くろねこ亭の絶品料理
「母さーん! お客様だよー!」
「まぁっ! いらっしゃいませ! ささ、どうぞこちらへ!」
わたしがわたしなりに急いで宿屋の扉を開け中に入った時には、カイン君はすでに食堂らしきところに通され、席についていた。
「父さーん! ご新規二名様入りまーす!」
「はい喜んでー!」
あっという間にテーブルの上に並べられる数々の料理……これは、今更断りにくいっ! わたしは観念してカイン君の正面に座った。
「……ルークス達になんて言おう……」
「僕が後で二人を探して宿が変わったことを伝えるから、ユーリは先に休んでて。ご飯だけ食べちゃおうよ」
そういうとカイン君は目の前に並べられた料理をぱくっと食べた。その瞬間、カイン君の目が輝く。
「……おいしい。いままで食べた魚の中で一番おいしいかも……」
「え? そんなにおいしいんですか?」
わたしも料理を口にしてみる。まずはスープから。これはそら豆だろうか? 丁寧に裏ごしされた口当たりの良さと、深い味わい。ほのかに玉ねぎの甘みも感じる。……驚いた、これはうまい。野菜のうまみが濃縮され、クリームによってまろやかにまとめられている。色鮮やかなパプリカと玉ねぎのマリネもうまい。酸味の加減が丁度良く、野菜の歯ごたえもしっかりと感じられる。……メインは? メインはどうだ? わたしは水で口の中を一旦リセットし、魚の香草パン粉焼きに手を伸ばす。ハーブと香ばしいバターの香りがふわりと広がる。柔らかい白身に、カリカリになったパン粉が良いアクセントになっていて、焼き加減も抜群だ。周りに添えられたソースをつけて食べると、味の奥行きが一層広がった。付け合わせの野菜の盛り付けも見事だ。軽くソテーされたカブが花びらのように重ねられていて、見た目にも美しい。……これをあの短時間で? 作り置きしてあったようには思えない温かさだが、どの料理も完成度が高い。
「……おいしいですね」
「でしょ? お城の料理よりおいしいよ」
久しぶりのちゃんとした食事だったこともあってか、一気に平らげてしまった。頃合いをみて、男の子がデザートを持ってきてくれる。
「お姉さん、少し顔色が良くなったね。これ、サービスだよ」
ことりとテーブルに置かれたのはアイスクリームだ! え! この世界でもアイスとか食べられるんだ! うれしいっ!
スプーンですくって、ぱくりと口に入れる。ミルクのやさしい甘さが、口の中で溶けていく。あー幸せ。カイン君も一口食べて冷たさに驚いたようだが、すぐに二口目を口にする。
「これおいしいね。はじめて食べたけど」
「水の国から来た料理人に教えてもらったんだ。この町でこれを食べられるのはうちだけだよ!」
男の子が自慢げに腰に手を当てる。いや、自慢していいと思うよ。これは完全にアイスクリームです。水の国の料理人、ぐっじょぶです。どうやって冷やしてるんだろう? 厨房の中は覗けないが、魔道具か魔法を使っているのかな?
「さぁ食事も済んだことだし、部屋に案内するよ。うちには風呂もあるからね! 今日はお姉さん達以外にお客さんはいないから貸し切りだよ! お湯の準備ができたら声をかけるから、それまでゆっくりしててね!」
おぉ、久しぶりのお風呂まで……! この宿、当たりだったかも! ……なんでお客さんが少ないんだろう?
二階の奥の二人部屋に案内される。あ、言い忘れてたけどルークス達の部屋も取っておいた方がいいよね? わたしは追加でもう一部屋お願いすると、男の子は嬉しそうに階段を降りて行った。
「あの子、小さいのにちゃんとお家のお手伝いしてて、偉いですねえ」
「そう? もう十二歳くらいじゃないかな? そのくらいの年齢なら、働いてる子もいっぱいいるよ」
あぁ、そういえばカイン君も十三歳からお城で働いてるんだったな。みんなが偉いんじゃなくて、わたしの考えが甘いんだな。すみません。
「ユーリ、まだ体調悪い? 顔色は少し良くなったけど……ベッドに入った方がいいよ」
カイン君に勧められて、ベッドで少し横になることにした。先ほどの食事で体力もわずかながら回復している。わたしはカイン君に心配ないことを伝える。
「よかった……ドラゴンと戦ってからずっと元気なかったから……」
「あ、いやそれは自分の馬鹿さ加減に落ち込んでいうか……嫌になっていたといいますか……」
「……ユーリは自分のこと、好きじゃないの?」
カイン君が大きな瞳でじっと、わたしの顔を覗き込んでくる。……ち、近いです。今更ながら、その整った顔立ちに息を飲む。
「そ、そうですね。わたしほんとダメなとこばっかりで、……好きではないかな。ここにきたばかりのころは漠然と、もっとうまくやれるって思ってたんです。この世界に関する知識もありますし、ほぼほぼ攻撃は効かない体ですし、なにより創造のスキルもありますから。でも実際はみなさんに迷惑をかけてばかりで……。もっとお役にたちたいのに……」
言ってて悲しくなってきた。涙がでそうになるのをぐっとこらえる。ここで泣いてはダメだ。カイン君は優しいから、泣いたらきっと慰めてくれる。それに甘えて、ダメさから目を背けたくはない。そんな自分はもっと嫌い。
「ユーリはよく頑張ってるよ。ドラゴンを倒せたのだってユーリが動きを封じてくれたおかげだし、ぽきゅぽきゅの種の事だって、おかげでめずらしいアイテムが手に入ったんだから良かったんじゃない? だから、自分の事嫌いとか言わないで? 僕はユーリのこと好きだよ」
ほらーーーー! やっぱりフォローしてくれるでしょーーーー!? やめてーーーー! 甘えてしまうからっ! そんなふうに心配そうな顔で見つめないでーーーー!! その顔で好きとか言われると勘違いしちゃうよ!! 頑張るっ! 頑張るよわたしっ!! これ以上カイン君に心配かけないように、精神面でも肉体面でも強くなるよっ!
「……ありがとうございます! わたし自分のことが好きになれるよう、頑張って強くなりますっ!!」
わたしは拳を握りしめ、決意を新たにした。とりあえずの目標として、「よく考えてから行動すること!」これ大事! カイン君はそんなわたしを見てにっこりと笑った。