一回戦
「あぁ、こっちだアメリア」
金髪を後ろに撫で付けた、鎧姿の男性が手をあげる。カイン君の所属する、第二部隊の隊長レグルス大尉だ。
「レグルス大尉、ありがとうございます。……一人連れが増えたのですが、宜しいですか?」
「あぁ、構わんよ。お前たち、もう少しずつ寄ってくれぬか」
隊員達が、素早く席を詰め、わたし達が座る席を確保してくれた。皆、アメリアの事を凝視している。小さな声で「……可愛い」「……美しい」「……守ってあげたい」と聞こえてくる。アメリアはここでも大人気のようだ。当の本人には聞こえていないようで、隊長と親しげに話をしている。
わたしはすり鉢状になった訓練場を見回す。関係者席だけあって、リングからも近く、かなりいい場所だ。ここでならカイン君の勇姿を、余すところなく拝むことが出来る! カメラが欲しいところだが、仕方ない。網膜と脳裏に焼き付けることにしよう!
「そろそろ始まるようだな。一回戦はカインとグランか」
カイン君とグランが歩いて入場し、向かい合って一礼をした後、お互い剣を構えた。
「はじめっ!」
審判の号令を合図に、グランが大剣で斬りかかる。カイン君はそれを後ろにヒラリとかわし、なにやら詠唱を始めた。その間もグランはブンブンと大剣を振り回しているが、カイン君には全く当たっていない。
「……グランは相手が悪いな。弱いやつでは無いのだが、大振りな攻撃では身軽なカインに届かぬ。……しかし、カインの詠唱は長いな」
グランは一度も当たらない攻撃にあからさまにイライラしているようで、動きに精細さが見られない。休みなく剣を振り続けていたため、息も上がってきたようだ。肩が大きく上下しているのが、ここからでもわかる。
「カインは逃げてばかりで攻撃せんな。このまま相手の体力切れを狙うつもりか? ……おや、魔法が発動したようだな」
一瞬にして、グランの体は巨大な水の檻に閉じ込められた。突如現れた水にグランはもがき苦しみ、剣を手放して両手で自分の口を押さえていたが、無情にも酸素は泡となって昇っていった。次にグランは横へ歩いて、水の檻から逃げようとした。が、グランが動くとまた、檻も付いてくる。グランは常に檻の中心だ。
「まずいな、カインの奴……殺すつもりか?」
隊長の不穏な発言に、黙って観戦していたアメリアの顔がさっと青くなる。
その内グランは、ピクリとも動かなくなった。檻の中心で力なく浮かんでいる。いよいよ危ないと周囲が思い始めた時、魔法は解除され、大量の水が勢いよく流れ出した。低い位置の観客席からは悲鳴が聞こえたが、観客席に届く前に水は跡形もなく消えた。今はグランの体のみがリングの上に横たわっている。
「し、死んだのか……?」
隊員達もざわつき始めた頃、ゴホッと咳き込みながらグランが意識を取り戻した。
「よ、良かった、カインの勝ちだな!」
「いや、まだだ」
隊員達が一斉に隊長を向く。
「相手が戦闘不能に陥るか、降参するまで試合は続く。ほら、カインは次の詠唱を始めているぞ」
力の差は歴然なのに、これ以上痛めつける気ですかカイン君。だんだんグランが可哀想になってきた。
「……ねぇ、なんだか寒くない?」
アメリアが自分の体を抱くようにして呟く。カイン君の詠唱で周囲の気温が段々と下がってきているようだ。おそらく氷結系の魔法【ブリザード】を発動するつもりだろう。
「私のマントを羽織っていなさい」
隊長がさっと自分のマントを外してアメリアの肩に掛けた。わー、紳士だ。心なしか、アメリアの顔も赤い気がする。あ、わたしは別に寒くないので、お気になさらず。
グランは片膝を立てて座り込んでいる。まだ立ち上がれないようだ。
カイン君がグランの方へ近づいていく。
グランは後ずさりしている。
カイン君は構わず距離を詰めてくる。
グランは慌てて審判を探している。
カイン君がグランの前に立った!
グランは審判を見つけ手を伸ばした!
カイン君の魔法が発動した!
グランは顔の部分を残して凍ってしまった!
