第380話 コール子爵邸
屋敷に足を踏み入れると、アルーが神妙な面持ちをしていた。
「どうしたの、アルー」
気になったメチルが声を掛ける。
「あなたは何も感じないのかしら。他人の魂が入ったからって、その体が忘れているとは思えないのですけれど」
この言い回しに、私たちは首を傾げる。
「……そういえば、どことなく懐かしい感じがしますね」
アルーに顔を向けていたメチルが、周りに視線を向けてぽつりとこぼす。
「ここは、コール子爵邸です。懐かしくて当然なのですよ。だって、私の家だったんですからね」
「えっ」
アルーが呟いた言葉に、私たち全員が驚く。
それにしても、アルーは本来のメチルの記憶を取り戻してからというもの、喋り方がすっかり変わったようだわね。
二人を合わせるとメチルアルコールかぁ。なんとも毒々しい名前ね……。
「サンカリーは恐らくお父様の部屋です。2階の中央の部屋ですから、もうすぐ着きますよ」
アルーがそう話すので、私たちは気合いを入れ直す。
屋敷の中を進むにつれて、圧力が強まっていく。しかし、その時私はおかしなことに気が付いた。
「アルー。なんかおかしくないかしら」
「なんでしょうか、アンマリア様」
私の声に反応するアルー。
「あなたの話では上の階に居るという予測だったわよね?」
「はい、そうですけれど……あれ?」
私の言葉に改めて魔力を探り直すアルー。するとアルーも私の感じた違和感に気が付いたようだった。
「上じゃなくて地下から魔力の波動を感じますね……。地下室なんてあったかしら」
そう、サンカリーの魔力は屋敷の下の方から感じるのである。
これを聞いたメチルが何かを思い出したかのように、はっとした表情を見せる。
「そうだわ、思い出した。ゲームだと確かこっちに……」
「ちょっとメチル。勝手に走らないの」
急に走り出したメチルに、エスカが注意する。しかし、メチルはまったく止まろうとしなかった。
その後を追う私たち。まったく急にどうしたというのかしらね。
追いかけていた私たちの目の前で、メチルは急に立ち止まる。場所は1階のちょっと奥まったところだ。一体そこに何があるというのかしら。
「もう、急に走り出さないの」
「ああ、ごめんなさい。急にゲームの内容を思い出しちゃったのでね」
メチルは立ち止まって私たちに謝罪していた。
それにしても、何もない場所で立ち止まっているのだけれど、ここに何があるというのだろうか。
「ここを見てちょうだい」
メチルが指差す場所はただの壁である。私たちには何の事かよく分からなかった。
「周りの壁と見比べれば、ここの違和感がすぐに分かると思います」
真剣な口調で言うものだから、私たちはちらりと廊下の壁を見てみる。
「うん、なるほどね」
そう呟いたのはエスカだった。
「どういうことですか?」
サクラが尋ねている。
「廊下の柱の間隔よ。他のところは柱と柱の間隔が大きく開いている。でも、ここだけが人一人分くらいの間隔で詰まっているのよ。これが示す意味は何か……」
「そっか。ここに人が通れる隙間があるというわけね」
エスカの解説で、私はすぐに理解ができた。サクラとサキはまだ理解できない様子である。
「まあ、論より証拠ね。少し下がっていて下さい」
私たちを少し壁から遠ざけると、メチルは壁に向かって魔力を流し込む。
すると、どうした事だろうか。壁が動いてそこから通路が姿を覗かせたのだった。
「隠し通路……」
思わず驚いてしまうサクラとサキである。
「私も知りませんでしたね。こんなところに通路が隠されていただなんて……」
どうやらこの家に長らく住んでいたメチル・コール本人だったアルーも知らなかったようである。
「ここはゲームでもサンカリーとの決戦の場所となった地下室への入口ですよ。アルーの記憶が戻ってきたのと同時に、私もゲームの記憶が鮮明になってきましたからね」
メチルはじっと隠し通路の奥を見る。
「魔族である私が先頭を進みます。足元には十分気を付けて下さいね」
メチルが言えば、私たちは静かに頷いた。
メチルを先頭にして、狭い通路を進んでいく。すぐさま下へと降りる階段に到達し、足元に気を付けながら一歩ずつ着実に降りていく。
階段を降りきると、突如として一気に明かりがともって部屋の様子が目に飛び込んできた。そこには1組の男女が壁にはりつけになっている姿が飛び込んできた。
「お父様! お母様!」
アルーが叫ぶ。どうやらメチルの両親のようだった。
「ふん、ようやくここまで来たか……。実に待ちくたびれたぞ」
男の声が聞こえてくる。
「サンカリー……」
メチルとアルーが同時に嫌そうな声で呟く。それもそうだ。自分を含めた四天王たちを手足のごとく使っていた相手なのだから。
「ふん、揃いも揃って上質そうな贄どもだ。お前たちの魔力さえ捧げられれば、魔王様はきっとこの世に舞い戻って来られるだろう」
サンカリーはおかしそうに笑っている。
「さあ来い。我がお前たちに絶望という名の恐怖を刻み付けてくれる」
サンカリーが叫ぶと同時に、雷の結界が部屋の中を包み込んだのだった。




