お義父さん
しばらくすると、ガチャリと音を立てて扉が開いた。サーヴァが無言でわたしを見下ろす。こ、怖っ! 人相悪っ! サーヴァは眉間に皺をよせ、不機嫌そうな声で「何の用だ」と言った。
わたしは負けじと営業スマイルで対抗する。
「おはようございます。朝早くから申し訳ございません。実は折り入ってお願いがございまして……あちらのお子様のことなのですが……」
わたしはカイン君の後ろで震えているマルセルを手で示す。サーヴァは舌打ちをしたあと、更に不機嫌になりながら、顎でわたしの入室を促した。
「失礼いたします」
わたしが部屋に入るとすぐに、ガチャリと鍵が閉められる。こっ……怖いよー! これドラマの殺人シーンとかでよくある「後ろ手に鍵を閉める」ってやつじゃん! こ、殺されたりしないよね……?
内心は冷や汗ものなのだが、わたしは笑顔を崩さずサーヴァと向き合う。部屋の中にはマルセルと同じくらいの歳の子どもが三人いた。どの子も突然の訪問者に怯えている。
サーヴァはドカリと椅子に座ると、わたしを睨みつけながら口を開いた。
「……で、なんだっていうんだ? うちの子どもをどう扱おうと、俺の勝手だろう? ……文句があるのか?」
「いいえ、滅相もございません。わたしはただ……あの子を引き取りたいと思いまして、こうしてお話をしに参ったのです」
わたしの言葉にサーヴァは片眉を上げて笑った。
「引き取る? あの薄汚い子どもをか? ハッ、あんたも変わってんな。言っとくが、役には立たんぞ。体力もないし、力も弱い。なんに使うのか知らんが、考え直した方がいいんじゃないか?」
「もちろんタダでとは言いません。多少の用意はございます」
わたしは袋を軽く振り、金貨のこすれあう音をサーヴァに聞かせる。途端にサーヴァの目の色が変わった。
「……本気か?」
「もちろんでございます。貴方にとっても悪いお話ではないと思うのですが……」
サーヴァは足を組み直し、髭の感触を確かめるように、自分の顎を数回撫でた。……どうやら興味を持ってくれたみたいだね。
「……いくらだせる?」
「そうですね……二十万Gでどうでしょう? もしよろしければ、後ろにいらっしゃるお子様方もまとめて引き取りますよ? 一人につき、二十万Gです」
サーヴァは口元を手で押さえ、暫く考える振りをした後、重々しく返事をした。……もう返事は決まってるくせに。
「……いいだろう」
サーヴァは、すぐ近くにいた女の子の腕をぐいっと引っ張り、上にあげる。袖がめくれて、女の子の棒のような腕が露わになった。
「見ろ、この腕を。痩せてんだろ? 哀れに思って孤児のこいつらを引き取ったは良いが、何かと入り用でな。俺じゃあ満足に食わしてやることもできんのだ。金持ちのあんたに貰われた方が、こいつらも幸せだろう。連れてきな」
「お、お義父さん?」
すがるような目でサーヴァを見つめる女の子。だが、サーヴァは女の子を一瞥もしなかった。
「……ありがとうございます。では四人とも引き取らせていただきます。連れの者に、残りの金貨を持たせているのですが……呼んできてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、構わん。……あぁ、そうだ。俺もマルセルと最後の挨拶がしたい。すまないが、しばらくの間外してくれるか?」
「……かしこまりました」
わたしは内鍵を外し、一旦部屋の外に出た。それを見たカイン君が駆け寄ってくる。
「ユーリ大丈夫? 変な事されなかった?」
「顔がめちゃくちゃ怖かったですけど、大丈夫です。……マルセルを呼んでくるように言われました」
マルセルは怯えた表情で震えている。わたしはマルセルに近づき、膝を折って話しかけた。
「マルセル、何かされそうになったら大声で叫んでください。カインく……あのお兄ちゃんは強いですから、扉ぐらい一瞬でこじ開けられますし、あんな男、その気になればすぐにやっつけられます。……ですが、なるべく穏便に済ませたいのです。……怖い思いをさせてすみません。これで最後ですので、行ってもらえますか?」
