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エピソード2:selfish self-assertion④

 その後、彼女をとりあえずここで待たせることにして、統治を見張りにつけた――だって、銀ナイフの方を気に入っていたから――ユカは、『仙台支局』に戻り、政宗にことのあらましを報告した。

「なんか……エレベーターホールに、テンションが高い『痕』がおった。2人の知り合いじゃなか?」

 そう言いながら写真を見せると、2人がそれぞれに首を横に振る。ユカは「マジか」と顔をしかめつつ、政宗のジャケットを羽織って顔面蒼白の瑞希へ、その原因を説明した。

「今の支倉さんは恐らく、彼女の霊的な干渉を受けているんだと思います。やけんが……今日はもう早退して、真っ先に物理的な距離を取ったほうがいいかと」

 瑞希は7月、ユカ達が『生痕(せいこん)』と呼んでいる生霊を生み出してしまい、霊的にとても不安定な状態になってしまった。『生痕』の対処は終えたが、経過観察のためにここで働いているという事情もある。

 普段は、名杙からの『絶縁体』――霊的なものから守ってくれるお守り――と、霊的に守られている『仙台支局』内で仕事をしており、現場へは出ることがないので、特に大きな問題にはなっていない。

 ただ、先程の彼女は……なんというか、パワーが凄かった。加えて瑞希自身も、『絶縁体』をスマートフォンのストラップとしてつけているのだが、郵便物を取りに行くだけだったので先程は携帯していなかったのだ。その結果、急激な力にあてられてしまい、それが寒気となって襲いかかってしまったのだろう。

 ユカの提案に同意した政宗は、「そういうことです」と、瑞希に頷いて。

「今日はもう、急ぎの仕事もなかったかと思いますので、このまま早退をお願いします。スマホについてる『絶縁体』を持っていれば大丈夫です。あと、念のために統治に駅まで送るよう頼みますので」

 彼の言葉に力なく頷いた彼女は、机を片付けて帰る用意を始めた。政宗もまた、ズボンのポケットにハサミが入っていることを確認すると、ノートパソコンを閉じる。そんな彼のシャツを引っ張ったユカは、今後の動き方について問いかけた。

「政宗、エレベーターホールの彼女はどげんすると?」

「その女性、『おばちゃんについてきた』って言ってたんだよな? 恐らく分町ママだと思う。至急こっちに来てもらうよう頼んでみるから、それまでは俺が見張ってる。ケッカはここから出るんじゃないぞ?」

 そう言って政宗は自分をつかむユカからすり抜け、自席の引き出しから『縁』を切る時に使っているハサミを取り出すと、ズボンのポケットへ忍ばせた。一方、留守番を指示されたユカは納得出来ず、慌てて反論する。

「待ってよ、あたしだって――」

 すると、立ち止まって振り向いた政宗が、ユカを見下ろして冷静に理由を告げる。

「相手の目的が分からない以上、俺がいるのに、一番現状が不安定なケッカを最前線に出すわけにはいかない。それに、もうすぐ片倉さんや心愛ちゃんも来る時間だから、ケッカは2人への指示を頼むな」

「……分かった」

 そう言われるとここにいるしかない。不承不承頷いた彼女の帽子を軽く手でおさえた政宗は、瑞希のカバンを持って、彼女の隣に立った。

「大丈夫ですか?」

「は、はい。すいません……あ、上着、ありがとうございました」

「どういたしまして。じゃあケッカ、頼んだぞ」

 政宗は瑞希から受け取った上着をひとまず彼女の椅子に置いた後、ユカを見て一度頷いた。

「支倉さん、お疲れ様です。気をつけてくださいね」

「山本さん……すいません、お疲れ様でした」

 ユカの声を受けた瑞希が、振り向いて一度会釈をする。そして、政宗に支えられながら『仙台支局』を後にした。

 扉が閉まった音を確認したユカは、瑞希の身を案じつつ……自席に戻り、先程の彼女の話を整理する。


 ――こないだ荒浜にいたちっちゃい子だ!! お兄さん……は、違う人だけど。


 この口調から、先日、三浦美紀の『縁切り』を実行した際、どこかで見ていたのだろうと思う。ユカのハサミにも見覚えがある様子なので、間違いないだろう。

 ただ……。

「アタシを消してくれるんだよね、か……」

 要するに、彼女は『関係縁』を切って欲しいらしい。そんなに消えたいのならば、待っていればいいものを。彼女に残る『関係縁』は2本あったけれど、放置すれば今年中に消えてしまうと思えるくらいの色合いだった。恐らく、年単位で残っている代物だろう。その程度の存在に、わざわざ能力と労力を使う理由はない。

 何しろ『縁切り』には正当な理由と、彼女の生前を記した『生前調書』が必要なのだ。あれだけベラベラ喋ってくれるのだから、調書の作成は楽かもしれないけれど……裏取りや決済等の手間を考えると、わざわざ自分から厄介事に首を突っ込みたくはない。ただでさえ、櫻子の件で普段以上に気を張っているというのに。

