《2016年、冬》3/4 落ちぬこと岩のあちし
「…………」
「じゃ、じゃあ、今日はこれでお開きってことで……」
「うん、くないちゃん」
「…………」
「まあ、ちょっと色々あったけど。あたしとしては布教もできたし、えぺ仲間もできたし、言うことないと言うか。」「気にしてないと、言うか……」
「うん、くないちゃん。いつでもキャリーしてあげる」
「…………」
最悪だった。Pノコの粗相をそつなく咎めることに集中した結果配信中だということを忘れてその場で注意してしまい、しかもそれを躱されたショックから我を忘れ、あろうことか自分自身が放送禁止ワードを連呼しつつおまけに号泣までしてしまうなんて……
落ち度は完全に私にあった。私だけに……だからこんな風に気を遣ってもらわなくても今日のことは既に自分の中で決着が付いていた……ただ、それでも。
「まぁ、悪かったな。色々」
「い、いやいや、全然……」
「うん、すーちゃん」
「特にPノコ。もう全然、気にしなくて大丈夫だからな」
「……うん。気にするって、何を?すーちゃん」
「何を……」「うん、大丈夫だ、もう。あたしが気を付けるから」
「……?うん。よく分からないけど、次から気を付けてね?すーちゃん」
「…………」「ただ、ちょっとさすがに色々あり過ぎたから。さすがに少し残ってもらおうかな?この後」
「…………」
「……?うん、すーちゃん。残るって?」
「残って少しだけサシで話す感じで……大丈夫、そんな時間とらないし、軽く話すだけだから……」「な、くない」
「……えっ?」
「何もないだろう、この後。ちょっと残れ」
「……えっ?」
Pノコが抱える問題に関して、Pノコ本人に直接アプローチして何とかしようという考えが根本的に間違ってるんじゃないかと私は思い始めていた。Pノコの抱える問題に関してPノコ本人じゃないその他の誰かにアプローチするとするなら、それはPノコの一番近くにいるくない以外にいなかった。
「まあ少し話すだけだから。ちょっと残ってくれ」
「……え、あの。すーさん」
「うん。何だよ」
「あの……くない、は私、ですけど……」
「うん、そうだよ。お前がくないだ。残れ」
「えぇ?なんであたし……」
「くないちゃん……」
「いや、お前だよ。お前のことだよきっと……こいつですよね?残るの」
「いやお前だよ。今喋ってるお前。」
「えぇ……?」
「くないちゃん……大丈夫?」
まあ、起きた問題に直接携わっていない者としてはその反応が真っ当だと思うけど、チームで動くっていうのは往々にしてこういうものだ。あるいは社会っていうのは、というか、集団生活というものは、というか……まだ子供で常識を分かっていないくないにその辺を教えておくのにもいい機会なのかも知れなかった。
「まあそういうわけだから。お疲れ、Pノコ。もう落ちてくれていいよ」
「うん、すーちゃん。ありがとう」
「えー……?なんであたしが……」
「じゃあまた明日な、Pノコ」
「うん、またね」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
変な間が発生した。今は〝Pノコの落ち待ちフェーズ〟なのでDiscordの通話チャンネルのPノコの名前を私はずっと見ていたけど、Pノコの名前は変わらずずっとそこにあるままだった。
「……Pノコ?」
「? うん、何?すーちゃん」
「あれ……え?どした?」
「あ、すーちゃん……今度のコラボ、いつにするかなって、思って」
「あ、あー……あ、でも全然、いつでもいいよ?」
「ほんと?」
「うん……てか連絡するわ、くないとの話終わったらすぐに。DM送る」
「うん、そっか……あのね?」
「……? うん?」
「今日すーちゃん、あんまりゲーム楽しめてなかったみたいだから、教えてあげたいなって、思って……」
「あ、あー……あのゲームの楽しさを?」
「うん……」
「あー、教えてくれるんだ?コラボした上で改めて」
「うん……そう」
「…………」
Pノコには、こういうところがあった。意味不明な言動で場を荒らしながらも実はそこにいるみんなのことをよく見ていて、困ってる奴や傷付いてる奴を後からそっとフォローしにいく。うちのチームで一番場を荒らすのは間違いなくPノコだけど、同時にチームのみんなを一番助けるのもPノコだった。
「……そっか。いい奴だな?お前」
「へへ……そう?」
「うん。あたしは好きだぞ?お前のそういうとこ」
「ほんと?へへ……」
「うん。ごめんな?さっきは怒ったりして」
