降臨
岩の隙間に身を隠したエリイは、震える手でポケットを探った。
「あった……」 小さな缶。
カラカラと振った。無理やり赤いキャンディを出した。
口へ放り込む。ころり、と舌の上で転がした。
甘い。そして―― 世界が反転した。
ガラガラガラッ!! 岩陰が吹き飛ぶ。
周囲が一斉に振り向いた。
そこに立っていたのは、先ほどまでの少女ではなかった。
長い黄金の髪。 整いすぎた顔立ち。 成熟した女性の姿。
ただ美しいだけではない。
近寄りがたい何かがあった。
神々しさ。あるいは圧倒的な格の違い。
兵士たちが息を呑む。術師たちが固まる。
泥酔の爆裂団の面々ですら口を閉じた。
女は静かに周囲を見回した。
それから言う。
「時計の入ったオレンジは、おいしくないでしょう?」
「は?」
「……完全な楽園は、人を壊します」
「え?真面目?」
「苦しみを消し去り、悩みを取り除き、失敗すら存在しない世界を作ることは可能です」
「可能なんだ…」
誰もがそっちに驚いた。
「ですが、それでは人は人でなくなる」
女は小さく首を振った。
「作られた幸福は檻です」
静かな声だった。
「我々はどう生きるべきなのでしょう」
老軍師が震えながら口を開く。
「私もわかりません」
女は遠い目をした。
「私にも分かりません」
二度答えた。
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴ……!!
大地が震えた。女の顔が引きつる。
「あっ」
嫌な予感しかしない声だった。
「ああっ来た!」
空から弾む声が響き渡る。
『そんなことぉ……』
女が青ざめる。
『やってみ、なけりゃ』『分っかんなぃいいい~っ!!』
次の瞬間。
空が美しすぎる程に真っ青に広まった。
赤い空が消える。黒雲が消える。荒野が消える。
草原が広がる。花が咲く。川が流れる。
虹が架かる。 一本。 二本。 三本。
増える。まだ増える。
「待って」
増える。
「やめて!」
さらに増える。
虹は十本を超えた。
兵士たちは感動していた。
「おお……!」 「奇跡だ……!」 「美しい……!」
エリイだけが顔面蒼白だった。少女の姿に戻っていた。
虹の先端がこちらへ向かってくる。
どんどん近づく。
嫌な予感しかしない。
そして虹の向こうから何かが走ってきた。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
現われたのはエリイと瓜二つの少女だった。




