第75話 【強欲】ダンジョン攻略開始
時は少し遡る。
それはカイト一行が【強欲】の魔王の臣下、第2戒王イラム・スフィンクスを追い、彼女が壁に消えた頃。
「さぁ、入ってこいよ。切り刻んでやるからさぁ!」
彼女が今いる場所は、壁を擦り抜けすぐに続く階段の中腹。降るはずの階段で振り向き、壁に向けて指を差し込むカイトたちが見える場所だ。
そう、彼女は気づいていたのだ。気づいた上で彼らに付けさせ、入ってくると同時にこの場で処理してしまおうという魂胆だった。
「よし、一旦戻ろう。場所は分かったんだ、明日は準備をして作戦を練るぞ」
だが、彼らは慎重を期してその場を去ってしまった。外からは中の様子が一切見えない。しかし、どういうわけか中からは外の様子が丸分かりなのだ。
「ちっ、腰抜けどもが。あーあ、興が覚めちまった。でもま、いいか。早く魔王様にご飯届けないと!」
その慎重さが彼らの命を救った。彼女が帰り道にたまたま見つけた『略奪者』含む一行。あわよくば魔王様のお手を煩わせずに、そして手柄を独り占めし褒めてもらうためにここいらで消してしまおうと咄嗟に思いついた作戦だった。
だからか失敗しても対して悔しくもない。なんなら失敗したとも思っていない。なぜなら彼らが死ぬまでの時間がたかだか数日伸びた程度なのだから。
我々に楯突いた時点で死はすでに確定している。後はどう苦しめて殺すか、いかに自分が手柄を集めて魔王様の寵愛を受けられるか。それしか今の彼女の頭には無かった。
祖国では、男は奴隷同然のいてもいなくても良い存在。目障りであれば八つ当たりに使うぬいぐるみのように潰しても誰も何も言わない存在。それが普通だった。
自分は生まれてからずっとそうだったのだ。父親の顔など知らない。生活は全て母や近所のおばさんが面倒を見てくれた。
男が自由に街を闊歩していた頃は知らない。それは自分が生まれるずっと前の話であった。しかし、男がいかに貪欲で救いようのない愚かな生物であるかはずっと母から聞かされ育ってきたのだ。
そして過去の男の忌々しい所業から自分たちを解放して下さった女王様がいかに素晴らしい方であるかずっと聞かされ続けた。
ーーその寵愛を受けながら反旗を翻した者のことも。
自分は直接、その者のことを知るわけではない。しかし、一国民は女王様の寵愛など受けたくても受けられるものではない。それを受けられる者は祖国でも優秀な功績を残し、さらに女王様に認められることで初めて受けられる至上のひと時なのだ。
それをあろうことか拒んだ?!さらに神である女王に刃を向けただと?!
当然、許せるものではない!顔や名前を含む奴の情報全てが国全体に御触れが出された。あの顔は二度と忘れない。他種族がそもそも女王様の御許に行けることすらほぼ不可能なのに、その者がいた頃は日がな一日女王様を独占していたと言うのだ。
にもかかわらず、恩を仇で返すような仕打ち。いつしかその者は女王の寵愛を不敬にも奪い去り逃げた者として『略奪者』の烙印を押されていた。ただ、これは城内のみで噂されていた烙印が御触れと共に国中へ広まったらしいのだが、それでもこれはぴったりだと思った。
あれから自分は幼い時分から成長し、国を出て見聞を広めつつ『略奪者』を探す旅に出た。
そんな折にある男と出会った。そいつは自分がその男の横を通り過ぎる時に徐に話しかけてきたのだ。
虫唾が走った。怖気が立った。怒りが満ちた。
この高貴なる種族であるサキュバスに愚かで下等な生物である男が許しもしていないのに語りかけてきた。外の世界はこんなにも濁り腐れ果てているのか。
これはいち早く我が国が世界を飲み込み支配できるように、自分もその一助とならなければ。よし、一つ目標が増えたな。そのためにもまず、この立場も弁えず馴れ馴れしく話しかけてきた男を潰してしまおう。
結果は散々だった。
自分は祖国の学び舎でもそれなりの成績を上げていた。さらに周りの誰もが諦めた鎌を誰よりもうまく扱うことが出来た。先生にも鎌の師匠である母にも鼻が高いと褒められた。
その私の鎌術をもってしても目の前の男に傷一つ付けられなかった。これは由々しき事態だ。男に負けるなど、それも自分の得意分野で。
自分たちがいたのは名も知らぬ町の中。突如始まった戦闘に恐れを成し、とっくに周りは閑散としている。
「男に負ける...だと?ふ、ふざ、ふざっけるなぁぁぁ!!!」
