突入、しろねこ亭
おはようございます、ユーリです。時刻は只今、朝の七時を回ったところです。実に爽やかな、気持ちのいい朝です。
わたし達は今、早起きをしてしろねこ亭の前の茂みに隠れている。宿の仕事もあるので、タイムリミットは一時間。その間に何か証拠を掴まなければならない。わたしは両手に木の枝を持ちながら、かに歩きで慎重に宿に近づく。
「……ユーリ、逆に目立っちゃうよ」
わたしなりにカムフラージュのつもりだったのだが、まったく意味をなしていないらしい。カイン君の突っ込みを受けて、枝をぽぽいっと後ろに投げ捨てた。
「痛っ!」
「「え?」」
声のした方に近づくと、昨日の青髪の男の子が頭をさすっている。ご、ごめんっ! 枝があたっちゃったみたい! でも……こんな早朝に、こんなところで何してるんだ?
「ごめんなさい! まさか人がいるとは思わなくて……大丈夫ですか?」
「……うん、ちょっとびっくりしたけど……大丈夫」
近くで改めて見ると、男の子は本当に痩せていた。腕には治りかけから新しいものまで、大小たくさんの痣があり、おそらく日常的に暴力を振るわれているのだと推察できる。……胸糞が悪い。
「こんなところで、何をしていたんですか?」
わたし達の方こそ、朝早くにこんなところで何をしてるんだ? って感じだが、先に質問をしてみる。男の子は戸惑ったような表情を見せていたが、やがて口を開いた。
「……仕事で……失敗しちゃって。罰として……ここで寝てたの」
……ここで? この茂みのなかで? この島は一年を通して比較的暖かな気候ではあるが、それでも夜や早朝は冷え込む。毛布もなしに、こんなところで一人で寝ていたの?
「君、名前はなんていうんですか?」
「え……? 名前は……マルセル」
わたしはマルセルの前に膝をつき、小さな手を握った。
「マルセル。あなたは、ここから逃げ出したくはないですか? もしそうなら、わたし達が手助けをします」
「ちょ……ユーリ?」
カイン君が何か言いたげだったが、構わずに言葉を続ける。
「どうですか? 今のままで、いいですか?」
マルセルの瞳はせわしなく動き続け、何度か口を開くもののなかなか言葉は発せられない。わたしは辛抱強く言葉を待った。
「あ……ぼく、嫌だけど……でも、逃げたりしたら……お、お義父さんが……」
お義父さん? あぁ、一応養子ではあるのか。あの男の報復を恐れて、マルセルは逃げ出すことが出来ないのだろう。……これだけ殴られれば、当然か。
「大丈夫ですよ。あなたの身の安全は保障しますから、本当はどうしたいのかを口にしてください」
マルセルはごくりとつばを飲み込み、ゆっくりと口を開いた。
「…………ここから逃げたい」
「……わかりました! 協力します!」
わたしは立ち上がり、カイン君の方を見る。
「カイン君! 一時間以内に盗みの証拠を見つけて、マルセルのことも救い出しましょう!」
カイン君は大きくため息をついたあと、苦笑いしながら了承してくれた。
「で、どうしましょうか?」
勢いだけで基本ノープランのわたしは、カイン君の意見をうかがってみる。……つい先日、よく考えてから行動するって決めたばかりなのに、頭に血が上ってしまった。だが、後悔はしていない。
「うーん、予想外ではあったけど……逆に良かったかもね。これであの男に話しかけるきっかけができたし。マルセルの為にも、なるべく穏便に済ませた方がいいから……とりあえずお金で解決しようか?」
にっこりと笑うカイン君。お、お金ですか? 今のところ、わたし達無一文なんですが……。むしろ、借金がある状態なんですが……。稼ぐの? 今から、稼ぐの?
「ユーリにはスキルがあるでしょ? お金、創れるんじゃない?」
……そうですね。お金、創れます。昨日からさんざん金貨と銀貨と銅貨も触ってきたので、色や質感やサイズも、ありありと思い出せます。わたしは試しに、ジャラジャラと金貨を出してみた。
「え……お姉ちゃん、すごい……魔法? どうやってだしてるの?」
「ふふふ、すごいでしょう。これは他の人には内緒ですよ? あ……わたしの秘密も見せたので、マルセルの秘密も話してもらえませんか?」
わたしはどストレートに、あの大男がルークスのバッグを盗んだのかどうかを聞いてみた。マルセルは初めはためらっていたが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。
マルセルの話によると、あの大男の名前はサーヴァ。なんと子どもに盗みを働かせながら、各地を転々としている小悪党らしい。ルークスのバッグもサーヴァが盗んだので間違いないそうだ。
蛇肉と蛇皮の買い取り金額を聞いていたサーヴァは、ルークのアイテムバッグに目をつけ、その場で犯行に及んだ。まずはエステラに子どもが近寄り、遊んでもらいながらルークスと距離を取らせる。次にサーヴァがルークスに話しかけ注意を引く。その間に別の子どもがアイテムバッグのベルトをこっそりと外すという、見事な連携プレイだ。……やたらボディタッチが多かったとルークスが言っていたが、そういった思惑があってのことだったのだろう。決して「見た目は怖いけど、フレンドリーな良い人!」ではなかったのだ。
アイテムバッグには思いのほか沢山の金貨が入っていたため、サーヴァは大喜びだったそうだ。足がつくのを恐れて、盗んだお金は次の町についてから初めて使用するらしい。ということで、ルークスのバッグは手つかずのままサーヴァが持っている。やった! ネクタルも無事っぽいね!
わたしとカイン君は袋に金貨を詰め込み、マルセルに案内してもらいながらサーヴァが泊まっている部屋へと向かった。……金貨って結構重いんだね。カイン君も半分持ってくれているが、地味に階段がきつい。部屋の前で金貨を創れば良かったよ……。
部屋の前につくとマルセルはガタガタと震えだした。カイン君がマルセルの頭に手を置き、一緒に扉から少し離れる。わたしは、深呼吸をして扉をノックした。