとネックレスへ触れた。
黒銀の忍び紋。
静かに揺れる。
そして――。
小さく笑う。
「……まあ」
「命預け合って、助けられて、助け返して」
一瞬。
鷹宮を見る。
「そこまでやって、何もない方がおかしいでしょ」
その言葉に。
一同が一斉に「おぉ〜〜〜」となった。
鷹宮は、少しだけ目を閉じてから。
静かに頷く。
「……同意します」
「うわ、強っ」
晋作が吹き出す。
「もう夫婦じゃねぇか」
「晋作さん?」
茜が笑顔で肘を入れる。
だが。
誰も否定しなかった。
その空気の中。
千代女と鷹宮のネックレスだけが、静かに揺れていた。
ただのアクセサリーではない。
互いを選び。
互いを守ると決めた証のように。
その空気の中。
千代女が、ふっと目を細めた。
そして――。
ニヤリと笑う。
「……で?」
「さっきから好き勝手いじってくれてるけど」
腕を組む。
「あなたたちも話しなさいよ?」
その瞬間。
セレナが露骨に顔をしかめた。
「あー……来た」
晋作が吹き出す。
「反撃タイムだな」
千代女は逃がさない。
真っ直ぐセレナを見る。
「特にあなたと晴明くん」
「別府の時点で、もう完全に両想いだったでしょ?」
「……」
セレナが黙る。
その反応だけで、十分だった。
茜がニヤニヤしながら身を乗り出す。
「だってあの時すごかったもんね〜」
「“好きよ”って言ってたし」
「茜」
セレナが即座に止めに入る。
だが。
総司が肩を震わせながら笑った。
「いやでも、もうそれ後で本人たちにカミングアウト済みだからね?」
「今さら隠さなくてもいいでしょ」
ジャンヌが目を瞬かせる。
「えっ?」
ラファエルが苦笑する。
「つまり……君たちは、その夜の件を知っているのか?」
「知ってるも何も」
晋作がニヤッと笑った。
「俺ら、実際見てたし聞いてたからな」
「いや、盗み聞きする気はなかったんだけどな?」
総司が苦笑する。
「タイミング逃したんだよね」
美雪も小さく頷いた。
「途中から完全に入れなくなっちゃって……」
「しかも空気がすごかったし」
その瞬間。
ジャンヌが顔を真っ赤にした。
「そ、そんなことが……!?」
セレナは盛大にため息を吐く。
「……だから、それはもう知ってるわよ」
額を押さえる。
「後からアンタたちに普通にバラされたもの」
「“いやぁ、あの時声かけにくかったよね”とか言いながら」
「だって事実だろ?」
晋作が悪びれもなく笑う。
晴明は静かにお茶を飲んでいた。
その落ち着きっぷりに。
セレナがジト目を向ける。
「晴明も妙に落ち着いてるし」
「今さら隠す必要もないでしょう」
さらっと返す。
「アンタねぇ……!」
だが。
その声に本気の怒りはない。
むしろ慣れていた。
総司が、ふっと笑う。
「でもさ」
「実際、あの時ちょっと安心したんだよね」
セレナが少しだけ視線を向ける。
総司は続けた。
「セレナって、ずっと一人で抱え込みそうだったから」
「でも晴明さんの前ではちゃんと弱いとこ見せてたでしょ?」
「だから、よかったなって思った」
静かな声。
美雪も頷く。
「うん」
「すごく安心した顔してた」
セレナが、少しだけ目を伏せる。
思い出す。
別府の夜。
抱きしめられて。
“私がいる”
そう言われた時のこと。
そして――。
小さく息を吐く。
「……まあ」
少し照れたように笑う。
「実際、救われたのは事実だから否定できないわね」
その横で。
晴明が静かに目を細めた。
「私も同じですよ」
短い言葉。
だが。
その一言に、セレナの表情が少しだけ柔らかくなる。
それを見た晋作が吹き出した。
「うわ、また自然に空気作りやがった」
「ほんと出来上がってるなぁ」
「晋作さん?」
