七十九話 離島野鎌殺人事件(美知子の妖怪捕物帳・陸拾肆)
「次は私の相談事に乗ってください」と樽見人材派遣所の樽見所長が言った。
「はい、どうぞ」
「私の人材派遣所に登録している人に舟木三郎という男がいます。彼は元々ある企業の会社員をしていたのですが、わけあって退職し、今は私のところにいます。・・・実はそのわけとは、彼が一時殺人事件の容疑者になっていたからです」
「殺人事件!?」「まあ、恐ろしい」と紺野さんと神田さんがほぼ同時に叫んだ。
「その容疑はすぐに晴れたのですが、殺人犯が誰でどこへ行ったのか未だにわからず、煩悶としていると一緒に酒を飲んだときに愚痴を聞かされました」
「警察にも犯人の行方がわからなかったのですね?」
「そのようです。その事件の謎を藤野さんに解いてほしいのです」
「警察が調べてわからなかったことが私にわかるわけはありませんが・・・」と俺は言ったが、樽見さんは俺の言葉を聞かず、ポケットからメモ帳を取り出した。
「舟木から聞いた話はこのメモにすべて記録しています。藤野さんに解いてもらうために改めて舟木から話を聞いてきました」
この様子だと相談をあきらめてはくれなさそうだ。
「舟木はある企業に勤めていたときに配置換えで新しい部署に異動しました。そこで親しくなったのが五人の同僚で、名前は藤田圭介、鎌田 明、久我健夫、島原和彦、八田伸夫です。この五人は釣り好きで、しかも藤田は離島に別荘を持っていて、あるとき全員で泊りがけで釣りに行こうという話になり、舟木も誘われました」
「離島の別荘ですか・・・」推理小説なら事件現場になりそうなところだ。
「お盆休みに全員が一週間の休みをもらい、一緒にその離島の別荘に向かったそうです。その島は船着き場以外は高さ数メートルの切り立った崖で囲まれていました。また、周囲の海流が強く、小型のボートでは渡れないところでした。藤田は近くの港で吉村清吉という漁師を雇い、吉村の漁船で島に渡ったそうです」
「島にはほかに船はなかったのですか?」
「そのようですね。藤田は島に到着すると吉村に一週間後に迎えに来るよう頼んだということでした」
「島にはほかに住人がいたのですか?」
「いいえ。建物は藤田の別荘だけで、普段は完全な無人島です。船着き場には『私有地につき立ち入り禁止』と書いた看板が立てられてましたし、無断で島に入らないように別荘に通じる階段の前には鉄製の門扉があり、普段は施錠されていました」
「その島には舟木さんを含めた六人しかいなかったということですね?」
「その通りです。別荘に着いた六人はすぐに釣りの準備を始め、思い思いの場所で崖の上から釣り糸を垂らしたということです」
「なるほど」
「最初の三日間は何も起こらず、六人は釣りを楽しんでいましたが、夕方、舟木が崖から転落し、右足を骨折してしまいました。幸いなことに海には落ちず、事故に気づいた五人が舟木さんを引っ張り上げ、別荘に連れて帰りました。藤田はすぐに無線で吉村に連絡し、翌日島に迎えに来てもらうことにしました」
「不慮の事故だったのですね?」
「そのようです。舟木は同僚たちに足に添え木をしてもらい、痛み止めの薬を飲んでその晩は早く寝たそうです」
「それで殺人事件はいつ起きるのよ!?」と話を聞いていた紺野さんが叫んだ。
「おそらくその日の夜です。翌朝、舟木は目を覚ましましたが、同僚がひとりも様子を見に来ないので、不審に思って痛む足を引きずりながら同僚たちの寝室を回りました。そこで発見したのが同僚四人の死体でした」
「ひいいっ!」と叫ぶ神田さん。
「四人って、ひとり足りないじゃない!もうひとりはどうしたのよ!?」と紺野さん。
「順番に話すから落ち着いてください」と諭す樽見さん。
「最初に藤田の寝室に入った舟木は、藤田がベッド上で掛け布団をかけて寝ているのを見ました。しかし様子がおかしいので、掛け布団をはぐってみると、胸から血を流した藤田が死んでいました」
「ひいっ!」と叫ぶ神田さん。
「後日の警察の捜査によると、藤田は柳刃包丁のような刃物で胸を刺され、心臓を貫通して即死だったそうです。その凶器はその部屋にはありませんでした。舟木は腰を抜かしかけましたが、同僚にこの事態を知らせるべく、苦労して隣の鎌田の寝室に行きました」
「行かないで!犯人がそばにいるかもしれないわよ!」と神田さんが叫んだが、
「舟木は殺されませんでしたから、大丈夫です。・・・鎌田はベッドの掛け布団の上にうつぶせで倒れており、背中から血が出ていました。藤田と同じく柳刃包丁のような刃物で背中を刺され、心臓を貫通していたそうです。やはり凶器はその部屋にはなかったようです」
「鎌田さんも即死のようですね」と俺は言った。推理小説のあらすじを聞いているような感覚だったので、怖いとは思わなかった。
