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月と地球と宇宙人  作者: 会員壱号
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第二十七話 ナヨ・タケノカグヤ13

 一人の少女と一人の青年が夜空の下、互いに悲しみを含んだ瞳見て向かい合っている。少女はその大きな瞳を涙に濡らし、青年は凛々しき双眸を厳しそうに細めている。

 

 そうした二人の様子を傍から見れば、それはまるで別れ話を促す女と、それを拒否する男のようである。いや実情はともかく、その内容に関しては然程の違いはないだろう。何故なら二人はこれより別離の時を迎えるからだ。


 「ナヨ……きみは、どうしても帰ってしまうと言うのかい?」


 ミカドは厳し気に細めていた瞳を意図的に緩め、出来るだけナヨに優しく話し掛ける。それを聞いたナヨは何かを喋ろうとして思わず口を開くが、上手く自分の気持ちを形に出来ないでいる。


 「わ、わたしは……」


 こんな状況でも自分の気持ちを押し殺そうとして、ナヨを気遣う様子を見せるミカド。それは幾度の手紙のやり取りから何度も感じた事のある優しさだ。 

 

 ――わたしも『地球』に居たい。


 その言葉が出掛かるが、それはもう叶わない願いだと知ってる。ナヨはだからこそ優しい目の前の青年には、何も言えず口を噤んで黙ってしまう。きっと何を言っても、何を語っても、月に帰る彼女の言葉は、ミカドの心を傷つける事になるだろう。


 「僕には何も言ってくれないのかい?」


 だが、黙っている事さえ彼を傷つける。ミカドは悲しそうに俯き、ゆっくりと目を伏せる。


 「――――――っ」


 ナヨはミカドのその態度を見て心がキュっと悲鳴を上げる。喜んで欲しい人の顔は悲しみに歪められ、その表情はまるで今にでも泣きそうな子供のようだ。

 

 そんなミカドを見たナヨは、彼が送ってくれた初めの頃の手紙を思いだす。それには国を治める日々の大変さや愚痴のようなもの、そしてナヨに対する誠実な気持ちが書いてあった。


 『僕は両親を早くに亡くしてしまい、年若いまま王となり政務を行っています。祖母や部下からの期待で、日々その重責を感じますが、精一杯頑張っています。僕は姫に早く会ってみたいと思いますが、もちろん無理強いは致しません。それにこうして手紙のやり取りだけでも、僕は凄く嬉しさを感じているのです。政務の合間に読む姫の手紙は、僕の疲れを癒してくれます。姫は毎日を一体どんな風に過ごすのでしょうか?』


 それは何気ない日々を書き記したもので、特筆すべきことなど無い日常の内容だ。ナヨもさぬきの老夫婦との生活の日々を手紙に綴ってやり取りする。そしてその内容に嘘はなく、ナヨは自分の本当の気持ちを書き続けていた。

 ならば何をしても何もしなくとも、何を言っても何を言わなくとも。その全てがミカドを傷つけるなら、自分の気持ちを誠実に伝える事こそ――彼の思いに応える事だとナヨは考え直す。


 「ミカド君……ナヨは、ナヨはミカド君からの手紙が嬉しかったです。昔、ナヨには結婚のためのお話が沢山あったんです。数えるのが馬鹿になる位のお話があって、その全部の相手にナヨは振られてしまったんです。そのせいで、ナヨは夜に眠れなくなったときもあるんですよ?」

 

 それは地球ではなく月での話。

 

 「でもそれから少しして、私はこの地球に降りてきました。そしたら今度は私をお嫁にしたい、妻にしたい――なんて人が大勢現れたんです。うふふ、とても信じられなかったです。女性としての魅力が欠けていると思っていた私が、ここでは幾人もの男性から求婚されたんですから」


 そうして話す内容は、彼女の自慢話のように聞こえる。だがナヨの表情はどこか悲しそうで、決してそれを誇っている訳でも、決して嬉しくて話している様には見えなかった。


 「でも、そんな人達は……いえ月に居た頃の私も、そんなところがあったかもしれません。結局その人たちは私を好きではなく、噂される姫を妻にしたかっただけだと思うんです」


 ナヨは月にいた時、決して誰かと結婚したいと思った事は無い。そうした彼女が数あるお見合い話を言われるままに行ったのは、父への反発心とちょっとした虚栄心だ。いずれは結婚するのだから、今のうちに自分の都合の良い夫の候補を見つけておけばいい――そんなどうしようもない理由だった。


 「でもそんな人たちが誰も居なくなって、やっと落ち着いた気持ちなった時、ミカド君からの使者が来たんです。初めはミカド君も他の男の人と一緒なのかな? ってビクビクしてたです。だから本当は少ししたら、お断りするつもりでお手紙を書いていたんですよ」

 

 そしてこれはナヨが地上に来てからの話だ。ナヨは今までの事を思い出すように、ゆっくりと喋っていく。


 「最初は来た手紙に対して、お返事をただ返しているだけだったんです。お仕事が大変そうだったら、お疲れ様。何か悩んでいるようだったら、頑張ってね。嬉しいことがあったと書かれていたら、よかったね――って、そんな風に言葉を返していただけなんです」


 そう、最初はそれだけだった。


 「でも、そんな私の書いたものにミカド君は喜んでくれました。お疲れ様には、ありがとう。頑張ってね、っていう言葉には、私のことも気遣ってくれる返事をくれました。私はそんな普通のやり取りが、あんなに楽しいとは思わなかった……思わなかったんです」

 

