第330話 皮むきだけですか?
厨房に移動したエスカたち。
「またずいぶんとたくさん集まりましたね」
その量には、さすがのエスカも驚かされていた。厨房の一角にある調理台の上に、領地で収穫されたオランとレモネが山積みになっており、そこからは柑橘のいい香りが漂っている。
「年末にちょっとお声掛けをしたら、新年のお祝いにと村長たちが自ら持ってこられましたのよ」
おほほと笑いながら、ミムクが楽しそうにエスカに近付いていく。
「さあ、思う存分にお使い下さいな。王女様にご満足いただけるようにと、頑張りましたのよ?」
あまりにぐいぐいとミムクが来るので、エスカにしては珍しく引いていた。
「わ、分かりましたから……。とりあえず作業に入ります」
手でミムクを押し返すと、ひと呼吸を置いて気を取り直している。
「では、オランの実の方から始めましょうか。皮を剥いて中身と分けます。使わない中身の方は私の収納魔法に放り込んで保存しますので、じゃんじゃんと皮を剥きましょう」
「皮を剥くって具体的には?」
エスカの言葉に、サクラが質問をぶつけてきた。
「ナイフや包丁を使って剥きます。手でも剥けますが、できる限りきちんとしている方がいいですから、刃物を使います。手で剥くとその時に汁が飛んでしまいますしね」
「分かりました」
エスカが説明を終えると、オランとレモネの皮の剥き方を実演する。
まずはへたの部分を切り落とし、そこから果肉から削ぐようにして皮を切り落としていく。
「この時は、果肉に傷をつけないように気を付けて下さいね。汁が出てきてべたべたになりますから」
「は、はい」
エスカが注意すると、身を引き締めながらモモが返事をしている。かなり緊張しているようだった。
というわけで、ミムクを除いた面々が一生懸命に、まずはオランの皮を剥いていく。皮の剥き終わったオランの果肉は、次々にある程度摘み上がる度にエスカの収納魔法の中へとしまわれていった。
気が付けば、皮を剥いているだけでお昼の時間を迎えてしまう。三人で手分けしたので、どうにかオランとレモネの皮を剥き終えたものの、三人ともすっかり柑橘の香りに染まってしまっていた。
「ははっ、これは結構におうな」
「ははは、本当ですね」
サクラとモモが笑っている。
「これだけ皮を剥けば仕方ありませんよ。そこはアンマリアにでも頼んでどうにかしましょう。午後もありますから、お風呂に着替えとなると無意味になりそうですからね」
「ふふっ、それでしたら私がどうにかしましょう。仮にもあの子の伯母ですから」
エスカが提案すると、どういうわけかミムクが反応していた。本人は自信がある様子である。
ちょっと不安になったエスカは、調理台の上に置かれた大量のオランとレモネの皮を収納魔法へとしまい込んだ。念のためである。
「これで準備はいいです。では、お願いします」
エスカが頭を下げると、ミムクが魔法を使う。
さすがに血縁的には遠いとはいえ、アンマリアとは親戚になる人物だ。エスカたちにまとわりつく柑橘系の香りを全部とはいかないまでも、魔法で絡めとってしまっていた。
「おば様、ずいぶんと魔法がお上手なのですね」
「まあね。息子のタミールのために魔力循環を使っていたおかげかしら」
それを聞いたエスカがはっとしていた。
「……魔力循環不全でしたっけか」
ちらっとどこかでアンマリアから聞かされた奇病、魔力循環不全の事を思い出したのだ。
「ええ、息子のタミールが患ってしまいましてね。それを治すために、アンマリアから治療法を教えてもらった後、私がずっとタミールとの間で魔力の循環のやり取りをしていました。私がこれだけ魔法を扱えるようになったのも、多分それのおかげでしょう」
ミムクは思い出したのか、ちょっとつらそうな顔をしていた。自分の子どもがあんな目に遭ったのだ、こうなるのも無理はないだろう。
「タミール様は、今は元気にされています。そこまで思い詰めないで下さい」
モモは気が付くとミムクの手を握っていた。それに対して、ミムクは驚いた表情を浮かべた後、にこりと微笑んでモモの顔を見ていた。
しばらく黙り込んでいるエスカたち。実に感動的な場面だったからだ。
ところが、それも長くは続けられなかった。その理由は、エスカたちが今現在居る場所にある。
「あのー、そろそろお昼が仕上がりますので、奥様方は食堂へとご移動いただけますでしょうか……」
おそるおそるエスカたちに声を掛けてきたのは、伯爵邸の料理人たちだった。なにせ厨房の片隅を占領してオランとレモネの皮を剥いていたのだ。ずっと料理人たちは動向を気にしながら料理を作っていたのである。それはもう、領主代理の妻は居るし、隣国のお姫様は居るし、料理人たちは気が気ではなかっただろう。
「あら、これは失礼しましたわ。厨房を貸して頂き、本当にありがとうございました」
ミムクはそうとだけ告げると、エスカたちを連れて厨房から出て行った。姿を見送った料理人たちは、やっと緊張から解放されたためか、揃いも揃って大きく深呼吸をしたのだった。
ちなみだが、ミムクが絡めとった柑橘の香りは、みんなしてすっかり忘れていたがために、この日はずっと厨房の片隅で漂い続けていたのだった。




