第60話 唐突な乱戦『後編』
俺は刀を抜き、一番扱い慣れている“雷嵐魔法”で小さな嵐を刀に纏わせる。
そして小手調べとばかりに1人のヨルドに“刹那”で接近して振り下ろす。
「くっ!疾いですねっ!」
やはり“完全感知”があるからか刀身は当たらなかったが、纏った嵐がヨルドのフードを攫い、顔が露わになった。
「良い顔してんじゃねぇか、隠してんのもったいないぞ?」
「「「恥ずかしいので見ないで下さいよ。これが変態というやつですか?」」」
「うるせぇ、んなわけねぇだろうが」
「「「変態は撃退しなければ」」」
先手は譲ってやったのだから、と今度は3人のヨルドがそれぞれ俺を囲むように“大地”、“極氷”、“暗黒魔法”を放つ準備をする。
「厄介な...」
ヨルドは俺に向けて、人1人分程の大きさもある岩と氷を5個も6個も飛ばそうとしてくる。さらに“暗黒”ヨルドは、俺が岩と氷を避けられない様にするためか、俺の逃げ道を防ぐように闇玉を置いてきた。
「ちっ!」
俺は岩や氷を食らうより闇玉の方がマシだと判断して、ダメージ覚悟で突っ込む。
そこで、間違いに気づいた。
「しまっ...!!」
その闇玉は俺に突っ込ませるブラフだったのだ。
性質は触れた瞬間、爆発して散弾のように闇の刃を周りに吐き出すもの。さらに厄介なことにその闇刃は体に沈んでいく。
それは次第に重さを増した。
「くっ!体が...!」
速さをメインにしていた俺にはとても刺さる技だ。体が満足に動かせない。そんな俺に畳み掛けるように、放つ寸前だった岩と氷を放ってきた。
「まずっ...!」
「カイトッ!!!」
「カイトさんっ!!!」
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「ぐっ!こなくそっ!」
「ハハッ!君は見込みあるっスネぇ!同じハンマー使ってるとこもシンパシー湧くっスよ!」
「うるせぇ!とっとと殴らせろ!!オラ!“烈破”!」
アタシはハンマーの武技“烈破”に“時魔法”をかけてハンマー自体を加速させる。武技“烈破”は叩いたものに追加で衝撃を伝える。
直接体に当てれば内部を破壊するし、空間を叩けば真空波となって相手に叩きつける。それをさらに“時魔法”で勢いを加速させることで威力を高めた。
この一年で身につけた技だ。
目測と違う速度で迫るのだ、当てられないやつはいなかった。
ーー今日までは。
「おお!すごいッスネ!!そんな技あるんならもっと使ってくださいヨ!!」
「ちっ!マジかよ!!“時魔法”合わせてんのに!」
アタシは自分の体にも“時魔法”かけて普段の2倍で動いている。これ以上速度を上げると周囲の時間と自分の時間がズレることでかかる負荷が激増するため、体が持たない。
それでも、勇者が普通の2倍の速度で動いているのだ。威力も必然的に上がるため脅威になる、はずだった。
それを、それをやつはこともなげについてくる。
いや、なんならアタシよりも少し早く、でもギリギリアタシが防げる範囲で攻撃してくる。
そう、遊ばれているのだ。しかもアタシのハンマーの乱打を受けているのは片手。アタシは両手で振るっているのに、やつは片手で私の攻撃を流している。
もう片方のハンマーはと言えば...。
「重すぎる...っ!受け止めきれっ!くっ!」
今度は武技も何もない単なる叩きつけでミユが吹き飛ばされる。
「ふっ!」
しかし、今度はサニアが飛ばされたミユを隠れ蓑にしつつ、ほとんど這うような体勢でハンマー男の元へ潜り込む。
さらに距離を詰めつつ、氷の棘をハンマー男の視界を埋めるように小出しで放ちながら逆袈裟の要領で鋭く鍛えた氷の爪を振り上げる。
「...はぁ。頭を使ってるのは分かるっスけど、力が足りてなさすぎるっス。なんか知らないっスけど、君は見てると腹立つんスよねぇ」
しかし、ハンマー男は氷の棘を意にも介さず体で受け止め、サニアの振り上げた爪を躱してガラ空きになった腹を蹴り飛ばした。
「引っ込んでなって感じっスよ。さぁ!気を取り直してやるっスよ!勇者!!」
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「ぎっ、ぐっ...。何が...」