「ま、分町ママが来れば、適当な場所に連れて行ってくれるか……」

 とりあえず思考を切り替えたユカは、パソコンを開いてメールを確認しようとして……手を止める。

 そのまま静かに立ち上がると、瑞希の席へ向かった。椅子の背もたれには、先程政宗が置いていった彼の上着が、二つ折りで置いてある。ユカはそれを手に取ると、無言で彼の席の背もたれへ戻した。

 そして、それを見下ろしたまま……どこか複雑な表情で息を吐く。

「……変なの」

 どうしてこんなことをしたのか、自分でも、よく分からなかった。


 15分後、アルバイトの片倉華蓮(かたくらかれん)が、いつもどおりのテンションで「お疲れ様です」と顔を出す。

 本日はロングヘアをバレッタで1つにまとめ、ノンフレームの眼鏡。クリーム色のざっくりしたニットの下に白いロング丈のブラウスを着用しており、足元は細身のジーンズとハイカットのスニーカーだった。()の通う高校は私服通学なので、最近は男女兼用の衣服を活用していることが多い印象がある。

 それもそのはず。片倉華蓮の中身は、名波蓮(ななみれん)という高校1年生の少年なのだ。『仙台支局』で贖罪という名目で女性としての労働を強いられて半年以上。今はもう女装も堂に入っている風格すらあり、こうして、男女兼用の服を着ていても『女性』であることを周囲にアピール出来ている。今日も恐らく、ヘアメイクだけでここに来たのだろう。

 華蓮は事務仕事をしていたユカの後ろを通り過ぎて、彼女の隣となる自席の椅子を引いた。そして、華蓮を見上げて「お疲れ様」と声をかけてくれたユカへ、訝しげな視線を向ける。

「片倉さん、どげんしたと?」

「佐藤支局長が、エレベーターホールで佇んでいたんですけど……何かあったんですか?」

 荷物をおろして顔をしかめる華蓮に、ユカは「あぁ」と頷いて。

「ちょっと『痕』が出ちゃって、現在対応協議中。統治はおらんかった?」

「名杙さんはお見かけしていません。そういえば……支倉さんはどうしたんですか?」

 華蓮は自分の席の向かい側にある瑞希の机の上が、きれいに片付いていることに気づいた。

「『痕』の影響が悪い方に出ちゃったから、早退してもらったと。片倉さんは体調とか大丈夫?」

「特に問題ありません」

「それは良かった。じゃあ、いつも通り――」

 いつも通り仕事をしてくれ、と、伝えようとしたのだが、鳴り響くインターフォンの音で中断させられた。しかも、相手は連打している様子。際限なく鳴り響く音に、ユカは盛大に顔をしかめて立ち上がる。

「ったく……そげん鳴らさんでも気付くってば……!!」

 どうせ関係者だろうとは思いつつ、念のために電話機で相手を確認した。

「はい、どちらさまですか?」

「け、ケッカ!! 開けて、すぐに開けてよ、ねぇ早くっ!!」

「心愛ちゃん……」

 受話器越しに狼狽しまくった心愛の声が聞こえる。というか、ドア越しにぼんやりと聞こえてくる。

 ユカはヤレヤレと頭を振りながらドアに近づき、ロックを解除して扉を開けた。

「はいはい、どうぞ」

「っ……!!」

 っ制服姿の心愛はツインテールが挟まるんじゃないかという勢いで素早く入り込むと、即座に扉を閉めて……思わず、その場にへたり込んでしまった。

「び、びっくり、したぁっ……」

 大きく息をつく様子から、かなり動揺している様子が分かる。ユカはそんな彼女を見落として、少し意地悪に問いかけた。

「心愛ちゃん、まさかとは思うっちゃけど……エレベーターホールの『(幽霊)』にビビった、わけじゃなかよね?」

「っ!?」

 刹那、図星をつかれた心愛が顔を真赤にしてユカを見上げる。ユカはとりあえず心愛を応接用のソファへ移動させると、現状がどうなっているのか尋ねることにした。

「なんか、この階のエレベーターホールに、急に、昼間から幽霊が出てね。まだおったと?」

「ゆっ……!? な、なんでわざわざそんな言い方するのよ!!」

「この方が雰囲気出るかと思って」

 先程からあえて言葉を選びまくっているユカに、心愛は盛大に憤慨した。

「サイテー!! こ、心愛だって別に……ちょ、ちょっとしか驚いてないわよ!! っていうか、嫌な気配を感じてエレベーター降りた瞬間に鉢合わせしたら、誰だって驚くに決まってるでしょう!?」

