第434話 回収完了
ベジタリウスの諜報部のうち、イスンセたちの舞台がサーロイン王国内で拠点として使っていた廃屋。
そこの地下にはいつ作られたかも分からない秘密の空間が存在していた。
その中はおぞましいまでの瘴気で埋め尽くされており、さすがのメチルでもかなり厳しい状況だった。
「なんて瘴気なのかしら……」
頭の上のアルーも思わず震えてしまっている。そのくらいに強烈な瘴気なのだ。
「くそっ、テトロの影響で耐性があるとはいっても、さすがにこいつはきついぜ」
イスンセも歯を食いしばるくらいである。
聖女という肩書があるせいか、魔族であるメチルも冷や汗がすごい。それにしても、これだけの瘴気がこもっているとは、どのくらいの呪具があるのだろうか。
イスンセとメチル、それとアルーは警戒を強めながら隠し通路を進んでいく。
通路は狭く、とても薄暗い。しっかりと入口の閉ざされた地下空間がゆえに、生物らしい生物のいる気配はなかった。
どれほど歩いただろうか。
ようやく広い部屋に突き当たる。
だが、そこも真っ暗で何も見えない。メチルの灯す光がなければ、足元の状態すら分からないくらいだった。
「よくこんなところへ俺はしょっちゅう来れたもんだな……」
その光景に、イスンセは思わず身を震わせる。
イスンセですらこうなのだ。当然ながら、聖女の肩書のあるメチルとアルーの表情は恐怖に満ちていた。
「なんて瘴気なのですか。押し潰されてしまいそうだわ」
「あいつ、よくもまあこんなものを隠し通せたものね」
眉間にしわを寄せるメチルとアルーだが、その状態を引き起こす感情はまったく別々のものだった。
三人揃ってこんな反応をするのも無理もない。
通路を通ってやって来た小部屋の中には、かなりの数の呪具が置かれていたからだ。
アクセサリーの類から装備品まで、その形状は様々であり、パッと見ただけでも30個以上は置かれていた。
「さすがに、この数を一気に浄化というのは無理ですね。1個か2個ずつ、持ち出して浄化しないと……」
険しい表情をするメチル。浄化の使える魔族とはいえ、その能力の限界をはるかに超える呪具を前に弱気にならざるを得なかった。
「そうね。だから、ここを厳重に封印した上で、こまめに浄化を行うしかないわ」
「ちっ、実にめんどくせえな。その度に俺はここに来なきゃいけないってことか」
「そういうことになるわね」
ぼりぼりと頭を掻くイスンセ。
ところが、その時だった。
「ぐぅ……」
イスンセが苦しみ出して座り込んでしまった。
「ちょっと、どうなさったのですか」
メチルが叫ぶが、それと同時に重苦しい魔力を感じた。
「これは……魔王様?!」
メチルが叫んだ次の瞬間、空間が歪んで魔法が姿を見せる。
苦しいながらも、メチルは魔王に向けて跪いていた。魔王の四天王時代の癖がしっかり染みついてしまっているのである。
「よく見つけてくれたな……」
喋るだけで重圧がのしかかる。これが魔王というものである。
すっかり精霊として性格の軽くなったアルーも、この時ばかりは歯を食いしばってメチルの頭の上でじっとしていた。
魔王はメチルたちに視線を向けると、すぐに魔道具の方へと顔を向ける。
「預けてはおいたが、隠せとは言っておらぬからな。我の持ち物ゆえに、これは回収させてもらう」
魔王がひと言呟くと、その手をぐっと前へと突き出している。
「何をなさるおつもりですか、魔王様」
メチルがあえて問い掛ける。
「なに、本来の持ち主のところへ返るだけよ。それに、我の手元にあれば他人に影響を及ぼす事はないからな」
魔王は説明を終えると「ぬん!」と力を入れていた。
すると驚いたことに、魔王の羽織っているマントへと呪具たちが吸い込まれていくではないか。
その光景にメチルたちは、ただただ驚く事しかできなかった。
「この呪具どもはな、元々は我のコレクションだったのだ。自分なら有効活用できるとほざいておったから貸し与えてやったというのに、まったく飛んだ無能だったな」
「そ、そうなのですね」
呆然と視線を向けていたメチルたちに、わざわざ魔王は説明をしていた。
「コール子爵邸の地下にあった呪具たちも、一応我の魔力で抑え込んである。そうしておかねば、あの辺り一帯は今頃魔物であふれかえっておるだろうからな」
「えええっ?!」
魔王が驚愕の事実をサラッと白状するものだから、メチルとアルーは大声で驚いていた。
「魔物というのは魔力を得た動物だからな。必ずしも我の支配下に入るとは限らんし、面倒事は少ない方がいいというものだ」
そう吐き捨てた魔王はくるりと振り返って立ち去ろうとする。
「あの……」
「なんだ」
「呪具の処理をして頂き、ありがとうございました」
「礼など要らぬ。自分の探し物を回収しに来ただけなのだからな」
魔王はそう言い残すと、その場から姿を消したのだった。
するとその場にあった重苦しいまでの瘴気と魔力はすっかり消え去り、メチルとイスンセはようやく圧力から解放されてその場に座り込んだのだった。




