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直線659  作者: 伊野部俊
4R【弟、足掻く】
49/61

【エリカ賞③】強烈ドリフト野郎



東京・高円寺——"もう一つの黒木家"。

三つ子の次男・黒木岳と三男・黒木律は、テレビの前で唖然としていた。


《あぁーーーーっと!!!④クロノドラクロワ!!ここで大きく、大きく外に膨れたーー!!!》

《こ、これはひどい!!!最内から……一気に大外へ!!場内声も出ない!!強烈なドリフト!!致命的なロスで一気に先頭集団から逸脱しました……》


「…………」

「…………」


岳の手が、そっとこたつの上のリモコンに伸びる。


「待てよ!!」


岳の手の上に、律の手が重なった。


「最後まで見よう。面白いじゃん」

「ばっ、おま……」

「いいから、いいから」


《さ、さあ——外ラチに吹っ飛んでった④クロノドラクロワは置いといて……4コーナーカーブから直線400mに入ります!!ここでも荒れた内を嫌ったか、馬群がコース真ん中から外へブワッと広がった!!》

《現在先頭②マンハッタントーイ、その後1馬身離れて⑥アケルナル!!①ベーターリッチと⑧ウインタテリウムも上がってくるが——》



◆◆◆


《——依然として先頭②マンハッタントーイ!!》


(あ、終わった)

(完全に終わった)

(このタコジョッキー!!)


観客の悲鳴と笑い声と野次が飛び交う外ラチぎりぎりを走りながら、クロノドラクロワは完全にやる気を失った。


(あーあ、また負けるのか)

(やっぱあれか?1回勝ったくらいじゃダメなのか)

(とりあえずゴールしたらコイツ振り落とす)


だが——その振り落とす予定の男は、全く諦めていなかった。むしろ待ってましたと言わんばかりに腰を低くし、狂ったように鞭を打つ。


「ドラクロワ!!走れ!!」

「今なら差せる!!とにかく真っ直ぐ走るんだ。お前の大好きな直線だぞ」


『なっ……』

(んなこと言ったって、このグッチャグチャの馬場だぞ?いつもよりスピードは出ないだろ)

(さっきから何を考えてるんだ?コイツは)


だが、何もしないでビシビシ尻を打たれるのも癪に障る。ドラクロワは一息つくと、力強くターフを蹴りあげた。


すると——


(ん?)

(あ、あれ?)

(さっき走ってたところより走りやす……い?)

(こ、これは……)


『行ける!!』

「そうだドラクロワ!!行け!!走れ!!」

『おうっ!!』


残り400mから200mにかけての下り坂を、ドラクロワは勢いに乗せてぐんぐんと加速していく。


《②マンハッタントーイ先頭!マンハッタント……》


《あ……》


《あーーーーっと!!来た来た来た!!大外から来たぞ④クロノドラクロワ!!ここで来たか!!》

《鞍上柚木(ゆのき)慎平、すごい気迫で追っている!!》

《ドラクロワ伸びる!!ドラクロワ伸びる!!じわじわじわじわ迫り来る!!》

《先頭集団は……勢いが落ちた!!坂の途中で1頭、また1頭——この不良馬場が若駒には堪えたか!!》



◆◆◆


(狙いどおり!!)

柚木慎平は、腕がちぎれそうになるほど鞭を振るった。


(やっぱり思った通りだ。外ラチギリギリが一番走りやすい!!)

残り200mを切って、高低差1.8mの上り坂に差し掛かる。序盤から荒れた内側を嫌って外に進路を取った他馬は、少しずつ距離のロスを積み重ねて体力を消耗していた。まだ経験少ない若駒たちは、急坂を駆け上がる底力も気力も残っておらず、明らかにスピードを落としている。


そこで柚木は、まず序盤であえて最内を走らせた。普通の馬ならぬかるんだ馬場に脚をとられ心身ともに疲弊するところだが、ドラクロワはスタミナ型の血統なうえに脚が長く、不良馬場も問題なく走れるという確信があったからだ。


柚木の見立て通り、ドラクロワの長い脚を活かしたストライド走法は、荒れた馬場を最小限の歩数で進むことができた。これが以前のドラクロワなら柚木の指示を無視して外に持ち出していたが、1ヶ月間続けた縦列(じゅうれつ)調教で折り合いが付くようになった結果、比較的スムーズにロス無く前半1000mを通過する。


そして柚木は、4角手前で方向指示を一旦止めた。すると左回りが得意なドラクロワの走り方により、重心は外へ移動して自然に大外を回る形になった。


実際に走らせてわかったことだが、多くの馬がレース中に通るコース内側~真ん中に比べて、大外は馬場が踏み荒らされておらず、地面にへこみができていなかった。そのため大きな水溜まりや酷いぬかるみが少なく、馬が比較的楽に走ることができたのだ。ドラクロワが得意な直線を少しでも良いコンディションで走らせるために、あえて柚木は捨て身のドリフト走行を選択したのである。


(もし、今日の馬場状態が良だったら……他の馬たちも内側を走ってロス無く競馬を進めていただろう)


(そしたら、きっと直線でも力が残っていた。ドラクロワのスタミナでも、差しは決まらなかったはず)


(だけど、不良馬場のおかげで相手にはマイナス補正がかかり……逆に走りやすい大外に出したドラクロワにはプラス補正がかかっている)


(これは——勝てる!!)



