対応
5「子宮」
「ほう、それじゃあ、自分では更新の手続きをした記憶がないと」
「そうなのよ、いつも通り更新を促すウインドウが開いたので×印を押してメッセージを消しただけなの」
目の前には最新のOSになってしまった英子の端末が、USBのバックアップデータと共に置かれている。
三郎は、あろうことが英子からPCをうけとると、ネットワークに繋ぎ、OS更新の「次へ」を押してしまった。
見たこともない更新画面が30分ほど続くと、新しいOSが起動した。
「不具合が出るから、絶対やらないでってお店の人が言っていたのに」
英子がそう言うと三郎は
「ええ、そう言われると、普通やりませんからね」
さよりは嬉しそうに三郎を見ながら言った。
「普通じゃないのよね!」
三郎もニヤリとした。
「英子さん、マイクロ社のアカウント持ってますか?」
「ええ、入れればいいの?」
「はい、お願いします」
英子がユーザーIDを入れると、画面に真っ青のデスクトップ画面が現れた。
「これがウインドウX…」
「なんか青いのね」
「青は、目にいいんですかね?、とにかくバックアップをとりましょう」
三郎はUSBメモリーを刺すと、文書フォルダーを開けて、英子に確認しながらバックアップを取った。全部で2GBもない。これだったら無料のオンラインストレージでも充分である。月七百円ではなくゼロ円である。
結局対応は1時間もかからなかった。料金ももちろんかからない。
「しかし、そんな簡単にOSが更新されてしまうんじゃ、英子の会社の人も困るんじゃない?」
「そう、そうだわ!私だけこんなことになるわけじゃないもの」
「英子さん、会社の方に連絡取れますか?」
英子はスマホを取り出し、会社の情報部門の担当者に電話した。
「あ、伊澤さん?、みんなと同じ問い合わせかな?、ウインドウXに更新されてしまうっていう。今、それで大騒ぎなんだ。それなら週明けにどうにかするから、PC持って、朝9時に集合して」
一方的にそう言われると電話を切られた。
「みんな同じようなことになってるわ、わたし、こうなっていることも知らずに10万円払うところだったのね」
「自分が悪いと思いますからね。でも機械の操作というのは必ずミスがあるので、誰が悪いとか考えだすとキリがありません」
「…なんで」
「はい?」
「なんであなたはそんなに冷静なの?、サブローさん」
「そうですね…、英子さんの前で慌てると、カッコ悪いと思いましてw」
そう言われると、英子は自分の下腹あたりが疼くような気がした。
それから英子は、さより、三郎とランチに行った。5万円のこともあるので、お礼にと英子が2人に奢った。相変わらずさよりは三郎にベタベタしており、それはさながら囲い込みに成功したPCショップのように、もう逃さないとの意思を示しているようだった。そのあまりの生々しさに、結ばれる2人とは、こんな感じなのだろうか。と英子は思った。
「あーあ、こんなことならPCショップの店員と仲良くなっても良かったかも」
物事は一つの側面からでは、わからないものだな。と英子は思った。
「ま、それにしても、5万円は高いか」