自分が自棄になっていることはなんとなく理解できた。だが、この怒りをぶつけたくて仕方がなかった。自分は弾き飛ばされた鎌をすぐさま拾い再度その男に斬りかかる。
「ふむ、強いですね。いいでしょう、あなたは我の部下にしてあげましょう。我ならあなたの力をもっと引き出して差し上げられますよ」
「黙れぇぇぇ!!!」
目の前の男はまたも武器すら持たずに腕で自分の鎌を弾く。と同時に腹に重い打撃を受けてしまい自然と膝がくずおれ地面を舐めてしまう。もはや何をされているのかすら分からなかった。
「ですが、まずは一度落ち着いてもらわなければ。誤って殺してしまうともったいないですしね」
自分の意識はその声を最後に暗く沈んだ。
「はっ!な、何が。っず...」
目が覚めると椅子に座らされ背もたれの後ろで手を縛られていた。とっさに暴れようとするが、気を失ってからそれほど経っていないのか腹に鈍痛が走る。
「目覚めましたね。こんばんは、改めて初めまして。我の名はシス。シス・イントゥルフェと申す者で、僭越ながら【強欲】を冠しております。以後、お見知り置きを。ジーン、彼女が目覚めましたよ。あとは頼みます」
「はいよー旦那。あらあら可愛らしいお嬢さん!拙者、ジーンと申す。僭越ながら何も冠しておりましぇん!よろしくねー!」
「な、なんだ。お前は!お前たちは!男如きが自分に話しかけるな!」
「えーシス、何この娘。めっちゃ男嫌ってるじゃないすかぁ」
「えぇ。だからその娘を我の部下にするのがあなたの最初の仕事です。穴ができた戒王もそろそろ埋めたいですしね」
「ういうい、初仕事ってんなら拙者頑張りますよー。つってもどうしたものかねー」
「あぁ、そうだ。何も情報がないまま仕事を行うのも辛いでしょうからヒントを差し上げましょう。彼女の種族は吸血鬼。男を見下しぞんざいに扱う種族です。彼女もその例に漏れず極度の男嫌いなのでしょう。さて、ヒントは与えました。では明日までに仕上げるように」
「えー!そんな早くなんて無理でござんすよぉシスぅ〜...ってもういねぇし。ま、てわけだ。これからよろしくなお嬢さん」
「うるさい!気安く話しかけるな!男風情が!」
「あーこりゃ前途多難だねー」
それから自分は一晩をこの男と過ごすハメになってしまった。
朝、自分はようやく拘束を解かれた。だが、今の自分はこいつらを襲う気は無い、というか無くされてしまった。
自分の目的は見聞を広めることと『略奪者』を探すこと。それを手伝ってくれるというのだ。その対価に自分がこの調子のいい男も仕える【強欲】という男の元にいろと言うものだった。
それに一緒にいれば今よりもっと力をつけられると言われた。正直、男と同じ空気を吸うだけでも胸糞悪かったが、自分が手も足も出なかった者から教えを請えるというのは悪くない話かもしれないと思ったのだ。それを教わるのが男というのに腹が立ったが。
そんな出会いをしてから早3年。あの頃の自分は視野が狭かった。この世にも愛するに値する男はいるのだ。今の自分は魔王様の為であれば、身も心も差し出せる。祖国でも男と愛し合うことを禁止されてはいなかった。そんな物好きが少なかっただけでいないことは無かったのだ。
「魔王様の野望のため」
これは自分の決意の現れ。これを口にすることで決意を再確認し、自分を高める。
それにラッキーなことにあの『略奪者』も姿を現してくれた。こんな機会二度とあるものか。
自分の口角が吊り上がっていることにも気づかず、自分は決意を新たにダンジョンの階段を下っていった。
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俺たちは今、昨日見つけたダンジョンの入り口と思われるある倉庫の壁の前にいた。周りも同じような倉庫があり、左には今来た通路、右にはアンバスを囲う背の高い壁が聳え立っている。
「よし、それじゃ行くか。中には何が待ってるか分からない。あいつはダンジョンとは言ってたけどもそれを真正面から信じるのは危険すぎる。だから中ではできるだけ離れすぎないように進もう」
「「「分かった(よ!)」」」
「分かりました」
改めて気を引き締め、俺たちは倉庫の壁に向けて進んでいった。
「中は思ったより暗くないな」
「そうね、ちゃんと蝋燭も壁に付いてるし」
壁を擦り抜けた先にはすぐ階段が下へ続いていた。左右の壁には蝋燭が階段に沿って等間隔に架けられている。だが、続く先は薄暗く階段がどこまで続いているか分からない。