カイン君は剣の柄に手をかけ振り上げた!
「し、審判! 私の負けだ! 降参する!」
グランの敗北宣言により、カイン君の勝利が決定した。カイン君はゆっくりと頭上まで上げていた剣を下ろす。
カイン君が使った氷結魔法のせいだろうか。熱気に包まれていたはずの会場は静まり返り、拍手はまばらだった。わたしは一人、カイン君に惜しみない拍手を送る。
カイン君は剣を収め、グランに対し一礼をした後、こちらに歩いてきた。
「隊長、一回戦突破しました」
にこにこと笑顔で報告してくるカイン君は、先ほどまでの冷酷な闘いぶりが嘘のように可愛らしい。
「あぁ、よくやった。おめでとう。……だが、少々やりすぎではないか? あの様な大技を二度も……まだ一回戦だぞ? 魔力を温存していた方が良いのではないか?」
「…………」
カイン君はにこにこしているだけで、返事をしなかった。隊長は諦めた様に大きなため息を吐いた。
試合の内容について隊長とカイン君が話していると、凍ったグランの周りに集まっていた数人の中から、先ほどの審判がカイン君の方に駆け寄ってくる。
「すまない、カイン。グラン少尉の氷を溶かしてくれないか? 次の試合が始められんのだ」
試合が終わった後もグランの体は凍ったままだ。【水牢】の水は消えたが、【ブリザード】の氷は消えないのだろうか? ゲームをプレイしていた時のエフェクトは、どちらもすぐに消えていたので、わたしにはよくわからない。
「すみません、僕……火炎系の魔法が使えないんです。日当たりの良いところに置いておいたら、明日の朝には溶けてると思いますよ」
カイン君は今日一番の笑顔でそう言い放った。審判は唖然として、開いた口が塞がらない。見るに見かねた隊長が口を挟んだ。
「……私達が動かそう。お前達、手を貸してくれ」
そうして第二部隊の兵士数人がかりで巨大な氷像と化したグランを運んだ。顔の部分は凍っていないので、運び方にもいちいち文句を言ってくる。
「お前達! もっと丁寧に運べっ! 私の手足が欠けたらどうしてくれるんだ! それもこれも、お前達の隊のあのガキが……」
カイン君は手を貸すつもりは更々ない様で、離れた場所から腕を組んでその様子を眺めていた。
「……どっちにしろ凍傷で切断だよ」
ぼそりと呟いたカイン君に、周りはまた言葉を失った。
「だ、だれか! 火炎系の魔法を使えるものはいないか?」
側でカイン君の呟きを聞いていた審判が周りに声をかけるが、第二部隊の兵士の中に使えるものはいないらしい。続いて控室の一般参加の選手たちに声をかけるが、そこでも手を上げるものはいなかった。
「俺、魔法使えないしな……」
「……俺は使えるけど、試合まだあるし、魔力は温存しておきたいんだよね」
「試合の中での事だし、仕方ないだろう? あいつも覚悟があって出場しているはずだ」
審判の顔は、青を通り越して土気色になってきた。あんな奴でも国にとっては必要な人材なのだろう。
「……カイン、何とかならんのか?」
隊長がカイン君に問う。カイン君は口を開かない。
「……カイン、いいかげんにしなさい」
アメリアが怒気を孕んだ声と瞳を向けると、数秒間の沈黙の後、カイン君はようやく口を開いた。
「……氷が溶けるまで、回復魔法をかけ続ければ凍傷は免れると思う。グラン少尉が自分で自分にかければいいよ。あの人ヒール使えるし、……その為に顔の部分は残しておいたんだから」
「わ、わかった! グラン少尉に伝えてくる!」
審判はグラン少尉が運ばれていった日当たりのいい場所へ、走って行った。わたしもホッと胸をなで下ろした。アメリアは涙目で、……というか泣きながら、引き続きカイン君を叱っている。隊長がアメリアにさっとハンカチを差し出していた。……ジェントルメンだ。
「もう、なるべく穏便にって言ったじゃない! なんでこんな事……」
「……夜になっても氷は溶けないから、安心していいよ」
──あぁ、そういう事か。グランの氷を溶かさなかったの、ワザとなんだね。カイン君のとても小さな呟きは、隣にいたわたしにだけ聞こえていたと思う。