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月と地球と宇宙人  作者: 会員壱号
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第十三話 アームストロング3

 地球時間1969年7月29日。月を訪れた地球人類は既に自らの故郷、地球への帰還を果たしている。そしてそれと同時に超宇宙的技術移民船ツッキーでのお祭り騒ぎは収まり、今は通常の運営へと戻っていた。


 グレイたち宇宙人類は地球人類との今までにない接近に喜び、今回の出来事を一つの思い出として残す事を決め、基地の雰囲気は和やかだ。

 それは仕事の合間の雑談だったり、家族や知り合いに送る手紙の取っ掛かりとして書かれたり、気の置けない友人同士の話の種としても使われている。

 そしてここにも仲の良い友人同士でお茶を飲みながら、月の来訪者の事をお楽しく話している二人が居た。


 「今回は残念でしたね。もうちょっとでアームストロングさんが、この移民船に来てくれるところでしたのに」


 そう言って喋るのはイヌマール・カントルだ。アポロ11号がこの月に来た際には、移民船の窓にへばり付く様にして無様を晒していた彼女である。

 今はだいぶ落ち着いたのか、いつもの品の良い女性の雰囲気に戻っている。


 「ふふっ、それは仕方が無いでしょう。グレイ主任の方針には基本逆らえませんから」


 そうしてイヌマールの言葉に答えるのは、着陸船イーグルのサポートをしていたナヨ・タケノカグヤである。彼女は微笑みながら、その容姿らしい舌足らずな口調でイヌマールに相槌を打つ。


 大人びた品の良い雰囲気のイヌマールと、どうにも幼く子供にしか見ないナヨは、こうして二人で話す程度には仲が良い。今日はイヌマールの私室で、先日起きた地球人類の月面着陸についての話しに花を咲かせている。

 何故なら方向性こそ違うにしても、二人は地球人類を愛している者同士ということで、比較的気が合うのだ。

 特にナヨは一度地球に単身で降りている事がある。その為ナヨはイヌマールに、地球人類と直接接触した者として尊敬の念すら抱かれていた。

 

 「でもナヨさんも地球人類に会いたかったのでは? あなたの恋人であるミカドも地球人類だったのでしょう?」


 そのイヌマールの言葉に、ナヨはちょっとだけ悲しそうに眉を顰める。


 「まぁ、そうですね。でもアメリィカ人とニーポン人では、その種類? 種別? ……が随分と違う様ですから。それにミカド君は、もう800年ほど前に亡くなっています。最初はそのショックで、まともに仕事すら出来ませんでしたけど……彼は300年も待ってくれましたから」


 ナヨ・タケノカグヤ――彼女の容姿はグレイやイヌマールと違って、銀色ではなく白い肌をしている。それはまるで白色矮星の様に真っ白で、光り輝く淡い雪の印象を受ける。

 そして何よりその体が子供の様に小さく、一般の宇宙人類から見ると女性としての魅力に欠けている様に見えるのだ。つまり彼女を恋人や妻にするならば、そこには特殊な性癖が必要なってくる。

 

 ――そんな彼女が、地球で一人の男性に好意を抱く。


 それは様々な理由で結ばれる事も、報われる事も無かった。しかもナヨはミカドにセイメーの実を与えた事で、色々と罰を受けた事になっている。

 それでもナヨは地球での事を後悔をした事など一度もない。あるのは出会えた事に対する感謝と、彼を失った悲しみだけである。

 そんな表情を隠す事も無いナヨに、イヌマールは興味を引かれたのか、話の続きを促す様に会話を続けていく。


 「300年、ですか……セイメーの実は私たちが食べても特に問題は起きませんが、あれを地球人類が食すと、テロメアの分割増殖が始まり寿命が飛躍的に伸びますからね。ミカドも地球人類として生きるには、苦労なさったのかもしれませんね」


 イヌマールがデリカシーのない率直な意見を言うが、ナヨは特に気にする事なく苦笑いだ。そして昔の事を思い出しているのか、ナヨはちょっとだけ笑みを溢しながら喋る。  


 「……そうかもしれません。でも、ここから見たミカド君は割と楽しそうでしたよ? お手紙を出すと嬉しそうに読んでいましたから」

 「はぁ、そうなのですか? …………って、はぁ!?」

 

 落ち着きを払いお茶を啜るナヨと、驚愕の表情をしているイヌマール。そしてこれはイヌマールの反応の方がが正しい。

 何故なら地球人類とコンタクトを取れるのは、この基地の責任者であるグレイ・アダムスキーだけだとイヌマールは思っていたからだ。それ故にナヨは罰則を受け、軟禁の様な状態になり、この基地から脱走を図っていたのだと思っていたのである。だが、その真実はちょっとだけ違う。


