トリニアの町
みんなはこの花が育ったら、またぽきゅぽきゅが生まれるのではないかと心配しているみたいだ。……そうか。そうだよな。その通りだよ。……何やってんだわたし。
『待たせたな……』
わたしが落ち込んでいると、ドラゴンが……あれ? 二匹になって帰ってきた。
『……我が留守の間の森を、この者に頼んでおいた。これで主らの呼び出しに心置きなく応えることができる……』
『人間よ……我が妻を打ち破ったそうだな……今度はぜひ、我とも手合わせ願いたいものだ……』
首輪をつけたドラゴンより一回り大きいドラゴンは、なんと旦那さんらしい。……ご夫婦でいらっしゃったんですね。
奥さんのドラゴンが、わたしが育ててしまったつぼみに気が付いたようで、香りを嗅ぐようにして顔を近づけた。
『もうここまで育ったのか……早いな』
「すみません……わたしが泉の水をかけたらこんなことに……」
奥さんはつぼみから顔を離し、わたしの方を向いた。
『なぜ謝る必要がある? 主のおかげで良く育ったようだな……礼を言おう。……あぁ、そろそろ花が開くな……』
奥さんの言葉通り、白い花弁がゆっくりと花開いた。金の丸いおしべが風に揺れている。ランプのようなフォルムの可愛らしい花だ。
「あの……この花の種がぽきゅぽきゅになるんですか……?」
『……あぁ、その心配をしていたのか。どうりで表情が暗いはずだ。……案ずるな、彼らがこの森を出ることはそうある事ではない。……我が夫にも目を光らせておいてもらおう』
ひとまず安心してもいいのかな……。人間の村に来たら、また可哀想なことになっちゃうもんね。
『主らにとっては迷惑な客だったかもしれんが、我らにとっては貴重な命の花だ。泉の水とあわせ、ここを訪れるものの助けになろう……主らの旅の役にも立つのではないか?』
ドラゴンの話によると、この泉の水は傷を癒す力があるらしく、ぽきゅぽきゅの花……もとい命の花からとれる蜜は、蘇生効果のある霊薬だというのだ。ダンジョンで宝箱から手に入れた事しかなかったが、これはおそらくゲーム中の復活アイテム【ネクタル】だ。わたし達はお言葉に甘えて、創造で創りだした小さなガラス瓶に、泉の水とネクタルを頂いた。ちなみに泉の水にとくに植物の成長を早める効果などはないらしい。うーん。
ドラゴンの夫婦はお互いに首を摺り寄せ、別れの挨拶を終えると、奥さんの方がわたし達が乗り込みやすいように姿勢を低くしてくれる。わたし達は安全ベルトをしめ、残されたドラゴンに手を振りながら空へと飛び立った。
「やっぱりドラゴンはすごいなっ! グリフォンより全然早いぞ! あ、いつまでもドラゴンって呼んでちゃ悪いよな。名前を付けようか! やっぱり強そうな方が……いや女性らしい名前も捨てがたいな……」
ルークスは相変わらずはしゃいでいる。対照的に、わたしは少々落ち込んでいた。ドラゴンには感謝されたが、人間側の味方であるはずのわたしが、魔物になるかもしれない種を育ててどうする。考えなし、役立たず、お荷物、嘘つき……自分をディスる言葉なら、とめどなくあふれ出てくる。……はぁ、わたしってほんとダメなやつ。
「このあとどうする? せっかくだから遠くに行ってみる?」
エステラも楽しそうだ。さっきも故郷の島を探していたので、里帰りがしたいのかもしれない。
「まずどこかの村か町によって休もう。……ユーリが限界みたい」
カイン君が心配そうにわたしの顔をのぞき込んでくる。へ? わたしはちょっと落ち込んでいるだけだけど……
「ユーリの体力、全然回復していないでしょ? 顔色も悪いし……早めに休んだ方がいいよ」
……そういえばわたしの体力も減っていたんだった。自分の体のことながら失念していた。二十二歳にもなって、体調管理すらろくにできないダメ人間がここにいます。
「だったら一番近い所に寄ろうか。えーと、ここからなら……トリニアの町が近いんじゃないか? あ、ほら見えてきた」
町の人を驚かせないように、少々離れた場所でドラゴンからおりる。わたし達が町で休んでいる間はドラゴンには好きにしていてもらうことにした。先ほど別れたばかりではあるが、この距離なら南の森の旦那さんのところに帰ってもいいかもしれない。人の足では四日はかかる道のりも、ドラゴンに乗ればあっという間だ。
みんなのお言葉に甘えて、わたしは宿屋で先に休むことにした。カイン君が付き添ってくれるらしい。優しい。ルークスとエステラは食料の補給と蛇皮と蛇肉の換金に行くらしい。町に入ったところでわたし達は二手に分かれた。
トリニアの町はエルグランス程ではないが大きな町で、他の島との交流を積極的に行っているため、いろいろな文化が混ざり合った印象を受ける。わたし達と一緒に街に入ったグリフォンの荷馬車には、よその島からきた褐色の肌の商人が乗っていた。店も見てみたいが、まずは体力回復が先だ。わたし達は宿屋へと向かった。
「えーと、たしかこの辺りに宿屋があったはず……」
記憶を頼りに町の奥へと進んでいくと何軒かの宿屋の看板を見つけた。待ち合わせ場所として、ルークス達が以前この町に来たときに宿泊した「しろねこ亭」で落ち合うことになっている。「とにかく飯がうまい!」のがポイントらしい。看板をみてまわり、しろねこ亭を探す。
「ねこ……ねこ……、ないですね。もっと奥の方かな?」
「あ、あれじゃない?」
カイン君が指さしたのは、ねこはねこでも黒猫の絵の描いてある看板だ。……おしいっ!
「ルークス達が言ってたのは白猫だったと思いますよ」
店の前では十二歳~十三歳くらいの少年が呼び込みをしていた。
「いらっしゃーい! 今晩の宿はくろねこ亭でどうですかー? 自慢の魚料理がついてくるよー!」
この宿の名前くろねこ亭というらしい。あの男の子はくろねこ亭の子かな? 小さいのにお家のお手伝いしてて偉いなー。わたしが感心しながら店の前を通り過ぎようとしたとき……
「お姉さんっ! 顔色が悪いよ! 早く休んだ方が良いっ! 丁度空いてる部屋があるんだ、ささっどうぞどうぞ!」
少年はわたし達の前に立ちふさがり、くろねこ亭への宿泊を促してきた。いや……悪いんだけど、待ち合わせの都合もあるのでしろねこ亭に泊まりたいな……。わたしがしろねこ亭の名前を出してやんわりとお断りすると、少年は一瞬険しい表情になった。
「あんなところに泊まるくらいなら、うちの方が百倍良いよっ! サービスするからさ、うちにしときなよ。今なら夕食に一品おまけしちゃうよ!」
うーん、困った。意外と押しが強いな。子ども相手に無下に断るのも悪い気がするし……。わたしが悩んでいるとカイン君が後ろからひょっこり顔を出してきた。
「ねえユーリ、早く行こうよ。僕おなかすいちゃった」
ドラゴンとの戦闘を終えたカイン君もエネルギーを補給したいらしい。よし! 急いでしろねこ亭に向かわねばっ! わたしは強い意志のもと、男の子にお断りをしようと決めた。
「すみませんがわた……「腹が減ってるんなら丁度いい! うちの自慢の料理食べて行ってくれよ!」
あれよあれよという間に、カイン君は男の子に腕を引かれて、くろねこ亭へと入って行ってしまった。