 要するに心愛はビビりまくった挙げ句、己の能力を開放して、見たくないものを自分から視てしまったのだ。

「それは……とことん災難やったね。ところで、統治は政宗と一緒におった?」

「お兄様?」

 統治のことを聞かれた心愛は、顔をしかめて首を横にふる。

「お兄様は見てないわ。佐藤支局長が疲れた感じで手を振ってくれたぐらいで……」

「なるほど。じゃあ分町ママはおった?」

「まだ見てないけど、近くにはいると思う。何となく、だけど……」

「え? 分かると?」

 心愛の答えを聞いて、ユカは間の抜けた声と共に目を丸くした。確かに分町ママは名杙の『遺痕』なので、心愛のように長い時間を共に過ごしている場合は、気配も分かるかもしれない。

 とはいえ、この世の中には……それこそ、対処不要な『痕』がそれなりにうろついている。そんな中で、「近くにいる」という曖昧な情報もキャッチ出来るのは、ひとえに彼女の能力が高いからだろう。

 ユカが一人で納得していると、我に返った心愛が再び顔を青くする。

「っていうか、あのゆうr……『痕』は何なのよ!! まさか、この中に入ってくるんじゃないでしょうね!?」

「それはなかよ。彼女、分町ママのことを知っとるみたいやけん、今後の対応は分町ママに任せようと思っとる。政宗は到着するまでの見張り役やね」

 ユカの答えに心愛はひとまず胸をなでおろした、が……すぐに周囲をキョロキョロと見渡して、顔をしかめる。

「ほ、本当にここには来ないのよね? 大丈夫なのよね?」

「名杙のセキュリティが信じられないなら、来るかもしれんね」

 少しうんざりしたようなユカの言葉に、心愛はようやく押し黙り……再度、息を吐いた。

 そして、ユカを見つめると、恐る恐る問いかける。

「……ほ、本当に来ないわよね?」

 刹那、ユカの堪忍袋は、容量がいっぱいになってしまった。

「だーかーら、なして信じられんと!? 来ても自分でスパッと切ればよかろうもん!!」

「そ、そそそそそんなこと出来ないわよ!! きょ、許可がないしっ!!」

「ケッカちゃんがその場で決裁しちゃるけん心配せんでよかっ!!」

 ユカが心愛に大声で訴えたところで、華蓮が無言で2人分のお茶を置いて、静かに奥へ戻っていく。ユカはそのお茶をすすって自分を落ち着かせながら……未だに目が少し泳いでいる心愛に、苦笑いを浮かべた。

 そういえば、最近はそんなことがなかったから、すっかり忘れていたけれど。

 彼女は……過去に襲われた経験から、『痕』や『遺痕』といった、いわゆる『幽霊』の(たぐい)がとても苦手なのだ。普段は事前に情報が分かっている『幽霊』ばかりなので心の準備が出来るけれど、今日は唐突に、しかも、『仙台支局』と同じフロアで鉢合わせになったのだ。過去の嫌なことが一気に思い出されてしまって不安定になってもしょうがない……だろう。多分。きっと。

 とはいえ、ユカの言葉どおり、そもそも『仙台支局』のセキュリティは名杙由来のものだ。だから、この部屋の中に、許可のない『痕』――名杙本家と直接つながりのある分町ママ以外は、入ることが出来ない。だから、大丈夫。あっちのことは政宗や統治、分町ママに任せよう。

 ユカはもう一杯お茶を飲んでから、改めて思考を切り替えた。


 それから約15分後、一足先に戻ってきたのは統治だった。政宗と分町ママが一緒ではないことから、2人で先程の彼女に対応していることが分かる。ソファに座っていたユカは、心愛から受け取った書類を一度机の上に置き、彼の方へ近づいた。

「統治、お疲れ様。支倉さんはどげん?」

「駅の改札前まで送っていった。建物を出てからは足取りも問題がなくて、顔色も戻っていたように見えたが……念のために、寝る前に俺か佐藤宛てに、帰宅後の体調をメールで報告するよう頼んでいる」

「分かった。とりあえず良かったね。政宗と分町ママはまだエレベーター前におると?」

「いや、流石にあそこは目立ちすぎるから、非常階段に移動するそうだ」

「そうなんやね……分町ママ、いい感じに話をまとめてくれるといいっちゃけど……」

 ユカはエレベーターホールがある方向の壁を見つめ、分町ママと政宗という、営業と交渉力に長けた2人ならば大丈夫だろう、と、一人で納得する。


 そんな2人が、心底、ゲッソリした様子で戻ってきたのは……間もなく終業時刻となる18時前だった。

■selfish self-assertion:身勝手な自己主張、というニュアンスです。大人が裏側で身勝手な搾取をしていたことと、騒がしいキャラが出てきたことに由来します。


 やっと出てきた今回のゲストキャラ筆頭・騒がしいギャル的な『痕』です。名前もありますが、私が誤字をやりそうな名字なので……今後、どこかで間違えていたらスイマセン。

 そして、私の中にあるギャルのイメージが既に平成レトロなので、描写に時代を感じたら……重ねてスイマセン。

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