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パソコンヒモ男  作者: ふじふじ
パソコン編
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3/47

更新

変わり果てた元同僚のさよりとそのヒモ男、三郎と別れた英子は自宅に戻った。そこに迫りよるOS更新の魔の手。ことの重大さを英子は知る由もなかった。

4「ウインドウ OS」


「っていうわけでぇ、サブロー君のおかげってわけなの」

「いや、よくわからないのだけれども」


英子は夢見心地の表情をしているさよりをしげしげと見つめて言った。11時を回り、店の客はまばらになっていた中で、さよりの声が店内によく響く。


「女って子宮で物事を考えるっていうじゃない〜、アレって本当なのね」

「今までの話で、どこにそんな子袋の話なんて出てきたのよやめてよ恥ずかしい」

「あ、すみません、生一つ」

「あぁっ、サブロー君ナマでなんてもう〜」


ダメだ。この女はもうダメだ。かつての戦友はこのだめんずの所為で、どこか遠いところに行ってしまったのだ。恐るべしダメ男の力。


「さよりさん、今日はちょっと飲みすぎてしまったようですね、お友達に久しぶりに会ってはっちゃけたのもあるでしょう」

「一方的にはっちゃけていたわね。こんな子じゃなかったのに、あなたの所為せいでは?」

「あっはっは、わたしもこんな感じの男なので、何かあったらご支援ください」

「いやよ、ヒモに援助なんか」

「あっはっは、こりゃ参ったなぁ」

「あなた、わかったって言ったら集るつもりだったでしょう」

「まさかそんなこと。パソコンの問題を解決するぐらいしか能がない男ですが、何かあったら頼ってください、これ、わたしの連絡先です」


英子は、メモの切れ端をうけとるとポケットにしまった。この男に連絡するようなことがあるとは思えない。二人が見えなくなったらこんな紙切れさっさと捨てよう。


二人と別れると英子はどっと疲れていた。あまりのことで飲み足りない気もしたが、今日はひとまず帰ることにした。週末の新橋は0時を回っているというのに、まだ人がまばらに歩いていた。


自宅マンション着くと英子は部屋のラップトップパソコンの電源を入れた。彼女の会社の端末はBYOD(Bring Your Own Device)といって、自分の好きなPCを購入して使って良いことになっている。英子のラップトップも今は亡き高級メーカー、ゾニー社のPCである。少し古いOSのPCだが、使い勝手が悪いバージョンをスキップしているので、仕方ない。最新のOS ウインドウXでは改善されていると聞くが、いかんせん、メーカーがXに対応していないとのことで、更新をキャンセルしていた。


「あっと、また来てるわね」


マイクロ社はOSを最新のXへの更新を促しているので、毎週のように更新メッセージをパソコンに送ってくる。メーカーが対応していないと言っているし、ここで更新するわけにもいかない。英子はメッセージウインドウの右上の×印をクリックして、画面を閉じた。


「さって、シャワーでも浴びてさっぱりするわ」


浴室で英子はかつての同僚の変貌ぶりをまた思い出してため息をついた。


「なんであんなことになっちゃったのかしら、真面目な子だったのに」


そう呟くと、あのへらへらしたヒモ男に無性に腹が立った。


「なによ、何が"サブロー君のおかげ"なのかしら、あんなのただの機械のメンテナンスじゃない。いわば業者よ、業者」


缶ビールでも飲んで飲み直そう。明日は土曜日でお休みだし。


英子は冷蔵庫にビールを取りに行くと、パソコンの画面が見慣れないことになっているのに気づいた。


「あれ?さっきキャンセルしたつもりだったけど、気のせいだったのかしら」


そして画面を見て愕然とした。


画面のメッセージが


「OSを更新します」(次へ)


となっていたのだった。チラッと先ほどまであっていたヒモ男の顔が浮かんだ。しかし、すぐその顔はもやの奥に消した。


「…まぁいいわ」


明日の休みに近くのパソコンショップに問い合わせてみよう。専門家が見ればすぐ解決だろう。英子はそう言い聞かせると、パソコンの画面を閉じて、録り貯めたドラマをテレビで見ることにした。恋愛ものだ。自分ではほとんど縁がないし、リアルでは恋愛を毛嫌いする英子だが、お話は恋愛モノが好きなのであった。


翌朝、遅い朝食をとると、英子はパソコンショップへと向かった。


「じゅ、十万円?ちょっ、ちょっと待って。なぜそんなにかかるの?」

「お客様のOSは、少し古いので、特殊な対応が必要なのと、バックアップを取るために特殊な操作が必要なことから、工賃が膨らむのです」

「私の機種は最新のウインドウには対応してないの?」

「残念ながら対応していません」


英子はなんとなくわかっていた。この話をこの店員してもずっと平行線だと。彼らが10万といえば10万なのだ。こちらに対処法がないことを知っていて、この値段を提示してきているのだ。どうしよう、手元にはないが払えない額でもない。


