第448話 シイラとメチル
ダンスパーティーの会場に姿を見せたメチルは、壁際でシイラに付き添われて立っている。
さすがに場違いな騎士が立っているとなると、貴族の誰も寄りつこうとはしなかった。シイラの腕っぷしの強さは、ミール王国の中では知れ渡っているのだ。
「私みたいな令嬢の護衛など、退屈ではないですかね」
ついつい尋ねてしまうメチル。だが、シイラは特に気にした様子もなく、優しい微笑みを見せている。
「そんな事はありませんよ。ただ、魔族というのは聞いて驚きはしましたがね。命令があればそれに従う、それが騎士というものなのです」
「そういうものなのですね」
シイラの言い分を聞いて、メチルはそういうものなのかと納得していた。
「アーサリー殿下の婚約者候補となれば、未来の王妃様でございますからね。となれば、なおのこと気合いを入れて護衛させて頂きますとも」
「あはは……、お手柔らかに」
シイラの言葉に、困ったような笑顔を向けるメチルである。
しばらく話し込んでいた二人ではあるが、唐突にシイラがメチルに提案をしてくる。
「エスカ王女殿下たちがおいでになるまでまだ時間がございます。どうでしょうか、少し雰囲気に慣れるということで、私と一曲踊りませんか?」
「ええ?!」
シイラからの突然の提案に、思い切り驚くメチルである。
メチルはちらりと後方を見る。だが、王族は誰も登場していない。周りは知らない人ばかりで、まったく頼れる相手もいない。
悩んだメチルは、やむなくシイラの申し出を受け入れたのだった。
こういう席では、王族の登場前に勝手に踊るような真似はしてはならないという暗黙の了解が存在している。
だが、ここにいるのは踊った経験がないというメチルだ。さすがにいきなり本番は可哀想だというシイラなりの配慮なのである。
端っこの方なので目立たないという考えもあったのだろう。シイラがリードする形で踊り始める。シイラは立場もあってか、男女どちらのスタンスでも踊れるのだ。
音楽が終わり、踊りをやめるメチルとシイラ。シイラが男性の立ち位置で終始リードしていたため、メチルはかなり踊りやすく感じていた。
「私、こんなに踊れたんですね」
メチルは思わず感動してしまった。
「初めてだとは思えませんね。おそらくはどこかで踊りを習っていたのでしょう。そうでなければ、私がリードしていたとはいえ、そこまでは踊れません」
シイラにもすっかり褒められているようである。
「そりゃそうね。私が人間時代にはそこそこ踊りは習っていたもの。体が覚えているんだわ」
「アルー」
ぴょこんと姿を見せるアルー。
「おっと、何でしょうかな、この生意気そうな精霊は」
「失礼ね。私が本当のメチル・コール子爵令嬢よ。精神が分離して生活してる間に、こんな風になっちゃったけどね」
アルーはぷんすかと怒っている。
「なるほどね。そもそもは普通の貴族令嬢だったのか。それでダンスがきっちりとこなせたというわけね、なるほど納得できたわ」
シイラはくすくすと笑っている。
「おい、あのシイラが笑ってるぞ」
「なんだって?!」
メチルとシイラのやり取りを見ていた貴族たちが驚愕の表情を浮かべている。まったく、シイラが他人からどのように思われているのかよく分かる反応だった。
当のシイラはそれに気が付いておらず、メチルとにこやかに会話を続けていた。
「冷徹の騎士と呼ばれたシイラが笑顔を見せるとは、相手は誰なんだ?」
「知らない。見た事ない顔だし、頭にはなんか角のようなものが見えるぞ?!」
「なんですって?」
じわじわと見慣れないシイラの姿に気付く貴族たちが増えてきた。
気が付けば、シイラを笑顔にした相手に興味関心が移ってきていた。
「誰だ、あの令嬢は」
「知らない。だが、確か今回他国の王女が招かれていたはずだ」
「となれば、あれがベジタリウスの王女か?」
どんどんと騒ぎが大きくなっていく。
「いや、王女であれば王族たちと一緒に出てくるはずだ」
「じゃあ、あれは一体誰なんだよ」
得体の知れない令嬢に、段々と騒ぎが大きくなっていく。歓談を中止してまで騒ぎに加わる貴族まで出る始末である。
ここまで大きくなってくると、さすがにシイラも気が付いたようだった。
「おい、貴様ら。何を見ているのだ。令嬢を凝視するのはマナー違反ではないのか?」
「ひっ!」
シイラに睨まれると、騒いでいた貴族たちは蜘蛛の子を散らすかのようにその場を離れていく。
「まったく、私たちは見世物ではないのだぞ。我が国の者が失礼したな、メチル・コール子爵令嬢」
「あっいえ、お構いなく……」
この上ない明るい表情で言われ、思わず引いてしまうメチルである。
その時だった。
会場内に鳴り響いていた音楽がやんだのだ。
こうなると次は、いよいよ王族たちの登場である。
予想通りに、舞台裾からミール王国の国王、王妃、アーサリー、エスカと順番に登場してくる。そして、最後はゲストであるミズーナ王女も姿を見せた。
建国祭というお祭りであるために、王族は拍手でもって迎えられる。
そして、直後の国王の発言でもって、建国祭の後夜祭であるダンスパーティーの本番が始まるのだった。




