第453話 どうせ起こるなら
魔王による移動が瞬間的だったがために、ミズーナ王女たち、合宿に参加する学生たちはまだ到着していなかった。
一緒に来たはずの魔王はまったく姿を見せることなく、メチルは一人でバッサーシの兵士たちと学生たちを迎え入れる準備をしていた。
バッサーシの兵士の中には女性もいたために、気を使ってもらえたので、メチルはひとまず安心してクッケン湖で生活をしていた。
(ふぅ、ゲームでもこんなイベント見た事ないですよ。まさか、バッサーシ辺境伯の兵士たちと一緒に生活をするなんてね……)
メイドとしての仕事をこなしながら、メチルはついついそんな事を考えていた。
ゲームではイベントだけで、周りのモブは姿すら見せないし、酷いとセリフもない。そんな場面の裏側にはこんな光景があるんだなと、メチルはちょっと感動を覚えながら過ごしていた。
そうして過ごす事、3日が経つ。
クッケン湖に近付く多くの蹄の音が響いてくる。学園の合宿に参加する学生たちが到着したのである。
ぞろぞろと集まってくる学生たちの中に、ミズーナ王女とその双子の兄のレッタス王子の姿を見つけるメチル。
前世の感覚であれば手を振りたくなるところだが、今の自分はメイドなので、黙って頭を下げていた。
すると、メチルを見つけたミズーナ王女が駆け寄ってくる。
「メチル、どうしてもう来ているのですか」
「申し訳ございません、ミズーナ王女殿下。魔王様が一瞬でここまで連れて来て下さったのです」
「ああ、彼がですか……」
メチルの話を聞きながら、ミズーナ王女は周りをきょろきょろと見ている。だが、どこにも魔王の姿はなかった。
「魔王はいないのですか?」
「周辺の様子を見てくると、3日前から出かけておられます」
メチルからの返答を聞いて、ミズーナ王女は訝しんでいる。そして、ミズーナ王女はエスカを呼んだ。
「なによ。何か用なのかしら」
不機嫌そうに反応するエスカ。すると、ミズーナ王女はものすごい剣幕でエスカを見ている。
「魔王がなんか怪しい事をしていないか、ちょっと見てきてほしいの。メチルの話では3日前から出掛けたままだっていうのよ」
「なんですって?!」
エスカはきょろきょろと辺りを見回している。
「……見つけた」
そう呟くと、顔をミズーナ王女へと向けるエスカ。
「ちょっと魔王の様子を見てくるから、教師たちには適当に言っておいて」
「えっ、ええ。分かったわ」
ミズーナ王女が了承したのを確認すると、エスカは瞬間移動魔法でその場から姿を消した。
転移先のイメージがないと使えないとかいう話ではなかったのかと思ったミズーナ王女だが、エスカなら何とかしちゃうかとも考えてしまう。
考えても仕方がないので、メチルを連れて合宿の開校式に向かうミズーナ王女だった。
―――
瞬間移動魔法で移動したエスカがやって来たのは、クッケン湖の北側のベジタリウス王国との国境にあたる山の麓だった。
「魔力を追跡して転移してきたんだけど、この辺に居るはずよね」
辺り一面の森を見ながらぼそりとこぼすエスカである。
しかし、地面にいてはまったく何も分からない。
「ちょっと重力操作でもしますかね」
エスカはそう言うと、闇魔法を使って反重力を生み出して空中へと浮かび上がる。
「うん、あそこね。まったく何をしているのかしら」
すぐさま魔王を見つけると、再び瞬間移動魔法の短距離転移で魔王の元へと向かった。
「見つけましたよ」
「うおっ! 急に姿を見せるな。まったく、何の用だ」
急に現れたエスカに、ものすごく驚いている魔王。また地面に叩きつけられるかと思って警戒しているのだ。
「なにって、3日も戻ってこないから、私が代わりに様子を見に来てあげたのよ。まったく、現状メチルは唯一の魔族なんだから、少しは心配してあげなさいよ」
「それは悪かったな。だが、こっちもこっちで大変だから戻れなかったんだ。事情は察してくれ」
魔王はエスカとのやり取りを短く打ち切ると、目の前に集中している。
「どうしたのよ、魔王」
「まったく、テトロのやつが呪具をあちこちにばらまいてくれたせいでな、ここらの魔力の状態が不安定になっておるのだ」
「どういうことよ」
魔王の説明が理解できないので、エスカは具体的に言ってほしいと要求している。
「単純な話だ。このまま放っておくと、今年もここで魔物反乱が起きるということだ。一応我が抑えておいてやるから、お前はさっさと元の場所に戻れ」
だが、こう言われて引き下がるようなエスカではなかった。
「抑えていてもどうせ起こってしまうのでしょう?」
「まあ、そうなるな。この歪みの規模なら先送りしても2年後くらいに起きるだろう」
エスカが問い掛ければ、魔王からはそう答えが返ってくる。
やっぱりという表情をしたエスカは、魔王に提案を持ちかける。
「ねえ、魔王ってばこの魔物氾濫をコントロールできるのよね?」
「まあ、我ほどとなればいくらでも可能だ」
「だったら、4日後、クッケン湖に到着するように仕向けてくれないかしら。問題があるから早めに片付けちゃった方がいいわ」
「正気か?」
エスカの提案に、表情を歪める魔王である。
「だって、私にミズーナ、それにメチルとアルーが居るのよ? 多少の魔物ごときじゃ、私たちはやられないわ」
大した自信のエスカ。それを見ていた魔王は、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「よかろう、お前の好きにすればいい。4日後だな、そのくらいなら造作もない」
「一応学園とバッサーシ辺境伯には伝えておくからね」
そういって、エスカは短距離転移でミズーナ王女たちと合流したのだった。
エスカというわけの分からない王女を見た魔王は、ただただ大声で笑うばかりだった。