「バックアップが…」

「はい?」

「バックアップが取れなかったのがやはり痛いですね。それがあればすぐに対処できました」

「私どものクラウド保存の仕組みを使えば、月七百円ほどでそういった問題から解放されます」

「クラウド保存て?」

「インターネット上の記憶領域ストレージで、文書などはそちらに保存できれば、何かあったときに、そちらからデータを戻すことができます」

「月七百円…、それを使えるようにするのはどうすればいいの?」

「わたくしどもの、光回線に切り替えていただければ、ご利用可能です」

「今は、NDDの回線を使ってるわ」

「お申し込みいただければ、我々の方で切り替えいたします、それに」

「それに?」

「今お申し込みいただければ、5万円のキャッシュバックがあります」

「それで?」

「先ほどの不具合の対応料金に補填することができますので、実質5万円になります」

「くっ…」


あ、足元を見られている。どうしよう。ちょっと相談に来ただけなのに、いろいろ契約させられる挙句、10万円…実質5万円か。英子は苦渋の決断をした。


「わかったわ、ちょっと待って、詳しい人にも聞いてみるわ」

「はい」


クシャクシャになったメモを広げると、スマホを出して番号をダイヤルした。相手は電話にすぐに出た。


「はい、中野です」

「なかの?、サブローさん?」

「あ、はい。三郎です。どちら様でしょうか?」

「いやーん、サブローくーん、でんわー?」

「くっ…さより…、私は英子です。さよりの友人の」

「あ、英子さん。どうされました?」


英子は今までの経緯を三郎に伝えた。


「なるほど、難しい提案を受けましたね、英子さんはどうされたいのですか?」

「え?どうされたいって?」

「元々、ご相談なさった時に、どういう風になっていれば良かったのかと思いまして」

「え?、昨日と同じ状態に戻したいのよ」

「なるほど、しかし、それが無理だとすると?」

「データだけ救ってくれれば、あとは会社でなんとかしてもらうわ」

「承知しました。それが聞きたかったのです。お店の人には…」

「お店の人には?」

「"5万円なんてとんでもない。とにかく帰ってこい"と彼氏にメチャクチャ怒られたとでも言ってパソコンを引き取ってきてください」

「か、彼氏って、あなた」

「わかってます、演技です演技。英子さん、高校でお芝居やられていたとか」

「やってみるわ」

「いいですか、ぜったいパソコンを引き取って下さいね。向こうに握られていると帰れません」


ドキドキした。人に嘘をつくなんて久しぶりだ。どうしよう。たしかに三郎の言う通り、カウンターの向こうにPCを握られたままでは帰ることができない。


英子は、意気消沈した雰囲気を醸し出しつつ。断腸の思いで、店員に告げた


「か、かりぇしに」

「は?」

「とても怒ってるの、パソコン早くもってこいって」

「しかし今のままでは?」

「いいから、返して。もう嫌なのあの人に怒られるのは、あなたが代わりに怒られてくれる?」


店員はニヤリとした。


「わかりました、お電話おかけいただければ、私が説得いたしましょう」


恐ろしい、この営業力。


「いやよ、すんごい怒ってるんだもの、今電話かけるのは嫌」

「大丈夫です。私がなんとかします」


しかたない、もう電話をかけるしかない。三郎がうまくやってくれれば良いが。


「え、英子です、サブロー君、実は」

「代わってくださいってやつですね?」

「え、ええ、そうなんです」

「じゃあ、代わってください」


三郎に電話と取り継ぐと、店員はPCを裏返したり、画面を開けたりいろいろやらされていた。すると、すぐに英子の前にPCを持ってきて言った。


「お客様、こちらはお客様の会社のPCでしょうか?」

「はい、そうよ」

「残念ながら、当方ではご契約のない企業のPCは修理対応できません。今回はお引き取り願って、お客様の情報部門の方でご対応をお願いしてください。先ほどの中野様宛にお問い合わせいただければよいとのことです」

「はい…」

「大丈夫です、お客様。私の方からもご対応をお願いしておきました」

「じゃあ、パソコンは持って帰っていいのね」

「お願い致します、このことは内緒にしておきます」


店員はウインクをすると、英子にパソコンを引き渡してお辞儀をした。


英子は何が何だか分からず、再び三郎に電話した。


「何やってるんだ!まったく!」

「ひっ」

「なぁんてwww、パソコン、引き取れました?」

「な、なによう、引き取れたわよ」

「さよりんのマンション、わかりますか?」

「何度か行ったことあるけど、世田谷の?」

「そうです、そこにお昼にでもきてください」

「パソコンは?」

「持ってきてください、怒りませんからwww」


あの店員め。英子は涙目になりながら、世田谷のさよりのマンションへ向かった。

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