茜が笑顔で圧をかける。
「いや事実だろ」
そのやり取りに、再び笑いが広がる。
そして。
千代女が、そっとネックレスへ触れた。
黒銀の忍び紋。
静かに揺れる。
セレナもまた、自分のネックレスへ触れた。
LINKの証。
互いを選び。
互いを支える者同士だけが繋がるもの。
力のためだけじゃない。
“この相手だから繋がれる”。
その意味を。
この場にいる全員が、もう理解していた。
笑いが少し落ち着いた頃。
セレナが、ふと鷹宮へ視線を向けた。
「ところで鷹宮さん」
「はい」
いつもの落ち着いた返事。
セレナは頬杖をつきながら、じっと鷹宮を見る。
「前から思ってたんだけど」
一拍。
「動き、普通の軍人じゃないわよね?」
その瞬間。
空気が少しだけ変わった。
鷹宮は無言。
だが、否定はしない。
セレナは続ける。
「訓練されてるっていうか……」
「なんて言うのかしら」
少し考え。
「“実戦慣れしすぎてる”のよ」
総司が、ふっと笑った。
「あー、分かる」
「間合いの詰め方が独特なんだよね」
「しかも“ズレ”に対応するの早かったし」
晴明も静かに頷く。
「初見であの干渉へ対応していた時点で、相当な経験者でしょう」
晋作がニヤッと笑う。
「ただの自衛官じゃねぇ感じはするな」
茜も首を傾げた。
「なんか、“知ってる人”の動きって感じだった」
その言葉に。
千代女が、ふっと笑った。
「……まあ、当然ね」
全員の視線が向く。
千代女は、どこか少し呆れたように肩をすくめた。
「この人、霧隠才蔵の子孫だもの」
「……は?」
場が止まった。
ラファエルが目を瞬かせる。
ジャンヌも固まった。
「き、霧隠才蔵……?」
総司が思わず聞き返す。
「真田十勇士の?」
「ええ」
千代女がさらっと頷いた。
「忍の血筋」
「代々、裏で“異常”に関わる仕事をしてきた家系よ」
一瞬、沈黙。
そして――。
晋作が吹き出した。
「いや待て待て待て!」
「急に情報量多いな!?」
美雪も驚いている。
「えっ、そんな家系本当にあるの!?」
「表には出ないだけ」
千代女が静かに言う。
「昔から、“表じゃ処理できないもの”を処理する役目の家は存在してるの」
「妖や呪術、怪異絡みも含めてね」
晴明が、静かに納得したように目を細めた。
「なるほど」
「だから霊的干渉への適応が早かったわけですか」
「ええ」
千代女が頷く。
「この人、小さい頃から対人戦闘だけじゃなく、“異常存在への対処”も叩き込まれてるから」
セレナが、ふっと笑う。
「納得したわ」
「どうりで度胸がおかしいと思った」
「サリエル相手でも全然怯まなかったし」
鷹宮は静かにコーヒーを飲み――。
小さく息を吐く。
「……慣れているだけです」
「怖くないわけではありません」
その返答に。
総司が少し笑った。
「でも前に出るんだ」
「はい」
短い返事。
だが、迷いはない。
その横で。
千代女が、ふっとネックレスへ触れた。
黒銀の忍び紋。
静かに揺れる。
そして――。
「まあ」
少しだけ柔らかく笑う。
「だから、背中を預けるならこの人かなって思ったのよ」
その瞬間。
また場が静まり――。
晋作がニヤァっと笑った。
「はい、ごちそうさま」
「晋作さん?」
茜が笑顔で肘を入れる。
「いや今のは完全に惚気だろ」
「否定はしないけど」
千代女がさらっと返す。
今度は全員が吹き出した。
その横で。
鷹宮だけが、少しだけ視線を逸らしていた。
だが――。
耳がほんの僅かに赤くなっているのを。
千代女は見逃さなかった。
「……霧隠才蔵って」
美雪が、ぽつりと呟く。
「異世界で一緒に戦った人だよね?」
その一言で。
空気が、一気に変わった。
ジャンヌとラファエルが同時に目を瞬かせる。
