神織の空にあふるる花吹雪
まず眼前に広がるのは、多種多様な花々の咲き乱れる花畑。
その先に広がる街並みは時代劇で見るようなものに似て、しかし所々に淡く光る結晶が突き出しているなど、明らかに現実のものとは異なる部分も多く。
振り向けば、吸い込まれそうな程に青い空へ、脈導石をその幹に内包する巨大な桜の木から、一陣の風が淡い紅色をさらって行きます。
そんな光景を見て、私は——
「やっぱ神織はいつ来ても幻想的でいいよなあ。アタシとしては緋岸の温泉街っぽさも好きなんだけど…………ってリクドー、何で泣いてんだ……!?」
「な、なんか……景色で感動してしまって……」
『あらあら、ふふっ』
いや、本当に凄いんですよ、これ。
フルダイブの真髄を見た気がします。
幻想的な情景が現実的な光景として目の前に存在しているというのが、視覚だけでなく五感全てに働きかけてくるという……なんかもう、このゲームやって良かったって思いました。
「サバサバしてるっぽいくせに感情豊かなのは相変わらずだな……ほら、これで涙拭けよ」
「お気遣いありがとうございます……」
「お気遣いっつーか、これ傍から見たら私が泣かしたみたいになってる気がするんだよ」
龍子の差し出した手拭いを受け取り、涙を拭います。
「落ち着いたか?」
「……はい、大丈夫です」
「んじゃ、観光しつつ同盟の申請しに行こうぜ。アタシが案内するからさ」
歩き始めた龍子に手を引かれ、私は丘を下って神織の街へと踏み出しました。
————
神織観光の最中、ちょっと買うものがあると言って道具屋に入っていった龍子を待ちながら、私は辺りを眺めていました。
「そういえばこれって何なんでしょうか?」
所々に存在する淡く光る結晶は、本当に市街の色々な所に生えていて、何やら特殊な道具を使ってそれらを切り出している人もいるなど、その謎は深まるばかり。
試しに結晶を注視してみると、説明の書かれたウィンドウが現れました。
『煌輝晶』
神織にのみ存在する結晶。大気に満ちた光粒子が許容量を超えた場合に生成される。
砕けると強く発光したのちに力を失ってしまうため、加工は容易ではないが、一部の職人の手によってさまざまな工芸品が作られている。
なるほど。こういう設定が見れるのは面白いですね。
何度か見た特殊な道具は、この煌輝晶を砕かないように採取するためのものだったのでしょう。
コツンコツンと指先で煌輝晶を突いていると、龍子が道具屋から帰ってきました。
「待たせたな、リクドー。これやるよ」
そう言って投げ渡してきたのは、先ほど神織に転移するために使った脈導石でした。
「え、いいんですか? 普通に後で自分で買おうと思ってたんですけど」
「いいっていいって。それ500銭するから始めたばっかじゃ買いにくいだろうし」
500銭……。
確か初期状態で持ってるのは1500銭だったはずなので、確かに始めたばかりでは手を出しにくいかも知れませんね。
とはいえ、私には昨日のPKerから戦利品として徴収した分があるので、買えなくはないんですけど。
まあ好意は素直に受け取っておきましょう。
「そういえば一つ気になることがあるんですけど」
「ん? 何だ?」
「龍子の刀霊ってどんな感じなんですか? 一回も姿見てないんですけど」
思えば、龍子の能力に関しては全く聞いていませんでした。
それに、シキが私の周りに浮かんでいるのに対して龍子の刀霊は姿すら見せていません。
「あー、それな。今は別行動してる」
「別行動? そんなこともできるんですか」
「出来るのは一部の刀霊だけだけどな」
刀霊の特殊能力の一部として単独行動が存在するという感じなんでしょうか。
シキは出来るんですかね?
なんてことを考えていると、龍子の目の前に何やらウィンドウが展開されました。
それを見た龍子の表情が、少し真剣なものになります。
「ん……ちょっと移動しよーぜ」
そう言って、龍子は家と家の間、路地裏の方へと歩いて行きました。
「どうしたんです?」
「刀霊から今帰還してるって連絡が入ったんだ」
「それで路地裏に?」
「あまり見られたいものでも無いしな。それに——」
龍子の言葉を遮って、突如、路地裏に赤い突風が吹きました。
舞い上がる土煙に顔を背け、その風の吹いた先に目をやると、そこに立っていたのは一人の少女。
憂いを帯びた端正な顔立ちと、黒髪の隙間から生じる赤い一対の角は、その存在の異様さを物語っていて。
その少女に何者かと私が尋ねるよりも速く、龍子がとんでもないことを口走りました。
「あれがアタシの刀霊な」
「刀霊……って、人じゃないですか! えっ、人型の刀霊もいるんですか?」
「人型の刀霊もいるっていうか、ほとんどの刀霊は成長すると一時的に人型になれるようになるんだぞ? シキだって今は無理だろうけど、一瞬変化するくらいならすぐにできるようになるって」
『ええ、そうらしいわね』
「はー……凄いゲームですね、ほんと」
そんな風に私が感心していると、いつの間にか近くに移動してきていた龍子の刀霊が、私たちに聞こえる程度の声で呟きました。
『まずいことになっている』
「まずいこと?」
『【緋翼煉理】は既に方々に手を回していた。この神織とて例外ではない』
「あー……追手はもう嗅ぎつけてきてるのか?」
『可能性はある。今すぐにでも姿を隠——』
瞬間、背後の方で何かが物音を立てました。
「!?」
私含め、その場にいた全員が音のした方を振り向きます。
「ちょっと状況が飲み込めないんですけど……」
「悪い、こっちの事情に巻き込んじまった。ただ……説明してる暇は無さそうだな」
「でしょうね……」
音の下の方を警戒しつつ、周囲を一周ぐるりと見回して、それから私は深くため息を付きました。
だってこれ、明らかに囲まれてますもん。
「リクドー。悪いけど、手貸してくれないか?」
「当然ですよ。さっさと倒して、それから逃げましょう」
私たちを取り囲んでいるのが何なのか、龍子が何に関わっているのか。
聞きたいことは山ほどありますが……今は戦うしかないでしょう。
闇の先から響いた抜刀の音が、静かに開戦を告げました。
1000pt突破ありがとうございます!
日間上位に入ってきましたし、少しプレッシャーも感じますけど頑張ります!




