第6話 女騎士は蛮族の長の前でひと暴れする
入念にストレッチをして体をほぐす。固まっていた体を急に動かせば、それだけで反動で体を痛めるリスクが出てくる。
(初歩の回復術を学んでおけばよかったなぁ)
そうしたら多少の怪我など物ともせずに好きなように戦うことが出来たのに。最初は怖くて怖くて仕方がなかったはずなのに、気付けば戦場に立って生きて帰ることだけが目標になっていた。その先は考えていない。その先があるとは思えない。
ずっと戦いが続いているこの国で、その先を考えている幸せな人間は血みどろになって戦っている人間のことなど考えてはいないだろう。いや、考えたことはあるだろうが別世界のことだとでも思っているんだろうな。自分がそこに巻き込まれることはないと。
何かどす黒いものが沸き起こってきたような気がしたが、それには蓋をする。今はひとまず目の前の闘いをこなさなくてはならない。
まあ、目の前の騎士たちにだったら、少しぐらい八つ当たりをしても罰は当たらないだろう。多分。
とんとん、と軽く飛び跳ねて様子をうかがう。周りの男たちもそれぞれに目を光らせている。ここで使う価値がないと思われてしまえば、扱いもそれ相応のものになることは皆分かっている。だから手は抜けない。抜かない。
「よし! 始め!」
声がかかって、男たちはそれぞれに動き出す。徒党を組むことを考えたものもいるようだ。なるほど。
急に後ろからぎゅうっと抱きしめられて驚いた。私などを抱きしめようという者がまだ居たとはね。少し俯き加減で体を低く落とし、後ろに立った男の足の付け根あたりを掴むようにする。こちらを抱きしめている体の者をこうするとおんぶしたような体勢になる。そしてそのまま、勢いよく立ち上がるようにして男を背負い投げした。頭から落ちたが、回復術師がいると言っていたしどうにかなるだろう。
じりじりと他の男たちが私の周りによってくる。多勢に無勢か。今さっきの男の様子を見て、少し距離はとっているようにも思えるが、面倒だなぁ。
「ひとつひとつ潰すか」
思いのほか、声が低くなってしまったのはご容赦いただきたい。その声に包囲されていたところが少し後退りした。いかんせん面倒くさがるのが私の良くないところだと、幼馴染も言っていた。そうは言われてもそんなのは一朝一夕でどうにかなるものではない。
「さて、では諸君」
だから私は姿勢を正し、両手を広げてにっこりと、出来るだけ好意的に見えるようににっこりと微笑んで見せる。
これは鏡の前で何度か練習をしたから、きっとうまく出来ているはずだ。そうでなくては困る。
「かかってきたまえ」
腰を落とし、指だけで誘うようにくいくいと呼んだ時には次の相手が飛び掛かってきていたので、果たして効果があったどうかは不明だが。
……あれ? これは効果的な煽り方だったか? まあ、いっか。
「あれが、お前の花嫁候補だと?」
「そうです。父上」
派手に乱闘を繰り広げる、赤い髪の女を見つめながら長はミゲールに呆れたような視線を向け、そしてまた戦う男たちの姿を値踏みするように眺める。
「彼女なら生涯共に戦うことが出来る。初めて見た時から惚れていたのです」
「お前の惚気話は良い。あれは紅の獅子。我らの同胞も相当痛い目を見た相手だ。お前に御せるとは思えんが……お前が一騎打ちで打ち取ってきたとあれば、認めぬわけにもいかないか」
「ありがとうございます!」
十人目の男が地に伏せたところで、男たちは彼女からはかなり距離を置くようになり始めていたが、まるで猛牛のごとく突進していっては組み伏せていくのを見つめ、長は深々と溜息をつく。
「一先ず、そろそろ血に酔って収拾が付かなくなる頃合いだ。ミゲールお前、花嫁にしたいというのなら止めてこい」
「かしこまりました!」
そしてミゲールは嬉々として乱戦の中へと飛び込んでいき、最初にマリーに抱きついた男を足蹴にした後、この乱戦の終わりを告げたのだった。
「まだ、暴れたりない」
顔についた地のりを手の甲で拭う私に、ミゲールが笑顔で近づいてくる。この際もう一度勝負をしてもいいかと思ったが、少し疲れていたのでやめた。
ミゲールは手に持っていた手ぬぐいで私の顔を拭う。少し背伸びしているのだろうか? こそばゆい。
「後で湯あみの準備をさせるから、もうしばらく我慢していてね」
「……そうか」
もうなんというか否定するのも面倒になってきた。確かに汗と血でどろどろになっている体は意識してしまうと気持ち悪いし、着替えたい。ただ、この笑顔の裏が何かあるのではないかと勘繰ってしまうのは仕方ないことだと思う。私だけが悪いわけではないと思うんだよなぁ。
「長にも紹介するからね。他の誰にも渡さないから安心して」
真剣な表情は初めてみたような気もする。戦場では顔など気にしていられないからね。しかし、本当にこういう場所で見るとまだまだ子どもだな。
「……」
その言葉に答えずにいたが、どうやら口元が少し緩んだらしい。私の表情に満足したのか、また笑顔に戻ったミゲールの笑顔が、最初に感じたほど嫌ではなくなってきたことに私は気付き始めていた。
ほんのすこーしですがマリーの心境にも変化があった模様。
さてさて、次回はどうなりますことやら。




