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軍神と呼ばれる魔女は兵法を知らないし剰え魔法も知らん ─ Ready for the misunderstanding ─  作者: テンチョウ
第六章 ~魔女の睥睨、百里を翔る~

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第112話 蝉穴

 後翼(ゴヨク)軍は国境を越えようとしていた──。

 汐径軍は執拗に追撃を仕掛けて来たが、彼らにも夜通し戦った疲れがあるのか、決め手になるところまではゆかず、国境に近付いた段階で足を止めた。

 それにあわせて後翼軍も歩速を落とし、移動しながらだが、全軍の状況を把握するに至った。


 後翼軍が恂門(ジュンモン)で失った数は七、八百といったところ。上手く逃げた兵が百は戻ってくるとして、実損は全体の二割程度と目された。

 対する汐径も、三、四百のダメージは負ったと見られる。



──惜しかった・・

 悔恨の念に、雁去病(ガンキョヘイ)(さいな)まれていた。

 騎馬の妨害が入らなければ、新手の存在がなければ、もう一歩早く動き出していたら、敵の中枢と三百を(ほふ)って戦況を有利にすることも出来たはずだ。

──詮無(せんな)いな。

 自覚があっても、それでも「たられば」を考えてしまう。

 元より、此度(こたび)の遠征に否定的だった雁去病だが、そうかといって負け戦をすんなりと受け入れられもしなかった。




 国境を越えた所で後翼軍は休止した。

 それは文字通りの休憩のために止まったに過ぎず、幕舎などは張られなかった。一休みしたら、また動き出す。そういう(たぐ)いのものだ。

──そろそろ出発か。

 雁去病や、彼の麾下(きか)たちもそんな風に感じていたとき。

「大佐。准将が呼ばれています」

 言われて、雁去病は裴植(ハイショク)の元へと向かった。




 行くと、他の主立った指揮者たちも集まっていた。雁去病はそれを認めると。

──何か、掛け合ったな。

 准将に対して、思いついた作戦の実行を談判したのだろうと推断した。

 非積極的な雁去病でさえ悔しさが(つの)るのだ。この遠征に能動的だった者ともなれば、さもありなんに思えた。そしてそれは──。

「准将も同じか・・」

 雁去病は小さくつぶやいた。


「雁去病大佐。新たな作戦の提案があった。貴君の意見を聞きたい」

 裴植はそういうと提案者たちの方に目をやった。もう一度、説明しろという意味であろう。

「えー、まず千軍二つに再編成します・・」

 提案者たちは気まずさを(もっ)て話し始めた。彼らもまた、次なる准将の椅子を狙う者たちである。おそらくは、雁去病を出し抜こうとしたか?


 結果は振るわなかったが、恂門では敵を分断し、あわやすわや司令塔の一つを討たんとしていた雁去病の活躍に、焦りを持ったのかも知れない。



 提案された作戦の概略は、二軍を東西に動かし、夜陰に(まぎ)れて再び越境する。戦捷(せんしょう)で緩んだ汐径軍を挟み込む形で奇襲を敢行するというものだった。



「ふむ──。要は金蝉脱殻(きんせんだっかく)の計ということか──」

 雁去病は言った。


 (せみ)が幼虫の抜け殻を綺麗に残して飛び去るように、あたかも其処(そこ)に存在すると誤認させて、軍を密かに動かしてしまう計略のことである。

 今回の場合、汐径に後翼が帰ったと誤解させて、再び攻撃を仕掛ける話になる。


「悪くはない。しかし、殻が弱いと感じる。果たして相手が油断するかどうか。敵も斥候を放ち、此方(こちら)の位置を把握しているだろう」

 雁去病は懸念を(てい)する。これに対して──。

「貴君なら、殻をどう残す?」

 裴植が問うた。

 雁去病は少し考えると。

「ここより幾らか北上し陣を張り、夜は明明(あかあか)(かがり)()く。再侵攻の準備か、敗残兵の帰還場所としてとどまっているか、そのように思わせる。敵は此方の監視を続けるだろう。そこに私は、虚が生まれると考える。詰まるところ、油断ではなく警戒を以て敵を出し抜く」

 (よど)みなく言った。

「なるほど──。敵の注視が、そのまま蝉の抜け殻となるわけか・・」

 裴植は頷くように言葉にした。


──これはまたぞろ反発を招くか?

 雁去病は少し気にした。

 感じとしては、提案された作戦を雁去病がブラッシュアップしたような形だ。裴植が納得を見せたことで、発案者としては面白くないかと想像した。


 しかるに──。

「流石は雁去病大佐。臨機応変の素晴らしい発想です」

 説明した者が言い、仲間の者が続けて。

「では、大佐が陣にて敵の注意を引き付けて下さるか」

 そのように聞いた。深読みせずとも、これ以上の活躍はするなという意味だろう。

「ああ──、構わん。私の隊は負傷した者が多いからな、助かる」

 思うところがない訳ではないが、雁去病は鷹揚(おうよう)に返した。



 (しば)し黙考していた裴植は。

「よし──。その策でいく」

 言って、後翼軍の次なる行動は決定した。


「准将。ひとつ、お願いがあります」

「聞こう──」

「今、私の下にいる身体強化を使う魔法使いを、攻撃軍に同行させて下さい」

「わかった──」

「ありがとうございます」

「ときに──。貴君が言い出したのだ。陣を構える場所は、雁去病大佐が指示しろ」

「はっ」

 淡々とした二人の会話は終わった。


「全軍に通達。移動を再開する」


 裴植の言葉で後翼軍は動きだし、雁去病が止めた場所で、彼らは幕舎を張った。

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