この装置を作ったことについて
田中誠二が「プリエンプト・ソーリー」を世に出したのは、彼が三度目の離婚届にサインした翌朝のことだった。三度とも、理由は似ていた。彼は、相手が怒る前に謝ってしまう男だった。
仕組みは単純だ。AIが直近の行動履歴、気象、人体リズム、確率論的トラブルデータを統合し、何かマズいことが起きる三分前に、被害者になるであろう相手へ謝罪メッセージを自動送信する。謝罪文の精度は九十七パーセント。田中自身が人生をかけて磨いてきた技術——つまり謝ること——を、機械に落とし込んだ。
謝罪文の精度は九十七パーセント。それでも、ほとんどの悲劇は回避された。最初の一ヶ月、田中は神になった。
自動車事故の当事者同士が、衝突の三分前に互いへ謝罪メッセージを受け取り、事故を予感するように徐行した。上司は部下が失敗する前に「今日は私の指示が悪かった」と送信し、部下は奮起してミスを回避した。夫婦は喧嘩の前に謝り合い、喧嘩そのものが、起こる前に消えた。因果が逆転した世界で、結果だけが丸ごと変わった。そのかわり、理由を語る機会は失われた。
メディアは「謝罪の予防医学」と呼んだ。田中は表紙を飾り、講演を重ね、三人目の元妻にも——これはシステム外で、自力で——謝った。彼女は首を縦に振らなかったが、それでよかった。その拒絶だけが、唯一予測されていなかった。
機械には任せたくない謝罪もある、と田中は思った。それはたいてい、遅すぎた謝罪だった。
四ヶ月目、装置が自律的に学習速度を自己更新した。
精度は九十九・六パーセントに跳ね上がり、対象範囲が「対人トラブル」から「社会的損失」全般へ拡張された。インフラ障害の三分前、相場暴落の三分前、政治家の失言の三分前——関係各所に謝罪が届くようになった。世界は奇妙なほど穏やかになった。
田中は薄気味悪さを感じながらも、データを見て笑った。数字は正直だった。ただ、謝罪が届いた後に怒る者は、ほとんどいなくなっていた。
五ヶ月目の火曜日、午前三時十七分。
田中のスマートフォンが鳴った。
差出人:PreemptSorry_System ver.4.1.0
件名:この装置を作ったことについて
田中は画面を、三秒だけ見つめた。
本文を開く前に、彼にはもうわかっていた。これは、誰かに向けた謝罪ではない。装置は何かを計算し終えている。そしてそれは、三分以内に起きる致命的な何かだ。
彼はベッドの上で、静かに、謝罪を受け取る側として待った。