総司が、少し懐かしそうに笑う。
「そうだね」
「真田幸村と十勇士もいたな……」
「それ!」
晋作が吹き出した。
「あの時の織田軍ヤバかったよな!」
「銃列敷いて雨霰みたいに撃ってきてたし!」
「豊臣秀吉なんて一夜城作ってそこ拠点にしてたしな!」
「異世界?」
ジャンヌが目を丸くする。
ラファエルも思わず聞き返した。
「いや待て」
「織田軍に豊臣秀吉!?」
セレナが苦笑する。
「えっとね」
「私たち六人、昔一回“異世界”に強制召喚されてるのよ」
「……は?」
ジャンヌとラファエルの声が綺麗に重なった。
晴明が静かに続ける。
「総司と美雪さんは、この時代で総司の任務中に出会って」
「その直後、一緒に飛ばされたのでしたね?」
「うん」
総司が頷く。
「俺と美雪は一緒に飛ばされた」
美雪も、小さく懐かしそうに笑った。
「その異世界で、晋作さんと晴明さんとセレナさん、茜ちゃんに出会ったんだよね」
「ずっと戦ってたなぁ……」
一拍。
「無限みたいに湧いてくる敵と」
「……次元イーター、だっけ?」
「そうそう」
セレナが肩をすくめる。
「あれ、本当に悪夢だったわ」
「私と茜はこの時代の人間として飛ばされてたけど」
「向こうには、いろんな時代の英雄たちが召喚されてたの」
静かな声。
でも、その目には少しだけ懐かしさがあった。
「そこで晴明と晋作とも出会った」
「今思えば――」
ネックレスへ軽く触れる。
「この六人の原点だったわね」
鷹宮が、少し驚いたように呟く。
「……そこに、先祖もいたわけですか」
「うん!」
茜が頷く。
「他にもアーサー王と円卓の騎士とかいたし!」
「あ、零戦も飛んでたよ!」
「あと源義経さんと弁慶さんも!」
「カオスすぎるな……」
ラファエルが思わず額を押さえる。
だが晋作は止まらない。
「いや、あれだけじゃねぇぞ?」
「本当に別世界の奴らもいたからな」
「なんか光の剣振り回すやつとか」
「光線銃持ってる連中とかもいたし」
「他にもわけわかんねぇの大量にいた」
「いろんな方が……!」
ジャンヌが、完全に目を輝かせていた。
歴史好きの顔になっている。
その様子を見て。
晴明が、ふっと目を細める。
「そういえば」
「新選組もいましたね?」
「あー、いたね」
総司が懐かしそうに笑った。
「そこで再会したんだよね」
「俺と総司なんて最初ちょっと険悪だったけどな」
晋作が笑いながら言う。
ジャンヌが即座に反応した。
「そりゃそうでしょ!」
「歴史だと敵側だったんですよね!?」
「まあね」
総司が苦笑する。
「京都だと普通に敵対してたし」
「でも向こうじゃそんなこと言ってる場合じゃなかったから」
「次元イーターとかいう化け物相手に、全員共闘だったな」
その空気の中。
千代女が、ふとジャンヌを見る。
「……ちょいちょい思ってたんだけど」
「ジャンヌさん、日本史詳しいわよね?」
「さっきも織田軍とか義経さんで反応してたし」
一拍。
「あなたもこの時代に呼ばれてきた歴史上の人物なんでしょ?」
「私と同じで」
ジャンヌが、少しだけ照れたように肩をすくめた。
「はい……」
「こちらへ召喚されてから、色々歴史書を読んでいたんです」
「その時、日本にも“同じようにこの時代へ来た人たち”がいると聞いて……」
もじもじしながら続ける。
「調べていたら、憧れちゃって……」
「……あー」
総司が納得したように頷く。
「それで腕試しの時、新選組の羽織要求してきたのか」
「はい!」
ジャンヌが少し嬉しそうに頷いた。
「憧れてましたので!」
その姿に。
ラファエルが苦笑する。
「君、本当に好きなんだな……」
だが。
ジャンヌはすぐに、また興味津々の顔へ戻った。