「ううん。いいの、すーちゃん……へへ」
「じゃあー本当に後でDMするから。くないとの話が終わったらすぐに」
「うん、すーちゃん」
「うん、じゃあまたな?」
「はい、すーちゃん」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
また変な間が訪れた。今は二度目の〝Pノコの落ち待ちフェーズ〟なので私はまた通話者一覧のPノコの名前とアイコンを眺めていたけど、やっぱりPノコはそこから微動だにしなかった。
「……Pノコ」
「うん?何?すーちゃん」
「あの、くないとの話があるから。落ちて欲しいんだけど」
「……あ、あー!」
「うん。」
「あ……そういう意味?」
「あ、分かってなかったんだ?」
「う、うん……二人だけで話したかったって、こと?」
「うん、そうそう……あ、〝サシ〟の意味が分かんなかった?」
「そ、そう……」
「あー……ごめん、分かりにくかったな。くないと二人だけで話したいってことなんだ」
「な、なぁーんだ、すーちゃん……」
「うん……ごめんな?」
「うん。また分かりにくかった、すーちゃん……笑」
「うん……また?」
「次から気を付けるって言ったのに、また……笑」
「…………」「ごめんな?」
「ううん、大丈夫……」
「じゃあ悪いけど、そういうことで」
「うん」
「じゃあ、またな?ばいばい、Pノコ」
「うん。ばいばい、すーちゃん」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
またPノコの名前とアイコンは通話者一覧から消えなかった。
私は底知れぬ恐怖を覚え始めていた。
「……Pノコ」
「あの、あたしもう帰っていいすか」
「待て。待てくない、待ってろ」「Pノコ」
「あい、すーちゃん」
「何でなんだ、Pノコ」
「うん、すーちゃん」
「何でなんだ。何がしたいんだ」
「……うん、あのね?すーちゃん」
「うん……」
「ご、ごめん、あの……お、落ち方が……」
「……落ち方」「…………」
Pノコが抱えている問題がどういうものか私は具体的に知らないけど、Pノコはたまに混乱して基本的な行動がスポーツでいうイップスのようにできなくなることがあった。例えば〝このメール他のチームメンバーに転送しといてね〟と言うと〝メールって、どういうものだっけ……?新しいアプリ?〟となってイチから説明しないといけなくなったり、キャップが好きでどこに行くのにもそれを被るPノコにくないが〝室内では帽子は取るものだよ〟と教えると〝ぼ、ぼ、ぼ、帽子……と、取り方……?〟となってその日寝落ちするまで帽子が一生取れなくなったり、みたいな感じで……
「(……だめだ、あたしはまた配慮が足りなかった。Pノコは色々と大変で、手厚いサポートを必要としているのに。普通の人と同じように当たり前に言いつけて、丸投げにするなんて……)」
「すーちゃん、あちし……」
「ううん、いいんだ、Pノコ。ごめんな?ざっくり言うだけ言って、放置して」
「ううん、ごめんなさい……」
「いや、いいんだ。謝る必要なんてない……PCの通話画面は、分かるか?」
「……はい」
「そこに、Pノコとあたしと、くないの名前が載ってるだろ?」
「……はい」
「そこのな?Pノコの名前の横のところに、✖印があるの、分かるか?」
「うん……あ、ある。あった……」
「そう!それをな、マウスで……マウスは分かるか?」
「うん、マウスは分かる……バカにしないで」
「え?いやバカにってお前……笑」「えっ?」
「……ううん?大丈夫。分かるよ?マウス、あちし」
「え……じゃあ、それで✖印をクリックだ」
「あ、あー……あ、そっかぁ」
「うん、そうそう」
「なぁんだ、こんな簡単な……なんで忘れてたんだろう、あちし笑」
「いや、いやいや……いいんだよ。誰だってある、このくらい」
「本当?なんか……なんかあちしのことバカにしてない?すーちゃん笑」
「いやバカになんてする筈ない……誰もバカになんてしないよ、Pノコのことを」
「ほんと?もう……すーちゃん、やだ」
「いやいやいやいや……笑」
私は、無い喉仏がごきゅり、と上下する感覚を覚える程強く生唾を呑み込んだ。
「じゃ、じゃあ、Pノコ。そろそろ……」
「あ、うん。そだね?」
「うん。じゃあー……できるかな?笑」
「できるよ!バカにしないで笑」
「はっはっは……名前の横の✖印をマウスでポン、だぞ笑」
「うん。じゃぁー……ばいばい、すーちゃん」
