第323話 禁止されちゃいましたね
エスカが闇魔法をオランの皮に発動させる。すると、不気味な色の空間がオランの周りに浮かび上がってきた。見るからに食欲を失いそうな気味の悪い色だった。
「気味が悪いとか思わないでよ」
私たちの表情を見たのか、エスカが容赦なくツッコミを入れてくる。魔法に集中しなさいってば。
オランの皮を見つめるエスカが、ぎゅっと力を込める。すると、オランの皮を包み込む暗黒の空間が少しずつ圧縮され始めた。それと同時に、オランの皮が潰れ始める。私たちもその様子をじっと眺めている。
しばらくして、エスカは圧縮した闇魔法の底の部分に穴を開けている。実に繊細な魔法の扱い方である。自分の発動中の魔法に変化を付けるというのは、相当にセンスがないと難しい話なのだ。
息を飲んで見守る私たちの前で、開けられた闇魔法の穴から何やら液体がこぼれてくる。これがオランの油なのである。
「すごい、闇魔法で皮が搾れちゃってる……」
思わず声を出してしまう私だった。
「すごいですよ。闇魔法のこんな使い方、新しい発見だと思います」
モモも興奮気味である。
ただ、ミズーナ王女の方が表情が硬いようだった。
「これは使い方次第ですね。その気になれば、人くらいの大きさなら潰せてしまう可能性がありますからね……」
「な、なるほど……」
ミズーナ王女の苦言に、モモはハッとしていた。
確かにその通りだった。今まではそういう発想がなかったからこそ、誰も使ってこなかっただけ。けれど、誰かが使い始めればそれが広まる可能性があるわけだから、悪い奴はそういう事も考えかねない。ミズーナ王女の言っている事は、つまりそういう事である。
「となると、表立って使うのは避けた方がいいわね。魔道具であっても解析しようとする者は居るでしょうから」
「ええ、しかもやたらと事件を起こす連中の使う属性は闇ですから、余計に親和性があって危険です」
「ぐぬぬぬ……」
せっかくのアイディアも、魔王や諜報部のせいで潰されてしまった。そのせいでエスカは悔しそうに歯ぎしりをしていた。
「エスカ王女、仮にも王女なんですからそういう顔はしないで下さい。いくら身内ばかりとはいってもですよ……」
一応諫めておく私である。
私から諫められたエスカは、ぶっすーっと頬を膨らませてしまっていた。
「魔法がダメなら、この仕組みをどうにか道具にして実用化できないかしらね。アンマリアのおば様とアロマの事でかなり盛り上がってしまったもの……」
エスカはその顔のまま、腕を組んで本気で考え込んでいた。
「油が必要なの?」
「そうよ。アロマは植物から搾った精製油を使うんだもの」
私が聞けば、すんなりエスカから答えが返ってきた。
「うぬぅ……。魔法前提で魔道具の案を書いてきたけど、これは最初からやり直しだわね……」
今度は口をへの字に曲げるエスカである。もう王女らしさは欠片も見られない行動の連発である。
そうはいっても、せっかく考えてきたアイディアが全ポシャになれば、それは不機嫌になるというものだ。
「せっかくですから、ボンジール商会に持ち込んでみてはいかがでしょうか。食料品がメインですけれど、商会の伝手を使えばその手の職人の耳に入るかも知れませんよ」
「むぅ……、それもそうね」
魔道具で油を搾るという案を潰されたエスカは、私の提案に仕方なく賛成しているようだった。
「でしたら、早速そのボンジール商会という場所に向かいましょうか」
エスカは完全に割り切ったらしく、やむなく私の提案通りにボンジール商会へ向かうと決めたようだ。これは私とミズーナ王女は顔を見合わせながら肩をすくめていた。
そんなわけで、今度は城から馬車を出してボンジール商会へと向かう私たち。
馬車の中では終始不機嫌そうな顔をしているエスカだったが、決めたのだからいい加減機嫌を直してもらいたいものね。私の横でモモが地味に怖がってるんだけど?
「うう、お姉様……」
エスカは頬を膨らませて足を組んで肘をついている。まさに不機嫌そのものな態度だった。外から見える場所でそういうのはやめないと突っ込みたくなる。
「エスカ、姿勢を正しなさい。私たちは王女なのです。私たちの態度は王国の評価にも影響しますよ?」
ミズーナ王女は窘めていた。
「もう、分かったわよ」
エスカはしょうがないなといった不満そうな顔をしながら、組んでいた足をちゃんと下ろし、手もちゃんと膝の上に乗せてお清楚な姿勢へと正した。
「……それにしても、私の描いた設計図を理解できる人っているのかしらね」
気を取り直したのか、エスカが不安を口に出していた。搾るという行為はあっても、搾る機械というものは見た事がないので、おそらくはこの世界では一般的ではないのだろう。
食に関してはそれなりに充実している世界なのに、なかなか技術との整合性が取れていないのだ。この世界は本当に謎にあふれている。
いろいろ気になるところはあるのだけれど、考えているうちにボンジール商会に着いてしまった。
仕方がないので、エスカのアイディアの事だけを考えましょうかね。
そう結論づけると、私たちは馬車を降りたのだった。




