表彰式
「ユーリ、もう大丈夫よ。意識も戻ったみたいだから」
どれだけの時間が過ぎたのだろうか。とても長く感じられたが、太陽の位置からするとそこまで時間は経っていないのかもしれない。医務室から出てきたアメリアがわたしに声を掛けてくれた。アメリアの目は腫れていたので、先ほどまで泣いていたのがわかる。
「あ、あのカイン君は……」
「傷は薬草で治った。出血もそれほどではなかったので、今は話せるほどに回復している。この後すぐに表彰式があるからな。……ゆっくりもしていられん」
わたしは体の力が抜けてしまい、その場に座り込んだ。……初めて目の前で人が斬られるのを見た。いや、正確には他の試合で何人か斬られているのは見ていたが、レベルが低い戦いだったことや、相手が知らない人ばかりだったので、どこか他人事だった。今、わたしはゲームの世界にいる。ここでは戦うということが普通であり、日常なのだ。それを改めて実感した。
「あれ? みんなまだここにいたの? 表彰式始まっちゃうよ?」
当の本人であるカイン君はけろっとした顔で、医務室の出入り口に張られた白い布をくぐり、出てきた。
「あぁ、もう歩いていいのか?」
「はい、問題ないです。この通り傷も……あ、鎧にヒビが入っちゃってる……。マントも斬られちゃったし……表彰式どうしよう……」
「私のマントでよければ貸そう。ヒビは……そう目立つまい。新しいものが支給されるまで、とりあえずそれを着けていなさい」
自分のケガより鎧のヒビを気にするカイン君……。ちょっとずれてる。そして再び貸し出される隊長のマント。身長が違うのでカイン君がつけるとかなり長めだ。
「……隊長、長いです。踏んでこけそう」
「首の回りで一周まいたらどうかしら?」
アメリアがパパッと手を加えてくれたので、表彰式でこけるようなことはなくなった。
カイン君は地面に座り込んでいるわたしに気づき、膝を折って視線を合わせてから声を掛けてくれた。
「ユーリも応援してくれてありがとう、負けちゃったけどね。あの人強かったなー。えーと、なんて名前だったかな……」
「……ルークスよ。決勝戦の相手の名前ぐらい覚えておきなさいよ」
いつものカイン君の調子に安心したわたしは号泣した。それはもう人目もはばからず。良かった……本当に良かった……。助かると分かっていても怖かった。
「えっ、なんか僕が泣かせたみたいじゃない? ど、どうしよう」
「実際カインが泣かせたんじゃない? 一回戦であんな戦い方するから、決勝戦で魔法が使えなかったんじゃないの? もう、心配ばっかりかけるんだから!」
カイン君が元気になった途端アメリアが怒り出す。カイン君はわたしを泣き止ませようとオロオロしている。わたしは涙が止まらない。隊長はそんなわたしたちを見て笑っていた。
「ではこれより表彰式を始める。入賞者は前へ!」
良く通る王様の声が会場中に響き渡る。入賞者三人は王の前に跪いた。
「一位 ルークス! おめでとう。火の族長からの手紙、確かに受け取ったぞ。其方は今代の勇者であり、魔王を倒す旅の途中らしいな。今宵は我が城にてゆっくりと休むが良い。其方の勝利を祝う宴を開こう」
「はい! ありがとうございます!」
「二位 カイン! 其方は王宮兵士として、とても優秀だとレグルスより報告を受けておる。今回は残念であったが、その戦いぶりは目を見張るものがある。これからも精進し、我が国の為に力を尽くしてほしい」
「身に余る光栄に存じます」
顔を上げたカイン君はちょっぴり誇らしげに笑っている。わたしは精いっぱいの拍手を送る。良かったねカイン君! おめでとう! ちなみに三位はあの魔導士のおじいちゃんだった。……おじいちゃんも生きててよかった。
こうして闘技大会は終わった。夜にはパーティーが開かれる。わたしも勇者一行として、ルークス達と一緒に参加させてもらうことになった。道すがら、カイン君とアメリアにルークス達の仲間に入ったことを告げると、かなり驚かれた。カイン君が旅立つならそれでよし。旅立たない場合は、カイン君に害なす魔王を早めにやっつけるだけだ。あと、アメリアには臨時収入があったみたい。孤児院にまとまった仕送りが出来るとほくほくだ。……そういえば闘技大会には優勝賞金があったはずだが、運営が忘れちゃったのだろうか?
部屋に戻る途中、グランを見つけた。数人に取り囲まれて、松明の火を当てられているが、氷は試合の時と大きさが変わっていないように見えた。
「馬鹿者っ! 私の髪が焦げたではないか! もっとうまく火を当てろ! あぁっ、また手足の感覚がなくなってきた……! ……ぶつぶつぶつ……ヒール! 何をしている! もっと火を持ってこい!!」
「も、申し訳ございませんグラン少尉! ですが……この氷がまったく溶けないのです!」
「そんな訳あるか! くそっ! あのガキめっ! 逢ったらただじゃおかないからな……!」
ギャーギャーわめいているグランに見つからないように、わたしたちは足早に立ち去った。
「……もう夜ですけど、グラン少尉があの様子じゃあ、今晩の約束は反故にしても問題なさそうですね」
「……そうね。面倒ごとがひとつ減って嬉しいわ」
「僕もそろそろ魔力が限界……」
「え? どういうこと?」
「あ……何でもないよ」
誤魔化したようににっこりと笑うカイン君だが、アメリアには効かなかったらしい。部屋に帰るまでずーーーーっと怒られていた。でもカイン君はどことなく嬉しそうだ。優勝よりアメリアの方が大事なんだもんね。