「そうです。次に舟木が久我の部屋に入ると、藤田と同じようにベッドで掛け布団をかけて寝ている状態でしたが、ベッドの横の床や家具に大量の血しぶきが飛んでいました。頸部を刺され、頸動脈から血が噴出していたそうです」
「凶器はどのようなものですか?」と俺は聞いた。
「そばに落ちていなかったので、鋭利な刃物だとしかわかりませんでしたが、藤田と鎌田の殺害に使った凶器と同じもので間違いなさそうです」
「これで三人ね。あとひとりは?」と聞く紺野さん。
「島原は鎌田と同じようにベッドの掛け布団の上にうつぶせで倒れており、背中に柳刃包丁が刺さったままでした。右肺を貫通しており、出血多量で亡くなっていたそうです」
「そうでしたか・・・」
「最後のひとり、八田は別荘の中にはいませんでした。島のどこからも見つかりませんでした」
「ボートか何かを隠し持っていて、ひとりで島から逃げ出したのでしょうか?」と俺は聞いた。
「先ほど言ったように島の周囲は海流がきついので、小型のボートで陸まで行くのは困難だったようです。また、警察が八田の行方を調べましたが、現在に至るまで全国のどこからも発見されていません。ですから泳いで渡ろうとして溺れてしまったのかもしれません」
「なるほど。・・・それでどうなりましたか?」
「吉村が島に到着して別荘に入ったときに、茫然として床に座り込んでいる舟木を発見しました。そして四人の殺害現場を見た吉村は、恐れ戦きながらも何とか無線で警察を呼びました。約二時間後に警察官が大勢島に来て、舟木を病院へ運ぶとともにそれぞれの殺害現場を調べ、死体も陸に運んで検視や司法解剖を行ったようです」
「警察はこの事件をどのように考えたのでしょうか?」
「四人とも明らかな他殺体でした。藤田、鎌田、久我は刺殺された後凶器を持ち去られていますので、犯人ではありません。また、島原は鎌田と同じように背中から刺されており、やはり他殺と判断されました。島には外から容易に近づけないため、生き残った舟木と行方不明の八田に殺人容疑がかけられましたが、舟木は足の骨折で歩くのが困難だったので、四人の殺害は無理だろうと最終的に判断されたようです」
「行方不明の八田さんが犯人だと警察は考えたのですね?」
「はい」
「島外から別の殺人犯がやって来た可能性は本当になかったのですか?」
「百パーセントありえないということはないのでしょうが、近隣の漁師たちは昼間別荘のある島に近づいた船はなかったと証言しています。夜は、島の船着き場に灯りがないので、上陸は困難とのことでした」
「きっと犯人は野鎌よ」と神田さんが口をはさんだ。
「野鎌?」
「私の故郷の愛媛県に伝わる伝説で、人を切ったり刺したりする妖怪のことよ。野鎌の姿は誰にも見えず、突然傷を負うの」
鎌鼬のような妖怪なのかな?と俺は思った。
「犯人が八田さんだとして、殺人の動機はあったのでしょうか?彼らは本当に仲が良く、諍いなどはしてなかったのでしょうか?」と俺は神田さんを無視して聞いた。
「舟木は五人と最近知り合ったばかりなので、動機のようなものにはまったく心当たりがないと言ってました。ただ、八田の妹が半年ほど前に轢き逃げされて亡くなったとのことで、舟木が異動した頃にも時々悲しんでいる様子が見られたとのことです」
「妹の交通事故死が藤田たち四人に責任があったとしたら、恨んで殺したと考えることはできそうですね」
「そうですね。ただ、妹を轢き逃げした犯人はまだ見つかっていないようです」
「事件の概要はよくわかりました。舟木さんは島で骨折し、藤田さんたち四人は誰かに殺され、八田さんは行方不明で、妹の死が動機かどうかわかりませんが、八田さんが犯人らしいということですね?・・・それで私に何を聞きたいのでしょうか?」と俺は樽見さんに言った。
「舟木は殺人容疑を当初かけられ、さらに足の骨折でしばらく休んだので、会社を首になったと言っています。藤田たちが勤務していた会社に行くのが嫌になって、自ら退職したのかもしれませんが。そして舟木からその事件の話を聞かされて、ちょっと怖くなりました。真犯人は舟木ではないのかと、疑心暗鬼になったのです。その点を、藤野さんならどうお考えになるのか、聞かせていただけたらと思います」
「警察が犯人でないと考えたのなら、それで正しいと思いますが。・・・とりあえず犯人は当時島の別荘にいた人で、島の外からは誰も来なかったとします。そうなると犯人は八田さんか舟木さんのいずれかになりそうですが、舟木さんは足を骨折していて犯行はまず不可能だということですね?」
「じゃあ、犯人は八田という男に決まりじゃないの?」と紺野さんが口をはさんだ。