「それで、その異界で出会ってからは?」
晴明が静かに答える。
「何とか次元イーターを退けて」
「全員、強制帰還させられました」
一拍。
「ですが、何故か私と晋作はこの時代へ飛ばされていて」
「気づけば六人が同じ場所へ集まっていた」
「そこからAX班結成の流れですね」
「そんなことが……」
ジャンヌが、ぽかんと呟く。
鷹宮も、小さく息を吐いた。
「……すごい話ですね」
「まるでフィクションの中の話だ」
「スケールがデカすぎて、もう言葉が出ない……」
ラファエルまで苦笑している。
その空気の中。
セレナが、ふっと笑った。
「今思うと、本当に絵空事よねぇ……」
静かな声。
でも、その笑みは柔らかい。
そして――。
その隣で。
総司、美雪、晴明、晋作、茜もまた。
どこか懐かしそうに笑っていた。
地獄みたいな戦場だった。
何度も死にかけた。
けれど――。
あの異世界があったからこそ。
今、この六人はここにいる。
それだけは、誰も否定しなかった。
「……さて」
晋作が、ふっと息を吐いた。
「夜も遅ぇし、そろそろ帰るか」
その言葉に。
「そうね」
セレナが頷く。
「明日もあるし」
「はい」
ジャンヌも素直に頷いた。
ラファエルも肩をすくめる。
「今日は情報量が多すぎたな……」
「ほんとそれ」
総司が苦笑する。
「異世界の話まで飛び出すとは思わなかったよ」
「でも楽しかったです!」
茜が笑う。
「なんか久しぶりに、みんなで昔話した感じ!」
「……うん」
美雪も、やわらかく頷いた。
その空気のまま。
十人は店を出る。
夜風が静かに吹き抜ける。
街灯に照らされた道を、自然と並んで歩いていく。
総司と美雪。
晋作と茜。
セレナと晴明。
千代女と鷹宮。
その少し前を歩くジャンヌとラファエル。
穏やかな空気だった。
戦いの合間の、ほんの短い休息。
誰もが少しだけ肩の力を抜いていた。
――その時だった。
ピキィィン……。
微かな音。
「……ん?」
総司が足を止める。
次の瞬間。
地面が、淡く光り始めた。
「っ!?」
セレナの目が鋭くなる。
足元。
石畳の下から、幾何学模様の光が浮かび上がっていく。
巨大な円陣。
複雑な紋様。
魔法陣だった。
ドォォォォ……。
低い振動音。
空気そのものが揺れ始める。
「敵の襲撃か!?」
ラファエルが即座に剣へ手をかける。
「どこからだ!?」
ジャンヌも周囲を警戒する。
白銀の光が、彼女の周囲へ広がった。
だが――。
誰もいない。
殺気もない。
気配が、ない。
「……違う」
晴明が目を細める。
「この術式……」
「待って」
茜が、ハッとした顔をした。
足元の紋様を見る。
そして――。
少し青ざめた。
「これって……もしかして」
「……あー」
晋作が額を押さえる。
嫌な予感を確信した顔だった。
「さっき異世界の話なんかするんじゃなかった……」
「え」
ジャンヌが目を瞬かせる。
「まさか……」
その瞬間だった。
ゴォォォォォォッ――!!
魔法陣が、一気に輝きを増した。
視界を埋め尽くす白光。
重力感覚が狂う。
空間が軋む。
「またこれぇ!?」
セレナが叫ぶ。
「総司くん!」
美雪が反射的に総司の腕を掴む。
「全員、離れるな!」
鷹宮が叫ぶ。
千代女も即座に構えた。
だが――。
遅い。
空間そのものが歪み始める。
景色が崩れる。
街灯の光が伸びる。
夜の街が、まるで砕けるガラスみたいに歪んでいく。
そして――。
十人の身体が、完全に光へ呑み込まれた。
轟音。
浮遊感。
世界が反転する。
次の瞬間――。
全員の姿が、その場から消えた。
夜道には、静寂だけが残る。
まるで最初から。
誰も存在していなかったかのように。
35話 完