バシャッという音と共に俺の前にいたヨルドの形が崩れ、元の液体に戻る。
さらに続けてバシャッっという音を響かせ氷を放っていたヨルドが液体に戻った。
「な、何がっ!」
「ようやく2人っきりになれたな」
「な、あなたは何をしたっ?!」
「さぁな」
「くっ!ふざけるなっ!」
吼えつつ無詠唱で闇の波を吐き出し、俺を飲み込もうとする。さらに空いた左手では空に氷で魔法陣を素早く描き、氷の騎士を一体作り出した。
「やっぱ、魔法の腕はさすがだな」
俺もまだ同時魔法はうまく扱えない。それを無詠唱でさらに感情に任せても発動させられるあたりとんでもない技量だろう。
だが、俺はヨルドの問いかけには答えず、自分の攻撃でヨルドの視界が遮られた一瞬を縫って“偽装”を使いヨルドに近寄り、後ろから分身の核がある右腹を貫いた。
「いつ...のまに...?“偽装”がなぜ...見破れない?」
「ま、スキルも使い方だってことだな」
「では何故...そこに核がある...と」
「スキル“天眼”。弱点看破の能力、普段は急所といってもだいたい一緒なもんで、あまり意味のない能力なんだが、分身やらを使う相手にはめっぽう強くてな」
「なる、ほど...。まさか、あのスライムも...?」
「さぁな?まだ戦いが全て終わってもないのにベラベラ全部を喋る趣味は無くてな」
「残念...です」
バシャっと水がはじけるような音と共に俺を相手していた3人のヨルドが地面のシミとなる。それと同時に出来たばかりの氷の騎士も崩れる。
他の奴らの状況を見てみると、キノはすでに撃退しており、アサヒの援護に入ろうとしているが、キノを認識できないアサヒとなかなか連携が取れていない。
また、テミスとユキの方も3対2の状況に手こずっている。
まぁ、キノはなんだかんだうまくやるだろうと考え、俺はテミスたちに参戦することにした。
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わたしは自分を呪い殺したい思いでいっぱいだった。
主さまと修行したこの1年間はなんだったんだ...!
ミアを亡くしたあの戦いの後の主さまの顔が頭から離れない。
もうこれ以上あんな顔をさせたくなくてわたしは強くなろうと修行して来たのに、今度はラミーにも手が届かなかった。
きっとこれを主さまに言っても『俺も同じだ』と言うだろうけど、わたしはただただ悔しかった。
そして今度は、その仇である魔王の元に向かおうと言うのに、その部下にすらこのザマだ。
「なんでわたしはこんなに弱いの...」
這いつくばりながら地面を濡らす。
ハンマー男はわたしに目もくれず、同じく地面に倒れ伏している勇者たちにトドメを刺そうとする。
わたしはなけなしの魔力で小さな氷の弾丸と、この1年間主さまに教えてもらった氷の砲塔を作り、“狙撃”でハンマー男の頭目掛けて放つ。
だが、ハンマー男はこちらを向かないまま首を傾けるだけで弾丸を躱す。
気を引くこともできなかった...。
地面を殴ろうとして、握り拳を作る握力も無くなっていることに気づく。そのことがわたしをさらにイラつかせた。
「や、めろ...!」
戦闘の最中に吐き出された声。だが、それに気づいたのは何人いたか。
力の入らない首を無理やり持ち上げるとハンマー男の後ろにはキノが立っていた。
そして次の瞬間には、ハンマー男の真下の地面が赤く汚れていく。
キノが勢いよく腕を引き抜くとハンマー男は壊れた人形のように膝から崩れ落ち、目から生気が失われた。
「サニアちゃん、大丈夫?」
他の勇者の元にはアサヒと呼ばれた男とユキという女が向かっていた。
わたしは差し出された手に捕まり、なんとか立ち上がる。
「...ありがと、キノ。助けてもらってばかりだね...」
「........これからいくらでも強くなれるよ。だから一緒にがんばろ?」
今は下手な慰めより遠回しにでもわたしが弱いことを認められる方が心地よかった。
...わたしはこのまま主さまについていっても良いのだろうか?ただの重荷になってはいないだろうか?
そんな取り留めもないことをあの帝城での戦い以降、ずっと考えていた。
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