「そうですね。舟木さんが犯行後にわざと足を骨折したという可能性もなくはないと思いますが、自分でわざと足を骨折することが可能でしょうか?」
「崖の高いところから下の岩場にわざと落ちて、足を骨折したのかもしれませんよ」と樽見さん。
「しかし崖は島の海沿いにあるのですよね?わざと崖から飛び降りたとしたら、誤って頭を打って亡くなるかもしれませんし、海に落ちて溺れ死ぬ危険もあります。そう都合良く、犯行が困難な程度に骨折することができるのでしょうか?」
「舟木さんが四人を殺した後、最後に八田さんを崖から突き落として殺そうとして、自分も一緒に崖から落ちたのかもしれませんよ」と神田さんが口をはさんだ。
「いえ、藤田さんが無線で吉村さんに、舟木さんが足を骨折したと伝えたときには、藤田さんはまだ生きていました。殺人があったという話はしていなかったので、藤田さんたちが殺される前に舟木さんが骨折したのは確かでしょう」
「骨折したふりをしていたのでは?」と紺野さん。
「容易に歩けないほどの骨折なら、骨折した足は腫れていたり、内出血で皮膚の色が変わっていたでしょう。藤田さんたちが医者でなくても、骨折したふりをしてだませるものでしょうか?」と俺は言った。
「それに舟木さんが藤田さんたちと知り合ったのはごく最近だったので、藤田さんたちを殺す動機があったとは思えません。そのあたりは警察が調べたと思いますので、動機になるような事柄が起きていなかったなら、殺人など犯さないでしょう」
「じゃあ、やっぱり舟木は犯人ではないのですね?」と樽見さんが言った。
「そうでしょうね。時系列を整理すると、まず舟木さんが崖から落ちて足を骨折した。その日の夜か翌朝に藤田さん、鎌田さん、久我さんが包丁で刺されて亡くなり、最後に島原さんが刺されて死亡した。・・・島原さんが最後なのは、体に包丁が刺さったままだったことからわかります」
「そうですね。・・・舟木が殺されなかったのは、最近知り合ったばかりなので、殺す理由がなかったということでしょうか?」
「そうだと思いますし、自由に歩けないので犯行を目撃される危険がないと犯人は判断したのかもしれません。目撃者になったら、口封じのために殺されることもあるでしょうから」
「なるほど。・・・舟木は事件にたまたま巻き込まれただけの可能性が高いのですね」
「はい。八田さんが犯人なら、四人の殺害後に島から逃亡したか、誤って溺れたかでしょう。ただし、犯人でなかったとしたら、四人の殺害の前後に真犯人に崖の上まで誘い出され、突き落とされたのかもしれません」
「八田以外の真犯人ですか!?・・・まさか、やはり舟木が?」
「先ほど言ったように、舟木さんには殺人の動機がなく、実行も不可能だったということにしましょう」
「だとしたら、八田以外に犯人たりうる人はいないのでは?」
「藤田さん、鎌田さん、久我さんは刺された後に凶器を持ち去られています。しかし島原さんの体には凶器が刺さったままでした」
「それが何か?」
「島原さんが凶器の包丁を本棚の本の間にでもはさんで固定させ、自分で背中から近づいて刺したとしたら?」と俺が言ったら樽見さんが驚いた。
「島原は他殺に見せかけた自殺だったですのか?」
「あるいは、自分の容疑を晴らすため、わざと自分の背中を死なない程度に刺して、『誰かに後から刺された』と主張するつもりだったのかもしれません。自分が犯人であることをごまかすために」
「そして誤って致命傷を負ったということですか?」
「藤田さん、鎌田さん、久我さんの三人を刺殺し、八田さんを崖から突き落とした後、自分を被害者に偽装しようというときに、舟木さんが足を引きずって近づいて来る音を聞いたら?・・・あせって背中を刺して肺を傷つけてしまい、出血多量で亡くなったのかもしれません。あくまで可能性のひとつで、証明することはできませんが」
「犯人は八田でなければ島原ということですか。確かに納得できる説明ではありました。だとしたら、島原が四人を殺害した動機は何なのでしょうか?」
「さすがに今聞いた話からは動機はわかりかねます。八田さんの妹の死はさすがに関係ないでしょうが」
「真犯人が誰であれ、舟木が真犯人ではなさそうなのでほっとしました。藤野さん、ありがとう」と樽見さんが俺にお礼を言った。
登場人物
藤野美知子(俺) 主人公。秋花女子短大英文学科二年生。
樽見健太郎 樽見人材派遣所の所長。紺野政子の親戚。
神田久里子 紺野家政婦派出会に所属する家政婦。
紺野政子 紺野家政婦派出会の代表。
舟木三郎 樽見人材派遣所に所属する派遣社員。
藤田圭介 舟木三郎の元同僚。
鎌田 明 舟木三郎の元同僚。
久我健夫 舟木三郎の元同僚。
島原和彦 舟木三郎の元同僚。
八田伸夫 舟木三郎の元同僚。
吉村清吉 藤田圭介が港で雇った漁師。