◆◆◆


《さあ——残り200m、坂を上がって大外から④クロノドラクロワまだ止まらない!!先頭②マンハッタントーイ残るか!!残るか!?これはちょーっと垂れてきたか……》

《④クロノドラクロワ襲いかかる!!鞍上柚木慎平——鬼気迫る渾身の差し!!》


テレビの前で、岳と律は手に汗を握る。律は思わず声が出た。


「柚木さん!!頑張れ!!か……」

「勝てっ!!」

「え!?」

「勝てっ!!差せ!!差せ!!」


目の前で、兄がものすごい声で怒鳴っている。普段なら何があっても熱くなどならない、いや——熱とは程遠い世界の住人だと思っていた岳が、こんなに入れ込んでいるのは初めて見た。生まれる前から一緒だった律でさえ、だ。


《ドラクロワ来た!!スタンド凄い歓声!!外ラチギリギリを駆け抜け——あっと、お客さんたち何人か……驚いてズッコケている》

《捕らえるか!!捕らえるか!!——捕らえた!!②マンハッタントーイここで明らか失速——これは勝負あり!!④クロノドラクロワ差しきってゴールイン!!》


《勝ったのは④クロノドラクロワ!!鞍上柚木慎平、いやこれは……さすがの修正能力!!勝ちタイムは2分1秒3、上がり4ハロン45秒1、上がり3ハロンは34秒9という結果になりました》



◆◆◆


《さて……解説◯◯さん。最初から最後まで目の離せないレースとなりましたが……特に、ね。④クロノドラクロワが……ふっ》

《△△アナ笑っちゃってるじゃないですか》


《いや、だって……何なんです?あの位置取りは。私だってあれが、例えば新人騎手なら……あー、馬を制御できてないんだなとか思いますけどね。柚木ジョッキーが乗ってたんですよ?あの位置取りの名手が》

《ふーむ。クロノドラクロワは、前走の百日草特別で出遅れて、道中も折り合いを欠いて走ってましたが……今回に関しては、特にガイガイやってる感じには見えませんでしたねぇ。向こう正面なんか、凄くスムーズにこなせていたように思えましたが》


《おや……では、前半の内側攻めと後半の強烈なドリフトは意図したものだったということですか?》

《…………》


《……いや、それはさすがに……あれが狙ってやったものだったら、一発芸どころの話じゃないでしょ。捨て身にもほどがありますよ。スタンドに突っ込む気かと思いましたからね》

《いや、ごもっとも!!ハハ……失礼いたしました。さてここまでは、実況は私△△——三角(みすみ)と、解説は元競馬騎手、◯◯——円山(まるやま)周二(しゅうじ)さんでお送りいたしました……》



◆◆◆


レース後の検量室前。

荒れ狂う不良馬場を駆け抜け、ドラクロワの体はすっかり泥んこになっていた。


(あーーー、さすがに疲れた)

(何か体が茶色くねーか?)

(きったね)


柚木は背から降りると、ゼッケンと鞍を丁寧に外した。モノクロの勝負服はすっかり泥で汚れており、ヘルメットには所々ちぎれた芝がくっついている。じっとドラクロワの目を見ると、柚木は軽く首を撫でてきた。


(お前、アホみたいに鞭打ちやがって。いつかお返しするからな)

(でも、レース中の指示は的確だった。俺1頭じゃ、あんな判断は無理だ……それは認める)


と、柚木の後ろに2つの人影。1つは大きく、もう1つは——小さい。


「よう、ドリフトコンビ」

栗林誠だった。喜んでいるのか怒っているのか、一言では言い表せない顔をしている。

「何なんだよ、あのレースは。いや……怒ってるわけじゃなくてさ。勝ってくれたのは嬉しいぞ?けどさ……この勝ち方じゃ、右回りを試した意味がねぇだろうがよ」


全くもってその通りだった。右回りに慣らすためにあえてこの阪神2000mを選んだのに、終わってみれば天候を味方につけてゴリ押しで勝ってしまったのだから。特にレース前に散々練習したコーナリングなど、今までで一番ひどい特大のドリフトをかましたではないか。


「いや、その……競馬を教えたい気持ちより、勝ちたい気持ちが……あの」

明後日の方向を向いてもごもご言う柚木に、今度は栗林康成が右手を出してきた。


「…………」

「え?」

「は?」

「何ですか……この手は」

「バカ、過怠金(かたいきん)だよ。お前、何回鞭打ったと思ってんだ。もしかして覚えてないのか?」

「……いつもよりガシガシ追った記憶はあります」


横から誠が教えてやる。

「お前、2完歩(歩幅のこと。2完歩=2歩)あけないで鞭打ってたよ。間隔無しに鞭打ったら違反だろ」

「……っあ」

「ビックリしたぞ、もう。あと1回多く鞭打ってたら騎乗停止処分だったからな。明日のG1に乗れなくなるところだったんだぞ」

「……す、すまない」



狼狽する相棒の背中を見ながら、ドラクロワはぶんぶんと首を振っていた。


(やっぱり!!)

(あいつ、いつもより鞭多く入れてやがった)

(お前のケツも蹴ってやろうか)



マンハッタントーイ(Manhattan Toy)

2023年生 牡2 黒鹿毛

父:モーリス

母:トイカメラ

母父:マンハッタンカフェ

生産牧場:長濱ファーム(富里町)

馬主:南川清

勝負服:黄色、黒襷、黒袖

戦績:2戦1勝(1-0-0-1)


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