 「――って、ナヨさん! あ、あなた、地球人類と連絡を取っていたのですか!?」


 イヌマールは大声を上げ、ナヨの言葉に驚愕する。ナヨの方はちょっとした悪戯が成功し過ぎて戸惑い、困ったような表情を浮かべてしまう。

 そしてナヨは指先を自分の頬を掻きながら、言い出し難そうにイヌマールの質問に答える


 「えっと、まぁ……はい。私はあの時、ミカド君と離ればなれになってしまったショックで、寝込んでしまったんです。それでそんな私を父が心配して、グレイ主任に相談してくれたんですよ」

 「お父様が……ですか?」

 「はい。そもそも私がが家出と言いますか……この基地を抜け出して地球に降りた原因が、父が用意した沢山のお見合い話が原因ですから。グレイ主任が私を地球から連れ戻そうとしたのは、仕方が無い事だと今では思っています。ですが今度はそのせいで私が寝込んでしまいましたから」

 「はぁ」


 いまいち全容を理解出来ないでいるイヌマールだが、このナヨの言葉は正しい。それはナヨが脱走した――正確にはした事になっている原因を作ったのは、グレイの元上司である彼女の父親だ。


 それはナヨの父親が自分の希望を叶える為に、彼女に数多のお見合い話を持ってきたことが発端である。しかし実際はお見合い写真を相手の男性に送るだけで「この話は無かった事に」と断られ、直接ナヨが相手の男性と会えたとしても「俺はロリコンじゃない」と言われる始末。

 傷ついたナヨは半場自暴自棄になり地球に逃避行の旅に出掛けるが、そこで自分も相手も互いに好意を抱ける相手に出会う。しかし二人が結ばれる事は無くグレイに帰って来なさいと連れ戻された。

 

 宇宙人類と地球人類が結ばれるには、文字通り大気圏並みの分厚い層があるとはいえ、ナヨが長い間落ち込んでしまうのも仕方が無いと言えるかもしれなかった。


 「それでナヨの……私の父がグレイ主任の元上司ですから。そこは、なぁなぁ、と言いますか、情状酌量的な理由がありまして」

 「それが直接ではなく、ナヨさんの立場でも許可出来る……つまり間接的に連絡を取る事だったのですね?」

 「はい、シューティングスターの精密射撃を使った文通です。私は使った事が無かったので、初めて打ち込むときは緊張しました。今では地球に影響がない様に打ち込んで、地上に絵も描くことも出来る様になりましたけどね」


 ナヨは少し照れながら言う。一度も使った事のないシューティングスターで、地上に絵を描く事すら出来る様になったのだ。彼女がどれだけ頻繁に、地上の地球人類と連絡を取っていたかが分かる事例だろう。

 ちなみにシューティングスターは子供の玩具ではあったのだが、様々な要因により、現前では販売どころが所持する為にも許可を取らなければならない。

 この移民船ツッキーのシューティングスターは勿論許可を取って配備されてはいるが、現在は地球の科学技術の発展により、無断での使用は禁止されているのが現状である。


 「な、なるほど。それはちょっと羨ましいですね……い、いえ、ナヨさんとミカドの事を考えれば、そんな風に言ってしまってはいけないのでしょうけど」


 直接ではないとはいえ地球人類とコンタクトを取れる――その事自体はとても羨ましい。だがその結末が報われなかった事もまた事実だ。

 イヌマールはナヨに対して羨ましい気持ちと、妬ましい気持ちが湧き上がって、つい彼女に謝りたい衝動に駆られてしまう。

 そんなイヌマールの感情をナヨは感じ取ったのか、慌てて手を振りながら言い訳をする様に喋り出した。


 「い、いえ、そんな事はないです。それにあの時グレイ主任が気を遣ってくれたのに……逆に想いが募って、地球に脱走を企てる様になっちゃいましたから。イヌマールさんに偉そうな事なんて、とてもじゃないけど言えませんよ」


 ナヨが移民船ツッキーからの脱走を企てていた期間は約300年だ。彼女はミカドに与えたセイメーの実の効果が薄れるまで、地球に降りる事を決して諦めなかったのである。 

 だがそれでも最後――ミカドの最後をナヨは地球で看取っている。ナヨとミカドが互いに出し合った手紙や、その時の思いを綴った手記は今でも彼女の宝物だ。そしてそれは地球で暮らしていたミカドも一緒だったらしい。


 「……でもミカド君も地球で過ごしながら、私との思い出を大事にしてくれたんですよ? 二人で紡いだ思い出をいつまでも覚えていよう、忘れない様にしよう――って、そう言って本にもしてくれたんです」

 「はぁ……人に歴史ありって、ところでしょうか? まさかナヨさんが、そんな事を経験していらしゃったなんて……でも、だったらアレは良かったのかしら? ナヨさんはミカドから頂いた贈り物を殆ど地球に返してしまったのでしょう? それで本当に良かったのですか?」 