マルセルは目を瞑り、呼吸を整えた後、小さく頷いた。
「ありがとうございます。あと申し訳ないついでに、ルークスのアイテムバッグの場所も教えてくれると嬉しいです。どこにあるのかわかりますか?」
「多分……チェストの一番上の引き出しだと思う。盗んだ他の物も、そこにしまってたから……」
了解しました! わたしはルークスのアイテムバッグと見た目そっくりなバッグを作り、カイン君に渡す。わたしがサーヴァの気を引いておくので、その間にこっそりとバッグをすり替えてもらおう。わたしが持っていた金貨とあわせて、カイン君に八十万Gも持っていてもらう。
意を決して、マルセルが部屋に入って行った。わたしは扉に耳を押し当て、聞き耳をたてたが、なんの話をしているのかまでは分からなかった。しばらくすると、マルセルが顔を出しわたし達を呼んだ。……暴力は振るわれなかったみたいだ。
部屋の中では子ども達が壁の前に一列に並んでた。マルセル以外の子は皆、表情が暗い。女の子などは、強く唇を噛みながら俯いている。……売られたって思ってるんだろうな。
「待たせたな。こっちの用意はできたぞ。荷物はそれぞれに持たせてあるもので全部だ。それと……これが養子縁組の書類だ。手続きが面倒なら、全員死んだことにしとくか? あんたが親になるわけじゃないんだろう?」
「……書類はこちらで預かってよろしいですか? わたしが処理いたしますので」
「金さえもらえれば俺は構わんぞ。ほら、もってけ。親権を放棄するサインはすでにしてある」
サーヴァは書類をベッドの上に放り投げた。わたしはそれを受け取り、かわりにカイン君が金貨の入った袋をサーヴァに渡す。
「中を確かめていただいてよろしいですか? ……大金ですからね」
サーヴァは嬉々として、窓際のテーブルへと移動し、袋の中の金貨を数え始めた。わたしはカイン君に目で合図を送る。カイン君はそっとチェストの前へと移動する。わたしはサーヴァとチェストとの間に入る様にして視界を遮った。マルセルは他の子ども達の気を引いてくれている。
サーヴァは十枚ずつ金貨を積み上げては数を数えている。太い指で器用に金貨を扱い、意外と数えるのが早い。すでに五十枚を数え終わった後だ。……これはまずいな。仕方ない、追加を用意しよう。
わたしはサーヴァに近づき、耳元で囁いた。
「……わたし達が今日ここで子ども達を買ったことは、他言無用でお願いします。約束を守っていただけるなら、追加で金貨を差し上げますよ?」
わたしは空の袋に手を入れて、金貨を創りだしては、一枚、また一枚とサーヴァの前に積み重ねていった。サーヴァの視線は金貨に釘づけだ。わたしはもったいつける様に、なるべくゆっくり金貨を出していく。
テーブルの上には、百枚の金貨が積み上げられている。ちらりとカイン君を確認すると、コクリと頷いてくれた。すでにミッションは完了したらしい。そうと分かれば一刻も早く脱出しなければ!
「……では、わたし達はこれで失礼します。この事は、くれぐれも内密にお願いしますね」
「あぁ、分かった。あんたたちのことは余所でもしゃべらん。約束しよう。……こんなにもらっちまったからな」
サーヴァは嬉しそうに金貨が入った袋を持ちあげる。
「助かります。……それと、できれば今お渡しした金貨は、別の国についてから使っていただけますか? あまり綺麗なお金ではないので……その、足がつくと困るのです」
「なるほどな。あんたも訳アリってことか。どの道すぐに他の国に行く予定だったしな、いいだろう」
「……ありがとうございます」
よし、守ってもらえるかどうかは分からないが、一応約束はしてもらった。サーヴァに別れを告げ、わたし達は子ども達を連れてくろねこ亭へと急いだ。今何時!? 早く戻らないと、営業がはじまっちゃう!