俺たちは最初に言った通り慎重に慎重を重ねて降っていく。ここはすでに敵の本拠地だ。どんな罠があるか、いつ敵に襲われるか分からない。罠は俺の“罠看破”があるからそこまで心配はしていないが、いきなり襲われてアドバンテージを取られるのはまずい。
「下まで着いたな。さて、道は...一本道か。スンスン、よし、近くに魔物はいない。とりあえず進もうか」
「これは長くは持ちませんね。所々で休める場所が有ればいいんですが」
「そうだな、ただここは拠点として使ってるらしいからあまり大きなダンジョンとは思えないんだがな」
「それもそうですね」
そうして蝋燭の続く方へひたすら一本道を進んでいると右に曲がる曲がり道とどこからか聞き慣れた音が聞こえてきた。
「これは...風の音ですね」
「あぁ、それに緑の匂いも...っ!みんな魔物がいる!」
俺の声に驚くような者は仲間にはいない。すぐにいつでも戦闘に入れる態勢を整え、曲がり角に出会い頭で出会ってもいいように進む。
こう言う時に壁を透視出来るようなスキルが有れば良いのだが、それが出来そうな“透破之魔眼”を内包した“皇之眼”は進化しても未だ自由に開くことが出来ない。
そんなことを思いつつついにその魔物と出会った。その姿はリスのようだが、大きさは俺が知っているものではない。背丈は俺の肩程まであり、手に持っているものは可愛げのあるドングリのような実ではなく、人なら殴り殺せそうな岩を抱えている。
名前:イバリトス
種族:岩栗鼠族
Lv:143
スキル:樹魔法Lv.6 土魔法Lv.7 器用Lv.7 俊敏Lv.9 閃爪Lv.3
「よし、周りにはいない。こいつ一体だけだ。すぐに片付けるぞ」
「りょーかっい!いっくよー!ほいや!」
俺の掛け声に合わせ、まずキノが飛び出しいかにも危なそうな岩を蹴り砕く。その粉々に砕かれた岩で視界が塞がれた隙を突いて左右からサニアは爪で、ミユは劔で腕を切り落とす。
そして腕を失ったリスにトドメとばかりにテミスが走り寄り、新たに覚えた“突進”で突っ込み腹に大きな穴を開けた。
「ピギャアアアア!!」
耳障りな泣き声を上げてリスは絶命した。だが、狭い通路の中では音が反響するため耳を塞いでもまだ痛い。それにしてもミスった。こんな泣き声を上げられるとは思わなかった。これでは奴らに潜入を悟られてしまったかもしれない。
「ふぅー、いやぁびっくりした。お疲れ様、俺の出る幕は無かったな」
「まぁ弱かったからねぇ。温存できたと思えば良いんじゃない?」
「そうだな、さ、先に進むか」
曲がり角を曲がった先はまた一本道だった。代わり映えしないレンガの道。だが、さっきのような魔物もおらずひたすら進んでいくと一つの部屋が見えてきた。
「ちょっと早いですが、一度ここで休息を取りましょうか。敵陣ではあるので完全に休むことは出来ませんが、息を整える程度は可能でしょう」
「そうだな、それが良いかも知れなーー」
それは突然だった。
俺を先頭に全員が小部屋に入った途端の出来事であった。それぞれ5人分の足元に魔法陣が描かれ、身も開けられないほど眩い光を放つ。“罠看破”は反応しなかった。だが、そんなことは関係なく、俺は咄嗟に振り返りなんとかしようと手を伸ばした。
しかし、その手は誰にも届くことなく俺の体は場違いな浮遊感に襲われた。
「ぐっ...ゴホッゴボッ。つっ、背中を打ったか...。みんなは?!サニア!?キノ?!ミユ、テミス?!」
意識は失わなかったからそんなに時間は経っていないはず。だが、これまである種経験済みの、そして二度と経験したくない喪失感に襲われていた。
大事な仲間がまたも俺の側からいなくなってしまった。もう彼女たちのような目には合わせたくないのに、また俺の手からこぼれ落ちてしまう。そんなの許せるものか!
今すぐに彼女たちの元へ行けばまだなんとかなる。そう思い、俺は今自分がいる部屋を見回し出口を探した。そして見つけた出口は一つ。だが、そこから出るにはもう一つやらなければいけないことがあるようだ。
「セキアル...」
そこには、イントの町の領長であり【強欲】の魔王の臣下、第1戒王セキアル・ノイトナムが穂先の細い槍を地面に突き立て、静かに俺を見据えていた。
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罠看破は罠無効に内包されています。説明不足ですみません...。