 ナヨは今から約4年ほど前に、ミカドから送られたプレゼントを地球に投下している。それは謂わばミカドに対する感謝を意味する――供養的な行動で、彼に対する愛情が無くなった訳ではない。

 だがナヨは自分の心に整理をつける為、これから前を向いて生きて行くためには必要な儀式だったと思っている。


 「あれで良かった……なんて言ったら、嘘になると思います。でもミカド君が居なくなって、地球人類は自分たちの文明や文化を発展させてきました。そして遂にこの前この月までやって来たんです」


 ナヨは窓から見える蒼い美しい惑星――地球に視線を向ける。その眼差しは我が子を見るようにとても柔らかく、父親からのお見合い話が嫌で逃げ出したような少女には見えない。普段はどこか幼い雰囲気が抜けないナヨではあるが、今だけは年相応の女性に見える。


 「でもどんなに待っていても、もうミカド君に会う事は出来ないんだな……って、ちょっと前に気づいちゃったんです」


 それは奇しくもグレイが地球に降りて、地球人類の運転する乗用車に轢かれた事件があった時だ。その際グレイは地球人類の科学技術の発展具合や、その詳細を調べている。

 ナヨは職場の最前線から離れていたとは言え、情報だけはパーシーなどを通じて手に入れていた。


 「それで地球人類が――ミカド君たちが一生懸命、前に進もうとしてるなら……私も後ろばっかり見てちゃ駄目だなって思ったんですよ」 


 そう言って悲しみを含んだ瞳でナヨは微笑む。イヌマールはその悲哀と慈愛が混じった笑顔を切なくも綺麗だと思った。

 普段はその容姿も合わさって、どうにも子供っぽさが目立つナヨだ。だが今はその宝石のオニキスの様な黒い瞳が潤み、どこまでも未来を見続ける様な眼差しをしている。イヌマールはそんなナヨを見て溜息を一つつき、感嘆の言葉を履く。


 「ナヨさんは、凄い……ですね。私はただ地球人類を愛でたいだけですのに――」

 

 イヌマールは自分の感情が酷く低俗な物に思えてきて、思わず恥じ入ってしまう。ナヨと同じように地球人類に愛着を感じている同志なのに、ナヨの思いは何か高尚の様なものに思えてしまうからだ。

 だがナヨはそんなイヌマールに、笑顔でそれは違うと否定し、自分の恥を晒しながら励ます様に話し掛ける。 


 「ふふ、私も凄くなんかないですよ。その……逃亡計画を長い間企てていたりと、過去が過去ですから」


 ちょっと恥ずかしそうに頬を染め、舌を軽く出しながらナヨは言う。


 「でもミカド君に会えた事や、交信……連絡……文通? それとも『オトシブミ』でしょうか? ……とにかく私にとって地球での生活はとっても大事な思い出で、少しだけ私を成長させたのかもしれません。多分、一生の大事な宝物になると思っています」

 

 先ほどまでは大人びた雰囲気を醸し出していた少女が、今では見た目相応の子供らしい笑顔になっている。イヌマールは、このギャップこそが彼女の本当の魅力ではないかと感じ始めていた。


 「それはとても良い宝物ですね、ナヨさん……ところで先ほどの『オトシブミ』とは何でしょうか? 私は聞いた事のない言葉の様な気がするのですが……」 

 「ああ、はい『オトシブミ』ですか? これはミカド君の国に伝わるお手紙の出し方ですね。その方法は――」


 ナヨはイヌマールの疑問を受け『オトシブミ』について説明する。オトシブミとは、直接言えない事や秘密の内容を書いて、伝えたい人物の近くで落とす手紙の事だ。

 ミカドが生きていた頃は巻紙に書くのが一般的だが、ナヨの場合はシューティングスターからの精密射撃である。つまり落とすのは人の手から地面の上などはく、月から地球へ向けてのオトシブミになってしまう。

 

 「なるほど、なるほど。直接に言えない事や、内緒話をする為の地球人類の知恵ですか……良いですわね!」


 そこには爛々とした瞳で感心しながら頷くイヌマールの姿がある。


 「うふふ、そうでしょう? もしイヌマールさんも機会があったら、ぜひ試してみてください。仲の良いお友達や、気になる人とのちょっと変わったお手紙のやり取りは、それだけで楽しいものですから」

 「ええ。その時は盛大にお手紙をお送りする事に致しましょう……その瞬間が今から楽しみですわ!」

  

 こうして地球人類に深い愛情を抱いている二人の女性――ナヨ・タケノカグヤとイヌマール・カントルの会話は、和やかな雰囲気のまま続けられるのであった。 

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