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声優・清水セイラの大冒険 ミステリー短編集  作者: 灰庭論
CASE.3 立方体ハウスの殺人
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立方体ハウスの殺人 問題編 8

 駐車場に停めてある車の中で作業を終えて、ハウスに戻ろうとしたところで、セイラお嬢様が助手席に乗り込んできた。いつもは後部シートに乗せているので、横顔が新鮮に映った。


「どうされたのですか?」

「『どうされたのですか?』じゃありません」


 いつもの口調ではないので、かなりご立腹の様子だ。


「何か失礼がありましたか?」

「心当たりがないというのですか?」

「よければ、教えていただけますか?」

「どうして私ではなく、西方さんだったのですか?」


 外の確認作業に誘われなかったので腹を立てていたわけだ。


「それは、万一ですが、我々が警察に疑われた場合、共犯関係を疑われ、証拠隠滅を図ったと思われては面倒なので、それでセイラお嬢様ではなく、第三者に確認をお願いしたというわけなのです」


 セイラさんが念押しするように尋ねる。


「他の女性と二人きりになりたかったわけではないのですね?」

「当たり前ではありませんか」

「本当ですね?」

「僕は他の女性と二人きりになりたいなどと思ったことは一度もありません」

「それを聞いて安心しました」


 ちゃんと説明すれば、すんなりと理解してくれるのがセイラお嬢様だ。駆け引きなどはご法度で、真っ直ぐな忠誠心だけを求められる。僕としても、マネージャーとはくあるべしと思っている。


「あれ、ちょっと待って――」


 セイラさんが何やら思い至ったようだ。


「私たちが疑われた場合って、つまりリョウ君は、やっぱり東堂さんは殺されたと思っているということ?」


「そうですね、遺体は首を吊った状態で発見されたわけですが、首元にわずかながら、絞められて抵抗した時にできる吉川線があったので、警察は自殺と他殺の両面で捜査することになると思います」


 セイラさんが首を振る。


「警察じゃなくて、リョウ君はどう思っているの?」


 難しい質問だ。


「僕は間違いなく殺されたと思っています。でも、決定的な証拠がないんです。ですから状況証拠を積み重ねて、自供させるしかないでしょうね。それでも証拠不十分として、有罪になるどころか、起訴されるかも分かりません――」


 法律家ではないので、そこら辺はよく分からない。

 それよりも僕たちには差し迫った問題がある。


「ここからが大事な話なんですが、もしも東堂さんの死が他殺だった場合、二つのケースが考えられます。一つは自殺に見せ掛けることによって逮捕を逃れようとしている場合ですね。これは警察が来るのを待っていればいいわけですが――」


 ここからが重要だ。


「もう一つは、自殺に偽装することで連続して事件を起こそうとしているとも考えられるわけです。この場合、決定的な証拠がなくても犯人に対して説得を試みた方がいいのか、迷ってしまいます」


 そこでセイラさんが驚いた顔を見せる。


「説得って、もう犯人が誰だか分かってるんですか?」

「はい。一人しかいませんので」


 驚かれることだとは思わなかった。


「その犯人って、西方さんのことですよね?」

「どうしてそうなるんですか」

「西方さんが犯人に決まってます」


 ウチの眠らない小五郎が暴走を始めた。


「彼女に犯行が可能だとお思いですか?」

「決定的な証拠がないということは、決め手がないということなので、だったら西方さんにも犯行は可能ということですよね?」

「例えばですが、どうやって殺したというのですか?」


 答え合わせのつもりで尋ねてみた。

 セイラさんが考える。


「全員がマスターキーの存在を知っていて、それがどこに保管されているかも分かっていたので、彩子さんの入浴中に鍵を盗むことは可能だったわけです。だから、その盗んだ鍵を使って、みんなが寝静まった後に部屋に侵入して殺したんです」


 それだと疑問が残る。


「マスターキーは東堂さんの遺体の側に落ちていましたが、では、どうやって犯人は鍵の掛かった部屋から抜け出したというのですか?」

「鍵の掛かった部屋といっても、窓が開いていたので、密室ではなかったわけですよね。ということは、殺害した後に鍵を掛けて、マスターキーを持ったまま外に出たわけです。それから窓に鍵を投げ入れれば、発見時の状態を作り出せるじゃないですか」


 それでも疑問が残る。


「窓は隙間ほどしか開いていませんでしたが?」

「それは鍵を投げ入れてから閉めたんじゃないですか?」


 立方体ハウスを指差して、セイラさんにも確認してもらことにした。


「見て下さい。あのハウスは普通の一軒家と違って天井が高くなっているではありませんか。正六面体の部屋で、約二十六平米あると聞いているので、天井までの高さが五メートル以上もあるのです。つまり二階の窓が、学校の校舎ならば三階部分に相当するわけですよね。鍵束を投げ入れることは可能ですが、外から窓を閉めるのは難しいと思うのです」


 そこでセイラさんが駐車場に放置したままの四角椅子を指差す。


「リョウ君、あれを見て。西方さんの部屋は四角椅子の部屋だよね? 部屋にあった四角椅子を全部持ってきて、それを窓の下に積み重ねれば、窓を閉めることはできるかもしれない」

「安全に積み上げるには数が足りないと思います」

「じゃあ、北条さんの部屋にある立方体積み木も使ったとか? 二人が共犯なら窓から椅子や積み木を外に放り投げるだけで済みますからね」


 ここは早めに否定した方がよさそうだ。


「雨が降っていた上、地面がぬかるんでいるので、大掛かりなトリックは用いられなかったと思われます。車も泥の上を走らせた形跡がないので、動かしていないのは確実です。つまりマスターキーは窓から投げ入れられたわけではないということなんです」



 そこで殺害現場であるサイコロの部屋へ移動して、セイラお嬢様の目の前で部屋を密室にした謎を解き明かしてみせた。半信半疑ではあったが、やはり僕の推理に間違いはなかった。


 問題は、それでも決定的な証拠にはなりえないということだ。全員に犯行が可能である以上、追い詰めても否認して終わる可能性の方が高い。そこをどうするかだ。


「リョウ君、どうするの?」

「僕は人前で話すのが苦手だから」

「それは嘘。だってサイコロを使った確率の話をしていた時、堂々としていたでしょう?」


 そう言われて、認めたくなかった感情の存在に気がついた。


「そうですね、僕は犯人と向き合うのが怖かっただけなのかもしれません。それを人見知りということにして逃げていたんです。その感情に気づいた今も、犯人と対峙するのが怖くて仕方ありません」


 そこで手を握られた。


「大丈夫だよ、私がいるから」


 これほど真っ直ぐな瞳を、僕は知らない。


「私が自首させてみせる」


 昨夜、暗闇の中で一人きりで眠るのを怖がっていた女の子が、今は、人を殺した犯人と向き合おうとしている。そんな彼女を、僕は敬愛せずにはいられなかった。


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