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ねぼすけドラちゃん



「ざまぁ見やがれ!!このクソガキが!!」

初めてその古馬と併せ馬をした時。最後の1ハロンで一気に突き放され、追い討ちとばかりにそんな言葉を吐かれた。

ムキムキな古馬のお尻がどんどん小さくなっていく。

ハッキリと格の違いを見せつけられ、ドラクロワはぐうの音も出なかった。


クロノドラクロワ、牡2歳。

半月前に美浦(みほ)トレーニングセンターへ入厩した彼は、今日も来たるデビューの日に向けて調教をこなしていた。

サラブレッドの2歳は、人間に例えるとおよそ12〜14歳。つまり馬たちは、中学生くらいの年齢になると養成学校のような施設へ集められ、競走馬としてデビューするための"研修"を受けるのだ。


もちろん、人間の学校と同じで――トレセンは小さな社会である。

そこには怖い先輩にあたる古馬(4歳以上の馬)がいて、厳しくも熱心に指導する調教師や調教助手がいて、身の回りの世話をしてくれる厩務員がいる。


そんな環境の中で、未熟だった若駒たちは切磋琢磨し、精神的にも、肉体的にも鍛えられていく。

ドラクロワもまた、トレセンの厳しさに揉まれている若駒の一頭だった。入厩初日に古株にケンカを売り、かと思えばあっさりねじ伏せられ、悔しさをバネに必死に食らいついていた。




「ここがドラクロワの馬房です。元々はアトリエが使ってたんですけど、まあ……彼はね。今、あなた方の所にいますから」

厩務員はそう言って三つ子に目配せすると、そっと

中の様子をうかがった。馬を驚かせないように、優しく話しかける。


「ドラちゃん。ドーラーちゃん、お客さんだよ」

ドラクロワは、寝藁の上にごろんと寝転がって絶賛お昼寝中だった。しかし厩務員の声で目を覚ましたのか、むくりと起き上がる。


と思ったら、次の瞬間ビクン!!と飛び上がった。

どうやら寝ぼけているらしい。授業中に居眠りをした学生が、慌てて飛び起きるかのように見えた。体には藁がくっつき、たてがみにも寝癖が付いている。何ともお間抜けな寝起きの姿だった。


「あ、起きた起きた。全く、ほんと寝起き悪いんだから——馬房もきったないし、どこの男子中学生かって話ですよ。掃除してもすぐ散らかすんで」

厩務員は軽く苦笑しながらも、三人にこちらに来るよう促す。


「ありがとうございます。何かすみません、ドラクロワを起こしちゃったみたいで」

穣が気を遣ってそう言うと、厩務員は笑って返した。

「いやいや。人と違って、馬は重いんで……長時間横向きで寝てると体に負担がかかりますから。ドラクロワなんか特に大きいですし、むしろ起こしてやんなきゃ」

その言葉に安心し、三人は並んでドラクロワの前に立った。




ドラクロワはじっと三人を見つめていた。

初めて見る人間──まだ子供か?

だが、その体の大きさは今まで見てきた中で断トツだ。馬かと思うほど目線が高い。

しかし何よりも気になるのは……


「同じ顔が三つも???」


馬は人の顔を覚えることができる。ドラクロワも例外ではない。調教師であり厩舎のボスの康成や、息子の誠。それに毎日お世話をしてくれる厩務員の顔はしっかり覚えている。

だが、同じ顔が三つも並ぶこの状況に、彼は首をかしげるように思いっきり首を振った。たてがみに付いた藁が勢いよく飛び散る。


穣が苦笑いしながらつぶやく。

「……やっぱり混乱させちゃったかな。ひとりずつ行けば良かったかも」


岳は冷静に答える。

「いや、それはそれで……何回来るんだって思われるだろ。知らないやつが三回も来たら迷惑だよ」


律は感嘆気味に笑う。

「うわぁ~、真っ黒だね。さすがクロノドラクロワ、"クロ"が2つも入ってるからかな」


見事に三者三様の反応だったが、三人とも嬉しそうな顔をしていた。

自分たちが名付けた馬が目の前にいる。自由に、まっすぐに、ひたすら走るよう願いをこめて命名した馬。実際に会うまでは、「クロノドラクロワ」という名前が果たして彼に合っているのか確証が持てなかった。

しかし今、力強く地面を踏みしめる若駒を見て……三人は無言で顔を見合わせ、深くうなずいた。




厩舎の見学を終えて三人が帰るとき、誠は穣に声をかけた。

「穣くん。もし良かったら連絡先交換しない?LINEとか。ドラクロワのこと、もっと教えたくて……それに、アトリエの件でも情報共有がしたい」


穣は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにスマートフォンを取り出した。QRコードをかざすと、互いの画面に「マコト」「黒木穣」というユーザーネームが現れる。


「ありがとうございます。あ、せっかくなんで……LINEグループ作ってもいいですか?僕が代表で栗林さんとやり取りしてもいいんですけど、岳や律も交えて話したいときもあるでしょうし」

「お、気が利くね。じゃあお願い」

穣は「承知です!」と元気に答え、慣れた手付きでグループを作り始めた。


トレセンの門の前まで三人を送ると、時計は3時を指していた。誠はねぎらいの言葉をかける。

「今日はわざわざ美浦まで来てくれてありがとう。関東っていっても、結構遠かっただろ?帰ったらゆっくり休んでよ。あと——アトリエにもよろしく。デビュー戦が決まったら連絡するね」


「ありがとうございました」

三人は揃ってぺこりと頭を下げると、バス停の方に向かっていった。穣は時刻表を確認し、岳はトレセンの方をもう一度眺め、律は振り返って誠に手を振ってくれた。

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