 今まで異性に特に興味もなく、仕事や趣味が一番だったナヨ。それが何の因果か、この地球に降りてきて彼女は初めて恋を知る。

 

 「私はこれをミカド君に預けることを正しいとは思いません。あなたがこれを使えば、それはきっとお爺さんやお婆さん以上に大変な事になると思うから。ミカド君が私と同じ……ううん、月に帰るナヨと違って本当に一人ぼっちになっちゃうから」


 セイメーの実は宇宙人類にとっては単なる栄養補助食品だ。しかし地球人にとっては一種の薬となり、知的生命体の命を救う物となる。それは健康な体であればあるほど効き目が良く、もしミカドセイメーの実を摂取すれば、さぬきの老夫婦とは全く違う劇的な効果が出るだろう。

 

 そしてその効果は寿命を延ばすという副次的なものではなく、その本質は命のそのものを増殖させることだ。つまり老い先短い老夫婦なら十数年程度、病で倒れた人類が食せば健康な体になるだろう。だが健康で若い肉体であるミカドであれば、その先に延びる寿命は数百年となってしまう。

 

 「ナヨ……姫」


 ミカドはナヨの言葉で彼女が何を思っていたのか、やっと気づく。きっとナヨも本当は自分と一緒に居たいと願っている。だがそれにはミカドの持てるべき時間が、圧倒的に足りないのだ。

 

 天より舞い降りた銀の人――グレイの言葉は地球人類が月に昇るにはまだ早く、いずれはそれが叶うとも、その時には既にミカドは帰らぬ人となっている。そしてグレイは、ミカドが月の世界に来ることを許してはいない。

 

 「ナヨ姫……僕は」


 ナヨが持っているセイメーの実と呼ばれる蓬莱の品。それを食せばミカドの寿命は伸び、地球人類とは思えないほど長く生きる事ができるだろう。

 しかしそれは月に帰ってしまうナヨにも置いてかれ、この地でたった一人になるという事実だ。周囲の人間は死んで逝き、いずれはミカドを知らない人間だけが生まれ、生き残る事になる。

 それでも彼が月でナヨに再会出来るかというと、それも確実ではない。ミカドが月に昇るのが早いのか、彼の寿命が尽きるのが早いのか、その二つの比べ合いになってしまうだろう。

 

 「僕とナヨ姫の道は決して交わることは無いのかもしれない――でも、隣の道を歩きながら手を振るぐらいは出来る筈だ。今まだって僕とナヨ姫が会う事は無かった。それでも僕の手紙を君が呼んで、君の書いたものを僕が読む。それだけで僕は十分に満たされた。だったらこれからもその関係で構わない……だって君は、あの月から僕のことを見ていてくれるのだろう?」

 「ミカド君……」


 ミカドはそう言って、ナヨの持っているセイメーの実を受け取ろうと一歩前に出る。だそれをナヨは首を振りながら一歩下がり、ミカドから距離を取ろうとする。そんなナヨの行動に戸惑い、ミカドは伸ばしかけていた腕を引っ込める。 


 「ナヨ姫?」

 「ミカド君は、ほ、本当に食べるつもりなの? だってこれを食べたら、君は本当に一人ぼっちになるんだよ!? お爺さんや、お婆さんと違って体が丈夫になるだけじゃない。多分、それこそ何百年って生きる事になっちゃんだよ!」


 何百年――それはナヨたち宇宙人類にとっては僅かな瞬間だが、地球人のミカドにとっては長すぎる時間だろう。彼は宇宙人類の超宇宙的技術によって、地球人としての輪から外れるのだ。

 ナヨはグレイに渡されたセイメーの実をその手に持ちながら、今も自分を見ているミカドを見る。その瞳は真摯に真っすぐで、どこまでも純粋だった。そしてそんなミカドはいとも簡単に、当たり前のように言う。


 「でもナヨ姫は、ずっと居てくれるんだろう?」

 「――っ」


 ミカドはそう言いながら、夜空に浮かぶ月を仰ぎ見る。それは今も凛然と輝き地上を優しく照らしていた。例え先が見えぬ闇に包まれた世界でも、そこには天から滴る光がある。ならばミカドは怖くないと、ナヨと再会出来るかもしれない――そんな未来を選ぶと決めたのだった。


 「さっきも言ったけど、僕と君が会える事は無いのかもしれない」


 それはきっと、その通りで。彼が一番に望む結果は得られない。


 「でもナヨ姫がこの地へと舞い降りたように、今度は僕の方から会いに行ける時が来るかもしれない。方法なんて全然分からないし、それが何時になるかだって定かじゃない」


 万に一つもない可能性、その理由が朝露の様に無くなったとしても。


 「でも、いつかきっと僕の方から迎えに行く。僕が無理でも、僕たちの誰かが君に会いに行く。例えそれが何百年、何千年経とうとも、この約束は絶対に果たされるものだと信じてる」


 理屈も理論もなく、藪から棒に出た感情の言葉。それは誰かの祈りのようで、それは何かの願いのようで、酷く子供じみた妄想だった。だが――それでもそれは二人が交わした、大切な約束だった。


 「…………うん、待ってます」 


 こうしてナヨはミカドにセイメーの実を渡し、ミカドはそれを大事そうに受け取る。二人は最後に手を重ねるように触れあって、自然とその視線が合わさり、互いの顔を見て微笑み合う。


 「ばいばい、ミカド君」

 「ああ、どうか元気で――ナヨタケノカグヤ姫」


 そして、別離の時が訪れる。

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