「うん。じゃあな、Pノコ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
Pノコの名前は、やっぱり通話者一覧から消えなかった。
無音の通話ルームに、くないが小さく咳払いする音だけが響いた。
「Pノコ」
「うん。すーちゃん」
「Pノコ」
「うん。なぁに?すーちゃん」
「怖い、怖いよあたし。怖い……怖い怖い」「怖いって。怖くてたまらない」
「うん……大丈夫?すーちゃん」
「何で?本当に何で?何でなの?」
「落ち着いて?すーちゃん」
「何でか言って?本当に何で?」
「すーちゃん……」
「何がしたいの?どういう意図なの?」
「すーちゃん……」
「あたし、よっぽど何か気に入らないことした?それとも何か……機嫌悪いの?何かあったの?オフで」
「すーちゃん……」
「何でもいいからさ、言ってくれよ、理由を。いくら何でも酷過ぎるよ、こんな仕打ち……」
「すーちゃん……」
「うん……何?何だよ」
「すーちゃん……」
「う、うん……?」
「…………」
〝週末、空いてる……?〟とPノコは静かに言った。
「……え、週末……?」
「うん……空いてる?」
「え……」
PCの壁紙に貼り付ける形でいつも表示している予定表を確認すると、四日後の金曜から始まる三日間には小さな打ち合わせがいくつか入っているだけで、これといった予定は特に入っていなかった。
「……あの、別に何もない……多分、普通に配信するだけ、だけど……」
「……ふぅん。」
「……え?」
「……会う?すーちゃん」
「あ、会う……?会うって、いうのは……?」
「会う?あちしと……」
「…………」「はっ?」
「行けるよ?あちし、全然……戸塚でしょ?すーちゃん」
「…………」「えぇっ?」
「行ける、あちし……戸塚なら全然」
確かに、ここは戸塚だ。戸塚の、ちょっとお金持ちが集まってるいい感じの、少しお高めの住宅街……
「……え、何言ってんの?お前……え、なんで?なんで住んでる場所……」
「え、すーさん戸塚なの?マジ?」
「……え?」
「近っか!近いわ!会えるよ、あたしも全然」
「……えぇ?」
「どうする?すーちゃん……素敵な週末、過ごしてみる?あちし達と……」
「…………」
「おっぱい、めっちゃでっかいよ?あちし……」
「あたしはめっちゃ若いよ?笑」
「…………」
猶更どういうことなのかくないに問い質したくなった私は、その後もPノコに通話チャンネルから出て行くよう頼み続けた。
でもPノコは絶対に出て行かなかった。手を変え品を変え、巧みな話術を用いてその場に留まり続けた。
「(何だ、何が起こってるんだ……)」「(あたしは今一体、何と戦ってるんだ……)」
〝若者を相手取るというのは往々にしてこういうもの〟という理屈で何とか自分を納得させようとしたけど、そういう次元を超えた何か大きな渦に自分が呑み込まれているような、そんな感覚が拭えなかった。
【登場人物・用語】
すーぱー☆撫子ちゃん…………戸塚在住の人。神奈川県の一都市で横浜の一部だが、地元に近いから、という理由で某社がそこに撫子の活動用拠点を用意した。戸塚は撫子の地元に近いには近いが、撫子の実家は戸塚ではないし、横浜でもない。言った覚えもないのに現住所を知られていたことと、あまりにもな話の通じなさにそこはかとない恐怖をPノコに感じ始めている。
古賀くない…………相方のとばっちりを受けようとしている人。撫子の居住地を聞いて近いと言っているが、撫子もくないと同じく神奈川の出身。生まれてから現在までずっと同県に住み続けている。〝おっぱいが大きい〟というPノコの自己PRに対して〝自分は若い〟と言って対抗しているが、そこから推察するにおっぱいは多分大きくはない。ちなみに、本当に若い子が年配の人に向かって〝私若いよ〟と言って自己PRを試みるのは極めて稀で、凄く不自然。
茸田Pノコ…………いよいよ挙動が意味不明な人。ボケなのか嫌がらせなのか、かまってちゃん的行動の一種なのか、それともシンプルに病気なのか、その理由の一切が不明。スポーツでいうイップスみたいな状態に陥って基本的な行動が急にとれなくなることがある、と撫子はPノコに関して理解しているが、実際Pノコにその症状はない。つまり自演なわけだが、その理由や、それに及んでいる時の本人の心境などについて考えるとどんどん怖くなってくる。本人曰くおっぱいが大きいらしいが、おっぱいが大きくて尚且つキャップを愛用しがちな女性というのは問答無用でエロい。




